12話。強襲限界点
オークになんの恨みがあるというのか(今更)
おう。俺だ。ベシータ様だ。
「おーおー上から見ると丸わかりだな」
やっと豚野郎の王都……の郊外で、小娘どもと王都の郊外に隠れていた村長がぶつかるようだな。
昨日の夜に族長から聞いた話だと、ラーズとかいうハゲが立てた作戦は『最前線に回されたアタシらがジェネラルを引き付けている間にがら空きになった本陣を自分たちが急襲し、そこにいるナイトやウォリアーを倒して武功を稼ぎつつ、蓄えている物資を奪うって作戦みたいです』とか言っていやがったな。
村長に潜在的な敵である族長を潰させつつ物資と功績を得るって?
追いかけられたらどうすんだ? 物資と女を抱えたまま逃げられんのか?
族長が途中で全滅したり、逃げる方向を変えたらどうするんだ?
つーか、大前提として自分たちで村長を倒せねぇ時点で駄目だろうが。
「はっ。最大派閥の長がそんな作戦しか立案できねぇ程度の頭しかねぇってのは最悪だな。そりゃ裏切りもされるってんだ」
元々族長には適当に戦わせてから撤退させる予定だったが、それだとハゲの狙い通りになるってんで少し改良を加えることにしてやったぜ。
まぁ改良と言ってもそんなにおかしなことじゃねぇけどな。
「さて、目論見を外された連中はどう動くのかねぇ」
当たって砕けるにせよ全力で逃げるにせよ。せいぜい見ていて楽しくなる程度には綺麗な花火を咲かせて欲しいもんだ。
―――
フェメラ視点
「「ブモ―――――!」」
戦が始まった。と言っても、戦線は早速膠着状態なんだけどね。
「ナイトは2匹か。ゴスペル。コラトと一緒にナイトの足を止めろ」
「はいっ!」
「コラト。前の失敗は許したわけじゃない。ちゃんと役割を果たしな」
「は、はいっ!」
「他のはウォリアーどもと戦闘だ。無理はするなよ」
「「「へい!」」」
一応武功目当てで暴走しないよう念を押したけど、多分大丈夫だね。
そもそもこの戦はベシータ様も見ているんだ。配下の連中にはそのことをちゃんと告知したし、なによりアタシらは『戦場では族長の命令に従え。トチ狂ってふざけた真似をしたら爆発四散させるぞ。こんな風にな』って言いながらジェネラルを破裂させるのを見せつけられたんだ。
あんな真似ができる人に逆らってまで命令違反をするような馬鹿なんているはずがないじゃないか。
いやぁ、指を差しただけでジェネラルが破裂するとか意味わからないね。一体あのお方はどうなってるんだい? まぁ大事なのは部下が暴走せずにアタシの指示に従うことだし、集落のみんなが『ベシータ様は意味が分からないほど強い。絶対に逆らうな!』ってことさえ共有していればそれでいいんだけどね。
ベシータ様の強さがアタシらの理解を超えている件についてはさておくとして。
ラーズたちが危険視していたナイトはゴスペルとコラトが受け持った。
今のアタシらであればナイトクラスが多少増えても他の連中を当てれば十分対象できる。
ウォリアーも同じだね。
懸念すべきはジェネラルだけど、さすがに序盤も序盤でジェネラルが出てくることはないからしばらくは様子見だろう。
尤も、ラーズたちの狙いではこの時点でアタシらは一目散に撤退しているはずなんだけどさ。
そして、アタシらを追ってきたナイトに対し、後方で待ち伏せしているラーズとアベルナの部隊が奇襲をかけて倒す。その後でナイトがやられたことを知って怒ったジェネラルをアタシらに押し付けて、自分たちはがら空きになった本陣を襲うって感じだったんだろうけど……残念だったねぇ。
アタシらとしても、本来であればそれに乗じて戦場から逃げだしていたんだけどね。ラーズの作戦を聞いたベシータ様からの指示で急遽こっちの作戦も変わったのさ。
曰く『連中を追いこめ』ってね。
「うん。順調順調」
現状は予想通りにことが運んでいる。だけどそう考えているのはアタシらだけ。
戦の前は『乾坤一擲!』だとかほざいていたラーズも『死中に活あり!』なんてぬかしていたアベルナも今は一切動いていない。
それはそうだろう。だってジェネラルを引き付ける役目を授かったアタシらが一切後方に退いていないんだからさ。
「どうして動かないの!」
あまりに動きがないことでラーズも焦れたのだろう。督戦の使者を送ってきやがった。
だけどその使者がまさかこいつだとはねぇ。
「聞いているの!?」
「うるさいねぇ」
「う、うる……っ!」
ラーズが使者としてきたのは、アベルナの情婦にしてハーフエルフの裏切り者。パプニナ。
自分は戦わず、かつ他人の為に身を捨てることもない。ある意味一番自分に正直な女さ。
こいつのことをアベルナがどう考えているかはしらないが、少なくともアベルナの上司であり集落の長であるラーズは側近に付いた虫としか思っていないはず。
わざわざこの局面でアタシを督戦するためにそのパプニナを派遣してきたのは、あわよくばアタシにこいつを殺させてアベルナの周囲を綺麗にするとともに、アベルナがアタシに殺意を持つように仕向けたいって感じかねぇ。
危険だからって派遣を渋るであろうアベルナには『実績を上げないと周囲が納得しない』とでも言って派遣を認めさせたんだろうさ。
問題はこいつがなぜここにいるか、じゃない。こいつをどう使うか、だ。
(実際どうしたもんかねぇ)
もちろんここでこいつを殺すことは簡単だ。だがその場合アベルナの恨みを買う。何よりラーズの狙い通りってのは面白くない。
それにこいつはアベルナ以外の大半の連中に嫌われている。つまりこいつを生かしておけば、こいつを傍に置くアベルナの評価も落ちるし、ラーズのストレスにもなるわけだ。
繰り返すが、連中はいずれ滅ぼすにしてもそれは今じゃない。
だったら火種は残すべき。なんだけどねぇ。
「貴女。一体何を考えているの!?」
あ~やかましい。いちいち甲高い声を上げるなよ。神経が苛立つじゃないか。
我慢してまで生かす必要なんかないんだけどさ。それに、このまま何も言わなきゃずっと横でギャーギャー騒がれるんだろう? そんなのは御免だね。とりあえずここから追い出すか。
「そもそもアンタが何に怒っているのかわからないんだけど」
いや、本当に。
「なんですって!?」
ヒステリックに騒ぐんじゃない。ぶつよ。死なない程度に。
殴って顔面を凹ませたら気分もよくなるだろうなぁと思いつつ、アタシは頭の中がピンク色に染まっているであろうパプニナにもわかりやすいように説明をしてやることにした。
「アンタも知っているだろうが、今日の軍議において作戦の変更が決定した。詳しい内容は省くが、とりあえず変更した作戦を完璧に達成するため、各集落が率いてきた戦力の配置換えをすることになった。そしてアタシらはその軍議の結果、最前線であるここに回された」
本当は武功を立てさせないために端の方に配置されるはずだったんだけどねぇ。
「そうよ!」
なんでこんなに偉そうなんだか。
「……その中でアタシらに与えられた役割はジェネラルを引き付けること、だ」
話の進み方が予想通り過ぎたね。軍議に参加した連中に対して怒りを通り越して哀れみを覚えてしまうくらいに予想通りだったよ。
「そこまでわかっているなら……っ!」
あー五月蠅い五月蠅い。
「では聞こう。現状の何が問題なんだい? 実際アタシらはこうしてジェネラルを引き付けているじゃないか」
「は?」
は? じゃないよ。
「アタシらの仕事は最前線でジェネラルを抑えること。それは今こうしてできている。なら次に仕事をするべきは『アタシらと戦っている最中に横槍を入れる』って役割を自分から申し出たラーズだろう?」
「そ、それは……」
「できない、かい? そりゃそうだろうね。なんたってこの策はアタシらが逃げることを前提にした策だもんねぇ」
「それは……」
「それは、なんだい?」
アタシらが逃げるのが前提の策なのにアタシらが逃げなかったらどうなる?
答えは、アタシらと戦っている最中のオークの群れに戦闘をしかけることになるってことさ。
これも横槍と言えば聞こえはいいが、実際はジェネラルが待ち構えている本陣に突っ込む行為に他ならない。ナイトと戦える程度の力しか持たないラーズやアベルナからすれば自殺行為さ。そんなことをやりたいなんて思っていないだろう?
でもねぇ。それをやるって言ったのは貴様らだ。
「見ての通りアタシらはやるべきことをやっている。貴様に文句を言われる筋合いはない」
「くっ!」
くっ。じゃないよ。
「現状取り決め通りに動いていないのはラーズだ。わかったらさっさと帰って連中に敵の本陣を突くようにいいな」
「……」
「どうした? それともラーズは皆の前で約束したことを破るのか?」
従来の予定通りだったら武功くらいは立てられただろうに。策に溺れたね。
「……そんなわけないじゃない」
「口でならなんとでも言えるさ。さっさと帰って連中を動かしな」
計画通り動いたら死ぬけどね。まぁラーズとアベルナは部下を犠牲にするなりなんなりして逃げるだろうよ。
「っ! 覚えてなさいよ!」
「忘れたよ」
行ったか。あ~せいせいした。
「ともあれ、これで終局だ」
連中が当初の予定通り動いて多大な犠牲を払ったうえで逃げ出すもよし。動かないことで犠牲は出さないものの、自分から言い出したことを実行しなかったことで面目を失うもよし、だ。
巻き込まれた連中が哀れと言えば哀れだが、アタシらを犠牲にすることを前提にした策を立て、それを容認した連中に斟酌してやる必要はないわな。
「さて、あれだけ偉そうに『死中に活あり』とか言ってた阿呆はどう動くのかねぇ?」
ちなみにアタシらは横槍を入れようとして連中が動いたら即座に撤退するし、しばらく待っても動きがなければアタシらがジェネラルやナイトを潰してから堂々と撤退するよ。
どちらに転んでもアタシらに損はない。ましてもとからここには物資も女衆もいないからね。そのうえ連中は武功や経験値までアタシらに持っていかれるわけだ。
いやはや、悪辣だ。強いうえに悪辣とか、あれほど頼りになる男はいないね。
さっさと番を作って欲しいんだけど、今のところその気はないみたいなんだよねえ。
「ま、下手に突ついて叱られるのも馬鹿臭い。今はご命令に従うだけさ……っと。この感じ、来るか?」
「ブモォ――――!」
「姐さん!」
「あぁ」
どうやらジェネラルが痺れを切らしたようだね。ラーズが動かなかったのは怯えたか、それとも決断するまでの時間が足りなかったか。
どちらにせよアタシらのやるべきことは一つ。
「ゴスペル、コルト。ナイトを殺しな!」
「「へい!」」
ラーズ。時間切れだよ。
「テトラ。アレは任せた」
「りょーかいです!」
今のアタシであればジェネラル程度スキルを使われていようとも正面から戦える。
だけど今の段階で連中にそれを見せるつもりはない。
今見せるのは、アタシにはナイトを殺せる配下とジェネラルを殺せる配下がいるということと、アタシらにはジェネラルを相手にしてもなお後方を警戒できるだけの余裕があるってことさ。
「ま、連中はジェネラルがスキルを使うことすら知らないだろうから、それだけでも十分度肝を抜けると思うけどね」
ベシータ様曰く『村長以上の豚野郎は追い詰められたときにスキルをつかう。その効果は、時間制限付きではあるものの攻撃力と防御力と瞬発力をほぼ倍化するスキルだ』とのこと。
ジェネラルを追い詰めるどころか、正面から戦ったこともないラーズやアベルナが知っているとは思えない。ナイトとすら戦えないほかの集落の連中なら猶更だ。
「見せつけてやるさ。ジェネラルの恐ろしさと、それを殺すことのできる暴力の存在を。そして怯えるがいい。アタシらをぞんざいに扱ったことを後悔しながら、ね」
ジェネラルを潰せる勢力に恨まれるのはさぞ怖かろう。
その恐怖がラーズやアベルナの求心力を削ぎ、他の集落の離反を招くのさ。
「イナズマキーーーック!」
「ブモォォォ――!」
終わったか。もはやここに用はない。
「ヨシッ! 退くよ!」
「「「へいっ!」」」
……ラーズ。アベルナ。貴様らを殺すのは今じゃない。だが近いうちに必ず殺す。貴様らに殺された多くの先達が無駄死にでなかったことの証明のために。集落が再興したことを示すために。アタシはまたここに帰ってくる。それまで首を洗ってまっているんだね!
閲覧ありがとうございました