6話。挨拶
避けろナッ〇!
おう。俺様だ。ベシータ様だ。
「これがうみってやつですか。なんだかしょっぱい匂いがしますね」
「おぉ。これが……」
なんかしょぼい印象になるからしょっぱいとか言うなし。
まぁいい。今の俺は機嫌がいいから許す。
なにせ族長と03を載せた箱を担ぎつつ空を飛ぶこと数時間。ようやく海に到着したんだからな。
「あぁ。海だ」
視覚を埋め尽くすかのような一面の青。嗅覚を刺激する潮のかほり。聴覚に響く波打つ音。舐めればおそらく塩の味がするだろう。肌で感じる海の雰囲気。そう、俺の五感が、否、六を通り越して七つの感覚全てが目の前にあるものの正体を声高に訴えている。
「これこそ海だ」
もうあれだ。俺はここで貝になりたい。普段は海底に沈んで微動だにしないくせに、たまに噴射をかまして無駄に海の中を高速移動しているような貝になりたい。
「あ、あの?」
「ベシータ様? 指示をお願いします」
「む。あぁ、すまんな」
さすがに現実逃避しすぎたか。名目上とはいえ仕事できているんだからな。
貝ごっこはあとで一人で来たときにやるとして、今は仕事に専念するとしようか。
「まずは03。貴様は海の水の調査と、この辺で採れる素材を軒並採取しておけ」
「はい」
「一応砂浜の砂も集めておけよ。もしかしたらガラスの材料になるかもしれんからな」
ケイ素が含まれているかどうかわからんから微妙なところだが、実験はしておいたほうがいいだろうよ。
「ガラス、ですか? わかりました」
多分ガラスが何かわかってねぇな……まぁいい。作らせればわかることだ。
つーかガラスができねぇとゴーグルを作れねぇからな。是非ともできて欲しいところだぜ。
「族長は03の護衛……はいらんかもしれんが、一応周囲の警戒をしつつ、この辺に出てくる雑魚どもの処理だな。できたら海で泳いでいる魚や海藻を集めておいてくれ」
「かいそう?」
「簡単に言えば海の中に生えている草だ。あぁあまり深いところに行く必要は無いぞ。あくまでその辺のを集めてくれればいい」
溺れて死なれても困るからな。
「はぁ」
よし。昆布かワカメかアオサか、はたまた違うナニカかもしれんが、とりあえず海藻ゲットだぜ。
これで出汁が取れるといいんだがな。
「とりあえず了解です。それで、ベシータ様はどうなさるんで?」
俺が何をするか? だと。そんなの決まっているだろうが。
「とりあえずこの辺を纏めている親玉に挨拶してくるつもりだ」
ピーピー騒がれる前にな。
「挨拶、ですか?」
「あぁ、これまで数時間黙って飛んでいただけだからな。体を動かしたくてうずうずしているんだ」
海を前にしてテンションが上がっているともいう。
「……なるほど。わかりました」
うむ。族長もわかったようだな。そうだ。俺の気分はさておくとしても、野生に於いては序列ってのが大事だからな。誰が上で誰が下なのかしっかり刻み付けてやらねばならんのだ。
尤も、丁寧にやりすぎて親玉の拠点が更地になる可能性もあるがな。
まぁそのときはそのときだ。
「では任せたぞ」
「「了解です」」
スカウターで見たところここの親玉の拠点はかなり沖合にあるみたいだな。
しかも拠点を護るように部下を配置していやがる。
こういった場合、船で行けば海流の操作などで妨害されて面倒なことになるんだよな。
空を飛ぶ場合もそうだ。中途半端に高かったり遅かったりすると迎撃される可能性がある。
本来であればかなり面倒な場所なんだろうが、残念だったな。
そんな小細工、この俺には通用せんぞ。
さぁ、単独で宇宙まで行けるザイヤ人による高高度からの爆撃を喰らえ!
「だだだだだだだだだだだだだだだだだぁぁぁぁぁ!!!」
見ろ! このジャワ島の夜に降る星の瞬きを連想させる連撃を!
「これがベシータ様が使う必殺技が一つ、コズミック・デス・ジャワーだっ!」
―――
「なんてインチキ!」
サロゲートは憤慨していた。
「まさか本当に魔王をピンポイントで狙う神器があったなんて! それもダンジョンの防壁を突き破る威力まで備えている!? そんなもの、存在していいはずがないでしょうっ!」
突如として、本当になんの前置きもなく拠点に攻撃をされた上に、攻撃に巻き込まれただけで半死半生の身にされたサロゲートは、己が口にした神器のあまりの理不尽さに叫び声を上げていた。
基本的に魔王は拠点から動かない。もちろん別にそういうルールがあるわけではないので移動しようと思えばできるのだが、縄張りとか面倒なことになりがちなので、積極的に動くことはないということは広く知られている。
尤も、人間の王も通常首都から動かないのだから、そのこと自体は特に不自然でもなんでもないと考えられていた。
ここで重要なのは魔王の生態ではなく、勇者が魔王を討伐する際は、勇者の方から魔王が待ち受ける拠点に侵攻する必要があるということだ。
そのうえで、だ。直近で勇者に敗れた魔王は先代の嫉妬の魔王である。
元々嫉妬の魔王の縄張りは大陸内部にはなく、海にあった。
拠点は大陸から数百キロ離れたところにポツンと浮かぶ島と、その地下である。
なぜ当時の勇者が、わざわざ広大な縄張りと海という天然の掘りを持つ嫉妬の魔王を討伐することを選んだのかは当時の人間にしかわからない。
残されている数少ない資料では、当時の勇者が『「海と空を征する者こそが天下を征するのだ」と語ったため、最初に海を制圧することとなった』とあるが、それがどの程度信用できる資料なのかは不明である。
兎にも角にも、嫉妬の魔王の拠点は一度勇者によって攻められ、魔王自身も殺された過去があるということと、そのことを知っていた今代の魔王であるサロゲートによって防備の見直しを図られた経緯があるとだけ知っておけば問題はない。
「……そこを狙われたのね」
繰り返すが、元々攻められることを想定していなかった先代とは違い、サロゲートはしっかりと備えをしていたのだ。
船で接近しようとする相手には海龍による牽制と船の破壊を命じたし、気球のようなものを利用して空から侵攻してこようとする相手には、海流や海温を操ることで天候を悪化させて接近すらできないようにしている。
残るは特殊な加工をした船と海に生きる種族を懐柔することで初めて可能になる手段……即ち海中から攻めてくるパターンだが、これに対しては海王類と呼ばれる大きな体を持つ種族に巡回させることで船そのものを破壊するよう命じていた。
このように、サロゲートは勇者対策としてとにもかくにも移動手段を破壊することを重要視していた。
基本的にその判断は間違っていない。いくら頑強に作ろうと船や飛行船は天候が悪化すればすぐに壊れるし、いくら強くなろうとも勇者だって所詮は人間。荒れ狂う海の中を数百キロ泳ぐことなどできるはずがないからだ。
もしもこの防衛網を突破するとしたら、海中を魚雷のように突き進むか、海面すれすれを高スピードで進んでくるくらいしかない。
しかしいずれの方法を取ったとしても、サロゲートに察知されてしまう。それはそうだろう。何も遮るものがない中、一直線に拠点に迫って来る物体に気付かぬはずがない。
そして海面すれすれの高度や海中は、サロゲートの配下の攻撃が届く場所である。それにどれだけ早く動こうとも進行方向に岩か何かを持ち上げて配置しておけば、向こうから岩に突っ込んでくることになる。実際今までそうやって死んだ勇者や勇者の関係者は多数いるのだから効果のほどは立証されていた。
つまりサロゲートの拠点には尋常の手段では到達することすらできないのだ。
故に、この拠点と周囲を囲む海。そして新たに築き上げた防衛網こそが肉体的な強度でメルカーリに劣るサロゲートにとって、最初にして最大の切り札と言える存在であった。
因みに勇者が拠点に到達した場合は、配下の者を差し向けつつ勇者の仲間の精神に干渉して移動手段を沈めて勇者を孤島に閉じ込めると同時に、自分は海を使って逃げることまで考えているのだから、サロゲートの生存戦略は完璧と言ってもいいだろう。
そう。尋常の手段で来る相手に対しては完璧であった。
だが結論から言えば、その万全の備えはあっけなく破られることとなった。
ただし、それがサロゲートの油断や慢心であるとは口が裂けても言えまい。
何故なら『成層圏から拠点の直上に移動したかと思ったらそこから真っ逆さまに落下しつつ、それなりの距離になったと同時に島ごと消し飛ばすエネルギー弾を放つという、どこぞの拠点攻撃用に開発されたMAのような攻撃方法を用いてくる相手を想定して防備を固めるべき』などといった荒唐無稽な意見を真剣に考えろという方に無理があるからだ。
だが、悲しいかな。無理とは嘘吐きの言葉である。
それを可能とする存在がいる以上、それは無理ではないのだ。
「……私は拠点の防備を固めるのではなく、座標の割れた拠点を放棄するべきだった」
実際問題、攻撃を受けるその寸前までサロゲートは攻撃がくることすら検知できなかった。ちなみに彼女は今このときも術者に対して反撃をしようとしているのだが、その術者が一向に感知に掛かる様子がない。
「……どれだけ離れた距離から攻撃しているというのよ」
それはこの、まるでスコールのように降り注ぐ光の弾丸が、サロゲートが感知できる距離の外から降り注いでいることを意味する。
ちなみにサロゲートが感知できる射程は半径5キロほどに及ぶ。
その存在だけで一つの都市を、否、国を崩壊させることができる精神干渉系の術を駆使するサロゲート。そんな彼女でさえ感知できない場所から一方的に攻撃ができる。それも一撃で魔王を拠点ごと葬り去るレベルの攻撃が可能というのであれば、他の魔王に成す術などない。
「そうか。最初にメルカーリを殺ったのは、オークの森という目印があったことと、最強の肉体強度を誇るメルカーリに通用するのであれば他の魔王も倒せるという確信を得るため。そして次に私が狙われたのは、同じく拠点が明らかになっていることと、最大の射程を誇る私に感知されず一方的に倒すことができたなら他の魔王も感知されずに倒すことができるから。……つまりは実験、ね」
実際は、術者ことベシータが転移してきたところが偶然メルカーリが支配していた森だったため、最初に目についたメルカーリがやられただけだし、サロゲートが狙われたのは彼女らに海でのレジャーを邪魔されないためである。
しかしながら、サロゲートにそんな悲しい事実を知る由もなく。
(確かにこの神器の存在は脅威以外のなにものでもないわ。でもね。これでも私は魔王なの。ただで殺られてなるものですか!)
光の弾丸を浴びて今や灰となった己の半身を見やり、儚く笑いながらサロゲートは最後の力を振り絞って他の魔王たちに遺言を飛ばすことに成功した。
『魔王をピンポイントで狙う神器は確かに存在した。故に拠点が判明している怠惰と色欲には拠点を移すことを推奨する。重ねて、神器の在処は不明だが、聖都は必ず落とすよう進言させてもら……ぐっ!』
(これまで、か)
発信中にもボロボロと崩れていく拠点と己の体。
もはや痛みさえ感じなくなった体を横たえながら、サロゲートは考察を続ける。
(メルカーリがやられた時期と、私がやられた今。この期間こそが神器のチャージ期間であることくらいは外の魔王とて理解するはず。あとは聖都を……)
他の魔王に始末を任せることは業腹だが、もうどうしようもない。
今のサロゲートにできることと言えば、勇者がいる聖都に向けて怨念を飛ばす程度のことだろうか。
(なさ、けない。でも、やらない、より、はマシ、よ、ね)
【勇者に呪い在れ】
最後の力を振り絞って聖都に呪いを放った次の瞬間。サロゲートは天井を突き破ってきた光の弾丸によってその身を消滅させられてしまう。
スカウターで反応を確かめていた男がサロゲートの死に気付かないはずもなく……。
「ふん。多少長生きしたようだがようやく終わったか。最後にナニカしたようだが、まぁいい。これで小娘どもにもマリンスポーツを普及できるぜ」
そこには呪いのことは知らず、ただ邪魔者が消えたことを喜ぶ獣人の姿があったそうな。
【勇者に呪い在れ】
――聖都に向かった嫉妬の魔王、サロゲートの怨念がかの地で何を引き起こすのか。
今の段階でそれを知る者はいない。
閲覧ありがとうございました。
どんどんハードルが上がる聖都防衛戦。
勇者の明日はどっちだ?