11話。ザイヤ人の誇りを持つ地球人
おう。俺様だ。ベシータ様だ。
王都にある学園に入学する予定の令嬢とメイドが、領地に金を落とす&領民や役人に顔を見せるためにあえてゆっくり移動している中、俺は海辺に造らせている拠点の進捗状況の確認兼交代要員の運搬兼暇潰しをするために海へ来ていた。
本来であれば護衛として顔と名前を売っておいた方が良いかもしれんが、正直役人の相手なんざ面倒臭ぇだけだし、道中の街に住んでいる領民どもに至っては俺にまったく関係ねぇからな。
護衛という意味ではメイドが居るし、そもそもあの国に令嬢を殺せるようなヤツがいねぇことは確認済みだ。
尤も、油断して毒とかを喰らったらどうなるかわからんが。
まぁその辺を含めてメイドがなんとかするだろうよ。
そんなわけで04や族長を拠点に置いた後に異世界の海を満喫しようとしていたんだがなぁ。
「ベシータ様ぁ。向こうでなんかあったみたいですよー!」
「あぁん?」
ザイヤ人になったおかげなのだろう。今の俺は素潜りのまま数十メートル潜っても水圧で耳がキーンとならねぇし、肺活量もかなりのもんがあるから、数時間は海に潜ったままでいられることがわかっている。
だからとりあえず海に潜って貝みてぇにダラダラ過ごそうと思っていたんだが、一時間もしねぇうちに04から呼び出しがかかっちまった。
つーかなんかってなんだよ。人の趣味を邪魔するならもう少しちゃんとしたことを教えろや! と思いはしたものの、戦闘能力はそこそこあっても04はまだガキだからな。
それに一応とはいえ俺はコイツらの保護者だ。ならば下手に叱って委縮させるよりも、ちゃんと報告したことを褒めるべきだろうよ。
「よく知らせてくれたな」
「えへへへへ~」
そう言いながら頭を撫でてやれば、04はパタパタと尻尾を振ってゴキゲンな笑顔を向けてきた。
うむ。ガキはそれでいい。
「それで、向こうで何があったって?」
とはいえ『何かあった』とだけ言われてもな。もう少し詳しい情報が欲しいところだ。
そう思って聞いてみたら、04は予想以上にしっかりとした情報をもっていやがった。
「なんでもゼフィとサリスが森でエルフの子供を拾ったらしいです! 細かいことは今族長が聞いてます!」
「ほう?」
エルフ、ねぇ。そりゃ01と02がエルフと豚野郎のハーフだからな。
探せば普通のエルフもいるだろうさ。
だがこの周辺にはそんなのはいなかったはず。
迷子か? しかしどう迷えばここに? ……妙だな。
「これは罠ですよ、罠!」
「む? 罠?」
なんだいきなり。
「あれ? ……あぁ、そっか! ベシータ様くらいになれば姑息な罠なんて関係ないですもんね!」
「まぁな」
よくわからんが今の俺に並大抵の罠を仕掛けても意味が無いのは確かだ。
「さすがベシータ様です!」
「うむ」
とは言ってもよくわからんことで褒められてもな。リアクションが取れん。
「それで、そのエルフのガキはどんな罠を仕掛けてきやがったんだ?」
とりあえずエルフが仕掛けてきた罠の内容ってやつを聞かせて貰おうか。
……01や02から報告を受ける前に基礎知識が無いと困るからな。
「あ、それはですねぇ!」
――
説明中
――
「って感じなんです! だから森に子供が一人でいる場合は罠なんですよ!」
「なるほど」
俺から質問されたのが嬉しかったのだろう。04は俺がそのことを知らないことに疑問を抱かないまま、むしろ尻尾のパタパタをより加速させながら獣人たちに伝わる御伽噺――というか体験談だろうな――を聞かせてくれた。
それを聞いた俺の感想は一つ。
「確かに有り得る話だ」
「はい!」
異世界モノでも聞いたことがあるし、こっちの世界でも御伽噺として語り継ぐ程度には使われてきた手段なのだ。疑う理由はない。
それらを踏まえた上で、問題は……特にねぇな。
その子供がどうやってこの辺に来たのかってことくらいか?
「たぶんゼフィたちは罠を張った連中を見つけて潰す為に敢えて子供を拾ったんだと思います!」
「ほぉう」
なんでわざわざ罠だとわかっている子供を拾ったのかと思えば、そういうことか。
随分殺伐とした考え方だが、まぁ縄張りは大事だからな。
自分たちに罠を仕掛けてきた連中に容赦する必要もなし。
さらに相手がどこのどいつだろうが俺がいる以上、戦えば必ず勝てるときた。
ここまで条件が揃っているのであれば、相手が仕掛けてきた罠に乗らないなんて選択肢はねぇ、か。
「説明ご苦労。大体理解したぞ」
おかげで01や族長から説明や提案をされたときにヌケサクみてぇな間の抜けた面を晒さなくて済んだぜ。
「はい!」
最低限の情報を得たと判断した俺は04の頭を撫でつつ、族長や01たちがいるところへ向かうことにした。
ちなみに海辺の拠点は、立地的には海に面しているものの、主要な建物は高波や海の魔物を警戒する意味もあって海から少し離れた場所に造らせている。
と言っても飛んだら1分もかからねぇところだからな。
敢えてゆっくり歩いたとしても10分も掛からずに到着するんだが。
「さて、族長たちはどこに……」
「必要な情報を吐いたからさっさと処すの! 早く処してベシータ様に褒めてもらうの!」
うん。スカウターを使って探すまでもなかったな。
間抜けは見つかったぜ。
手間が省けたという意味では問題はないが、会話の内容は問題だらけだぜ。
つーか、俺ってガキに子供を処させて喜ぶような人間だと思われていたのか?
もちろん俺だって自分たちの群れに罠を仕掛けてきた以上、子供とはいえ敵だってのは理解しているぞ。でもな、もっとこう『私が面倒みるの!』からの『もとの場所に捨てて来なさい』みたいな流れがあってもいいんじゃねぇの?
「いや、そのせいで群れに危険が訪れても困る、か」
「ベシータ様?」
「……なんでもない」
さて、これはどうしたものか。少なくとも『疑わしいものは敵。敵は滅ぼす』という01たちの判断が間違っているとは思えん。ザイヤ人としての俺もそれを是としている。
だが地球人としての俺は違う。
もちろん敵は滅ぼすべきだ。そこに異論は無い。しかし疑わしいからといってそれを敵として問答無用で滅ぼすことには抵抗がある。
これを甘さと言えばそうなのだろう。生き馬の目を抜くような連中が闊歩する世界では致命的な甘さだ。
俺以外の誰かが同じことをしようとしたら『甘いぞ!』と言って殴りかかるかもしれん。
だが、今の俺にはその甘さを許容できるだけの強さがある。だから大事なのは、この『甘さ』を『油断慢心』で終わらせるのではなく『余裕』に昇華させることなんじゃないか?
(そうだ三浦……17号も言っていたじゃないか『その無駄が愉しい』と)
つまり強い奴には無駄を愉しむ権利があるってことだ。
(それに昔の偉い人はこうも言っている『余裕をもって優雅たれ』と)
それを言った紳士は弟子にうっかり背中を刺されたが……まぁ最初から裏切りを考慮していればその心配はなかろう。というかそのくらいの緊張感があった方が面白い。
つーかお笑い芸人なんて余裕がない世界では需要が無いからな。
これから芸人を志す連中のためにも、余裕ってやつを根付かせる必要があるだろう。
(よし、俺は決めたぞ)
「ふむ。01がナニを処すつもりなのかは知らん。知らんが、貴様らはもう少し無駄を楽しむことを覚えるべきだな」
「「「ベシータ様!」」」
「聞かせて貰おうか。01が拾ってきたガキの話ってやつをなぁ」
余裕のないコイツらに教えてやろうじゃないか。無駄を愉しむ余裕ってやつをな。
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