10話。ちょっと拾ったちいさいエルフ
フェメラ視点
「と、まぁ」
「こんな感じなの!」
進捗状況の確認のために交代要員であるテトラと一緒に海に来てみたら、なんとまぁ。
「エルフの子供を拾った、か」
しかも純血種ときたもんだ。そりゃ交代要員を運ぶためにやってくるベシータ様へのお土産にしようと思うわな。
情報だけでもよし、生きたまま引き渡すことができればなおよしってね。
本来であればこれはすぐにベシータ様に報告するべき内容なんだろうけど……あの人はアタシたちを置いたらすぐに海に遊びにいっちまったからねぇ。
夜飯までには帰ってくるだろうけど、それまでに進捗の確認と引き継ぎをしようとしたのは失敗だったかね?
まぁいいや。二度手間になるのはアタシじゃないし。何よりサリスもゼフィもまだまだ若いからね。ベシータ様に報告する前にアタシみたいなのがちゃんと確認しておいた方がいい。
それを踏まえて上で今の問題は、サリスが言うように『なんでこんなところにエルフの子供がいるのか?』って話さね。
「聞いたところ、あの子供はとある群れの一員らしいですね」
「ほほう?」
近くに群れがあることが確定、と。
問題はその群れが何を考えて移動してきたのかってことになるけど。
「なんでも群れで住んでいたところに強大な魔物が攻め込んできたので、元いた森を捨てて逃げてきたと言っていました」
「強大な魔物、ねぇ」
「そうらしいの!」
「ふぅん」
群れ全体で逃げ出したってことは、子供から見て『強大』でしたってオチじゃないだろう。
尤も、少し前のアタシたちにとってもナイトクラスでさえ群れごと避難する必要があるくらいには『強大』な存在だったからね。今のアタシたちから見てその魔物とやらはどのくらいの強さなのやら。
まぁベシータ様が警告をしてこない時点でキングより下ってのは確実なんだけどさ。
「それで、その子供はなんだって一人で縄張りに入ってきたんだい?」
重要なのはここだよ。
「本人が言うには『食糧の確保をするために仲間と森に入ったが、慣れていない場所なので仲間とはぐれてしまった。そのあと仲間を探していたら魔物に襲われたので、必死で逃げていたらいつの間にか私たちに捕まっていた』だそうです」
はぁん。
「定番と言えば定番な言い訳だね」
「なの! 子供が一人で森に入るのは十中八九、罠なの!」
「その通り」
基本的に子供を使った罠には、いくつかのパターンが存在する。
まず子供を監視している存在がいる場合。
この場合相手の狙いは、子供を助ける存在だね。
子供がそれに遭遇できずに倒れたらそのまま救助して次回に使う。
何者かが子供を助けたら、その存在を尾行して種族と本拠地を探る。
その結果自分たちよりも弱そうだったり、はたまた売れそうな種族だったらそのまま襲撃してすべてを奪う。自分たちよりも強そうなら、人質を取るなり罠を張るなりして数を減らす。
その後は捕まえた連中から情報を得て、交渉するなり戦闘するなりの決断をする。
ようするに子供は釣りの餌ってわけさ。
次いで監視している存在がいない場合。
この場合は子供は普通に迷子だ。
いや、まぁさっきのケースの場合でも子供の中では迷子には違いないんだけど、この場合は名実ともに迷子ってことだね。
で、迷子になった子供がそのまま帰るなり魔物に襲われて死ねばそれで話は終了する。
問題になるのは迷子になった子供を助けた場合さ。
子供を治療して返した場合、いくら子供に『私たちのことは秘密だよ』と言っても、子供は親に自分を助けた存在のことを報告する。してしまう。
たとえ『約束だから』と一度は拒んでも、親から『お礼をしなきゃいけない』と言われてしまえば子供はあっさりと話してしまうのさ。だって『お礼』なんだから。
そうして子供から情報を得た大人たちは、自分たちの住むところの近くに子供を助けた存在がいることを認識してしまう。
その種族が売れる種族なら襲ってから売るだろう。
そうじゃないなら襲って殺すだけだね。
そうやって自分を助けてくれた面子が滅ぼされたのを見た子供が『こんなはずじゃなかった』と後悔するまでがワンセット。
私たち獣人やエルフなら誰でも知っている。
というか、しっかりと教えられるんだ。
『そういう罠だから、縄張りに子供が一人でいたら必ず殺せ。もしくは関わるな』ってね。
それを知るからこそ親は子供に教えるのさ。
迷子になってしまった際、他の縄張りの奴に見つかったときになんて言うかを、ね。
それがさっきの『食糧を探していたら仲間とはぐれた。仲間を探していたら魔物に襲われて必死で逃げた』って言い訳だ。
これは本当の場合もあれば嘘の場合もある。
子供には自分が餌だって自覚がないから、子供を警戒しても無意味なのがまたいやらしいところなんだよねぇ。
嘘なら殺して終わりなんだけど、本当だった場合は下手に殺したりすると子供を探しにくるであろう群れを敵に回すことになりかねないから、どうしても慎重になっちまう。
そうしてまごまごしているうちに、子供の持ち物や子供本人から発せられている魔力の波長を辿ってきた連中に集落の場所がばれて奇襲を受けることになるわけだ。
本当にいやらしい手だよ。
これをやるのは主にエルフや獣人を商品にしている人間どもなんだが、エルフや獣人もやらないわけではないんだよねぇ。
縄張りを広げるためだったり奴隷を得るためだったりと理由はまちまちなんだけどさ。
そういう意味では子供を捕まえてきたゼフィは駄目だ。群れを危険に晒してしまっているからね。
だから本来なら叱るべきところなんだけど……。
「必要な情報を吐いたからさっさと処すの! 早く処してベシータ様に褒めてもらうの!」
こいつ、最初から罠だってわかった上で捕まえているんだよねぇ。
多分こいつの中では『縄張りの中に子供が一人でいる→罠だ→罠を張ったやつがいる→潰す→縄張りが広くなるから褒めてもらえる』って感じなんだろう。
普通なら彼我の戦力差がわからないんだからそんな賭けはするべきじゃない。
エルフってのは長寿なせいか老獪なのが多いからね。
魔法やスキルによってはキングクラスの魔物にだって対抗できるかもしれないじゃないか。
まぁ、魔物から逃げてきた連中の中にそんな強者はいないと思うけど、それでも『命を懸けたら使える』って最終兵器染みたモノがあるかもしれないからね。
だから油断は禁物。
しっかりと調査をした上で動くべきなんだ。
……本来なら。
「ふむ。01がナニを処すつもりなのかは知らん。知らんが、貴様らはもう少し無駄を楽しむことを覚えるべきだな」
「「「ベシータ様!」」」
そう。この方がいる限りエルフどもが何を考えていようと無駄無駄無駄。
ゼフィが森で見つけた子供を定石通りにその場で殺していたらそこで話は終わっていた。
だけど殺さずに拾ってきたことでアタシたちには選択肢が生まれたわけだ。
関わるか、関わらないか。
罠を喰い破るか、罠を張るか。
どうするにせよ主導権はこちらにある。
「聞かせて貰おうか。01が拾ってきたガキの話ってやつをなぁ」
閲覧ありがとうございました