圧倒的な暴力は後々の布石となる
10日間、アラシは村の子供と遊んだり、狩りに行って料理を作ったり、自警団の男に稽古をつけたりと、のんびり過ごした。話しやすく、頼り甲斐があると人気者になっていたようだ。
レイラもアラシに付き合って子供と遊んだり、村を観察して過ごしていた。隠しきれない美貌から、村の男衆には人気があったが、本人はそれどころではなかった。
そして、アトレイアの兵たちが来る日が来た。
前回6、7人がフランドルに撃退されたことから、更に人数が増えることが予想されていたが、アラシは任せておけというばかりだった。村の者たちも、なんとなく、アラシはやるのだろうと思っている節がある。そう思わせる雰囲気がアラシにはある。
そのアラシは、村の入り口でアトレイアの兵が来るのを待ち構えている。「たび重なる不埒な行いに対して、最後通告を伝えに来る」という手紙が村長に届いていたことは聞いている。今回はアトレイアも本腰を入れてくるのだろう。レイラもアラシのそばで待ち受けていた。
「来たな」
座り込んで村の男衆と話し込んでいたアラシが立ち上がる。街道をアトレイアの騎馬がやってくるのが見えた。数は30を超える。小隊規模だ。多くなるとは思っていたが、さすがに5倍の規模が動員されるとは思わなかったのだろう。村の衆がたじろいだ。
「まあ、そう焦るな。まずは口上からだろう」
アラシは変わらず、落ち着いた風情で周囲をなだめた。
村の入り口、アラシに手が届くほどの距離に来たアトレイアの兵が、胸元から包みを出して読み上げる。
「デグズムンドを掌握したアトレイア帝国は、デグズムンドのもと勢力圏にも再三臣従するように訴えた。ここ、サハタリ村はその度に武力を持ってアトレイア帝国に抵抗を行った。これが最後の通告である。帝国に臣従すればよし、しないのであればアトレイアの誇るデバイス兵により村は壊滅することだろう」
アラシが、前に出る。口上を上げたアトレイア兵を見据え、大音声で応える。
「何度も申し伝えている通り、サハタリはあくまでデグズムンドと協力関係を結んだのみ。それも、デグズムンドが近隣の村との調停、治水、技術供給、治安維持を行うことへの見返りだ。アトレイアがデグズムンドを従えようと、サハタリが臣従する理由はない。そもそも、何も行わぬ癖に上前だけはねようとは厚顔千番。なんども撃退されておいて尚そのような恥知らずなことを言える性根がわからんわ!」
アトレイア兵は顔を怒りで顔を赤くして吐き捨てる。
「農民風情がでかい口をたたきおって。後悔するなよ。この村を焼き払ったら貴様を馬にくくりつけてデグズムンドの首都まで引きずって連れて行ってくれるわ」
「どいつもこいつもアトレイアの兵は品がないな。そら、かかってこい」
「かかれ! こいつを黙らせろ!」
声をきっかけにアトレイアの兵が動き始める。
先頭にいた三人の騎馬が、剣や槍を振り上げアラシに迫る。
「こう言う場合、気をつけるのは騎馬の勢いにのまれないことだ。速さと重さは大きな武器だからな」
後ろで見ている村人にレクチャーするように、アラシは大声で話しながら動く。大柄な体躯に似合わずするりと騎馬の間をすり抜けながら、刀で武器を弾く。
「騎馬の重さと速さ、それが乗った武器に当たらなければ、騎馬の脅威は格段に落ちる。手っ取り早いのは遠距離からの投石だが、機動力が武器の騎馬と距離を取るためには砦や柵が必要となる場合が多い」
話しながらアラシは次々と騎馬から兵を落としていく。
叩き落とされたアトレイア兵はまだ戦意を失っていない。起き上がりアラシに魔法を放つ。様子を伺っていた他のアトレイア兵も遠間から魔法を放ってきた。火球が7つ、時間差で迫る。
アラシは地面から小石を拾い、火球に投げつけた。
「アトレイアの脅威は全員がデバイスにより魔法を使えることだが、選択される魔法は破壊力を考えてほぼ火炎球。多人数だと厄介だが少人数ならやりようはある。こんなふうに」
小石に当たった火球が爆発する。近くの火球が誘爆して爆音をあげる。焦げ臭い匂いが漂う。アラシは、そのまま向かってくるのこりの火球をゆうゆうと避けた。
「火球は何かにあたれば爆発するし、スピードもめちゃくちゃ速いわけじゃない。こっちにくる前に何かを当てれば爆発させられるし、背後に守るものがなければ避けることもできる。少人数が相手ならある程度これで対処可能だ」
説明を続けるアラシに次々と火球が迫る。アトレイア兵の半分ほどが遠距離から砲撃している。その中には複数人で融合した火球もあった。両手で抱えるほどの大きさ。爆発させれば余波でアラシもダメージをくらう大きさと距離だ。
「多人数が相手の場合は少々厄介だが、魔法を使えるものならこういうこともできる」
迫る火球をアラシが刀で巻き取るように動かすと、火球が刀に巻き取られて、ヒュッと音をたてて消滅した。そのまま、舞を舞うかのように、アラシは迫る火球を刀で巻き取っていく。ヒュッヒュッヒュッと連続で風の音がして、火球は全て消滅した。
「馬鹿な……。あれだけの火球を触れるだけで消し去るだと……」
アトレイア兵が驚愕して動きを止めた。
アラシは続ける。
「原始魔法に精通する宮廷魔術師レベルならこの程度のことは可能だ。防御だけではない。攻撃に関しても」
脇構えに構えた刀を横に一閃する。その途端、馬上にいたアトレイア兵の右腕が同時に切断された。
「うわぁぁぁぁ!」
叫び声を上げながら、右手を押さえる者が1人、血しぶきを上げて馬上から転落する者が2人。前列、中列、後列と、アラシからの距離も位置も全く違う3人が、同時に右腕のみ切断されていた。
「俺は見える範囲ならこれくらいは攻撃をコントロールできる。そして、デバイスが脅威ならば切り離してしまえばいい。右手さえ落としてしまえば、こいつらは素人に毛が生えた程度の兵士だ」
アトレイア兵の顔に恐怖が浮かぶ。少々使える田舎の力自慢を弄びに来たのではなかったのか。返り討ちにあったものも、打撲や骨折程度で命の危険はないのではなかったのか。1人に対して一個小隊で取り囲んで何故こちらにだけ怪我人が出ているのか。
混乱と恐怖。絶対安全と思っていたところから、実は命の危機があるという事を認識したアトレイア兵は暴走した。
「後方の待機組は全員であの男を攻撃しろ! 残りはあの男を無視して村に攻撃をかけろ! 仲間がやられればあいつもそちらをカバーせねばならんだろう」
誰もが薄々このままでは不味いと思っていたのだろう。半ば恐慌をきたしたアトレイア兵はアラシを狙わず無差別に火球を放ち始めた。村に被害が出れば、結局個人の武力では勝負にならないことの証明となり、サハタリはアラシに組みすることをやめるだろう。結果的にアトレイア兵のとった行動は正解だった。アラシが相手でさえなければ。
「攻撃が見える範囲に届くなら、防御も同じことができるとは考えないのか?」
アラシが刀を青眼に構える。迫る火球。また刀で火球を巻き取ろうというのか。だが、それでは村への攻撃は防げない。
「ハッ!」
青眼に構えた刀を呼気と共にふりあげる。その刹那、アラシに向かっていたものだけではない、村に向かっていたものまで含めてすべての火球が空中に停止した。
30近い数の火球が、アラシの刀の先に透明な壁でもあるかのように止まる。端から端まで100歩以上、高さは大人3人分ほどはあるだろう。
「さて、もう一度宣言しておこう。サハタリはアトレイアの傘下には入らない。アトレイア本国はとりあえずデグズムンドを抑えておけば文句はないはずだ。この周辺の村落に色気を見せるな。この周辺は俺たちのシマだ。手を出すなら、こうなる」
言うなり、刀の振り下ろす。火球が爆発して見えない壁が炎に包まれた。村のどこにいても見えるだろう巨大な炎の壁が現出していた。炎の壁が、近くにいるアトレイア兵を飲み込む。絶叫が上がった。炎が鎖のようにアトレイア兵の体に巻きつき、生きたまま焼いていく。デバイスから水魔法を使っているようだがまさに焼け石に水だった。数人が炭化するまで絶叫は続いた。
もはや、アトレイア兵に戦意はない。
いや、見物していたサハタリの住人も、途中までは快哉を叫んでいたが、あまりに凄惨な光景に声をなくしている。
炎が消えて静まり返った中にアラシの声が響いた。
「今回は忠告だ。残りは生かしておいてやろう。帰って上に伝えるがいい。覚悟なくここいらに手を出すなら、お前ら全員がこうなるとな」
山での戦いを見ていたからレイラは気がついた。最初は手加減をしているのかと思ったが、違う。アラシは自分のできることを村人に見せつけたのだ。
徒手で騎馬を相手にできる格闘能力。
魔法を使わずにデバイス兵を相手する知恵と工夫。
多人数の魔法を無効化する魔法技術。
精密で範囲の広い攻撃魔法。
デバイス兵の弱点。
広範囲防御魔法。
圧倒的な火力。
そして、敵に対しての無慈悲と非情。
これはまさしくデモンストレーションだ。アトレイアに対しても、サハタリに対しても。
アトレイアは攻めにくくなるだろう。ここまで完膚なきまでにやられれば。己が傷つくことなどほとんどなく勝利してきた軍だ。危ないことなどやりたいはずがない。そして、サハタリ周辺はデグズムンドの領土ではない。理屈上では反乱ではなく、友好条約が結べなかっただけなのだ。積極的に攻める理由には乏しい。アトレイア本国が全ての地域を掌握するよう働きかけるまでは、時間があるだろう。その間に戦力をととのえる。
そして、サハタリは強力な守護者を手に入れ、裏切ることへの恐怖を焼き付けられた。この後は、交渉などほとんどなくアラシの意見は通るだろう。
(ここまで考えて、行動したって言うの?)
レイラは背筋が冷たくなるのを感じた。