ゼロ·トゥ·ヒーロー ①
― ドン、タッ。
アラームの音が「ドン」と最初の音節を完全に吐き出す前に、僕は右手を伸ばして頭元に置かれた時計の頭をぐっと押した。頭のボタンが押されるとすぐに静寂に包まれた時計。スイッチを完全にオフしたわけではなく、単にボタンを押した一時的な処置であり、次のアラームまでわずか2分の猶予時間が与えられている。それでも僕は体をクルクルとくねらせながら布団の中に一杯潜り込んだ。当然だ。アラームとアラームの間のこの瞬間の余裕を楽しみたいのは人間の本能だから。少なくとも僕、紙崎青井はそう思っている。
「ふうむ……」
布団をくるりと巻いた瞬間、押し寄せるぬくもり。甘美でどこまでも甘い眠りの中で、鼻歌が勝手に流れ出そうとしていた瞬間。
「お兄ちゃん!」
鉄でできた引き戸がサッと開き、叫び声が耳を襲った。
「起きなきゃだめだよ、もう9時なの!」
まぶたを強制的に上げるようなハイピッチの声。僕はやむを得ず、両目を開き、ドアの方に視線を向けた。そこにいるのはエープロン姿の小女。腰に両手を上げたまま、切れ長な目でこちらを睨む彼女の名前は紙崎真白。僕の妹だ。
「早く!」
「……5分だけ……」
「10...… 9……8!」
繰り返される催促に5分だけ猶予を求めて懇願してみましたが、真白は一瞬のためらいもなくカウントダウンを始めまった。数字が減るにつれてだんだん神経質になる真白の目つき。黒いショートヘアを耳の後ろにかき上げる手は、今にも僕のふとんを奪いたがっているような様子だった。
「4!」
「……あ!」
目の瞬きする間に4まで減った数字。僕は布団を足で蹴って上半身を起こした。仕方なかった。今起きなければ、真白は昨日のように氷のような冷水をカップに入れて僕の頭にそのまま注ぐかもしれないことだった。その時になってようやく、真白は目をキラキラさせながら口元ににこっとほほえんだ。
「よく考えたね。今日もまたどんな斬新な方法でお兄ちゃんを起こすか悩んでいたんだよ。昨日は冷水だったから、今日は熱いお湯?大体そういう感じで」
「……」
何事もなかったかのようにむちゃ言葉を吐く真白を見て……僕は起きてよかったと思った。
「とにかく正気を取り戻して早く出て。みんなもう起きてごはん食べてる最中だよ。遅くて朝ごはん食べられなかったら自己責任。それが共同住宅のルールだってお兄ちゃんもよく知ってるでしょ?不平はダメ。」
「はあ... わかったよ。すぐ行くから、僕のも頼む」」
「オーケー。」
小さな指でOKサインを作って見せながら、真白はすぐに廊下の向こうに消えた。あ、ちなみにドアは開けっ放しで。おそらく再び眠ってしまうことを防ぐための予防措置だったはずだ。それは実に正確な判断だった。大きく開かれた部屋のドアで部屋を侵襲した廊下の冷気はいつのまにかこっそりと僕の両足を包み始めたせいで、このままでは再び眠れない状況になってしまったためだった。
「いくらなんでも冬なのに……ドアも閉めずに出て行くのはあまりにひどいよな…」
僕はつぶやきながらベッドから立ち上がり、ドアの方へぶらぶら歩いた。ドアを閉める直前に廊下をちらりと見たが、すでに真白の後ろ姿は見えなかった。もう食堂に入ってあれこれ準備しているところだろう。3歳年下の妹だが、何でもさっさと動くところが僕と違っても違いすぎる。 ここまで来たら、どちらがお兄さんなのか分からなくなるほどだ。
「おかげさまで目も覚めちゃったし…あれ、どこだっけ?デバイス、どこに置いたっけ?」
ドアを閉めた後、すぐに着替えて周囲を見回した。意外とデバイスはとても近いところ、ベッドの枕元に置かれていたので、すぐに見つけることができた。腕時計のような小さな物に手を伸ばそうとした瞬間、僕は無意識に横の額縁に視線を向けてしまった。
「……」
古くなって色褪せた額縁には、ゆがんだ斜線の形で引き裂かれて半分しか残っていない写真が入っていた。僕はその写真の中で、明るい笑顔を浮かべているある小さな少年と目が合った。無邪気で愚かにも見える少年。それを見て、心が歪んだ。
「ヒーローなんて…… ふざけるな……」
デバイスを手に取ると、僕はすぐに部屋を出た。デバイスを手首に巻くと、「キュッ」という音とともに現在の心拍数や血圧を含む他のバイタルサイン(生命兆候)が画面に表示された。デバイス、正確には生体デバイス。単なる腕時計のような外見だけれども、通話やメッセージはもちろん、装着者の位置など、さまざまな機能が搭載された素晴らしい品物だ。
「はあ...また7区域?冗談でしょ?これランダムで選ぶのは本当に合ってる?3日連続で7区域の作業だなんてだなんて!」
「よし!私は1区域!今日はゆったりと過ごせるぞ!はははっ!」
冷たい廊下を抜けて食堂に入ると、みんながデバイスにじっと見入りながらにぎやかに話しでいた。
「青井!今日は何区域?」
誰かが肩をポンと叩きながら話しかけてきた。
「あ、椎名さん。」
振り返ると、椎名奈々子が僕を見てにやりと笑っていた。身長170cmに達する長身で、きれいな肌とくりっとした鼻とセクシーな目つきが印象的な美女だ。最近20歳の誕生日を迎えて本格的に成人として認められた後、メイクアップがやや濃く華やかになったためだろうか。青い作業着姿に髪まで後ろに結んでいたにもかかわらず、椎名は妙な色気を放っていた。
「私は9区域!君は?」
目が合うと、椎名は瞳を輝かせながら9と書かれた自分のデバイスを僕に振った。
「まだ確認していません。 うーん、ちょっと待ってください」
僕も急いで今日のスケジュールを確認し始めた。
―コツコツ
デバイスを数回操作した末、画面に表示された数字は9。僕が今日配置された作業区域も椎名と同じく9区域という意味だった。
「あ!僕も9区域ですね」
「やった、今日も青井と同じエリア!」
手首だけそっと回してデバイスの画面を目の前に持ち上げて見せると、椎名は僕のの胸元に飛びついて腕を組んだ。 果敢だと思うほど体に密着する椎名。椎名がよく使うシトラスの香りのシャンプーの匂いが鼻先をくすぐった。
「あの……椎名さん? 何て言うか、ちょっと……」
「へえ?なんで?」
左腕から感じられる柔らかな感じにもじもじする僕と無理やり目を合わせながら椎名は舌をぺろりと鳴らした。
「嫌だったり好きだったり、とにかく家族同士でそうしちゃいけないんですよ。 おばさん」
そのままじっとしているわけにもいかず、腕をむやみに引くことも曖昧でもがいていた僕に救援の手が一つ近づいてきた。
「よいしょ!」
真白は椎名と僕の間を入り,腕組みをほぐしてくれた。 ありがとうという意味を込めて目を向けると、ましろは肩を軽くすくめた。 まるで「どういたしまして」と言っているようだった。
「ねえ、真白ちゃん……私はもうやっと20歳だよ。 おばさんって、それはとてもひどすぎじゃない?」
「……はあ?うちのお兄ちゃんたった17歳なのに、それに比べるとおばさんじゃないですか?」
眉をひそめながら、真白は自分より頭一つの高さだけはもっと大きな椎名を見上げた。その視線に椎名は実に残念そうに首を横に振った。
「かわいい真白ちゃんがまだ幼いからよく分からないんだけど、君のお兄ちゃんの年齢くらいには私の歳の美しい年上がちょうど理想のタイプなんだよ。 有名なジャンルもあるじゃない? 姉……かな、何かというと。ふふふふ」
そのように言葉を終えた椎名は、作業服でも完全に隠れない自分の肉感的な体つきを一度そっと撫でるようになで下ろした。 その身振りに静かに二人の対話を見守っていた食卓側から怨声が沸き起こった。
「子供に何を教えるの? おい!おい!誰があの老人を備品室に隔離しろ!」
「真白ちゃん!私たちがごめんね。トイレに行って耳を洗ってきなさいか? あんな悪い大人の言うことはすぐに流さなければならない」
その他にも「だから女という理由だけで20才まで共同住宅に過ごさせてはならない」とか「今の手振りは昔の基準でセクハラか否か」に関する討論などありとあらゆる話が飛び出し始めた。
「ヒーローは一体何をしているの? リバーかな、何かする怪物みたいなものを狩るんじゃなくて! このようにモラルが緩んでしまった社会を正しく立てなければならないのに!」
誰かが演劇風に叫んだブラックジョークを最後に椎名と真白はもちろん、食卓に集まって座った皆が笑いを噴き出し、再び食事に戻った。
「……」
僕は食パンの粉が散らかっている隅の食卓に座り,にぎやかな食堂を見回した。 ここに集まった人たちは皆、怪獣に家族と家を失った人々だった。 皆同じ境遇の彼らが集まったところは、政府が支援する共同住宅。 そのうち3区域に位置する集合住宅大団地のうち、ある家だった。
男性は19歳、女性は20歳まで滞在できるが、無料ではない。 デバイスから毎日出力される計画表に従って近隣区域に行って作業をしなければならないが、人類の危機の中でこの程度なら当然のことだった。
そのように毎日のように仕事も一緒に出て、家で抱き合って暮らしているから、親しくならざるを得ない関係だった。2年ごとに居住地が変わり、別れることも多いが、ましろの言葉通り家族同然だった。 実際にもお互いをそう呼ぶ。
「ここ」
真白は焼きたての食パン 3切れが入ったボウルを差し出した。
「ありがとう」
器を受け取った僕は食パン一切れを口にくわえて、デバイスに触れて正規放送をつけた。
『…… 昨日未明、15区域に身長10M「キロ」級のリヴァイアサンが突然現れ、防壁を作業していた作業者たちを襲撃しました。 死傷者は計34人。 避難できなかった26人の作業員が死亡し、ヒーローが来てこれを撃退するまで避難を手伝っていた8人のチェイサーが重傷を負ったり命を落としたりしました。 そんな中、政府は新しい20区域の建設計画を発表し、国民の不満を買っています。 一方、ヒーロー協会は意外と政府の今回の発表に積極的な支持を示し……』
「今日は真白も9区域だよ」
新しい区域建設のニュースを聞いていると、向い側に座って自分の分のパンをもぐもぐしていた真白がポンと話し出した。 僕は目を見開いた。
「昨日から危険区域から解除されたんだって」
僕の目つきに込められた疑問を理解したのだろうか、真白は早く付け加えた。
「まあ、無理もないか。 9区域は一時リヴァイアサンが絶えず攻撃をしていたところだったが、ヒーローたちの相次ぐ撃退で今は静かになったから」
大きく一口かじっていた食パンのかけらを飲み込んで、僕はうなずいた。
リヴァイアサン、 Leviathan。
あるいは簡単に怪物、怪獣。
2033年、突然地球に現れた最初の怪生命体である彼らに人類は食物連鎖の頂点を譲ってしまった。 銃、大砲、さらには核兵器まですべてを発射しても彼らを防ぐのに限界を迎えた人類は絶滅の危機に直面したが、その怪獣たちに対抗して能力を覚醒させたこの能力者たちが一人二人現れた。 拳で台風を起こしたり、業火の炎や漫氷を召喚するなど、各種能力でこれまでリヴァイアサンたちと戦い人類を守ってくる彼ら、Hero 。
ヒーローと呼ばれる彼らの初登場だった。
『…… 最初のヒーロー?』
突然聞こえてきた女性の声に僕は気を引き締めてデバイスを見下ろした。 画面の中にはあるヒーローが記者たちからインタビューを提案されていた。 真白のほうをこっそりのぞき込むと、彼女もデバイスをじっと見つめていた。 華やかな氷仮面をかぶって雪のように真っ白な髪をした、画面の中の彼女は鼻で笑い、話を続けた。
『そんなものはもうありません。 いや、存在してもいけないことです。 過去がとにかく今の「テンペスト」という名前はただ人類の裏切り者であり悪の一軸に過ぎない。しかし、心配しないでください。 「テンペスト」は、必ず雪花団の氷剣で切り取ります。 世界のために、人類のために。 私たちヒーローは笑って勝利します。 人類よ!永遠―』
―シュッ
画面の中のヒーローが言葉を終える前に、僕は終了ボタンを押された。黒く染まった画面は静かに唇を噛んでいる僕の姿がそのまま映って見えた。
「……行こうかな?」
「……」
放送の音がなくなると生じた沈黙の隙間がぎこちなかったのか、真白が慎重に口を開いた。 僕はその提案に静かにうなずいた。 おそらく真白はあのデバイスの画面をもっと見たかったのだろう。しかし、僕はそうしたくなかった。 なぜなら――。
僕は狂うほどヒーローという存在を嫌いだから。
◆◆◆◆
「わあ、作業がもう終わるなんて、信じられない。 やっぱり9区域が最高だよね。でしょ?」
「おい!椎名!あまり好きな様子を見せないで。 政府という奴らは仕事が簡単だということが知られれば、作業人員を減らしてしまう傾向があるから。 ほら、他のやつらも泣きべそをかいて動くじゃん。 でも涙まで流すのは大げさじゃない?」
分厚いお腹と眉毛を誇る管理所長と顔にセメントの染みがついた椎名。高いはしごの上にぶら下がっていた僕は下を見下ろして、けらけらと落語を交わす二人に向かって叫んだ。
「所長!椎名さん! 防壁のすぐ下にいると危険です! 何か落ちるかもしれないから、後ろに下がってください!」
「また所長と呼ぶのか? おじさんと呼んで、かわいいところなんて一つもないやつ!真白の半分ぐらいでも似てみろ。 ところで今日、真白はどこ?」
「真白は都心側の建設地域に投入されたそうです、レンガ運び」
上を見上げながら怒る所長の言葉に、椎名がこっそりと口元を隠して耳打ちした。
「昔だったら学校に行かせる子にそんなひどいことをさせるなんて…… ちぇっ!これは全部あのろくでなしの怪物たちのせいだ」
「ところで、9区域ももう安全区域なので、作業人員を減らして15歳以下の子供たちをたくさん配置することになりますね。これまで安全なものに比べて危険区域に指定されていて、それなりに楽で良かったのに残念ですねよ、本当に」
ぶつぶつ言いながら防壁から遠く離れていく2人を確認した後、僕は防壁の穴に鉄板を重ねて釘を打ち始めた。
僕が今しているのは防壁の補修作業。鉄板と岩などを材料に15mほど建てられた防壁は国境に張られた大きな壁だ。 もちろん、昔ではなく今の国境だ。 リヴァイアサンに攻撃され、国土は数十分の1ほど減り、人口はほぼ数百分の1程度に減った。
それで、政府はヒーロー協会の支援を受けて少しずつリヴァイアサンを殲滅しながら国境を広げているところだった。 今までの区域は計19ヶ所。今日の放送で20番目の区域を開墾すると発表したので、多分半年以内に計20ヶ所になるだろう。 もちろん閉鎖された16区域は論外だから、実質的な区域は19個だけど。
―ゴォォン
「……うん?」
ハンマーを打とうとした瞬間、防壁から大きな振動を感じた僕の口から声が無意識に流れ出た。
―ゴォォン
また感じられる振動。
「何だろう……?」
地面が大きく響くような感じ。防壁の下で何か違う作業をしているのだろうか。 そんな思いで僕は首を回して椎名和所長の方を眺めた。 しかし、その2人も似たような考えをしたのか、こちらを眺めているところだった。他の作業者たちもこの異常現象に皆慌てた様子だった。
「……ゴォォン」
振動は大きくなって今は音にまで聞こえるほどだった。 まさかという不安感で背筋がぞっとした。でも、すぐ―。
「……」
静かになった。僕はずっと我慢していた深呼吸を吐き出し、他の作業者たちも何か安堵のため息をついたことで、防壁は再び騒がしくなった。 しかし、まさにその瞬間。
「バーン!!!」
僕とかなり近くにあった防壁の片隅が突然空高く舞い上がり、その残骸を四方に撒いた。そのショックで僕はバランスを崩してはしごから落ちてしまった。
「うわっ!」
背中から感じられる鈍い痛み。しかし幸いにも作業用の土のうが積もった方に落ちたおかげで、それほど大きな怪我はなかったようだった。 僕はよろめきながら立ち上がった。 今の衝撃で高いところから落ちたのは僕だけではなかった。 その中の一部は依然として体を起こすことができず、床に散らばっており、他の何人かは空から落ちた残骸に当たって倒れたのも見えた。
「青井! あお……」
高いところから離れた僕に向かって走ってきた管理所長と椎名は、何かを見て足を止めた。彼らの瞳孔の中の不安な震えは、少し離れた僕にもはっきり見えた。僕は彼らに沿って視線を向けた。
防壁が壊れた場所、そこの地面には巨大な穴が開いていた。ぼやけた土ぼこりの間から穴から何か巨大なものがうごめきながら身を乗り出していた。
それは何に似ているというか。 それは遠い昔の恐竜のようでもあり、深海魚のように見えたりもした。一方では、角があってサイのようだった。 正確に何かに似ているとは言い難い顔立ち。そのように異形的で奇怪な姿は僕が知る限りではたった一つしかなかった。
そんな僕の考えを込めたように、誰かが大声で叫んだ。
「リ, リバイアサンだ!!!!」
日本語の勉強も兼ねて小説を書く外国人です。
文法エラー、単語選択などのアドバイスはありがたくいただきます。 良い1日を。




