短編 46 吾輩はキャットなのかもしれない
普通に猫の話です。やっぱり分類がいまいち分かりませんけどね。
吾輩はキャットである。名前はまだない。生まれたてである。
白い毛並みの母から生まれたぶち猫、それが吾輩である。
吾輩、生まれた時からこんな口調である。他の姉弟は『ママー、にゃんごろー』と鳴いていた。うむ、個性であるな。
吾輩はきっと一番最初に生まれたお兄ちゃんなのである。だからおっぱい争奪戦も弟妹達に譲るのだ。
決して奴等の勢いに負けた訳ではない。負けてなどおらぬのだ。奴等の蹴りは普通に痛い。なにあれ、子猫容赦ない。
母上殿も『……はぁ』とため息の日々である。吾輩はギャング達が寝入ってからゆっくりと母上のお乳を楽しむのだ。あんまりでないけど。
そんなわけで吾輩はお兄ちゃんなのだが、一番体が華奢である。故に今話題の細マッチョ目指してパパンと遊ぶ日々である。日々これ鍛練。遊びと言えど手は抜けぬ。
パパンは真っ黒な猫である。黒猫であるな。尻尾はカギ尻尾。吾輩の尻尾は超ロングである。パパンはよくじゃれつく。子供心を忘れないパパンだと思う。テンションが上がりすぎると母上の折檻を食らってしょぼんとする可愛いパパンである。
母上つよい。
弟妹が強いのはその遺伝なのであろう。
吾輩に出たのはパパンのひょうきんさ、ということなのだろう。うん。そういうことである。
パパンは弟妹達に襲われていつも『うひ~』となる。子猫まみれであるな。自分もついでに襲われて『うひ~』となる。あいつら本当に容赦ない。
だが吾輩は長兄である。奴等の『遊んで攻撃』に応えるのも兄としての責務。今日もパパンと『うひ~』なのである。
うひ~。
吾輩はキャットである。名前はまだない。少し大きくなった子猫である。
弟妹が拐われた。
一大事である。
母上とパパンもこの一大事に日だまりで優雅に毛繕いである。
……なんか……すごい……ほっとした顔で毛繕いである。
とりあえず母上に聞いてみた。一大事であるぞー! と。
母上はゴロンと横たわりながら言った。気だるげに。肉球をなめなめしながら。
『みんな貰われていったのよー』と。
……どうやら里子に出されたようだ。
ヤンチャな妹もヤンチャな弟もみんな里子に出されていった。
家の中は静かになったのである。
パパンも尻尾をぱふんぱふんとさせて、日だまりでまったりモードである。パパンのカギ尻尾が所々ハゲているのはそういうことである。
吾輩だけが残された。
……家が広いぞー!
そして襲われないでいい生活のなんと開放的なことか!
パパンと一緒に部屋の中を駆け抜けてやった。邪魔するものは何もない。
吾輩は……自由だ!
でもすぐ母上にしばかれた。
パパンと一緒にしょんぼりである。
あれはパパンが悪いのだ。母上のベッドを通り道にするから。多分踏んだのであるな。
怒りの母上は速かった。部屋を駆け抜けるパパンにあっという間に追い付き側面体当たりでクラッシュさせたのだ。
アクション映画のカーチェイスでやるアレである。
パパンは壁に直撃して、しばらく動かなかった。
母上、超おっかない。
それは猫がしていい攻撃ではない。
吾輩もキャットタワーに避難する途中、母上パンチでソファーへと叩き落とされた。そしてあっという間にマウントからのガブガブである。
母上、ハイパーおっかない。
吾輩、軽くチビった。ソファーはそのあと除菌消臭のアレでシュッシュッされた。
こうして吾輩とパパンの自由は撃滅されたのである。
その日、吾輩とパパンは二人一緒に部屋の片隅で互いに毛繕いをした。母上を絶対に怒らせてはならないと誓いながら。
まさに傷の舐めあい。
良いのだ、我らは猫なのだから。あと母上おっかないから。
吾輩はキャットである。名前はまだない。また少し大きくなった……ような気がする。母上には『まだ飲むの?』と呆れられる日々である。
吾輩には名前がない。だが人間には『ぶち』と呼ばれる。それはきっと名前ではなくて愛称なのだろう。
吾輩にはもっとお洒落な名前が似合うと思う。
そう、マリトッツォとか。
ブーケガルニとか。
シュバルツとかも良い。
エクレールでも可。
黒猫のパパンは『くろ』と呼ばれているし、白猫の母上は『しろ』と呼ばれている。
……安直すぎやしないか、人間よ。
最近の我が家はとても落ち着いている。母上が穏やかなのは良いことだ。パパンも毎日ご機嫌である。
……今度はそのパパンが目の前で拐われていった。
寝ぼけてるパパンが人間によってキャリーケースに入れられて連れていかれてしまったのだ!
すわ! 一大事!
母上よ! パパンが!
『あー、去勢しに行ったのよー』
と、母上は寝床で腹を晒したまま教えてくれた。
……なにそれー?
吾輩は……キャットである。多分。人間怖い。超怖い。パパンは二日後に帰ってきた。愉快なパパンは以前の姿とはまるで違う姿になっていた。
なんか……襟巻きを装備しててお洒落になってた。あとすごく薬品臭かった。黒猫のパパンは超へこんでた。
母上も変わり果てたパパンの姿に『あんた誰よ!』と威嚇しまくった。パパンは部屋の片隅で泣いていた。吾輩は寄り添った。この哀しみに満ち溢れた背中……恐らく自分も遠くない未来に経験する事になるのだろう。
……吾輩のたまたま……いつまであるのかな。
吾輩はキャットである。また少し大きくなった。吾輩のたまたまはまだある。ぷりぷりである。
母上とパパンはまた仲良しになっていた。パパンがすごく甲斐甲斐しく母上のお世話をしている。毎日てしてしと一生懸命に母上の毛繕いをしているのだ。
……舎弟?
きっと夫婦円満の秘訣はこういう所にあるのだろう。母上が少し太った気もするが指摘するとガブーと噛まれるのでスルーである。
吾輩も最近は体がしっかりしてきた気がする。これならば里子に出された弟妹達にも負けることはないだろう。今ならおっぱい戦争にも退却の文字はない。
そう思ってたのに。
人間が写真を見せてきた。弟妹達の現在である。
みんなすごく大きくなっていた。一番大きな妹で十キロを越えている。デカイ。丸い。シルエットが猫じゃない。
……なに食ったんだろう。
吾輩……ニャンコなのー!
なんかね、なんかね、体がニャッハー!
パパーン! 遊ぼー!
ママーン! ンゲフッ!?
がふっ! げふっ!
……吾輩はキャットである。少し落ち着いた。母上のパンチは非常に重かった。うむ、壁にドーンである。
さて……吾輩はキャットである。
……たまは……もう……ない。
襟巻きも取られたので散歩も気ままに出来るようになった。
でも……たまはない。
……弟妹達よ、元気だろうか。兄は……取られた。お前たちも取られているのだろうか。
兄はもう、兄とは言えないなにか、になってしまった。
なんだろう。お尻でぷりぷりしていたのがしわしわである。
……諸行無常とはこの事なのだろうか。
パパンと一緒にキャットタワーの最上部で項垂れる。
たまは……もう……ないのだ。
吾輩はキャットである。たまは……もうない。でも名前はある。『ぶち』である。
名前が『たま』でなくて良かったと思いたい。
……吾輩。たま……ないし。
……あれ? 母上? 何でそんな腹を抱えて大笑いを……あの、パパンも泣いてるし、あの、母上?
ははうえー?
なんか化け猫っぽい……ンゲフッ!?
吾輩はキャットである。
名前は『ぶち』であり、たまはない。そして母上は……キャットなのかなぁ。多分化け猫っぽい。
……あれ? そんな母上から産まれた吾輩は……あれ?
吾輩は……キャットなのかもしれない。
キャットであって欲しいと思う今日この頃である。
げふっ。
今回の感想。
猫の玉は取らねばならぬ。たとえそれがぽわぽわのぷりぷりであってもだ!