5話。かつてない恐怖
本日二話目投稿。
クトニオス視点
どうしてこうなった?
「叔父様。ここに座って下さい」
「ここ? 床に、か?」
「えぇ。床にです。嫌と仰るのであればこのまま一撃加えますが?」
「クトニオス卿。ここは大人しく従っておくことをお勧めする」
「……そうですか。わかった。座ろう。しかし私は伯爵の意見に従うのであって、お前の……「やかましいですわ。さっさと座って下さいまし」……わかった」
重ねて問おう。どうしてこうなった?
確かに私はミッタークエセン伯爵の仲介でセレスと会談することを認めた。
その会談にミッタークエセン伯爵も参加するといわれたのは意外と言えば意外であったが、セレスが身の安全を確保するために伯爵に懇願したと考えればその提案に納得もできた。
だが、だがこれはどういうことだ?
何故私が床に座らされている? いや、たとえブルマリア家のためとはいえ、父である兄上の死後、さして時を置かぬうちに有無を言わさず殺されかけたことを考えればセレスが怒るのは当然だ。その気持ちが理解できぬとは言わぬ。
しかしセレスとてブルマリア侯爵家の人間だ。その辺の割り切りはできていたのではなかったのか?
それとも最初から私を殺すつもりで会談を申し入れて来たのか?
可能性がないとは言い切れん。だがそんなことをすれば会談を仲介したミッタークエセン伯爵の顔を潰すことになるぞ? 加えて今のブルマリア侯爵家は私が掌握している。いまさらセレスが復権したところで喜ぶものなどいない。むしろ私を排除した時点で領内の政が滞るぞ。そんなこともわからん程子供ではないだろう?
「座り方がなってませんわ。こう、膝を折ってくださいな」
「くっ! 一体何をさせるつもりだ!」
「大人しく従ってくださいまし。……逆らうなら強制的に足を折って座らせてもよろしくてよ?」
「ま、まて! わかった! 従うからその素振りみたいなのはやめてくれ!」
というか、なんだこの強さは。騎士が相手にならぬ、だと? 触れずに鎧を貫通する魔法だと? それを行ったのがセレスだと? ブルマリアの秘奥でさえここまでの威力はないぞ!
やったのがラングレイの俊英と謳われたサキ・ラングレイならまだわかる。
だがあのセレスが、言い方は悪いがどこにでもいる貴族の令嬢に過ぎなかったセレスにどうしてこんなことができると言うのだ。
わけがわからん。一体何がどうなっているのだ?
―――
ミッタークエセン伯爵視点。
クトニオス卿が混乱しておるわい。
いや、気持ちは分かるぞ。うむ。普通はそうなるわな。
儂としてもセレスが初手からこういった手に出るとは思っておらんかったからの。
まぁ、タイミングが悪かったとしか言えんわな。
なにせセレスがこのような態度を取った理由の一端は儂にあるし。
……あれは、セレスが儂と共にクトニオス卿の挨拶を受ける前の事じゃった。
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「……ジレソ殿。お嬢様に対してその視線。不敬ですよ?」
「ぐわっ!」
サキ・ラングレイが一言呟いたと同時に。クトニオス卿と共に部屋に入ってきた家宰のジレソが吹き飛ばされおった。それを見ていたドーレが顔を青褪めさせておったが、気持ちは痛いほどわかるぞ。
なにせドーレはその場に蹲る程度の痛みに抑えられていたのに対し、ジレソは壁に叩き付けられたからの。一目見ただけで重傷だとわかるわい。
一歩間違えば自分があのような目に遭っていたと思えば、ドーレにとっては他人事ではなかろうよ。
「ジレソ!? 何をしたサキ・ラングレイ! 主家の家宰に向かって一体どういうつもりか!?」
怒るよなぁ。会談の場だというのにいきなり武力行使をされたら怒るのが当然じゃ。
だがその道は儂がすでに通った道よ。
「叔父様。あまり声を荒げると護衛の騎士が飛び込んできますわよ? 「閣下!」……ほら。言ったそばから」
「なにを他人事のように! こやつらを捕えよ!」
「「「はっ!」」」
うむ。普通ならそれが正しい。だがセレス相手にそれは悪手よな。
「あら怖い」
「「「ごふっ!」」」
恐ろしく速い指弾! 事前から知っておった儂でなければ見逃しておるわ。
「なんだとっ!?」
「ほう。これが本来の威力か」
鎧を着こんでいた騎士たちの腹に穴が開いておるわ。
鎧が意味を成さぬとは恐ろしい魔法よ。ドーレに手加減をしてくれたというのは誠であったな。
「まさか。これでもかなり手加減してますわ。本来であれば内臓が弾け飛んでぐちゃぐちゃに混ざり合う程度の威力ですのよ? ちなみに本気だと胴体ごと消し飛びます」
「な、なに!?」
「ほ、ほう。凄い魔法じゃなぁ」
なんとも恐ろしい魔法よ。いや、本当に恐ろしいのはその魔法を片手間に放つことができる魔力操作技術と、騎士を殺すことを厭わぬその精神性か。
いや、セレスにとってはブルマリア家の騎士は己の命を狙った裏切り者であったな。そりゃ容赦もせんか。
儂が納得し、クトニオス卿が慄く中、セレスは何事もなかったかのように話を進めていく。
「そもそものお話ですが、サキは何も間違ったことはしていませんわ」
「な、なんだと?」
「ねぇ御爺様?」
「……伯爵?」
ここで儂に話を振るか。まぁセレスに言われるよりはマシかもしれんな。セレスが説明を面倒臭がったとも言うが、この程度の事を拒否してセレスに嫌われるわけにもいかん。簡単ではあるが説明をしてやるとしようか。
「のぉクトニオス卿。ジレソはセレスに向かって鑑定魔法を使ったのではないか?」
「……そうかもしれません。しかし、だからといって!」
武力行使はありえん、か? 甘いぞ。
「貴殿にとっては姪でも、一人の淑女ですぞ? 年頃の娘に対し断りなくのぞき込むような真似をしたら罰を受けるのは当然でしょう?」
「いや、それは……」
「そういう話ではない。そう言いたいのでしょうが、残念ながらそれを決めるのは儂らではありませんぞ」
「……」
「重ねて言わせていただくと、ブルマリア侯爵家での扱いは存じませぬがセレスは儂の孫娘です。貴族の令嬢に対し無断で魔法を放つのはご法度なのは常識でしょう? 卿は、貴殿は儂の顔を潰すおつもりですかな?」
儂はブルマリアの中の序列とは無関係。故に儂がセレスを孫娘だと言えばそれが通るのが通例よ。そして孫娘に無断で魔法を使われて怒らぬ祖父はおらぬ。それがポーズであっても否定はできまい。
「いや、そのようなことは……」
気勢が削がれたな。しかしここで彼に同情して仕上げを怠れば儂が『交渉相手としての価値無し』と見なされるやもしれんのでな。クトニオス卿には申し訳ないが遠慮なく止めを刺させて頂こう。
「サキ・ラングレイの行いは一見やりすぎのように見えますが、主に無断で魔法を使った相手に対する行動としては何ら間違っておりませぬよ。今回はたまたま鑑定魔法だったので命までは取らなかったのでしょうが、本来であれば殺されても文句を言えぬ所業ですぞ」
「……そう、ですな」
儂が言われたことをそのまま言っただけじゃが、うむ。凄い説得力よな。反論の余地がないわい。
というか、そもそも『鑑定魔法を使われたことに気付く』というのが想定外なんじゃ。ドーレが言うにはかなりの魔力感知能力が必要とのことじゃったし。少なくとも儂にはわからぬ。
ま、重要なのは儂が感知できるかどうかではない。セレスとサキ・ラングレイが感知できるか否か、よ。
そしてジレソは魔法を感知されたが故に反撃を受けた。
そして家宰が犯した罪は主の罪である。だから仕置きを受ける。
騎士は巻き添えを喰ったかたちではあるが、セレスの立場からすれば全てが正当に権利を行使しただけの行為である。うむ、なにも間違っておらぬわ。
儂は交渉を求められておったから穏便な『お話』だけで済んだが、クトニオス卿らの場合は命を狙ったという前科がある故に容赦されなかった。言ってしまえばそれだけの話じゃな。
彼女らがここまで異常な力をつけるとは想像すらしておらんかったじゃろう? もし彼女らの実力を知っていたのであれば自分の居城で会談などせず、自分から儂の居城へ赴いて謝罪を選択していたはずだものな。
知らんというのは恐ろしいことよ。くわばらくわばら。
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とまぁ、このような感じじゃな。結局今はセレスとサキ・ラングレイの怒りを受けて罪人のように床に座っておるわ。これでは交渉どころの話ではあるまいて。
「うーん。ここからどうしたものでしょうかねぇ」
「とりあえずクトニオス卿の足を破壊してはいかがでしょうか?」
「なっ!」
「まてまて」
どれ、一つ助け船でも出してやろうかな。いや、あくまでセレスの為だぞ?
セレスだってこのままでは話が進まなくて困るだろうからな。
「閣下?」
だからサキ・ラングレイよ。儂を敵を見るような目で見るのはやめてくれ。本気でやめてくれ。
「セレスよ。お主が自分を殺そうとしたクトニオス卿の所業と、彼に加担した上に無断で魔法を使ってきた家宰の所業に怒りを覚えるのはわかる。わかるが、これでは話が進まぬ。クトニオス卿には反省の意を込めてこのままの姿勢でいてもらうこととして、まずは予定していた交渉を進めてはどうかな?」
「……それは、たしかにその通りですわね」
うむ。そうだろうそうだろう。貴族にとって大事なのはその場その場で己の感情を発露することではなく、どうすれば己の得になるかということだからな。クトニオス卿を庇ったわけではないぞ。
「ちっ」
だからサキ・ラングレイよ。その、敵を見るような目と、手を儂に向けるのをやめてくれ。
威嚇なのはわかるが本気で怖いからやめてくれ。
「御爺様の提案を採用することにしますわ。サキ、会談の用意をして。具体的にはお茶とお菓子を持ってきて頂戴。もちろん叔父様はそのまま待機してくださいな」
「はっ」
「……」
よし! セレスは儂の配慮が分かってくれたようだな!
……なんで会談に関係ない儂がこれほどの恐怖に怯えなくてはならぬのかと疑問に思わなくもないが、それもこれも魔石の代金だと思えば安いモノじゃて。
だからサキ・ラングレイ。部屋を出る前にボソッと「命拾いしましたね」とか呟くのはやめてくれ。
そんなにわかりやすく釘を刺さんでも、今更セレスと正面からことを構えようとは思っとらんから。
セレスはまだ身内だから配慮してくれているのが分かるんだが、お前のは分からんから。
普通に怖いからやめてくれ。
閲覧ありがとうございました。
―――
誰得オッサン視点。しかも爺は『儂』とか『じゃよ』口調である。
あとついでにさらりと家宰と3人くらいの騎士が重傷を負いました。
まぁ彼女たちの事情を考えればシカタナイネ!