7話。オーク集落の豚野郎ども
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「ブモ……」
オー太郎が居なくなった。
異変を感じたのは、いつもなら夕食時には帰ってくるオー太郎が帰ってこなかったことだ。
最初は「どこかで遊んでいるんだろう」と楽観していた母オークだったが、日が落ちても帰ってこなかったことで不安を抱き、翌朝になっても帰ってきていなかったことを知って焦り、聞き込みをした結果村の外に行ったようだとわかって絶望した。
この森はオークが支配するオークの領域だ。
しかしオークにだって敵はいる。
熊や狼も怖いが、一番怖いのが他の集落のオークだ。
確かにオー太郎は他の子どもと比べて一回り大きく、力もある。子供たちだけで見た場合、かなり強いと言ってもいい。
だが、所詮は子供の中では強い、程度でしかないのだ。
畢竟、その程度の実力しかもたないオー太郎では、他の集落のオークには勝てない。その際、殺されるならまだましだ。最悪なのは生きたまま捕まってしまうことだ。
そうなればオー太郎は未来永劫、良くて奴隷のような扱いを受けて生きていくことになる。
ここで『良くて奴隷』というのは、文字通り奴隷になることこそが捕虜となったオークが生き延びることのできる唯一の道と言えるものだからだ。
基本的に奴隷となった場合、所有者が奴隷に労働をさせたりするために著しく身体能力を落とすような処置はしない。また酷使されるとはいえ食事も出るので、すぐに死んだりすることはないし、働きぶりによっては奴隷から解放されることだってある。なんなら所有者の娘に気に入られてそのまま婿養子になったという話だってないわけではない。
こういった事情もあり、オークにとって他の集落に捕まった場合は奴隷として扱われるのが一番マシな未来なのである。
しかし通常オークは他の集落のオークを確保した場合、食い扶持の関係もあって簡単に奴隷にしたりはしない。奴隷にしなければどうするのかというと、主に集落の子どものレベルアップ材料として定期的に袋叩きにする標的としたり、いざというときの非常食とするために、逃げないように傷を負わせた上で半死半生のまま放置するのだ。
こうなれば捕まったオークに未来はない。それを知る母オークは(オー太郎が他の集落で死にかけているかもしれない)と思うと、居てもたってもいわれなくなってしまう。そしてオー太郎を心配しているのは母オークだけではない。
「ブモ。ブモ?」
「……ブモ」
母オークに見つめられ、決意と共に首を縦に振ったオーク。母オークよりも一回り大きい肉体を持つ彼こそがオー太郎の父である。
戦士階級には及ばぬものの、父オークは一般のオークの中では強者に分類されるオークである。そのBPはなんと驚異の150! 通常のオークの実に1・5倍ものBPをもつ、雄の中の雄である。
子を心配する気持ちは母オークにも劣らない。否、なまじ力がある分、絶望感が強く出ている母オークよりも彼の方がオー太郎を助けようとする気持ちは強いかもしれない。
ちなみに力で言えば戦士階級のオークに応援を頼むことができれば一番いいのだが、基本的に戦士階級以上のオークは民事には関わらないようにしている。
というのも、もしこういったことに戦士階級のオークが出張ってしまえば他の集落との戦争に発展してしまう可能性が高くなってしまうからだ。
一つの家庭のために集落全体を危険にさらすことはできない。それが集落に生きるオークの常識なのである。
例外として、オー太郎が捕まった集落の長が自分たちの長と友好関係にあったり、同じ王に仕えていることが判明した場合は話し合いによって返還されることはある。これにより騎士階級の子供などは返還されやすくなっているのだが、そもそも捕獲された際の集落を調査して上役に返還を陳情することができるのはあくまで当人の家族だけ。
今回の場合でいえば、まず父オークと母オークがオー太郎を見つけなければならない。次いで向こうの集落が友好的な集落でなくてはならない。その条件を満たしたら、次は自分たちで向こうの集落の代表、もしくはオー太郎を捕らえたオークと交渉をし、自分たちで対価が支払えるようであればそのまま交渉を纏めればいい。
自分たちだけではどうにもならない場合はその旨を長に伝え、交渉してもらうことになる。そして長に依頼した場合、その交渉が失敗に終わっても文句をつけてはならない。
と、なかなかにハードルが高いものの、決して超えられないものでもないのである。
だからこそ夫婦は息子を助けるために森に入って他の集落と交渉をする覚悟を決めた。
もし死んでいたら? 母オークとてオークである。その場合は仕方がないと諦めがつく。
母オークにとって一番重要なのは『死ぬほど苦い目に遭っているかもしれない息子を助けられる可能性がある』ということなのだ。
その可能性がある以上、母オークは諦めない。
「ブ、ブモモ!」
父オークが遠出の準備をする中「まずはオー太郎がどこにいるかを調べなければ……」と、オー太郎の足跡を確かめるために匂いを嗅いでいる母オークの背中に声を掛ける者がいた。
今は緊急事態である。本来は息子の匂いを嗅いでいる邪魔をするな! と一喝するところだが、母オークはその声の主を叱ることができなかった。なぜなら……。
「ブモ!」
「ブモモ……」
なぜなら声を掛けてきたのが娘のオー美だったからだ。
「ブモ! ブモ! ブモモモモ!」
「ブモ!」
親の贔屓目もあるしれないが、オー美はその名が示すようにとても美しい少女だ。
まだ子供だが、子供だからこそ輝ける未来がある。今でさえこれだけ美しいオー美が成長したらどれだけ美しくなるのか。そして美しくなったオー美がどんな相手と結婚するのか。
村長様。いや、たくさんの村を統治する将軍様に見初められるかもしれない。
そんな、普通ならありえない未来を想像してしまうほど、オー美は美しい娘なのだ。
オー美はオー太郎に懐いていたので、姿を消したオー太郎が心配なのはわかる。
救助は無理でも捜索に加わりたいと思っているのもわかる。
だが駄目だ。
他の集落と交渉するということは、一歩間違えば殺される可能性があるということだ。実のとこと母オークも父オークも戦士階級のオークが出てこない限りはなんとかなると思っているが、危険なのは変わらない。
ましてオー美は美少女だ。オー美の美しさに目をやられた連中から『オー太郎を返還する代わりにオー美を差し出せ』なんて言われてしまう可能性だってある。
命がけで息子を救おうとしているのは確かだが、だからと言って息子のために娘を差し出すのは違う。それに、もしそうなった場合、オー太郎は申し訳なさで自殺してしまうかもしれない。
それでは自分たちが命を懸ける意味がないではないか。
そう思って何とか翻意させようとするもオー美は止まらない。
「ブモブモブモ、ブモブモモ、モモモモモモ!」
「ブ、ブモ……」
何度も言うが、オー美は美少女だ。それこそ傾国という称号が付いてもおかしくないくらいの美少女だ。
そしてオークは欲望に忠実な種族でもある。
もちろん集落の中での犯罪はご法度だ。治安維持のために配備されている兵士たちは上官やその上司、つまり圧倒的強者からの命令を受けているので、そうそう法を犯すような真似はしない。欲望よりも生存本能の方が強いのだ。
だが一般オークは違う。なまじ騎士や将軍と言った超常の存在とは距離が遠いが故に、生存本能よりも欲望に従って動いてしまうケースが多々ある。これは紛れもない事実だ。
これまでオー美が健やかに育ってこれたのは、大人に対しては父オークが、同年代の子供に対してはオー太郎が抑止力となっていたからだ。
その抑止力が消えたらどうなるか。これまで押さえつけられていた分、より強くなった欲望が向けられる可能性が高い。そうなったらオー美は……。
「ブモォォ!」
「ブモブモ」
「ブモブモモ!」
「ブモォ! ブモブモモモモモ!」
「ブモォ……」
若い雄どもに愛娘が襲われる様を想像してしまった母オークは、興奮のあまりいきり立ってしまう。こうなってしまえばいくら父オークが冷静にことを運ぼうとしても無駄だ。家族愛に生きる母オークは止まらない。
結局、父オークの意見は封殺されてしまい、オー美が両親と共に集落の外に出ることは確定してしまった。
「ブモモ! ブモォォォ!」
「ブモ! ブモモ!」
「ブモォ」
周囲が止めてくれないかなぁ……と淡い期待を抱いた父オークであったが、元々オー太郎が行方不明であることが知れ渡っていたことや、主に主婦層のオークたちがオー美が一人で残るのは危険だと思ったこと。
さらには一般のオークが集落の外に出る際は三人で一つの組を作ることが基本とされていることもあり、周囲や戦士たちからも三人が集落の外に出ることを止める声は上がらなかった。
そうこうして森の中を探索する三人の前に、一人の男が立ちはだかる。
「ほう。3匹か。BPは150・100・80。……ふっ。おあつらえ向きってやつだな」
「「「ブモ!?」」」
「最初の豚野郎よりはやるようだが、その程度ではなぁ」
「ブモッブモモ!」
「ブモ? ブモモ?」
「ブモォ!?」
「逃げるやつは豚だ! 逃げねぇやつは訓練された豚だ! だがいくら訓練していようとも、この俺様を前にして逃げなかったのは失敗だったなぁ!」
「「「ブモォォォ!」」」
他の集落に辿り着く前に家族の仇に遭遇することができたのは彼らにとっていいことだったのか悪いことだったのか。
――この日以降、一家の姿を見た者はいない。
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