ヤクザは女の悲しい過去を聞く
じゃり。
足音がしてレイラが追いついてきた。フランドルをみて安心したように息を吐き、村長の死体をみて、アラシに視線をむける。アラシはクビをふってアドルを指ししめした。
座り込んだまま、俯いて、アドルが語る。
「おれは、村長に言われたんだ。『表はアラシが戦っている。裏手の方に別働隊が来るかもしれないからフランドルを連れてきてくれ』って。一理あると思ったから、そのまま連れてきた。デグズムンドから来るなら山越えのルートだろう。そう言ってここまで来たら、アトレイアの兵が待ち構えてた。最初は鉢合わせたのかと思ったんだ。違った。村長は、保身の為にアイツを売ったんだ」
雨の中、アドルの声だけが響く。
「アトレイア兵がいるかもしれないから、先頭はアイツだった。俺たちは後からついて行ってたんだ。しばらくして、村長が足を止めた。多分、アトレイア兵と何か取り決めをしてたんだろう。この地点まで誘い込むとか。それで、距離が開いた所で、後ろから融合火球が不意打ちで炸裂した。意識してないところからの不意打ちだ。流石のアイツも何が起こったのかわからなかったみたいだ。そのまま全方向からめったうちだ。流石に俺は死んだと思った。向こうもそう思ったんだろう。黒焦げのアイツのところに近寄って、死体を確認しようとした三人が頭を吹き飛ばされて死んだ。
そのまま、野生の獣みたいな速さで近くにいる兵士に接近して殴り倒した。たまたま、最後に殴り倒した相手の近くに村長がいて。俺はちょっと離れてたから、聞こえなかったけど、何か話して。それで、火球がまた飛んできて、慌てて隠れて、気がついたらこうなってた」
少し沈黙して、アドルは地面を見つめながら続けた。
「あいつはさ、物心つく前に両親を無くした。普通、こんな村じゃ売られるか、捨てられるかだ。でも、あいつは子供の頃から大人並みの力を見せてたから、使えると思ったんだろう。村長が引き取ったんだ。いい話なんかじゃねえ。養ってやってるんだから当然だって、ほんの小さい頃から、小作人より薄いスープ一杯で朝から晩まで働かされてた。家族なんかじゃねえ、奴隷だった。俺たちはあいつが心配でこっそり飯を分けたりしてた。でも、村長の子供達は、親を見て、何をしてもいいんだと思ったんだろう。あいつを殴ったり蹴ったり、鞭で叩いて走らせたり好き放題やってた。まだ、子供で肉体も今ほど強くなかったんだろう。寝床として与えられた家畜小屋で、あいつが啜り泣く声が毎日のように聞こえてきた。でも、どんなに辛くても、悲しくても、頼るところも人もいない。逃げようが無いんだ。あいつは黙っていう事を聞いてた」
嗚咽混じりに、アドルが話を続ける。子供の頃から側で見ていたこの青年は、どれほど悔恨と苦渋を味わっていたのだろう。
「あいつが逆らったのは、死んだ母ちゃんの肩身の首飾りを、村長のガキどもに取られそうになった時だけだ。無理やり取ろうとして揉み合いになって、あいつに突き飛ばされたクソガキが骨を折った。村長は恩知らずだとカンカンになってあいつをなじった。その後は、もっとひどくなった。飯は残飯みたいな残り物。朝から晩まで休みなく労働。アイツは、ひもじい時は木の皮まで齧ってた。村長が、他のところよりもちょっと羽振りがいいのはみんなあいつのおかげさ。食費もかからない牛馬が3、4頭もいるようなもんだ。そりゃ、はぶりもよくなるさ。10年以上そうやってあいつを酷使して、アトレイアが攻めてきてからは、そうそうに村に閉じこもってデグズムンドに税を収めず、アトレイアが勝ってからはあいつを盾に協力を拒否だ」
声に怒りが混じる。
「やり手だって村長を褒めるやつもいる。でも、その犠牲は全部あいつだ。村の守護神と呼ばれるようになって、少しは変わった。飯はまともになったし、流石に家畜小屋で寝ろなんてことは無くなって。あいつは喜んでたよ。叩かれる事もなじられる事も無くなった。飯は今までとは全然違う。豪華になったって。こんな、硬いパンに、肉も入ってない薄いスープでも、あいつには豪華だったんだ。アンタに飯を食わしてもらってた時、嬉しそうだっただろ? あいつにとっては、ソードボアの肉とチーズなんて王宮の料理かっていうほど珍しくて美味いものだったんだよ」
雨音をかき消すほどの音量で、アドルは叫んだ。
「本当はもっと褒められて、讃えられていいはずだろ? この2年、近隣の村がアトレイアに奪われたもののことを考えたら、あいつがどれだけ俺たちを救ってくれたか! その前だって、開墾だって、山崩れが起きた時だって、山から魔獣が降りてきた時だって、どれだけ助けられたか! でも、村長も、その家族も、『育ててきたんだから当たり前だ』としか思ってなかった。なんだったら、家畜小屋に住んでいた奴隷が思わぬ役にたったぐらいの扱いだ。あいつらの目には常に蔑みがあった。俺は心配になった。今はいい。もっとアトレイアが本気出して、一杯兵隊を連れてきて、あいつだけでは対抗できなくなったらどうなるんだ? 周辺と協力して、軍隊を作るのか? 農民集めて、なんとかなるようなもんなのか? あいつに全部押し付けてた村長が、今更そんな事をするのか? 俺は心配で、村長に申し入れてあいつの見張り役になった。村長も今までの扱いを振り返ってみて、恨まれてないのか不安だったんだろう。喜んで俺をあいつの見張り役につけた」
「案の定だ。村長はアトレイアの兵が増えるたびに、あいつが撃退するたびに苦々しい顔をしてた。表向きは村の為だから怒らないけど明らかに持て余していた。そして、こうなった。村の英雄を売って、自分たちだけ保身を図ったんだ。誤算はアンタたちの存在と、あいつが想像以上に強かった事だな」
アドルは長い息をついた。
レイラは、今までの事を思い出していた。そう、引っかかることは色々あったのだ。
『飯を食わしてくれるなら、いくらでも相手するよ』
『全力を振り絞ったのも初めてだよ。気持ちいいもんだな』
『チーズってのも初めて食べたぜ。いやー、幸せだな』
『あたしはこの村から出たことがないからなあ』
ずっと黙って聞いていたフランドルが、ポツリと呟いた。
「もういいよ。アドル。充分だ。アタシは報われた。何もいいことがない人生だと思ってたけど、アンタって友達がいたんだ。ずっとみてくれてたんだ。憤ってくれてたんだ。じゃあ、アタシの人生も捨てたもんじゃなかったってことだ。村を守っていたのも、無駄じゃなかったってことだ。それなら、いい」
儚い、泣き笑いのような表情を浮かべて、フランドルは続ける。
「村長にさ。ずっと聞きたかった事を聞いたんだ。あたしの本当の名前。物心ついた時は、もう、お前とか、おい、とか呼ばれてた。いつか、村長に聞いたら、お前が役に立ったら教えてやるって言われてな。魔獣を退治した時、一人で川向こうの畑を全て開墾した時、山崩れが起きて、巻き込まれた村人を助けた時、不眠不休で道路を整備した時、毎回聞いてみてたんだ。村長の返事は、いつも、もう少し役に立ったら教えてやろう。だった」
レイラは思いだす。
『あたしは、フランドルって呼ばれている』
二つ名を言うような妙な言い回しだとは思ったのだ。
アラシとアドルは、フランドルと呼ばない。
『その名前と、待遇を見ていれば邪推もしたくなる』
気にはなっていたのだ。
まさか。
震える声で問いかける。
「ねえ、フランドルってどういう意味なの?」
「この辺りの言葉で『化け物』って意味さ。あたしは、大きくなってから、ずっとそう呼ばれていた。小さい頃はおい。お前。大きくなってからは、フランドル。それがあたしの名前だった。だから、あたし、生みの親が残してくれた。たった一つの贈り物を取り返したかったんだ」
「おお、そんな……、まさか……、ごめんなさい」
レイラは嗚咽した。自分と同じくらいの歳のあまりにも過酷な人生に。知らずにその生を侮辱していた自分の無分別に。
「みんながそう呼んでるんだ、気にしちゃいないよ。気を遣ってくれたのはアドルとそこのアラシくらいさ。まあ、結局無駄だった。村長は何を聞かれてるのかすら分かってなかった。ポカンとして、それから、何を言ってるんだって」
「殺したのか?」
アラシが感情を殺した声で聞いた。
「いや、そうしてやろうとも思ったんだが、7人殺されたアトレイアの兵隊が恐慌をきたして魔法を乱れうってきてね。巻き込まれてあっさり死んじまったよ」
淡々と彼女は語る。
「そうか。死んでも仕方ない事をやったことは間違いないが、まがいなりにも育てられたおまえが手を下すと心に傷を残す。自業自得だと思って忘れる事だ」
「ありがとうよ」
ポツリと呟いて、それから彼女は続けた。
「なあ、ちょっとアラシと二人にしてくれねえか。少し話したら帰るからよ」
「わかった。村長は別働隊を察知して彼女を連れて出たが戦死。アトレイア兵は撃退して、後始末をしていると村人に伝えてくれ。アドル、サソリ、頼んだ」