4話。クトニオスとの対峙……の前に。
基本的にアール=サンの周囲以外はシリアスな状況が展開しているもよう。
セレス視点
「え? もう会談の準備ができたの?」
御爺様の居城で連絡を待つこと6日目の朝。御爺様の使いが来たと思ったら、想定外のことを告げられたわ。
「そのようです」
「なんていうか……早かったわね」
普通に往復するだけで5日は掛かると思うんだけど。
いや、早い分には問題ないんだけどさ。けど通常であれば会談を希望する相手、つまりは私を焦らしたり、情報収集のために時間を稼ぐのが普通なんじゃないの? それが御爺様が使者を出してからまだ6日(正確には5日かしら?)しか経っていないのにもう叔父様と会談できる、どころか会談の準備が整ったって返事がくるって凄くない?
「確かに貴族の常識としてはありえない早さではありますが、伯爵閣下の口添えもありましたし、なによりブルマリア侯爵領の現状を鑑みれば妥当なところではないかと思われます」
「ふむ。それもそう、なのかな?」
御爺様が知っていることを簡単に説明して貰ったけど、予想以上にひどい状況だったわ。
裏付けは取れてないけど、少なくとも御爺様に嘘を吐いている様子はなかった。
つまり伯爵という領主貴族の立場から見ても、今のブルマリア侯爵領は美味しい餌として認識されているってことよ。そりゃ叔父様だって急ぐわよね。
「それと、これからお嬢様が準備をして移動する時間を考えれば向こうには3日か4日の時間があることになります。それだけの時間があれば対応策を練ることも難しいことではないかと」
「あ~。なるほどねぇ」
移動の時間を考えればそうなるか。それでも随分早いと思うけど……それだけ今のブルマリア侯爵家がヤバい状況だってことの証拠よね。
それもこれも、お父様が早いうちから私の婚約者を定めなかったが故っていうのがなんとも言えないわ。
いえ、お父様だけのせいじゃないわね。お父様が与えてくださった愛を当たり前のものとしか思わず、周囲を省みなかった私のせいでもある。
せめて私の生死が確定していれば叔父様も何かしらの行動を起こせたのでしょうけど、現状はコレだもんねぇ。
「……叔父様が侯爵になりたいだけって話だったら一発殴らなきゃって思ってたけど、ブルマリア侯爵家のために涙を飲んで行動をしたって言われたらなぁ」
先代の弟と娘って関係や継承権だけを考えれば叔父様の行動は私に対する反逆以外のなにものでもないんだけど、侯爵として、もしくは大貴族として領地や領民、さらにブルマリア家の存続を考えれば、どう考えてもあのときの私は後継者として不適合だもの。そりゃ排除の一択だわ。
はぁ。あのとき森の中でバックスが言っていたけどさ、まさか本当に叔父様の方に侯爵としての大義があったなんて思わないわよ。
いや、それを知ったからと言って大人しく死ぬつもりはないけど、責任は感じちゃうわよね。
「私もクトニオス卿のお考えを読み切れていませんでした。そこは反省します。ですが、私はともかくお嬢様を穢したうえで殺そうとしていた連中に同情する必要はありません」
「だよねぇ」
それもあったか。
サキは『自分はともかく』なんて言っているけど、私からしたらサキこそとばっちりを喰らった形だからね。向こうにどんな理由があったとしても、あの時の無力感と怒りは忘れてはいけないと思うの。
だから叔父様を一発殴るって方針は変わらないわ。
……想定よりもかなり手加減してあげることになるけど、ね。
それはそれとして。
「ねぇサキ?」
「はい?」
「会談に先駆けて私が準備することって何かあるかしら?」
移動方法は御爺様が用意してくれるだろうし、衣類も御爺様が用意してくれたのがある。魔石はサキが持っているし、オークの燻製肉は馬車の荷台に置いてあるけどアレを叔父様にあげるのもなんか癪だからあげる予定はない。
あとは……通常であれば見栄えや圧迫、もしくは護衛の為に兵士を揃えたりするんだろうけど、邪魔にしかならないからいらない。っていうかそうやって集めた護衛の騎士に裏切られたからね。率直に言って信用できないのよ。
だから私たちの場合は、移動のための馬車とそれを動かしつつ馬の面倒を見る御者が居ればそれでいい。こうやって考えれば考えるほど準備なんていらないと思うんだけど、実際はどうなのかしら?
「特にないですね」
「だよねぇ。それじゃさっさと移動する?」
交渉を有利に進めるために、あえて叔父様が準備しているところに乗り込んでいって機先を制すのも悪くはないと思うんだけど。
「我々だけであればそれでも良いのですが……」
「良いのですが?」
何か問題があったかしら?
「今回は伯爵閣下が御同行されますので。そちらの準備を待つ必要が有ります」
「あぁ、そうだったわね」
仲介した手前御爺様が同行するんだったわ。
私たちとは違って御爺様の場合立場ってものがあるから、どうしてもそれなりの準備が必要なのよね。
道中にある街にもお金を落とさないといけないし、何より前に売った魔石を領内の街に配って結界を強化したいってお話もあったしね。
私個人としては『そんなの後でやれ』って言いたいけど、領主として見れば領地の経営と防衛に繋がることだもの。疎かにしてはいけないし、領地の経営に関わっていない私が『疎かにしろ』なんて言ったら駄目よね。
つまり。
「どうしても時間はかかっちゃう、か」
「えぇ。口惜しいことではありますが、今は待つしかございません」
サキもそう思ってるわけね。そりゃそうよ。
仕方のないこととはいえどうしても時間を無駄にしている感があるものね。
日程を考えればベシータ様へのご報告は移動中かその前くらいになりそうだし……どうせだったら一回で纏めてしまいたかったんだけど、それはもう諦めるしかないでしょう。
ただ、御爺様の準備を待つ間、私たちが何もしないわけではないわ。
「とりあえずは市場の調査でもしましょうか。御爺様に外出する旨を伝えて頂戴。勿論護衛は不要よ」
「かしこまりました」
なにせここは伯爵家の領都ですもの。近い将来私がどこかの街を貰ったときのことを考えれば、参考になることはいくらでもある。
それにベシータ様へのお土産も用意しないとね。
あの方は性欲はあんまりないみたいだけど、食欲は旺盛だったからね。とくに調味料や香辛料を欲していらしたから、それを沢山用意しておけば多少時間を無駄にしてもお叱りを受けることはないと思うの。
……いや、なんかさ。昨日あたり物凄く嫌な予感がしたのよね。
具体的には、レベルアップという名の修行としてベシータ様からの攻撃を延々と避けさせられたときみたいな。あのとき並の無茶振りをされる予感がしたの。
いや、フェメラとか娘さんたちが全力で襲い掛かってくるのを捌く修行もどうかと思うけどさ、それ以上にキングでさえ一撃で蒸発させることができる人の攻撃を避ける訓練とか冗談じゃすまないでしょ。
『どれだけ鍛えようと一撃喰らったら死ぬって効果のある攻撃だってあるかもしれんからな』とか言ってたけどさ。確かにオークキングがスキルを使ったときも「あ、これは駄目なヤツだ」って思ったけど、そのキング以上の攻撃を片手間で出されても困るんですよ。あの時は本当に死ぬかと思いました。恐怖に立ち向かうことが勇気とか、恐怖を感じるからこそ成長するとか、恐怖を切り捨てるなとか、恐怖を使いこなせとか言ってましたけど、そういう次元じゃないと思うんです。
「お嬢様。お嬢様」
「……はっ!」
「伯爵閣下へ言伝は終わりましたが、御加減がよろしくないご様子。体調は大丈夫ですか?」
「え、えぇ。大丈夫よ」
危なくベシータ様への文句が口をついて出てくるところだったわ。サキに聞かれてたら間違いなく面倒なことになっていたわよね。うん。危ないところだった。
「そうですか。それはよろしゅうございました。まぁそれはそれとして……」
「ん?」
なにかしら?
「……なにやらリョウ様にご不満があるご様子でしたが、何か申し開きはございますか?」
駄目だった!
「お嬢様はもう少しご自身のお立場とリョウ様の優しさを認識する必要があるようですね」
「……はい」
――このあとめちゃくちゃ怒られたわ。
いや、確かにあの方は私たちの命の恩人で、沢山の御恩を受けた身なんだけどさ。
少しくらいは愚痴っても良いと思うの。
「駄目です」
「理不尽過ぎる!」
内心でも駄目って厳しすぎるでしょ!
―――
某所
「……また新たな勇者が召喚されたそうだ」
「またか。ニンゲンどもめ。懲りずによくやる」
「まったくだ。いつになっても連中の欲深さは変わらん」
「いっそ滅べばいいのに」
「すぐに滅ぼされても困るがな。だがせめて聖都にある祭壇は破壊した方がいいだろう」
「それに関してだが、どうやらその聖都が魔族に攻められているらしいぞ?」
「ほう?」
「ざまぁみろ」
「気持ちはわかる」
「同感だ。しかしこれまでにないケースだな? 何が有った?」
「わからん」
「勇者はまだ聖都に?」
「そのようだ」
「……本来であればニンゲンどもに協力するべきではない。だが異世界から召喚された勇者は別だ。見殺しにするのはこの世界に生きる者として恥ずべき行為だと思うが如何?」
「言わんとすることは理解できる。だがそうやって甘やかした結果、連中が増長することになったのでは?」
「然り。確かに勇者を異世界から誘拐された子供と見れば哀れではある。しかし基本的に彼らはニンゲンの味方だ」
「然り。彼らの中には我々に対して同情し保護しようとする者もいる。だが、それも所詮は上からの目線にすぎぬ」
「然り。二言目には『報復はやめろ』だからな。信用などできぬ」
「では今回召喚された勇者は見殺しにする、と? 聖都にいる同胞たちもか?」
「然り。聖都を滅ぼされればニンゲンとて反省の一つもしよう。手を貸すのはそれからでいい。無論向こうから要請を受けた後で、な」
「然り。ニンゲンには痛みが必要だ」
「然り。ニンゲンと手を取り合う必要などない」
「然り。聖都の同胞というが、すべて奴隷とされた者たちではないか。死を以てその身を解放してやることこそが救いであろう」
「「「「然り」」」」
「……そうか」
―――
???視点。
「ふぅ」
部族の会合を終えた私は、思っていたよりもニンゲンに対する風当たりが強いことを知り、思わず溜息を吐いてしまう。
「まぁわからない話ではない」
私とて、これまでのニンゲンの行いを見れば彼らに同情の余地などないことは理解している。
「理解はしているのだがなぁ」
はるか過去に、友人となった勇者が死ぬ間際に語った願いを思い出す。
曰く『君らがこの世界のニンゲンを恨む気持ちは分かる。復讐も止めはしない。だが異世界から召喚されてしまった子供たちだけは別だ。彼らは何も罪を犯していない。だから彼らだけでも保護してやって欲しい』とのことであった。
彼の言葉は事実ではあるが正しくない。
というのも、確かに召喚されたばかりの彼らに罪はない。その部分だけは事実だ。
だが幾許かの時を経てしまえば話は別となる。
異世界から召喚された子供たちは周囲から勇者としてあがめられ、勇者として働くこと、即ち森や山を切り開き、ニンゲンの活動領域を広げることに躊躇しなくなる。
その行動の煽りを受けるのは魔族だけではない。
というか、魔族以上に煽りを受けることになるのが我々だ。
事実、彼らの後に森や山にやってきたニンゲンたちによってどれだけの郷が襲われ、どれだけの同胞がニンゲンによって奴隷とされているかなど、今や数えることすら不可能な状況である。
故に『ニンゲンによる侵略の先駆けとなっている勇者を被害者として見ることはできない』という同胞の意見は極めて正しい。反論しようとも思わない。
「しかし、私は約束したのだ」
亡き友に対し『被害者である勇者を護る』と。そう約束してしまったのだ。
「……いくか」
勢力として加勢することはできない。だが個人として援護するくらいのことはしよう。
「後で裏切り者扱いされるあろうが、な」
それでも友との約束を守るため――内心では到着する前に陥落していたら助かるのだが――などという、背反した思いを抱きつつ、私は魔族に襲われているという聖都を目指すことにしたのであった。
聖都の中の戦争はまだ続いているようだ……。
―――
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