嫌な予感は概して当たる
アトレイア兵が撤退した後、アラシはサハタリの村の男衆に死体の処理を依頼して村にもどった。入り口付近で見ていた村の衆の目にはアラシへの畏怖と強者への憧憬が半々というところだった。
レイラもアラシの元へ走った。
「予定通りなのかしら? 貴方、アトレイアだけじゃなくて村人に向けてもデモンストレーションをしたわね?」
我知らず声が硬くなる。
「なんだ、棘があるな。不満か? 今打てる手としてはベストだと思うがな」
「わかってる。効率を考えたらそうなんでしょう。サハタリの独立も、自警団の統制も、アトレイアへの掣肘も、アトレイアに蹂躙された周辺村落の感情も。でも、なんか嫌なのよ。ごめんなさい。理性的じゃないわね」
アラシは目を瞬かせて、それから破顔した。
「サソリは優しいな」
「うるさい」
レイラは俯いて赤くなった顔を隠した。言われて気がついたが、人が死ぬのが嫌だったのでも、計算づくで行動したのが嫌だったのでもなかった。アラシが冷酷な人間だとサハタリの住人に思われるのが嫌だったのだ。
(私らしくもないことを……)
頭を振って切り替える。
「アラシはどこに向かってるの? 村長に報告にしちゃやけに急いでない?」
「ちょっと嫌な予感がする。あいつを助けないと」
「この間言ってたもう一山ってやつ? 一体何を心配しているの?」
アラシは声を潜めてレイラに注意を促した。
「サハタリの方向は決まった。村長もこの流れには逆らえまい。だが、村長はそもそもアトレイアに喧嘩を売る気はなかったんだと思う」
「村長は自治派だったんじゃなかった?」
「ポーズだけだ。そもそも一介の村長が大陸の覇者に逆らおうなどと思うものか。余程の恨みか、野望か、正義がない限り、長いものに巻かれるのは仕方ない。集会所で見た村長にはそんな熱意も狂気も感じなかった」
「たまたまフランドルが居て、アトレイアを追い払えた。そしたら村の若手と近隣の反アトレイアが盛り上がって後に引けなくなった。でも、続けても勝ち目は無いから手の引きどころを探していたってこと?」
レイラは小首を傾げて推論を述べる。辺境の集落の長の考えとしてはありそうな話だった。
「その方向だな。あいつをサシで倒せる反アトレイア戦力が現れても、歓迎どころかまた厄介ごとが起きた程度の反応だった」
「でも、それなら今回の事で流れが変わるんじゃ無い?」
「小隊規模のアトレイア兵を俺が撃退できると思っていたなら静観したろう。そもそも小隊規模できたのも妙だ。デグズムンド滞在中のアトレイア兵はそれほど暇なのか」
「じゃあ、まさか」
アラシは痛ましい顔をして頷く。
「俺は、村長がアトレイアと繋がっていたと考えている。俺の情報をアトレイアに流し小隊を派遣させる。裏からあいつ用にも戦力を派遣して制圧。個人の武力では国家には敵わないと村人たちを説得してアトレイアに服属。裏から手を回した功績で免税又は個人的な褒章をもらう」
レイラは信じられなかった。
「自分の村よ? 流石に悪意に解釈しすぎじゃ無い? 大体今まではそのフランドルに守ってもらったんでしょ?」
「はじめは税を納めなくていい程度だったんだろう。村にも利益が出た。アトレイアが本腰を入れ始めてからは邪魔になったんだろう。村長は適当に折れて服属したかったんだ」
「だからって、悪く考えすぎじゃ無い? その通りだったらフランドルがかわいそうよ」
「その名前と、待遇を見ていれば邪推もしたくなる……。とにかく村長のところに急ごう。屋敷にいればよし、居なければ村の裏手で事が起こっているはずだ」
「名前……?」
そういえば、アラシもアドルもフランドルを名前で呼ばない。どういう事だろうとレイラが訝しんでいるうちに、村長の屋敷に到着した。
「村長! アラシだ。約束通りアトレイア兵は撃退したぞ。居ないのか?」
村長の屋敷は空だった。レイラは嫌な予感がドンドンと膨れ上がるのを感じた。
「裏手に急ぐ」
アラシは表情をこわばらせて走り出した。
ポツポツと雨が降り出した。
雨が激しくなってきた。アラシは全力で駆ける。村の裏手から外に出る。魔力探知。そう遠く無い山の麓に反応が複数。特徴的な反応はアトレイアのデバイス兵だ。おそらくこちらにも小隊規模を送り込んできていたのだろう。だが、今感知できる魔力は半分ほどだ。
「あの山の麓だ。先に行く」
息を切らしながら走ってきたレイラに伝え、アラシは走り出した。
急ぐ。魔力で強化した身体能力で水飛沫を上げながら街道を走る。雨はますます強くなってきた。ザアザアと吹き付ける雨を掻き分けるように走り、程なくしてアラシは現場に到着した。
燃える様な真っ赤な髪が見える。フランドルは生きていた。拳も上体も血に塗れている。麻の服は半分が焦げ、身体にも火傷があるようだった。周辺の木々は倒れ、あるいは黒焦げになっている。雨が降る前に火球を相当に撃たれたのであろう。
フランドルを囲むようにアトレイア兵が何人も地に伏していた。頭や腹が爆発したかのように消失している。フランドルがやったのだろう。ざっと見て7人。そして残りのアトレイア兵はフランドルを遠巻きに囲んでいる。
そしてその中に、村長とアドルもいた。
正確には、焼け焦げた村長の死体と、その横にうずくまるアドルが。
7人を倒したと言っても相応のダメージは受けたようだ。このままだと危険だ。そう判断したアラシは走り込みながら刀を抜き放ち、魔法を刃に乗せて放った。先ほどの戦いで見せた、炎の壁、風の刃ともまた違う魔法。水飛沫がいく筋も刀から伸び、着弾したアトレイア兵を凍らせていく。氷柱が10本できたところで、アラシは宣告した。
「先ほど攻めてきたおまえらの仲間は既に撃退した。力の差がわかったらもうここには来ないことだ。俺と、素手でおまえたちを七人殺したこの戦士。二人がサハタリを守っている事を忘れるな」
アラシは残ったアトレイア兵を睥睨する。
「それでもやろうというものは前に出ろ。撤退するなら見逃してやる。仲間を連れて帰る事だ」
誰も前に出るものは居なかった。フランドルだけでもギリギリだったのだ。このような技を見せられて戦いたいものなどいなかった。
アラシが刀を納刀する。鞘に納める音と共に、氷柱も消え失せた。
「疾く往ね」
アラシの言葉と共に、アトレイアの兵は脱兎の如く逃げ出した。そこに居た誰もが、二度とこのような化け物と戦いたくないと思ったのだろう。後ろを見るものは誰もいなかった。
アラシはフランドルに近づいて、レイラの時と同じように水球を出した。雨で冷えた体を冷やさないように、温めてある。
「大丈夫か、とりあえず傷を治す。少し染みるかもしれんが我慢しろ」
温水球を動かしてフランドルの身体、焦げているところや泥を落とし、傷口に治癒魔法をかける。流石に「精霊の子」、ほとんど返り血で、大きな傷はなかったが、それでもそれなりに火傷はしていた。放っておけば死なないまでもしばらくは寝込んだろう。
「すまねえな。あったけえ。いい気持ちだ」
「とりあえず体力が回復するまで少し休め」
アラシはいいながら、地面に手をつけ、土でできた部屋を作った。土の小山のなかをくり抜いた単純な作りだが、とりあえず雨風はしのげる。
「あんた、なんでもできるんだな」
「まあな。とりあえず、ここで横になれ。中は温めてある」
「なあ、頼みがあるんだけど」
「なんだ?」
「後片付けが終わったらでいいから、しばらく一緒にいてくれねえか」
「わかった。まずは休め」
言い残すと、アラシはアドルに近づいた。さっきからアドルは座り込んだまま、呆然としている。
「大体のことはわかっている。ここで何があった?