7話。白く輝く気焔で
まだ金色には輝かないもよう。
おう。俺だ。ベシータ様だ。
とりあえず最低限とはいえ小娘どものレベリングが終わったんで、04が薦めてきた族長とやらに会いにいこうとしたんだが、ここで全ての前提を覆す大問題が発覚しやがった。
「なにぃ? 族長とやらがどこにいるのかわからん、だとぉ?」
「は、はいぃ~」
これから会いにいこうってやつの居場所がわからんって、どうすりゃいいんだ?
いっそのこと令嬢に族長レーダーでも造らせるか?
「……なんか私に無理なことをさせようとしてませんか?」
「気のせいだな」
無理ってのは噓つきの言葉だからな。鼻血を出そうがブッ倒れようが、無理やりにでも一週間やらせれば、それは無理じゃなくなるって偉い人が言ってたし。
つまり一週間かけてレーダーを造らせればそれは無理ではないってことだ。
まぁ実際には部品がねぇし、そもそも族長だけが発するナニカってのが存在しねぇから物理的にレーダーを造ることは不可能なんだがな。
できもしない族長レーダーについてはさておくとして。
「まさかそんな問題があったとはな」
最初に気付いておくべきだったぜ。
「す、すみません!」
「まぁ、話を聞けば仕方ねぇ話ではある」
なんとも間抜けな話だが、そもそもの話こいつらは自分の足でマッピングしながら移動してきたのではなく、俺によって豚野郎の城から空輸されてここまで運ばれてきた身だ。
つまり? こいつらは現在自分たちが森のどの辺にいて、元々いた集落が何処にあるのかさえ理解していなかったのだ。
そりゃ元の集落の場所もそこを束ねている族長の居場所もわからんよな。
一応、スカウターでBP50前後の奴を探ればこいつらと同類の集落を見つけることはできる。できるが、その集落が04がいた集落である保証はない。
いっそのこと適当に地図を描いてから、そこにダーツを投げて行く場所を決めてもいいんだが、間違えて他の集落に行けばその分面倒ごとを抱え込みかねない。
俺としても新たな面倒ごとを抱え込んでこれ以上この森に拘束されるのはごめんだ。だからこそ一発目で族長とやらを見つける必要があるんだが……。
「どうしたもんかねぇ」
正直良い手が浮かばない。
「えっと。それなら……」
「ん?」
めんどくせぇから諦めるか。なんて思っていたところに一石を投じたのは、意外なことにメイド、ではなく令嬢だった。
「一度オークの王都ってところに戻ってみたらどうでしょう? そこからならテトラさんの故郷もわかるのでは?」
「ほほう」
確かにそれならいけるかもな。
「完璧です! さすがはお嬢様です!」
隙あらば令嬢を持ち上げるメイドはどうでもいいとして、問題は実際に可能かどうかだ。
「どうだ04。王都って場所からなら、貴様がいた集落の位置はわかるか?」
「はい! あそこからならわかります! ……みんなが移動していなければ」
「おい」
自信満々に答えてからボソッと問題発言をぶち込んでくるんじゃねぇ。
「えっと、少なくともベシータ様に助けて頂く前まで集落があったところは覚えているんです。でもお城を破壊されたオークがどんな動きをするかまではわからないので……もしかしたら犯人捜しの巻き添えで集落を襲われて、それから逃げて移動している可能性があるんですよねぇ」
「……あぁ、なるほどな」
それは仕方がない。断じて俺のせいではないが、今回に限っては集落を移動している可能性について目を瞑ろうじゃねぇか。俺は関係ないがな。
「よし、それならさっさと豚野郎の城があったところまで行くぞ」
行くと決まったら即行動。時間は有限だからな。
「はい! ……それで、どうやって行くんでしょう? また壁に乗るんですか?」
「あぁん? 数が多かったり大量の荷物があるならまだしも、貴様一人を運ぶのにそんなまだるっこしいことしていられるか」
馬車も壁も使わないならどうするかって? そんなの決まっている。
「わっ!」
そう、担ぐのだ!
いきなり脇に抱え込まれた04が驚いているが関係ねぇ。城から逃げ出したばかりの強さだったら加速でムチ打ちになったり最悪死んでいた可能性もあったが、今の04は1900近いBPの持ち主だからな。
さすがに今の俺がとびきりZENKAIで加速したらそのまま死んで天使になっちまうが、少しくらいなら大丈夫だろうよ。もともと04は強襲型だし。
「な、なんて羨ましいことを!」
「……サキ」
メイドと令嬢がなんか言っているが関係ねぇ。
「行くぞ!」
力を籠めて飛んでいく。目指すは豚肉おかわり自由の夢の国ってなぁ!
―――
フェメラ視点
「これは、なんと言うべきなのかねぇ」
決死の覚悟を決めて数人の精鋭たちと一緒に王都に潜入してみれば、なんとも形容しがたい状況になっているじゃないか。
「王城は破壊されていますが、目立った被害はそれだけですな」
「だね。王城はアレだが、四天王の居城はそのまま残っている。それなのに王はもちろん四天王も誰もいないって? 一体なにがあったらこんな状況になるってんだい」
完全に崩壊していたら残ったオークたちも外に目を向けたかもしれないけど、こうして中途半端、とは違うか。とりあえず王城以外が残っているならそれを確保しようとするだろうね。
そうしてそれぞれの拠点を確保したら、次は犯人捜しってわけだ。
「四天王の配下同士が争っているようです。目的は王城、でしょうか」
「そうかもね」
探ってみた感じだと連中の狙いは王城で間違いない。ただし、飛びぬけて強いやつがいないせいで戦線が膠着している状態だ。
確かに王も四天王もいないのであれば残るはジェネラルだけになる。各々が同じくらいの力しかない以上、戦線が膠着するのも納得できる。だけどそれは……。
「妙だね」
「は?」
「連中の中に、物資や女衆を抱えていそうな連中がいないってことさ」
「……確かにそうですな」
戦力が拮抗しているってことは、物資も同じように減るってことだ。この場合、王城から消えた物資を持っている勢力が一番余裕があるはずなのに、それぞれの勢力が放出している戦力や物資に明確な差は見られない。
これはつまり……。
「四天王の居城に残されていた物資の差があるだろうから一概にはなんとも言えないけど、もしかしたら王城に蓄えられていた物資は外に出た連中が持ち出したのかもしれないね」
王都に留まった連中を疑心暗鬼で縛り、自分は奪った物資で食いつなぐ。そして最後に疲弊した連中を呑み込んで王都に君臨する、か。まぁ悪い手ではないよ。最初に王都を捨てるってことで周囲から『後継者争いから降りた』と思わせることができるのもいい。一番堅実と言えるかもしれない。
だがそんな手をオークが取るか? と言われると疑問が残る。
それにもう一つ懸念がある。それは『オーク同士の戦いで疲弊したところを叩く』という作戦が成り立たなくなる可能性だ。
今王都で行われている戦いは、互いを疲弊させるだけの不毛な争いではなく、弱者を淘汰する生存競争なのだ。
そしてこの森に於いての常識として、どれだけ準備をしても、絶対的な力を持つ個には勝てないというものがある。
それに鑑みて、だ。オークジェネラル同士の戦いを制して強化されたジェネラルに対し、戦わずに高みの見物を決めたジェネラルが勝てるのか?
「おそらくだが、無理だね」
それを理解しているからこそ、王都に残ったジェネラルたちは外に逃げた連中を『落伍者』とし、一顧だにしないのだろう。
「しかし、だからこそ、とも言える」
連中の目が向いておらず、かつ資源を持っていそうな相手。これを狙わずして何を狙うって話さ。
「俺らが狙うは外のオーク、そういうことですかい?」
「そうなるね」
もしアタシらに力があれば、今すぐにでも連中の隙を突いて襲撃を掛けるんだが、ここは我慢の一手。
「まずはオークの数を減らしつつ、蓄えているであろう物資を奪う。あわよくば女衆も助けたいところなんだが……」
「難しいでしょうな」
「だろうね」
ただでさえ潜入している数が少ないんだ。オークを襲撃するのはラーズやアベルナにやらせるにしても、物資を奪うだけだって手が足りていないんだ。その上で女衆も助けるとなると、ねぇ。
「口惜しいが今のアタシらにはここが限界さ。撤退の準備をするよ」
「はっ!」
助けた後に飢えで殺したんじゃ意味がないからね。
まずは一つ一つ着実にいかせてもらう……って!
「「「ブモォォォォォォ!!!」」」
オーク、それも複数。さらに全方位から!?
「アタシらの存在がバレた、いやバレているとでもいうのかい!?」
潜入している以上そういうこともあるだろう。だがここをピンポイントで当ててくるってのはどういうことだ!?
「フェメラ様! どうもコラトの野郎が下手を打ったみたいでさぁ!」
「コラトが?」
アイツは考えが足りない上に、調子に乗りやすく先走って失敗をするようなところはあるが、裏切るような奴じゃないぞ!
「一体何があった?」
「よりにもよってアベルナの知り合いのゲイリーってやつと情報交換をしたんだそうで!」
「……っ。あの馬鹿野郎がっ!」
確かにラーズの一味はオークどもの懐に食い込んでいるだろうさ。だから情報を得る伝手として考えるのもわからないではない。
だが会合でも言ったように、連中はラーズのために働くつもりはないんだよ!
あいつらは自分が生きるために精一杯なんだ。だからこそ、アタシらが潜入しているとわかれば上司であるオークに密告することを厭わない。いや、むしろ率先して密告するだろうさ。
そして密告を受けたオークだって、危険を犯してまで同族にして対等な敵であるオークと戦うよりも、連中よりもはるかに弱いアタシらと戦うことを選ぶ。
それで手柄と食糧と玩具を手に入れられるんだからね!
「くそっ!」
完全に囲まれているのが痛い。強行突破しようにもここは連中の縄張りだ。
一体何人が抜けることができるか……。
「「「ブモォォォォォ!」」」
「……あぁ」
終わった。逃げる? 無理だ。
ウォリアーだけならまだしも、ソルジャーやナイトまでいやがるじゃないか。それも油断や慢心はしていない。殺意マシマシの奴らがさ。
これはもうどうしようもない。
「姐さん!」
「大声を出すなゴスペル。狙われたいのかい」
「そんなことより、ここからお逃げ下さい!」
「だから大声を……」
いや、そうか。わざと大声を出して自分が連中を引き寄せるつもりか。
その気持ちは嬉しい。だけどねぇ。
「もう無理さ。アンタだってわかっているだろう?」
「それは……」
「逃げるのにも疲れた。ならせめてアタシらをオークに売った連中を殺してから死にたい」
「……」
本当はこんな任務を押し付けてきたラーズを殺してやりたいところだが、そもそも賭けに乗ることを決めたのも、失敗するような部下を選んで潜入したのもアタシだからね。
「この期に及んで逆恨みは見苦しい。それに逃げようとして捕まったらそれこそ悲惨な目に遭うのはわかっている。だったら最期に悔いを残さずに戦ってやるさ」
どうせ死ぬならせめて前を向いてってね。
「結局はどれもこれもアタシの我儘さ。だけど今回に限ってはアンタらも付き合ってもらうよ」
「……はっ!」
「良い返事だ。 さぁオーク共! アタシらを簡単に殺れると思うな!」
追い詰められれば狼だってオークに牙を向くんだ。誇り高き獣人の意地ってやつを舐めるんじゃないよ!
―――
「あ! 見つけました! あそこです!」
「あん? なんだ。囲まれてるじゃねぇか」
「は、早く助けにいかないと!」
「ふむ。……見た感じ雑魚だけだな。よし、とりあえず俺様が囲みを破ってやるから、04は先行して族長ってやつと接触し、保護しろ」
「はい!」
―――
……その声が聞こえたのは命懸けの突撃をしようとしたときだった。
「ぞくちょー! 助けにきたよー!」
「は?」
この状況で助けなんてあるはずがない。
皆が命を捨てる覚悟を決めた矢先に何の冗談だ!
そう叱ることもできた。だが叱れなかった。
「ぞくちょー!」
なぜならその声の主が、この場に居るはずのない者の声だったからだ。
「この声……まさか、テトラかい!?」
ただでさえ獣人である自分たちは耳が良い。さらに声の主は同じ集落で過ごしてきた仲間だ。
その声を聞き間違えることなんてない。
「なんでこんなところに! ……いや、違う、か」
テトラがこんなところに来たのではない。
自分たちがテトラが隠れているところにきてしまったのだ。
おそらくテトラは王城が混乱しているうちに外に逃げ出し、今までこの近くに隠れていたのだろう。
そして隠れていたら突然オークが騒ぎだしたので、何事かと思って様子を見てみれば、オークの集団に囲まれている自分たちを見つけてしまった。
(そんなところだろうさ)
隠れていれば助かったものを……とは言えない。
何故ならあの子は優しい子だからだ。
少し前にオークに襲われたせいで集落全体が困窮したとき、援助を持ちかけてきたラーズから「援助して欲しければ人員を差し出せ」と言われたことがあった。
正直仲間を差し出すのは嫌だったが、断れる状況でもなかった。そこで「誰を出すか」と頭を抱えていたとき、小刻みに震えながら『集落のみんなのためになるなら、私がいきます』とさっきまで流していたであろう涙を隠しながら気丈に手を挙げた優しい子なのだ。
そんな優しい子が、仲間の危機を目の前にして黙っていられるはずがないじゃないか。
(なんでこうも裏目に出るのかねぇ)
自分が死ぬのは良い。ここにいる連中だって死を覚悟の上でここにいる。だが、最後の最後で、よりにもよって、いずれはなんとしてでも連れ戻してやりたいと思っていた子の邪魔をしてしまうとは。
(せめてあの子だけでもなんとかしてやりたいところだけど……)
テトラの声に反応したのか、一部のオークは周囲の警戒に回ったようだが、依然として状況は絶望的だ。
それでもなんとか囲みを突破しようと、テトラの声がした方向へ突撃しようとしたんだが……
『ふん。しゃらくせぇ』
「「「「ブモッ!?」」」」
突然だった。
突然空から白い光が降ってきたかと思ったら、次の瞬間には自分たちを囲んでいたオークの一角が消滅していたのだ。それも森ごと。
「は?」
意味がわからない。
「「「ブモ?」」」
それはオークたちも同じだったのだろう。
時間が止まったのかと錯覚してしまうほどに誰もが動きを止める中、たった一人動く者がいた。
「とりゃぁぁぁぁぁ!」
テトラだ。
さっきの光で消滅したのはアタシらから見て右手の方向にいたオークたちだ。
なので、もしアタシらが逃げるとしたらそこから逃げるしかない。
だから、だろう。テトラがアタシらの背後を脅かすことになる左手の方向にいたオークの群れに突っ込んでいったのは。
「あ、いや、そうじゃない! 止めろテトラ!」
いくら虚を突かれて呆然としているとはいえ、オークはオーク。
それもアタシらを囲んでいたのはただのオークではない。オークソルジャーやオークナイトがいるのだ。
(そんなところに突っ込んだら間違いなく死んじまうよ!)
なんだかわからないが折角助かる道ができたというのに、ここで死んでしまっては意味がない。
(もしかしたらアタシらが逃げるために時間を稼ごうとしてくれているのかもしれないが、誰もそんなこと望んじゃいないんだよ!)
護られるべき子供が護るべき戦士より先に死ぬなんてあっちゃならない。
だからこそオークの群れに突っ込もうとするテトラを止めようとしたんだけど……。
「しねーー!」
「ブモーーーー!」
「はぁ?」
「え?」
「貫通、した?」
「いや、え?」
間抜けな声を上げたのはアタシだけじゃない。ゴスペルを含むアタシが連れて来た精鋭全員が目の前で起こったことを正しく処理できずにいた。
そりゃそうだろう。テトラが突っ込んだと思ったら、先頭にいたオークの腹に穴が開いていたんだから。それもただのオークじゃない。オークナイトの腹に、だ。
わけがわからないよ。
呆然とする中でもテトラの動きは止まらない。
「うりゃりゃりゃりゃりゃー!」
「「「ブモッ!」」」
「……なんだいありゃ。バッタか?」
高速で動き回り、その速度と己の体を武器としてオークを狩るテトラ。その動きはとてもじゃないけど目で追い切れるものではない。
いや、テトラのやっていることはわかる。足場にした木のしなりを利用して加速を繰り返し、最終的には通常の三倍近いスピードが出ていると敵に錯覚させる業。森に生きる獣人にしかできない戦闘機動だ。
当然アタシにも同じことはできる。だけど基本性能の違い、とでも言うのだろうか。どれだけ頑張ってもあの速さを出せるとは思えない。
そして速度は力。とは言うが、それでも限度ってものがある。
確かにあの戦法が完璧に嵌まれば、ソルジャーくらいなら、いや、もしかしたらウォリアーだって一撃で仕留めることもできるかもしれない。
あれはそれほど強力な業だ。
(だけどナイトは無理だよ。あれは文字通り桁が違う)
果物を高速で岩に叩きつけたところで、岩が砕けるだろうか?
そんなことはない。普通は果物が弾け飛ぶ。この場合、岩がナイトで果物が自分たちだ。
(だからテトラがナイトを貫くなんてできるはずがない。……できるはずがないんだけどねぇ)
「ぜっこーちょーである!」
「「ブモモモーー!」」
現実は非情である。テトラは一切速度を緩めることなく、当たり前のようにオークを狩っていく。
(わからない。正直なにもかもがわからない)
だけど、一つだけわかったことがある。
「おい貴様。そこの狐耳の女、貴様だ」
「え?」
「貴様が04の言っていた族長ってやつで間違いないな?」
「え、えぇ。はい。たぶん、そうだと思います」
「そうか。それなら問題ない」
オークを倒し続けるテトラと、いつの間にか目の前に立っていた獣人の男を見て本能が、魂が理解したんだ。
『アタシたちは助かった』ってね。
……ぜろふぉーってのがなにかわからなかったけど、今はそれだけわかれば十分だった。
閲覧ありがとうございました。