13話。駆け抜ける主従
アウトとギリギリアウトの間を反復横跳びする男、スパイダーマッ!
キンクリしてます。
セレス視点
オークの王都付近であった争いから数日後。集落に辿り着いたフェメラが正式に族長となり留守を任せる算段が付いたということで、私たちはオークの森を抜けることになったわ。
目的地は叔父様がいるであろうブルマリア侯爵家の領地……ではなく、御爺様であるミッタークエセン伯爵が治める領地。そのため私たちはオークの森の中を縦断し、私たちが入ってきたところとは違う場所から森の外に出ることにしたの。
移動方法はもちろん馬車ごと輸送……ではなく歩き。
あまり汚い恰好をするのもアレだけど、まったく汚れていないのも不自然だし、なにより『森の中を縦断してきた』って名分がある以上、ルートとかそういうのを理解していないと矛盾が生じるからね。
そうこうして移動に数時間かけて森から脱出し、さらに数時間移動したところでようやく近くに村っぽいものが見えてきたの。
「ふむ。こんなところだろうな」
村を確認したことで十分と判断したのでしょう。そういいながら、村からやや離れたところでアイテムボックスの中から馬車の荷台を取り出したのは、私たちの恩人にして心の主君でもあるベシータ様。
獣人だけど獣人っぽくない感じがする不思議な人。
いや、空を飛んでお城を崩壊させるほど強力な光魔法を放つ時点で普通の獣人ではないのだけど、とにかく凄い方。
今の私とサキであれば馬車を担いで移動することも可能だったけど、さすがに人目に付きすぎるのでそれは断念してベシータ様のアイテムボックスに入れてもらい、こうして適当な村の近くで出してもらったの。
いやぁ規格外に強いだけじゃなく、ほぼ無限に入るアイテムボックスも使えるなんて、本当に凄い方よね。今ならベシータ様が異世界から召喚された勇者様だって言われても信じるわよ。
「はい。ありがとうございます」
そんな凄い方に謝意をしめしたのは、私の従者にして護衛にして姉のような存在でもあるサキ・ラングレイ。
彼女はブルマリア侯爵家の懐剣と謳われるラングレイ家の娘で、侯爵家としても将来を有望視していた優秀な騎士でもある。
本来であれば侯爵の側近としてそれなりの待遇を得られたであろう彼女が、今や根無し草でしかない私の付き人にまで落ちぶれてしまった。少し前までは「こんなことになってしまってごめんなさい……」なんてサキに申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、ここ数か月で、具体的にはベシータ様と出会ってからは特にそんな気持ちもさっぱりなくなったわ。
だってサキってば普通に楽しそうなんですもの。
未だにベシータ様のお手付きにはなっていないし、なんなら族長になった上にベシータ様への好意を隠そうとしていないフェメラに凄い対抗意識を燃やしていたけど、それでも侯爵家にいたころよりもずっと充実した生活を送っているのがわかるのよねぇ。
そんなサキだけど、今は私の従者としてベシータ様に頭を下げているわ。
これは今までのこと……ではなく、今回馬車を運んだことに対するお礼ね。積もり積もった恩は言葉でお礼した程度では絶対に返せないもの。
本当は私も謝意を示したかったんだけど、サキが『貴族の令嬢であるお嬢様が見知らぬ男性と会話する姿や、その方に頭を下げている姿を誰かに見られては大変なことになってしまいます!』と強弁し、ベシータ様も「そんなもんか」って納得しちゃったから謝意を示すどことか会話さえできない状態になっているわ。
(っていうかサキ。貴女は少しでもベシータ様と接点を増やしたいだけでしょうに)
「……なにか?」
「なんでもないわよ」
前々から鋭かったけど、サキってばオークの森でレベルアップしてからはさらに鋭くなったのよねぇ。
いや、まぁ確かにあそこでのんべんだらりとしていたら死ぬからね。私だってそれなりに気配ってやつを掴めるようになったけどさ。心の中を読むのは違うと思うの。
サキ曰く『慣れ』ってやつらしいけど。問題はそこじゃないのよ。
「それじゃ、この辺で俺は帰るぞ」
「はい」
おっと。ベシータ様のお帰りだわ。どこで誰が見ているかわからないから仰々しいご挨拶はできないけど、目礼くらいならいいわよね。
目線と一緒に少しだけ頭を下げたらベシータ様もわかってくださったようで一度だけ頷いてくれたわ。
これで不調法にはならない……わよね。サキがめっちゃ睨んでるけど。
別に分かり合ってないから。嫉妬しなくていいから。
「半月後くらいに様子を見にくる。それまでに経過やらなにやらを纏めておけ」
「かしこまりました」
どうやって連絡をしようかと思っていたら、ベシータ様から来て下さるのか。
まぁ私たちから連絡を取るとしたらオークの森にサキを派遣しないと駄目だもんね。王国が許可を出すはずがないし、なにより御爺様や叔父様に目を付けられてしまう。いずれは何かしらの接点があることはバレるだろうけど、さすがに今は早すぎるってね。
それを考えれば、空を飛べる上に私たちの居場所を知ることができるベシータ様の方から出向くのが無駄がないって感じかしら。お立場とかそういうのにこだわらないからこそできることよね。
問題はその半月で私たちが殺される可能性だけど……。
(まぁ、ないわね)
うん。自分で問題提起して自分で『ない』って気付いたわ。
なんせ今の私たちはジェネラルどころかキングとも戦えるくらいに強くなったんだからね。
レベルだけじゃなく実戦経験も十分積ませてもらったし。
……っていうかあの子ら殺意高すぎるのよ。どんだけ人間嫌いなのって話よね。いや、人間が多種族から嫌われているのは知っていたつもりだったけど、所詮は『つもり』でしかなかったわね。正直認識が甘かったとしか言いようがないわ。
あの子らの殺意についてはさておくとして。
少なくともジェネラルクラスの実力がある子たちが全力で襲い掛かってきても対処できる程度には強いのよね。今の私たち。
そんな私たちを殺すとしたら、それこそ勇者クラスの戦力か相当強い毒が必要だと思う。戦力は当然ないだろうし。毒だって御爺様や叔父様であってもキングクラスの実力者に効く毒を持っているとは思えないわ。
あとは寝ているところを襲われたり?
「ん~それもないわね」
普通に目を覚ますと思うし、なんなら寝返りをうった際に生じた衝撃波で撃退しちゃうかもしれないわ。
……それを考えたら怖いのは咄嗟の際に力加減を間違えることよね。
一応の慣熟訓練はしているけど、急に足下にG的な虫がきたら全力で足をたたきつけそうになるかもしれないわ。その場合、建物の床が大変なことになるわよね。場合によっては怪我人が出るかも。
その損害を賠償しろって言われたら……断れないわ。
相手が殺意を持ってきているならまだしも、完全に自分のミスだもの。
開き直る? んー難しそう。これについてはサキに相談ね。
「それではお嬢様。そろそろ動きましょうか」
ベシータ様が見えなくなるまで頭を下げていたサキがようやく再起動したわ。
「そうね」
……頭を下げているのにどうやって相手との距離感を掴んでいるかはわからないけど。前に聞いたら「メイドですので」って言われて話が終わったのよねぇ。
いまだと何となく気配でわかるけど、ベシータ様の場合だとわからないのよ。あの方って、めちゃくちゃ強い気配を出しているときもあれば、まったく気配を出さないときもあるの。
普段は後者ね。おそらく周囲に気を遣っているんだろうけど、そうなると気配が読めないからいつまで頭を下げていればいいのかわからなくなるのよ。
ま、それについて聞いたところで「メイドですから」とか「愛の力です」とか言われて終わるだけだろうから、今はあえて無視しておきましょう。
今の問題は私たちがどう動くかってことなんだから。
「これからどう動きますか? この辺で馬を買うか借りるかして馬車に繋いで、そのまま伯爵閣下がいらしゃるであろう領都へと向かいますか? それともギルドや代官のところに行って直接名乗りを上げて向こうから迎えに来ていただきますか?」
「うーん。悩みどころよね」
馬を買うお金に関しては馬車の中にあった分を使ってもいいし、足りなければギルドでジェネラルの魔石でも売ればいい。
そうやって用意した馬車で移動しつつ、ミッタークエセン伯爵家の領内やブルマリア侯爵家の領地がどうなっているのか確認するのもいいけど、それだと時間がなぁ。
ギルドや代官の場合は、私が名乗った時点で御爺様に連絡が行って向こうから迎えがくるとは思うけど、何でもかんでも相手に頼るのはよろしくない。多少は自分でもできるところを見せないと足を掬われる可能性が高いわ。
尤も、ただで掬われるつもりはないわよ。むしろ掬おうとしてきたところをやり返した上で賠償金を搾り取ってやるつもりではあるけど、むやみやたらと問題を起こすのも違うわよねぇ。
「んー」
少し悩んで決めたのは……
「普通に村に行きましょう。入口に鑑定機があればそのまま鑑定してもらって御爺様に言伝を頼む。
鑑定機がないくらい田舎だったらギルドか代官の屋敷に行って言伝を頼む。あとは向こうの態度次第ってところかしら」
もし私を殺そうとしたなら刺客と代官を殺して御爺様のところに首を届けに行くし、普通に迎えにくるならそれに合わせればいい。
「賭けの要素が強いように思われますが、よろしいのですか?」
よろしいもなにも。
「今の私は何をするにしても賭けの要素が皆無なんてことはないでしょうに」
「それはそうですが……」
「じっくり情報収集をした方が良いってのはわかるのよ。でもね」
「でも?」
「じっくりゆっくり移動してさ。半月後にベシータ様がきたときに『報告することがありません』なんて言える?」
ベシータ様であれば「仕方がねぇ奴らだ」って苦笑いで済ませてくれるかもしれないけど、間違いなく評価は下がるわ。
「私はね。ベシータ様からの評価を下げたくないの。サキだってそうでしょう?」
「もちろんです。というかお嬢様はここで何をしているのですか? すぐに行きましょう!」
「……貴女ねぇ」
それでいいんだけどさぁ。もう少し、こう、あるでしょう?
さっきまでみたいに私の心配とかしてもいいのよ?
「さぁ早く、早くいきますよ!」
「はいはい。ていうか二人で行くの? 馬車はどうする?」
ここに置いていったら誰かに盗まれない? お金とかはともかく、下着とか盗まれたら嫌なんだけど。
「私が担ぎます!」
「……そう」
目立つとかそういうのはいいの?
いいのね。
うん。令嬢が担ぐよりは騎士である貴女が担いだ方が目立たないわよね。
もういいわ。行きましょうか。
「では行きます! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「……気合入ってるわねぇ」
「少しでも、早く、村へぇぇぇぇ!」
「……気合入りすぎじゃない?」
門番さん。かなりびっくりすると思うけどごめんなさいね。
全部サキって娘が悪いの。私じゃないわよ。
「だけどこれで噂になってくれれば色々手間が省けるかも? ま、それもこれも御爺様や叔父様次第なんだけどさ。はてさて、これからいったいどうなることやら」
――そんな感じで他人事のようにサキの暴走を見ていた私は知らなかった。
私がいない約半年間でブルマリア侯爵家がどんな状態に置かれていたのか、を。
『いざとなったら叔父様を脅して町の一つでも貰おう』なんて気軽にできる状態ではないということを。
このときの私は本当に何も知らなかったのだ。
閲覧ありがとうございました。
2章はこれにて終了。
レビューありがとうございます。
キンクリされたラーズやアベルナのお話は幕間でやる……かも。
―――
予告という名のおまけ。
『如何に勇者とてこの短期間で魔王陛下を討伐できる力をつけるのは不可能。つまり勇者は何かしらの秘密兵器、そうだな。神器のようなものを持っているはずだ。その情報を集めるのだ』
『神器、か。それはありそうだね。でもそれほどのものであれば使用にも制限があるはずさ』
『つまり、神器を使わせることがきたら最良』
『なるほど、攻撃力や効果範囲を調べることも重要だな。よし、配下を動かそう。内部への連絡は?』
『すでに準備は整っているぜ』
『よし、では攻めるとしよう。まずは我らから行くぞ。征け! サイクロプスたちよ! 勇者と連中が持つ秘密兵器を炙り出せ!』
『『『ウォォォォォォォォ!!』』』
「こ、この声は?」
「も、もしかして魔物!?」
「もしかしなくても魔物だよ! くそっ! なんだ、あのデカいのは!」
「魔族……だと!? 馬鹿な! こちらから動かぬ限り連中が攻めてくることなど今まで一度もなかったはずだ! 一体何があったというのだ!」
「……勇者がいるからこの聖都が狙われた。勇者さえいなければ……」
「俺が戦わなければもっと多くの人が死んでいたはずだ。だから仕方がなかったんだ!」
――第2・5章。聖都の中の戦争
異世界から召喚された勇者【松平健司】と、聖都で兵として勤務している少女【クリス】の心温まる物語。
第1話。戦争まで何メートル?
ポイント次第で続く……かもしれない。