ヤクザはチャカとヤッパの使い方が上手い
ガサガサと下草をかき分け、褐色に黒髪のアトレイア軍人が現れた。腕にデバイス。完全武装で20人はいる。
先頭に立った男が、尊大に語りかける。
「手をかけさしてくれましたね。レイラ姫。貴女にはアトレイアに来てもらいますよ。バルタザールの王族に自分たちが、アトレイアの支配下の飼い犬という立場をわかってもらうためにね」
粘り付くような口調で、男は続ける。
「まあ、身の安全は保証できません。恥ずかしながら、異国の姫を好む変態が我が国には多いのでね。レイラ姫は若くて美しく、度胸もある。大層人気が出るでしょう。アトレイアでのオークションが楽しみですねえ」
「オークションですって?」
「おや、これは失礼。異国の姫はアトレイアにきたら、文化に慣れる為に貴族の預かりになるんですよ。これが人気で入札制になってましてね。一番金を出した貴族が、気に入った姫に、アトレイアのルールを教育する」
「教育? 拷問の間違いじゃあないの?」
嫌悪感丸出しで吐き捨てるレイラ。
「ンフフフフ。この前は、北方のスヴェントガルドの第四王女がやってきましてねえ。政治経済歴史に文化に造詣が深い賢女という噂でしたが、到着した日にホールで裸にむかれましたよ。自慢の頭脳も弁舌も使えないように、口枷を噛まされて、オットマンのように使われています。白い肌が打擲すると赤く染まって大層人気だとか。レイラ姫も自分の立場を思い知るといいですよ」
粘着質な視線が、肩も脚もあらわな、ボロボロの衣装を纏ったレイラの全身を舐めるように這う。
「隊長、姫さん捕まえたら俺たちも遊んでいいでしょう?」
「どうせ本国に行ったら壊されちゃうんだ、役得があってもいいですよね?」
アトレイアの兵士はは好色そうな表情で男に嘆願している。
レイラは恥辱と怒りでどうにかなりそうだった。
疲労と痛みで震える脚に力を込め、アトレイアの将校を睨みつける。
「バルタザールの誇りに欠けて、最後の1秒まであなた達の思い通りになどならないと思いなさい!」
「いい〜、タンカだ。力を貸すなら、そういう女がいい。ハクいスケっていうにはまだ幼いが、俺ちゃん気に入ったぜ」
「思ったよりも下衆な相手のようだな。貴様らには弱者を守るが、漢の矜持という事を教えてやらねばなるまい」
先程から隣で聞いてた奇妙な二人組がレイラを守るように前にでる。デバイスは付いていない。
デバイスはアトレイア人なら必ず身につけている身分証にして、アトレイアの支配を支えるツールだ。200年前の建国の時に作られたといわれる魔力をコントロールする腕輪。これをつければ誰もが簡単に魔法を使える。複雑な魔法や大魔法は無理だが、訓練されてない一般人がデバイスを持つだけで殺傷可能な魔法を苦も無く放つことができるようになるのだ。アトレイアは一気に最大の兵力をもつ国家となって周囲を蹂躙した。
200年の間に洗練され、使える魔法の種類は増え、さらに、帝国の魔術文明は、デバイス持ちの余剰魔力を吸収・貯蓄する事で常時発動型広域魔法の使用を可能にした。帝国のインフラは他国と比較にならないほどしっかりしている。どこの天才が作ったのか、他国がいかに研究しようとも、このデバイスを作成する事はできなかった。
属国となった地域ではデバイスが配られるが、反乱を起こした時点でデバイスの使用は停止される。さらに個人の魔力に合わせて調整されるため、他人のものは使えない。現在の帝国を支えるオーバーテクノロジーだ。
嘲るように、アトレイアの将官が吠える。
「バルタザールの田舎の猿が英雄気取りか? 帝国の将兵は全員デバイス支給により魔法が使える。この圧倒的な戦力差がわからんとはな。まあ、みせしめには丁度いい。レイラ姫、貴女が従わないなら、またバルタザール人が惨めに死にますぞ」
対する2人は、至極冷静だった。レイラに後ろの木に隠れるように伝えると、刀を持った男が右手を前に出して、かかってこいというように指先をちょいちょいと動かした。
「馬鹿が、焼き殺せ」
アトレイアの将官の指示により、後ろの10人が呪文を詠唱する。男が右手を上げて振り下ろす合図と共に、炎が渦巻いた。
『火炎弾』
通常、熟練した魔法使いが、魔力のコントロールと長い詠唱により放つ火球。アトレイアのデバイスは、余分な予備動作と詠唱不要で、一言による発動を可能にした。魔法使いが放つような威力・範囲・形態・速度・動作のコントロールはできないし、呪文の種類は少ないが、一晩で一般人が、人間を殺傷しうる風・炎・水・治癒の魔法を使用可能な軍人になる。そして、その威力は人数と共に増大していく。
10人による火球は、2人を覆い尽くす程の大きさとなって放たれた。骨も残さず消失する。レイラも、アトレイアの兵士もそう思ったはずだった。
「チェイッ!」
刀の男が気合と共に抜刀する。刀で炎が切れるものか。恐怖でおかしくなったのだろうか、否!
火炎球は、剣尖に絡め取られる様に刀身に巻きつき、そのまま弧を描いて射手に打ち返された。
威力はそのままに戻ってきた火炎球の直撃を何人かが喰らう。3人が声も出さずに燃え滓となった。
「未熟だな。廉価版の魔法なぞ、所詮こんなものか」
奇跡を起こした男は、つまらなそうに刀を下げる。
「刀で、火炎球の軌道を変えた? バカな?」
アトレイアの将官が信じられないという顔で呟く。
「違うな。刀で変えたわけではない、刀を媒体とした原始魔法だ。お前達の様にデバイス頼りではできない繊細なコントロールで、火炎球の軌道のみを変更した」
「原始魔法? そんなカビの生えた技術でだと?」
原始魔法は、デバイスが流通するまでに使われた本来の魔法。己の魔力をコントロールし、神と繋がることで奇跡を起こす。素質が必要で、魔力の消費量も多いが、応用が効き威力が高い。熟練者であれば、走る馬上から鎧の隙間を狙うことも、掌を傷つけずに、掌に乗せた果実のみを燃やすことさえできる。問題はそれほどの腕前を持つものは、国に一人か二人程度しかいないという事実だった。身の丈ほどの火球の軌道に瞬間で介入した刀の男は、恐ろしいほどの魔法の腕前を持つということに他ならなかった。
「兄弟とてめえらとじゃ、貫目が違うってことよ」
黒眼鏡の男は、言うなりシャベルを投げ捨て、両の手で胸元より見たこともない黒い金属の道具を出すと、混乱の収まらないアトレイア兵に向かって何かを放った。ガァンガァンと金属を叩く様な音がするたびに、アトレイア兵が倒れていく。
混乱するアトレイア兵の中に刀の男が飛び込み、左右に切り伏せていく。瞬く間に、アトレイアの兵は将官だけになっていた。
「馬鹿な……、馬鹿な……」
喘ぐ様に声を漏らし、狼狽して左右を見回す男に、興味を無くした様に刀の男は刃を納めた。黒眼鏡の男は、手に持った黒い道具を将官の後ろから後頭部に当て、今までの軽口が嘘の様に冷たい声で囁いた。
「動くと死ぬよ。質問に答えれば生かしてやる。姫さん、聞いておきたいことはないか?」