8話。策謀の森域
シリアス……シリアス?
おう。俺様だ。ベシータ様だ。
王都に着いたと思ったら、なにやら郊外で豚野郎どもに襲われている一団を発見したんでなんだなんだと見てみれば、BPが100~300前後の連中がわんさかいやかった。
最初は(こりゃ小娘どもとは関係ねぇな)なんて思っていたものの一応気になって見にいってみたら、なんとびっくりダイユウサク。
そいつらが04の言っていた集落の連中だったってんだから驚きだぜ。
こんなに早く標的を見つけられたのは、偏に俺様の日頃の行いが良かったからだろうな。
で、見たところ囲まれて困っている感じだったんで、とりあえず気剛砲の要領で一方向の敵を消し飛ばしてやった上で04を解き放ち、あいつに豚野郎どもを殲滅させつつ、さっさと族長を確保しようと思ったんだが……。
「弱いな」
「え?」
04が確保をしねぇで豚野郎を殺し回っているのも問題だが、それ以上に思っていたよりも族長が弱かったことが問題だ。
具体的にはBPが300程度しかねぇんだぞ。
いや、300でも出会ったときのメイドよりは強いからな。人間換算であれば十分強者の部類に入るってことは分かっているんだが、この森では間違いなく弱者でしかない。
さすがに班長に任命した4人どころか、最低ラインである戦士階級の連中にさえ劣るってのは頂けねぇわな。
指導力と腕力の強弱は必ずしも比例するものではないが、それでも最低限必要な強さってものがある。それもこんな森の中じゃなおさらだ。
「ついでだ。貴様らはここで少しレベルアップしていけ」
「は?」
自分の命令に逆らう部下を叩きのめすだけの力がなければ統治なんざできん。丁度ここにはBP500とかBP1000の豚野郎がそれなりにいるみたいだしな。最低でも班長レベルにはなってもらうが、とりあえず今はBP800前後の戦士隊長くらいになってもらおうか。配下は……300くらいでいいかな。
―――
フェメラ視点
「やれやれ。助かったと思ったらとんでもない目に遭ったよ」
「……まったくですなぁ」
ゴスペルも疲れた表情を隠しもしていないねぇ。まぁそりゃそうか。
決死の覚悟を決めて突撃しようとしたらいつか助けようと思っていたテトラに助けられ、一息吐いたかと思ったらテトラを助けてくれたっていう獣人のベシータ様が現れて、いきなり『貴様らは弱すぎる』って言われたかと思ったらどこからともなく瀕死のオークウォリアーやオークナイトを運んできて『さぁ殺せ』だもんね。
おかげでレベルは急激に上がったけど、その分どっと疲れたよ。
いや、これが贅沢だっていうのは分かっているんだけどさ。
「それにしても、郊外のジェネラルたちに確保されていると思っていたテトラたちが、ねぇ」
「えぇ。ここからかなり西にいったところにある集落にいるって言ってやしたね」
それも王城にいた女衆と蓄えられていた物資を奪った上で、ね。
「はぁ。まさか一番ありえないと考えていた『空を飛んで逃げた』ってのが真実だったなんて思いもしなかったよ」
物資はアイテムボックスに入れて、100人の女衆は壁に乗せて担いで飛ぶってなにさ。インチキも大概にしな! いや、ご本人様には言えないけど。
「ですよね~」
王城を破壊し、王と四天王と仕留めたのがベシータ様で、テトラを始めとした王城にいた女衆が全員ベシータ様のところに避難しているとか。それも物資を持てるだけ持ち出して。だよ。そんなの予想できるわけないじゃないか。
アタシだって実際にベシータ様がアイテムボックスを使ったり、空を飛ぶところを見なければ今でも信用できなかっただろう。
……ただし、誰も予想できないからこそ、この情報の価値は高い。
「さてさて、これからどうしてやろうかねぇ」
当然、ありのまま全部を話すのはナシだ。信用されないってのもあるが、報酬ってのはそれ相応のリスクを冒した者にこそ与えられるものだからね。
何のリスクも冒していないラーズたちに与えてやるものはないよ。適正価格で買い取るってんなら考えないでもないけどねぇ。
「え? さっさとベシータ様に合流するんじゃねぇんですかい?」
「あぁん?」
コイツは何を呆けたことを言ってるんだい?
「あ、いや、てっきりすぐにでも西の集落ってのに移動するもんだと思ってましたんで」
「あぁ、そういう……」
ゴスペルたちはそう考えていたんだね。
「確かにそうさ。最終的にはベシータ様が作ったっていう西の集落に合流する。それは間違いない」
今やジェネラルとも戦えるほど強くなったテトラって仲間がいる上に、キングどころかエンペラーさえ討伐できる圧倒的強者のベシータ様がいるんだ。それと敵対するなんてとんでもない。さっさと庇護下に置かせてもらうさ。
それにアタシらだって、ついでとは言えナイトやウォリアーを討伐させてもらったおかげで、それなりに強くなったしね。もはやナイトと戦える程度で偉そうにしているラーズたちに従う理由なんてないんだ。
唯一の問題はアタシらの上司になるのが令嬢とかいう人間ってことだけど、それだってその人間の上にベシータ様が居ると分かっていれば我慢できる。
つまり『アタシたちは令嬢ってやつの配下になることに不満を持っていないです』ってことを示すためにも、いち早く西の集落に合流しようとするのは間違った考えではない。
それを理解しているからこそゴスペルはさっさと移動しようとしているんだろう。だけどさ。
「それじゃあ勿体ないじゃないか」
「勿体ない、ですかい?」
「そうさ。アンタは今まで温いところにいながらアタシらを顎で使ってきた連中に対して意趣返しの一つでもしてやろうとは思わないのかい?」
連中に吠え面ってやつをかかせてやりたいと思うだろう?
「……そりゃ、出来るならしたいですけどね」
「けど、なんだい?」
煮え切らないねぇ。
「肝心要のベシータ様のお考えはどうなんです? もし『余計なことをしていないでさっさと合流しろ』って言われたらどうしやす?」
「あぁ、なるほど」
ラーズたちに意趣返しをしたいってのはアタシらの感情、いわば私事だ。それよりもベシータ様のご意向を優先するってのは当たり前の話さね。だけど、その心配は不要さ。
「ベシータ様はこうおっしゃったよ。貴様がそうしたいのなら好きにしろ、ってね」
「へえ?」
「あの方曰く『しこりを残したまま部下になられても困る』だとさ」
「そりゃまた、なんとも剛毅な」
「まったくだ」
アタシらを強化した上で自由にさせるってんだからね。剛毅どころの話じゃないよ。
ただし、決して甘いわけじゃあない。
「あの方の根底にあるのは『裏切ったら殺すだけ』っていう絶対的強者の思考さ。実際にそれができるだけの力があるからこその余裕だ。それを忘れるんじゃないよ」
「……へい」
あの方は寛容だが甘くはない。許されるのはあくまで『あのお方が許容できる範囲での我儘に限る』ってことだね。もしも調子に乗って指示に逆らおうものなら即座に殺されるだろう。それも見せしめのために惨たらしく殺すくらいのことは軽くやってみせるだろうさ。
「わかったらいったん連中のところに戻るよ。まずは報告を上げて、その情報にどれだけの対価を支払うかで連中への態度を決めるとしようじゃないか」
適正価格ならまぁそれなりに。そうじゃなかったら見捨てるだけってね。
いやはや、選ぶ余裕があるってのは良いもんだねぇ。
―――
ラーズ視点。
フェメラめ。まさか犠牲を出すことなく無事に帰ってくるとはな。
「ま、王都はこんな感じだったよ」
「……なるほど。それで卿は王都ではなく外にいる連中が物資を確保していると見たわけだな」
「あぁ。そうじゃなきゃ王都の状況に説明がつかないからね」
「ふむ。確かにそうだ」
それもただ逃げ帰ってきただけではない。極めて重要と思われる情報を得ての帰還だ。これではフェメラの勢力を削ぐことはできん。
「アベルナはどう思う?」
「……実際に見ていないので確たることは言えませんが、少なくともフェメラ殿の意見と考察には矛盾はないものと思われます」
「そうか」
純軍事的な視点で言えば私よりもアベルナの方が秀でているからな。私では気付けなかった矛盾点を指摘できるかと考えたが、フェメラを嫌っているアベルナであっても見つけられなんだか。
ならばフェメラは真実を伝えたと見るべきだろう。
さて、これはどうするべきか。……いや、どうもこうもないな。
「見事だ。卿に情報収集を任せて正解だったな」
こちらが頼み、向こうが応えた。大義ではなく報酬が目当てだろうが、功績は功績。
ならば今は称賛するしかあるまい。
「そりゃどうも。で、アンタはこの情報にどれだけの値をつけるつもりだい?」
「貴様っ! 報酬を強請るか!」
「良い。アベルナ」
「しかし閣下!」
「良いのだ」
「くっ!」
フェメラはフェメラで抱えている者たちがいる。故にそれを護るのが族長としての大義なのだろう。それは理解できる。視野が狭いのはいただけんが、な。
「卿と卿の部下たちが命を懸けて掴んで来た情報だ。安く見積もるつもりはない」
「それで?」
「王都の詳しい状況は事実だろう。だが外にいるオークが物資を蓄えているというのは卿の憶測にすぎん」
恐らくその憶測は正しいのだろう。だが確証となるものがない。ここを妥協点としようか。
「……まぁ否定はしないよ」
そうだろうな。だからこそ支払わんとは言わん。だが全額は支払わんぞ。
「故に、支払う報酬は予定よりも多少減らさせてもらう」
「なんだって!?」
命懸けで手に入れた情報の価値を値切られて怒る、か。
やはり嘘を教えてきたわけではなさそうだな。ならばやりようはある。
「慌てるな。話はまだ終わっていない」
「……」
どれだけ怒りを見せても貴様らでは我らに勝てぬ。
そして勝てぬなら戦えぬ。
薄汚い獣人とはいえそれくらいは自覚しているようでなによりだ。
「なに、簡単なことだ。連中の襲撃に卿らも参加してくれればいい。そこで得た物資を、それぞれが挙げた武功によって平等に振り分けようではないか」
栄誉とは戦いに勝利した者に与えられるものだ。己で戦いもせずに他人の戦を覗いているだけの狐に与えるものなどない。
「そうくるかっ!」
そうするさ。
「卿の持ってきた情報と憶測が正しければそれほど難しい話でもあるまい。それとも、なにか問題が有るかね?」
「くっ!」
ふっ。言えまい。『自分たちには実際に戦うことだけの力がない』などとは、な。
「貴重な情報を持って来てくれた卿に一つ忠告しよう」
「忠告?」
「そうだ。気丈なのもいいが、分際を弁えるというのも生き延びるためには大事なことだぞ?」
「……言ってくれるねぇ」
「ふっ」
そもそも個の武力も集落の規模も違うのだ。それなりの待遇を望むのであればそれなりの態度というものがあるだろうよ。獣人風情にはわからんだろうが、な。
「話は終わりだ。どのオークに仕掛けるかはこちらで精査する故、卿らは時が来るまで英気を養ってほしい」
「……あいよ」
さて。後は連中をどこに回すか、だな。
功績を立てさせるのであれば前線にて戦わせ、そうでないのであれば後方にて周囲を警戒させる。
前者であれば功績に応じた報酬を支払う必要があるものの、連中が功績を挙げるためには多大な犠牲が必要となる。つまり集落としては終わりだ。
後者であれば特に報酬を支払う必要がない。私個人としては後方の警戒も立派な任務だと思うが、他の者はそうは思わんからな。無論考えの足りぬ獣人の連中も後方の警戒を武功と誇るような真似はできまい。
つまりタダ働きさせられるというわけだ。
命懸けで働いても報酬が無い。そんなことになればフェメラの権威は失墜する。そしてアヤツさえ居なくなれば連中の集落など他の連中となんら変わらぬ烏合の衆と化す。
「どちらに転んでも損はない。フェメラよ。貴様の敗因は大義を持たぬことだ。目先の小事に拘り、大事を見失うのは愚か者のすることだぞ」
―――
『……な~んて。今頃したり顔で偉そうに言っているんだろうねぇ』
『やりますか?』
『勿論。と言いたいところだが、一応確認はしておこうか』
『了解です』
『ラーズ。アンタらの敗因は大義っていう曖昧なものに溺れたことさ。アンタらにしか見えないしアンタらにしか飲めない酒で酔えるのはアンタらだけ。いつの日か、アンタらが溺れた大義とやらがちょいと光ればすぐに消える程度の夢だったってことを自覚できたらいいね』
閲覧ありがとうございました。