9話。オークの悪夢
こんにちわ、死ね。
おう。俺様だ。ベシータ様だ。
絶体絶命のピンチに陥っていた族長を救出し、最低限のレベリングを施している最中に一つ気付いたことがある。
それは『令嬢が弱すぎる』ってことだ。
いや、前回族長が弱すぎるっていった矢先にこれはどうかと思ったんだが、状況がかわったんだ。
なにせこれまではジェネラルを討伐できるのが令嬢とメイドしかいなかったからな。これで問題なかった。だが、今はジェネラルと戦えるのが01、02、03、04と4人いて、さらにその配下の連中も結構な数が揃っていやがるからな。
勿論相手をするのが俺であれば全員纏めて一撃で光に還してやることも可能なんだが、族長を含めた小娘どもを率いるのはあくまで令嬢である。
その令嬢が、小娘どもが徒党を組んだ時点で負けてしまう程度の実力では足りないんじゃないか? と思ったわけだ。
しかし令嬢のレベリングをしようにも、この辺にいるのは同格か、いまややや格下となったジェネラルのみ。
それでも基礎を磨きつつ数を討伐していけばレベルも上がってBPも2500くらいにはなるだろう。だが、そんなことをしていたら目標の強さになるまでどれだけ時間がかかるかわかったもんじゃねぇ。
そこで俺は考えた。
「令嬢。キングってやつを殺しにいくぞ」
キングってのはBP5000前後の豚野郎のことだ。今までは数が少ないからレベリングには向かんと思っていたが、令嬢とメイドだけを鍛えるってんなら話は別だ。むしろ数が少ないからこそ強くなれる数も限られるってもんだ。
なぁに。俺も前と違って手加減できるようになったし、連中の仕留め方もわかってきたからな。連中如き、スキルを使わせてからボロ雑巾みてぇになるまでボコボコにしてやれば、今の令嬢とメイドでも止めくらいは刺せる……はずだ。
あとはこいつらのやる気次第。
「はいぃ?」
「ほほう。即答か。やる気があって結構」
いやマジで。やる気があるってのはいいことだ。
最高に『はいっ』てやつだな。
「い、いや、ちょっと待って下さい! 今のは承諾って意味の『はい』ではなくて『どういうことなの?』って意味の『はい?』ってやつなんです!」
「知るか」
「えぇぇぇぇ!?」
「えぇい、やかましい!」
元々俺は『やらないか?』と誘ったわけじゃねぇ。
やるぞって命令しているんだからな。貴様に拒否権があると思うなよ。
「それには私も同行するのでしょうか?」
「む。メイド「サキです」……メイドか。もちろん貴様もレベルアップしてもらうぞ」
令嬢がいないときはコイツが代わりになって指示を出すんだからな。
族長を迎えてレベリングする前にコイツにも最低限の力は必要だ。
「でしたら結構。さぁ、何をしているんですかお嬢様。早く準備をしますよ」
「……ねぇサキ? 貴女の主って誰だっけ?」
「無論、お嬢様……とリョウ様です」
「ベシータだけどな」
サラリと俺も主君にするんじゃねぇよ。
「ベシータ様を入れるのはもう諦めたから別にいいんだけど、私も主なのよね?」
「何を今更。主だからこそレベルアップをして頂くのですよ。……今のままでは足りないのでしょう?」
「そうだ」
うむ。やはりメイドはわかっているな。
「足りないって……まぁそうか。そうよね。これからさらにハーフオークの人たちが増えるんだもんね」
「そういうことです。彼女らとの間に明確な差を付けるために私たちはキングを討伐する必要があるのです」
「……そうね」
令嬢も状況を理解できたようで何より。
「わかったら支度をしろ。あと今回はそれぞれの班の連中も交代で同行させるからな」
「……わかりました」
「かしこまりました」
これでよし、と。
まず8匹残っているうちの6匹を潰す。
令嬢とメイドで3匹ずつだ。
予定では、一匹目で3700くらいになって、二匹目で4400くらいになって、三匹目で4800くらいになれば最高って感じだな。
このレベルになれば村長クラスがスキルを使っても正面から倒せるし、キングもスキルを使われなければ戦える。二人なら戦い方によってはキングにだって勝てるってレベルだ。
ついでに、キングがいる巣には村長クラスが2匹くらいいるので、合計で12匹いることになる。
こいつらについても大体決めてある。まず各班長に1匹ずつやって4匹。
各班にいるBP800くらいの戦士隊長に1匹ずつやって4匹。
騎士の中から副隊長にしたいやつを各班から1人選出してそれぞれ1匹で4匹。
これで合計12匹の村長の使い道が決まったってわけだ。
もし12匹以上いたら、その都度適当に振りわければいいだろう。
あとはBP1000前後の豚野郎が30匹近くに加え200や500のやつも多数いるので、そっちは余った騎士と戦士にやらせれば万遍なく鍛えられるはずだ。100の連中は俺がもらう。
で、残った2匹のうち、1匹は族長にやらせて、もう1匹は残しておく。
令嬢とメイドが居なければ倒せない敵を残しておかないと、いざってときに困るからな。
計画としてはこんなところか。
「さぁて。どこの巣から落としてやろうかねぇ」
選り取り見取り。最初は一番数が多いところを狙うとするか。
つーか豚野郎のくせに王を名乗るのが気に食わん。
王子を差し置いて王とか何様だってんだ。
―――
???視点
「「「ブモーーー!!」」」
「素晴らしい。圧倒的ではないか、わが軍は!」
この日、念願の閲兵式を迎えたオークキングのオークシリは、眼下に集められた軍勢を見て満足げに頷き、そう呟いた。
オークシリは、オークエンペラーであるメルカーリが治めていた王都から見て北の方角に位置する複数の集落を治めているオークキングである。
今まではメルカーリ麾下の四天王筆頭として名高いオークローン率いる軍勢によってもう少しで本土決戦かというところまで追い込まれていたのだが、ある日を境に彼らからの襲撃がなくなった。
何があった? と思って調べてみれば、なんとメルカーリの居城が崩壊し、四天王もその姿を消したとのこと。
この報せを受けたオークシリは『今こそ好機!』と軍勢を向かわせる……ことなく、むしろ『メルカーリを上回る力を持った何者かによる襲撃によって王都が滅ぼされた』と判断し、様子見に徹することにした。
これはオークシリだけでなく他のオークキングも同じような行動を取っているので、別にオークシリが殊更に臆病というわけではない。慎重と臆病は違うのだ。
そうこうして様子を見てみれば、最初はすぐに現れると思っていたメルカーリを滅ぼした者は一向に姿を現さず、メルカーリと四天王を欠いた王都は混沌の坩堝に落とされたような状況になっているというではないか。
事ここに至って、オークシリはこう考えた『メルカーリと襲撃者は相打ちとなったのだ』と。
『四天王はその戦いに巻き込まれて死んだのだ』と。
なんとも間抜けな話であるが、現実なんてそんなものである。
それにオークシリにとって重要なのは、メルカーリも、メルカーリを倒した者も、ついでに四天王も姿を消したという一点に在る。
「連中が消えた今、この俺様が王都を占拠し、覇を唱える!」
王都にはまだ数名のジェネラルがいるようだが、キングである自分の敵ではない。
なにより、押し込まれていたとはいえ四天王の筆頭と戦い続けた精鋭は健在だ。
また、王都は森の中心にあるし、メルカーリの居城が崩壊したとはいえ四天王の居城は健在である。故にこの王都を抑えた者が次代の覇者になると言っても過言ではない。
「急がねばならぬ。他の連中が王都に辿り着く前に俺様が王都を手中に収めるのだ!」
逸る気持ちを抑えながらもオークシリは自分が用意できる限りの数を集めた。
それは少数精鋭で最短距離を進むよりも、大勢で侵攻した方が途上にいる元メルカーリ配下のジェネラル達を糾合できると考えたからだ。
「これだけの兵力を見せつけられれば、如何に道中の者どもが頑固であろうとも大人しく従うだろうよ」
オークシリの考えは概ね正しい。
ただでさえジェネラルよりも圧倒的に強いオークキングであるオークシリが、自分たちよりも圧倒的に多くの兵を率いているのだ。これでは戦わずして降伏しても恥ではない。むしろ救援をよこさぬメルカーリやオークローンが悪いとさえ言えるだろう。
「いける! これならいけるぞ!」
メルカーリらは、国力にしておよそ10倍以上ある、まさに生涯最大にして最強の敵だった。
しかし今は違う。圧倒的な力を誇った王国は瓦解し、今やその全てが自分の手が届くところにある!
「俺が、俺様がこの森を、否、全てを支配する王になる!」
王都を落とし、他のキングを下して玉座に座る己の姿を妄想したオークシリは、思わず声を上げた。
……ここが彼にとっての絶頂だった。
『数だけは多いな。まるで 豚野郎のバーゲンセールだぜ』
「……なに?」
突如として聞こえた聞きなれぬ者の声。何者かと思って周囲を見渡してみれば、いつの間に混ざっていたのか眼下に集められた軍勢の真ん中に見慣れぬ獣人がいるではないか。周囲のオークたちもいきなり現れた獣人に対してどうしていいのかわからず右往左往しているのが見える。
『まぁいい。さっさと雑魚を片付けるとしよう』
「貴様、何者だ!」
誰何したオークシリに対する答えは意味のある言葉ではなかった。
『ずあっ!!!!!』
「ぐおっ!」
獣人が両手を上げたと思ったら、辺り一面が真っ白に輝いた。
「くそっ! 小癪な真似を!」
何をされたかはわからないが、おそらく何らかの魔法を使われたのだろうということはわかる。
(目潰し、か?)
同時に多少の衝撃はあったものの、自分にダメージを与える程のものではないということも理解したオークシリは、獣人の使った魔法が視界を奪うものであったと推察した。
しかしその考えは間違っていた。
(ようやく目が慣れてきたぞって……は?)
少しして目を開けられるようになったオークシリ。その目に映ったのは愚かな獣人を圧殺する圧倒的な大軍……ではなかった。
「は?」
そこにあったのは巨大なクレーターであった。
勿論オークシリが無事であることからもわかるように、オークシリの居城は健在だ。
だが閲兵式を行う為に造られた広場は完全に消し飛んでいた。
「は?」
残っていたのは、中心からやや離れた場所にいたナイトクラスのオークや、自分の傍にいたジェネラルたちと、少数の騎士のみ。
結論を言えば今回オークシリが集めた大軍は、一瞬にしてそのほとんどが正体不明の獣人による正体不明の一撃で消し飛ばされてしまったのだ。
「な、な、なっ!」
言葉にならない。目の前の光景を理解できない。理解したくない。
『次は貴様だ。豚野郎』
混乱するオークシリに対し、いつの間にか近くに来ていた謎の獣人が不敵な笑みを浮かべながらそう宣告してきた。
普段のオークシリであれば「貧弱な獣ごときが吠えるなよ」と鼻で笑うところだ。だがこのときオークシリが感じたのは圧倒的な恐怖である。
(まずい! 殺される!)
「お、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
命の危険を本能で察したオークシリは、咄嗟に腰に佩いた大剣を抜きつつ、限られたオークのみが使えるスキルを発動させた。
そのスキルの名は、勿論【暴走】。
ただしキングの使うそれはジェネラル如きとはその強化率が違う。
己の倍が限界のジェネラルとは違い、キングが使うそれの強化率は実に3倍! BPにして15000という、一時的とはいえメルカーリの通常状態を凌ぐ力を絞り出すことができるのだ!
「受けろ獣人ッ!」
弱体化のイベントを起こされなければ勇者でさえ一蹴できる力を、たった一人の獣人に向けて、それも連続で叩き付ける!
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
雄叫びを上げながら怒涛の攻撃を繰り出すオクシ―リ。その表情に油断や慢心はない。
――数分後。
「はぁはぁ。……やったか?」
一心不乱に、それこそ己の居城ごと破壊するかのような連撃を使用したオークシリは、己が上げた砂埃に向かってそう呟いた。
普通であればそうだ。これで終わっている。これに耐えられるのは同じく暴走を使ったキングクラスのオークか、能力を解放したメルカーリくらいしかいないのだから、獣人が耐えられるはずがない。
それが常識だ。
『これで終わりか?』
だが、オークシリの目の前にいるのは断じて普通の獣人などではない。戦闘民族ザイヤ人だ。
「ば、馬鹿な!」
『倍どころか3倍の力を絞り出したのは予想外と言えば予想外ではあったが、まぁそれだけだな』
無傷だった。砂埃の中から出てきた獣人はどこからどうみても無傷だった。それこそ防具すら破壊されていないのだから、やせ我慢でもなんでもないのは明白だった。
『こんどはこっちからやらせてもらうぜ』
「あ……」
オークシリは震えた。生まれて初めて心の底から震えあがった。
真の恐怖と決定的な挫折と絶対的な格差を前にして。
『もちろん死なねぇようにかるく、な』
「ま……まって……」
恐ろしさと絶望で涙と涎と小便を垂れ流した。
これも初めてのことだった。
『動くなよ? 蟻を殺さねぇように潰すのは加減が難しいんだ』
「う、うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
―――
それから少しして。
「ほれ。土産だ。さっさと片付けろ」
「はい! って。うわぁ。これ、どんな感情を抱けばこんな顔になるのかしら」
「さぁな。貴様もこうなりたくなければ必死でやれよ?」
「はい!」
心と体を破壊されつくしたキングとジェネラルがどこかに運ばれ、そして誰かの糧となったという。
こうしてオークシリが討伐されてから数日の間に、オークの森を支配せんとする王が一人、また一人と表舞台から姿を消すことになる。
暴力はそれを上回る暴力によって潰される。
結局『俺がオークの森の王となる!』という輝かしい夢を掲げたはずのキングたちが最後に見たのは、ベシータという悪夢の権化であったという。
両者の演説はなし。
怒られるからな!(今更)
閲覧ありがとうございました。