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ヤクザはトラブルを探す

 見渡す限り、緑の絨毯が敷かれている様だった。背丈ほどの作物が規則正しく並び、その間を集落の者が雑草を抜いたり、虫をとったり、肥料をやったりと、忙しく働いている。

 レイラとアラシは、レツと別れ、デグズムンドの辺境を訪れていた。


「のどかだね。こんなところにトラブルがあるの?」


 尋ねるレイラは、前回の反省から動きやすいズボン姿の旅装に長い黒髪は後ろで纏めて麦わら帽子を被っている。正体がバレない様に、口調も大分くだけたものに変えた。慣れるまでは、大変だったが、今はすっかりアラシの相棒の『サソリ』だ。


「デグズムンドが直接支配しているのはほとんど中央部だけだ。辺境はそれぞれの領主や、村落の名主が治水や技術供給、魔物退治を請け負う代わりに税を納めるという裁量権を持った状態での協力体制という形が強い。アトレイアが今まで吸収してきた中央集権国家よりも原始的な形態だ。その分、高圧的なアトレイアに従いたくない領主は山ほどいる。そして、アトレイアに臣従したのはあくまでデグズムンド政府だ。協力者である辺境の領主はアトレイアに臣従を認めたわけではない。この辺がポイントだな。どうだ? トラブルが転がってそうだろ」


 答えるアラシは変わらず藍色の着流しに紺の帯を締めて、刀を差したスタイルだ。

 2人で馬を並べて街道を進む。


「で、まあ、この辺りがアトレイアからの協力要請を拒否している地域ということだ。アトレイアも黙っていては他の地域に示しがつかん。さてどうなるか」


「しかし、1日しか街にいなかったのによくそんな情報仕入れてきたわね」


 レイラが感心した様に呟くと、アラシがクビを振った。


「調べたのはレツだ。あいつは言動は軽く見えるが、頭はキレるしこういった情報取集は得意だ。ついでに腕も立つ」


「はぁー、ただの変わり者じゃないのね」


 話していると、進行方向が何やら騒がしくなってきた。


「さて、お待ちかねのトラブルかな?」


 近寄って見れば、アトレイアの騎士とこの地域の民だろうか、褐色の肌に黒髪、腕にはデバイスをつけた騎士の集団が村人と睨み合っている。いや、正確には村人中心にいる背の高い女と睨みあっている。


 でかい。アラシも堂々たる体躯と言っていい体格だが、女は更に大きかった。レイラの頭なぞ鳩尾の位置くらいまでしかない。大きいだけではなかった。体の厚みも、腕や太ももの太さも、アラシに匹敵するほど大きい。女丈夫と言っていい体格だった。燃えるような赤毛を背中までの垂らした女は、体格はいいが、よく見れば整った顔立ちをしている。

 あまりの大きさに体のサイズに合う服がないのだろうか、上衣は粗末な袖のない麻の白いシャツをぴちぴちに着込み、ズボンは太腿までしかない同じく麻のズボンを身につけている。


「何度も言う。デグズムンドはアトレイアの占領地となった。貴様らもアトレイアに従い税と労役を納めろ。さもなくば反逆者と見做して軍による討伐の対象となるぞ」


「あたしゃあ難しいことはよくわかんねえけどよ。この村は、デグズムンドと協力関係にあっても支配されてた訳じゃねえんだ。お前らがなんかしてくれるってならともかく、勝手に来て金を払えじゃあ。理屈が通らねえんじゃねえか」


 女がハッキリとした口調で答えた。

 周りの村人たちが、そうだそうだと大きな声で囃し立てる。


「反抗するなら痛い目を見るぞ」


 言うなり、アトレイアの騎士が女にデバイスを向けた。村人達が怯んだように、下がる。だが、女はデバイスが目に入ってないかのように動かなかった。


「馬鹿が、女のくせにでかい図体で調子に乗ったか? 魔法には関係ないんだよ」


 アトレイアの騎士が火球を放つ。


「あいつら、民間人に向かって!」


 レイラが駆け出そうとした。いくら鍛えていると言っても魔法には無力だ。黒焦げになると思ったのだろう。普通ならそうなる。だが、女は普通ではなかった。


 さして力を入れたように見えなかった。飛んできた虫をはたくように、女は火球を掌で叩き落とした。地面にぶつかって爆発する火球。街道に焼け焦げたあとは残ったが、女は全くの無傷だった。掌に火傷すらないようだ。


「ありえん。火球をはたき落とすだと!」


 狼狽するアトレイアの騎士に女が声をかける。


「あたしにはその程度の魔法は効かねえ。大人しくかえってくれるならそれでいいんだよ。この村はこの村でやっていくから」


「ふざけるな。お前たち、手を貸せ。農民風情がアトレイア騎士に舐めた口をききおって」


「怪我するからやめときな」


 アトレイアの騎士が集まって同時に魔法を放つ。


『火炎球』


 5人の騎士から放たれた火球が結合し、一抱えほどもある大きさの火球が女に迫る。女は今度は拳を振り上げて火球に拳打を放った。拳が空気を裂く音が響き、それから拳の先で火球が爆発した。まるで、拳から火球が放たれたかのように、爆発の衝撃と火炎は女の前方に広がっていた。空気が震え、離れたところに居るレイラとアラシのところまで衝撃が伝わってくる。正面にいたアトレイア騎士達は何人かが馬ごと吹っ飛び、かろうじて騎乗している者もよろけている。


 女は前に進み近くにいた騎乗したアトレイア兵を、両手で馬ごと頭上まで持ち上げた。おそろしい膂力だった。


「ほら、あの程度じゃ傷ひとつつかねえよ。懲りねえならちょっと怪我してもらうから上手く受け身をとりな」


 先ほどと同じく、馬と人を持ち上げながら全く力が入っていないかのようにのんびりと話すと、女は残っていたアトレイアの騎士に向かって、持ち上げた馬と騎士を投げつけた。


「何者なの? ありえない力と魔法耐性だわ」

 

 一連の成り行きを眺めていたレイラが呆然と呟く。


 「『精霊の子』と言うやつだな。血筋も人種も関係なく突然現れる膨大な魔力を持った人間だ。膨大な魔力に裏打ちされた肉体の頑強さと膂力から人外の力を発揮する。英雄にも大悪党にもなりうる人材だが、こんな辺境にいるとは」


「あ、あ……。噂には聞いたことがあるけど、実際目の当たりにすると凄いわね」


 流石に王女だけあってレイラは耳にしたことがあるようだった。


「ああ、あいつが、村の守護神として居るからこの辺りの村落が反アトレイアな訳だ。うまくたちまわればごっそりシマが手に入る」


 ほうほうの体で逃げ帰ったアトレイア騎士達を見送った農民達は見張りを残して解散するようだった。


「フランドル! ようやったのう」

「おめえがいたらここらは安心じゃあ」

「また、奴らがきたら頼んだぞ」


 フランドルと呼ばれる女に声をかけると、農民達は三々五々に帰っていった。残ったのは女と、その側で話しかけている農民らしくない線の細い男だけだった。


 アラシは、馬から降りて残った2人に歩み寄る。


「おまえさん、凄いな! 大した力だ。俺は旅のもんでアラシって言う、こっちはサソリだ。見事なもんだった。お前さんがこの辺りで守護神と呼ばれているのもよくわかる。そんでだ、俺はその守護神の力を知りたい。飯をおごるからいっちょ俺と手合わせしてもらえないか」



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