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ヤクザは歓楽街で店を構える

「いいじゃねえか、姉ちゃん。減るんじゃねえし、そんなの見せつけられたらこっちも我慢できなくなるだろぉ?」


 酔っ払って気が大きくなった客が、接客についていた黒髪のキャストの女性の手首を掴んで引っぱる。


「駄目ですよお客さん。酔っ払いすぎですよ」


 大きく胸元の開いた扇情的な赤いドレスを着た女性キャストがやんわりと注意するが聞いていない。腰に手を回して女性キャストを引き寄せると、密着した状態で纏め上げた髪の匂いをフンフンと嗅ぎ、いやらしい笑みを浮かべた。


「いい匂いだなあ。姉ちゃん。ほらぁ、小遣いやるからよぉ。いいだろお?」


 赤いドレスの女が、立ち上がって逃げようとするが

男は腰に回した手に力を入れ逃がさない。そのまま太い指が腰から胸元まで上がっていく。赤いドレスの女の表情が困惑から嫌悪になり始めたところで、声がかかった。


「お客さん、うちはそういう店じゃないんでねー。アキナ嬢が魅力的なのはわかるけど、その辺にしといてもらえます?」


 体にピッタリとした奇妙な白い衣装を上下に身につけた黒い丸眼鏡の痩身の男が止めに入る。どうやったものか、スルリと女性スタッフを男の腕から取り返して体を入れ替え、男に笑顔で話しかける。


「ねえ、お客さん。美人の女の子みてムラムラしたんだったら、上のお店行けばいいよ。いい子が揃ってるからね。ここは楽しく飲むところなんだ」


 男のスタッフと見て身構えた酔っ払いだが、体格と物腰をみて与し易いと思ったのか、声を荒げて恫喝する。


「あぁ? てめえにゃ用はねえよ! すっこんで……」


 途中で声が小さくなったのは、目の前の男の雰囲気が変貌したからだ。気付けば喉元にナイフが突きつけられている。


「そうそう、店のルールに従わないからこっちも客扱いする必要がないって事だ。なあ、酔いは覚めたか? お帰りはあちらだよ」


 アラシとレイラと別れ、バルタザールで当座の元手を手に入れたレツは観光立国イクティージアの首都イクティーカで店を開いていた。


「オーナー、ありがとうございます。助かりました」


 レツに締め上げられて、すごすごと退店した酔っ払いについていたアキナ嬢が頭をさげにくる。アルコールが回ってほんのり上気した肌が艶かしい。アキナ嬢は一月前に開店した酒場「アンユージュアル」の売れっ子キャストだった。


「はいはーい。アキナちゃんもお疲れ様。やな思いさせてごめんね。アキナちゃん魅力的だから酔った勢いで調子に乗るお客さんもいるだろうけど、お店のルールを守らないなら俺ちゃんが叩き出しちゃうから、困ったら呼んでね」


 気にするなと言うように手のひらをひらひらと動かして応えるレツ。


「ええ、本当に助かります。この店、トラブルになってもすぐオーナーが来てくれますし、お賃金当日払いできっちりいただけますし、衣装も可愛いですし。女の子たちみんな喜んでますよ」


 目端が効くと言うのか、レツは女の子がトラブルに合いそうな時はいつも側に来て速やかに解決してくれる。水商売にはつきもののトラブルは、お店の娘に我慢をさせて店が目をつぶることも多いが、「アンユージュアル」でも、上の「セブンスヘブン」でもレツは店のルールを守らないものにはアトレイア人でも容赦なく対応していた。そのおかげで働くキャストの評判は上々だった。


(さて、軌道にはのってきたが、どうしたもんかねぇ)


 イクティージアは商業ギルドの合議制で動いている観光立国で国土も小さく、戦力はない。それゆえに西方三カ国で最も早くアトレイアに臣従した国である。観光が資源であることから、早くにアトレイアの占領軍にロビー活動を行い、資金の提供と引き換えに、今まで通りの治外法権を認めさせた、悪い言い方をすれば、安全を金で買った国だった。首都は西方を代表する歓楽街イクティーカだ。


 レツがイクティーカで店をやっている理由は四つある。


 一つは資金源。西方3カ国で最も栄えているイクティーカはバルタザールやデグズムンドとは比較にならないほど金が動く。個人でも大金を稼げる機会が得られるこの国で、ある程度資金の目星をつけておきたかった。

 

 一つは人員の確保。繁栄している分イクティーカには人が集まる。バルタザールにしろデグズムンドにしろ政情が政状が不安定になり働く場所が減れば食い扶持を求めて人は都市に集まってくる。選抜は必要だが人手は集めやすい。いずれアトレイアと戦う時のためにそれなりの人員を集めておきたかった。


 一つは拠点の設置。アラシは辺境で拠点を作るだろうが、その人員を全員動かせるわけではない。また、動かしても滞在する場所は必要になる。都市部に近いところに拠点は必要だった。


 最後に情報収集。娼館と酒場は情報の宝庫だ。そして、都市としてもイクティーカは西方3カ国、アトレイアだけでなく近隣諸国から人が集まる場所だ。ここである程度、各国の情勢や戦力、アトレイアへの外交的スタンスを確認しておきたかった。


(女の子の手配はそれほど難しくない。今後も継続してキャストは確保できるだろう。店の規模ももう少し評判になれば大きくできる。手駒もそれなりに確保できた。でもなあ、この街はなーんか妙なんだよなあ。アトレイアの占領下、四カ国以上の国の人間が入り混じる環境。普通これならもっと揉め事が起こるはずなんだ。それが、妙に大人しい。整然としている)


 イクティーカの歓楽街は、大きく分けて、酒場、賭場、娼館のエリアにわかれ、国営のカジノを中心に高級酒場、高級娼館があり、さらにその周辺に民間の酒場、娼館が集まっている。


 レツはまず、バルタザール王に貰った資金を元手に酒場をやる事を決めた。飲み歩いて酒場と娼館の境目あたりのエリアで店が開そうな建物に目星をつけ、3フロア契約する。元酒場のフロアが借りられたのである程度は流用が可能だった。食器や酒を準備し、絨毯やテーブルクロス、その他調度類を準備する。


 人員の確保は難しくなかった。デグズムンドでもバルタザールでも生活の苦しくなった若者はイクティーカの華やかな暮らしに憧れてやってくる。だが、殆どはツテがあるわけではなく、たどり着いてから途方に暮れる。運が良ければ人のいい店主に拾われて華やかな店で働くこともできるが、そんなものは1%もいない。ほとんどは騙されて逃げる事も出来ないまま娼館で働くか、働く場所さえなくて犯罪に手を染めるようになるかのどちらかだ。

 運が良ければ同じ地方出身からできた互助会のようなものに引っかかって比較的まともな店を斡旋される。そんな状態だった。


 レツはまず、スラムギリギリの区域を巡りながら見込みのありそうな集団を探した。犯罪に頼らずなんとか生きようとしているバルタザール人とデグズムンド人のグループ。できればアトレイアに反感を持つものがいい。


 幾日かぶらついて、日雇い仕事で日銭を稼ぎながら身を寄せ合って生きるデグズムンド人のグループと、靴磨きや花売り、酒場に掛け合ってゴミ掃除などを取り仕切って仲間に仕事を振り分けているバルタザール人のグループに目をつけるとまずはそこから交渉した。

 

 まずはデグズムンド人のグループだった。

 酒場の開業を手伝い、一日荷運びをしていたグループのリーダーに話しかける。


「なあ、アンタ、デグズムンド人だろ? 俺ちゃんのところで働かねえか?」


 大柄な男は、急に声をかけられたことに驚いた顔をしたが、仕事の依頼と聞いて嬉しそうな顔で返事をした。


「おお、荷運びでもなんでもやるぞ。仕事をくれるならありがたい。何日でいつだい?」


「いや、荷運びじゃない。何人いるか知らんがアンタのところ全員を雇いたい。少なくとも一月、成果が出るならそのまま雇ってかまわない」


「そりゃ嬉しいが、一体なんの仕事だい? あんまり後ろ暗いことには関わり合いになりたくないぜ」


 男が少し警戒した返事をする。日雇いならともかくグループ全員を一月雇うなどと言う話は普通ない。当然の反応だ。デグズムンド人のこのリーダーは、仕事ぶりを見る限り、基本的に善良で真面目で仲間思いで、信用はできるが損をするタイプの男だった。


「まあ、色々やっちゃもらうんだが、基本的にゃあ同郷人を助ける仕事だ。詳しくは俺ちゃんのところで話すから、明日暇なら昼の鐘の頃に南門の噴水の辺りに来てくれ。話を聞いて嫌なら断ってくれてかまわない。名前はなんだ? それからアンタのところは何人いるんだい?」


「ダンと言う。俺を入れて10人だな。まあ仕事は欲しいんだ。犯罪じゃなければ大歓迎だ」


「ああ、一つだけ聞いておくよ。アトレイアのことはどう思ってる?」


 男は顔を顰めて返答した。


「あいつらのせいで俺たちの村は無くなったんだ。嫌いだね。でもまあ、背に腹は変えられないからアトレイア人が相手でも文句は言わんよ」


「ああ、上等だ」


 レツは、ニヤリと笑った。


 ダンと別れたレツは次にバルタザール人のグループに声をかけた。こちらはダンよりもかなり若い青年だ。グループの中には少年と言ってもいい年齢の仲間もいる。


「オマエ、だいぶ頭が回るな。仲間に仕事を振り分けて、自分でも営業して仕事を作ってる。どうだ? 俺ちゃんのとこで仕事をしねえか? 短期じゃない。オマエのやる気さえあればずっと雇ってもいい」


 青年は困った顔をして、申し訳なさそうに答えた。


「いや、俺が抜けたら、アイツらの食い扶持が稼げねえんだ。今までも時々声をかけてもらったんだけど、俺だけっつうわけにはいかねえんだわ」


「心配するな、オマエだけじゃない、オマエの仲間全員だ。しかし、オマエ、いい奴だな」


 レツが笑うと、青年は勢い込んで返事をした。


「マジかよ! 俺の仲間で8人いるぜ? みんな雇ってくれんのか⁉︎」


「もう一組にも説明するから、明日暇なら、昼の鐘の頃に南門の噴水の辺りに来てくれ。話を聞いて嫌なら断ってくれてかまわない。特に犯罪とか危ないことはしない。そんで、オマエの名前は?」


「俺はユーリ。よろしく頼むよ」


 最後に、レツはダンにしたのと同じ質問をした。


「ユーリ、お前アトレイアの事はどう思ってる?」


「偉そうにしてるから好きじゃあないな。ただ、俺の村が戦争する前にバルタザールは降伏したから憎んでるわけじゃない。アトレイア人が一緒でも大丈夫だよ」


「いい返事だ」


 レツの店作りはこうして始まった。


 

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