3話。アール・森へ走る
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(削除するとは言っていない)
おう。俺だ。ベシータ様だ。
ついさっきまではスカウターを使った結果、この森には俺より強い連中がわんさかいるってことを知ってしまって少し焦っちまった俺だったが、今は歌いながらお好み焼きを作れる程度には落ち着いているぜ。
なんたって、別に今の段階で俺がそいつらに囲まれているわけでもないし、そもそもの話、向こうは俺を認識しているわけではないと気付いたからな。
これがもし鑑定魔法とかを使って探っていたら相手に魔力を感じられたりしたかもしれねぇが、スカウターは機械だからな。どういう理屈でサーチしているのかはわからねぇが今のところ探られた連中の動きに変化はねぇから、問題はなさそうだ。少なくとも今は俺が一方的に連中を把握しているってことだな。
そのうえで分かったことがいくつかある。
冷静に見てみれば、基本的に連中は500~600程度の数で一塊になっているのがわかる。おそらくこれが一つの群れなんだ。
で、その群れの中にBP80~120の奴が8割ほどいて、200前後のが1割ほどいる。残りは500前後のやつが10体くらいと、1000前後の奴が2、3体。最後に2000前後のやつが1体。これが基本のようだな。
それから5000前後のやつは、12体の内4体が10000のやつと一緒にいて、残りは個々に大きな群れを率いている感じだ。
この集まり具合とそれぞれの距離間から察するに、連中は集落を築いているものの、完全に一つの集団として成立しているわけではないんじゃないかと思われる。
もちろん10000の奴がいる勢力が最大勢力なんだが、5000前後の奴らが完全に従っているわけではないような感じがするんだ。レタスの野郎が俺様に従っていないのと同じだな。
「まぁそれについては後で探ればいいだけの話だ」
もし連中が敵対しているのであればそれを利用して何かしらのちょっかいを出すし、敵対していないのであれば距離があるだけやりやすい。
ちなみに上記の情報だけ見れば『そこにいるのは人間では?』と思うかもしれないが、それはない。なにせこのスカウターは対象のシルエットが見える上に、標的が大体どれくらいの大きさなのかもわかるやつだからな。
このスカウターで見た限り、向こうの大きさはだいたい2メートルから3メートルはある。これだけでも人間離れしているが、それだけじゃない。腹が出ていて頭も大きいし体に対して手足は短く、牙が出ているやつもいるんだ。ちなみに鼻は出ていない。でもって普段は二足歩行しているようだが、寝そべっているやつもいやがる。どうやら寝ているようだ。
「はっ。お気楽なもんだぜ。こちとら生き死にがかかっているってのによぉ」
で、お気楽に寝ているやつのシルエットを見れば、イノシシみたいな感じに見えるときた。
ここまでくれば、異世界の事情通である俺様でなくとも相手が何なのかわかるだろう。
「おそらくオーク、ってやつだろうな」
いろんな意味で長年世話になった苗床を作るタイプのやつなのか、はたまた槍を持っているイノシシみたいなタイプなのかは判別できんが、そんなことはどうでもいい。
あ、やべ。オークで思い出した。家のPCやスマホって今どうなっているんだ? 中身を見ないで捨てる……なんてことはないだろう。俺の死因が何かはわからんが、というか本当に死んだかどうかすらわからんが、死んでいるなら捜査するだろうし行方不明でも捜査するよな。
捜査となると、当然PCの中身は見られるだろう。俺の性癖が周囲に周知される? くそったれ! 洒落にならんぞ!
カトタの野郎が気を利かせて回収していればなんとかなるかもしれねぇが、あいつはアレで結構な常識人だからな。死んだ扱いになっているにせよ行方不明になっているにせよ、警察よりも先に俺のPCを見るような真似はしねぇはずだ。
……正直、未だになんであいつが高本を見て芸人になろうと思ったのか理解できねぇんだが。モノマネ芸人のくせにモノマネとお笑いが苦手でそれ以外はなんでもできるってなんだよ。
お前、進む道間違えてるぞ。
あぁ、いや。向こうに遺してきた色々なものを気にするのは後だ。俺が今やるべきことは決まっている。
「俺より弱い奴に会いにいく」
これしかない。
ドラゴン繋がりで有名なあの勇者たちだってレベル1の時点ではスライムといい勝負なんだ。俺だってレベルを上げさえすりゃあBPが500くらいある敵にも勝てるようになる……はずだ。何をするにせよすべてはその程度の力を得てからだ。
元々俺のビルドが『レベルを上げて物理で殴る』ってスタイルでもあるしな。
で、レベルアップを目指すことにしたわけなんだが……。
「ちっ。どうやらBP80の奴は単独で動かないようだな」
最初に狙ったのは最小の数値である80のやつなんだが、スカウターで探る限りこいつらは同じような数値のやつと一緒にいるかもっと大きな数値のやつと一緒に動くことにしているようで、絶対に単独で動かないみたいなのだ。
「おそらくだが、こいつらは子供なのだろうな」
自分が弱いことを知っているからこそ群れの中から出ない。自然界では当たり前のこと……いや、自然界どころか人間社会でも同じだな。
実際日本以外の国だと、子供だけでお使いだの学校に行かせる親はネグレクト扱いされるらしい。治安が悪いのも影響しているんだろうが、それが当たり前って社会は確かに存在する。人間社会でさえそうなんだから、こんな森の中なら猶更だ。
「はぁ。面倒なことになりそうだぜ」
最弱を狙えないのであれば90や100のやつを狙うしかないんだが、こっちも単独で動いていないみたいなんだよな。
単独で動いているの500前後を超えるやつらだけだ。
これらの動きと群れの中にいる連中の割合からすれば、おそらく80~120のやつらが一般市民で、200のやつらが下っ端兵士。500前後のやつらが中級兵士。1000のやつが上級兵士で、2000のやつが騎士ってところか?
「で、残る5000が将軍で10000が王って考えればあながち間違いではないような気もするな」
実際のところはどうなのかわからんが、目安としてそう考えるとしよう。向こうの戦力調査と大体の動きはわかった。重要なのはここからだ。
「この際、1対1での戦闘はあきらめるしかないな」
弱いくせに単独行動するようなバカの世界チャンピオンがいるとは思えんし、いたとしてもそんなのが出てくるのを待つ余裕があるわけでもないからな。
非常食があるとはいえ、この体は戦闘民族のそれだ。空腹が収まるまでどれだけの食料が必要なのか見当もつかん。
「だからこそ、俺はオークを倒さねばならんのだ」
ゲームだの小説ではオークの肉は美味らしいからな。あの大きさなら十分な量もあるだろう。
ん? 躊躇? あるわけないだろう。
日本で一番治安が悪いと言われる福岡で生まれ育ち、最近は山間部しかない栃木でジビエを喰らい続けている俺様がいまさらそんなことを躊躇うとでも思っているのか?
そもそもお笑い芸人なんてのはなぁ。金がねぇときはバイト先でもらえる廃棄の弁当やパンの耳が主食なんだよ! 場合によっては野草だの虫だぞ! それに比べたらイノシシのジビエなんて最高じゃねぇか!
個人的には寄生虫が気になるところだが、普通に生で肉を喰らうのがザイヤ人だしな。初登場の時にそうしてたし。それでも気になるってんなら火で焼けばいいだけの話だろうよ。
「おっと。取らぬ豚野郎の肉算用をしている場合じゃねぇな」
豚野郎は確実に狩らねばならん。だが、今の俺には複数で動く豚野郎を正面から倒せるだけの力がない。情けない話だが、純然たる事実である以上、それは受け入れるしかない。
だが、自分が弱いことを受け入れることと、諦めることは違う。諦めたらそこで試合は終了してしまうが、逆に諦めないド根性があれば道は開けるのだ。
大前提として、自然界に於いて人間は弱い。猪にも熊にも狼にも、なんなら鹿にだって勝てない。それどころか『人間は日本刀を持ってようやく猫と互角』なんて言葉もあるくらい弱い生物だ。だから今の俺が連中に勝てないのは恥じることではない。
重要なのはそんな弱い人間がなぜ地球上であれほど数を増やせたのか。なぜ万物の霊長などと嘯けるほどに繁栄できたのかってことだ。答えは簡単だ。
「道具。それしかない」
人間と動物の大きな違い。それは嘘を吐くことと、道具を使うことだ。そして嘘と道具を合わせたものを『罠』と呼ぶ。それが答えだ。
「罠でもって豚野郎を捕獲し、倒す。それでレベルが上がればとれる手段も増えるだろうし、レベルが上がらなくても当座の食料と方針が決まる」
罠が通用するかしないか。通用しないのであれば別の方針を考える必要があるし、通用するならどのような罠が通用しやすいのかを考察しなければならないが、どちらにせよ前進はしている。今はこれが精一杯。
「あとはどんな罠を仕掛けるかだが……まぁレパートリーはいくらでもある。順に試していけばいい」
なにせこの俺様は西の名探偵を通じて様々な難事件を研究してきた男だからな。
「主人公が歩けば人が死ぬと言われた塀花町で使われた数多のトリックを流用すれば、再現できない罠などあんまりない! この勝負、もろたで江藤!!!」
覚悟しろ豚野郎ども、ザイヤ人の怖さをたっぷりと教えてやるぞ!
簡単な用語説明
お好み焼き――キャベツは木っ端みじん。人参はバキバキに刻む。新鮮な豚肉はズダズダとこまぎり。生意気な山芋のやろうはメンツにかけて最後まですりおろす。小麦粉、卵、水、紅ショウガは一網打尽にしてひっかきまわす。全部ぐちゃぐちゃにかき混ぜたらあとは鉄板の上でじっくり焼き上げてやるだけ。ソースに青のり、おかかでとどめ。 マヨネーズを忘れるな。
レタスの野郎――劇場版に出てきた人参そっくりな野郎だ。なんとかの実を食ってパワーアップするせこいやつらしい。けっ。戦闘民族ザイヤ人の風上にもおけねぇ野郎だぜ。
カトタの野郎――主にゼルの真似をしている野郎だ。元はホストだったとか。酒のつまみを作るのがうまいぞ。基本的にモノマネとお笑い以外は何でもできる器用な野郎だ。
高本の野郎――主に菜っ葉の真似をしている野郎だ。家が汚ねぇ、背が低い、体力がない、家が汚ねぇ、原作を読み込んでねぇ、ツッコミができねぇ、ボケができねぇ、笑いの空気が読めねぇ、家が汚ねぇと散々な野郎だ。昔俺様と組んでいたことがある。カトタはこいつを見てお笑い芸人になろうとしたらしい。訳が分からねぇぜ。
塀花町――別名日本のヨハネスブルグ。とにかく人が死ぬ。具体的には一週間に1~3人くらい死ぬ。どうやら時間の流れも他とは違うらしい。精神と時の部屋とは違って自分の意思で出ることはできねぇ。ここに住む連中は死におびえながらループする時間の中で生活することを強いられているそうだ。噂では死ぬことで初めてこの魂の牢獄から解放されるらしいな。なんとも恐ろしい町だぜ。
江藤の野郎――上記の塀花町を拠点としている異常者にして高校生名探偵として知られるいけ好かねぇ野郎だ。なんか小さくなったらしい。
明らかに非合法な毒薬を使ってオッサンを昏倒させたり、道路交通法など知らんと言わんとばかりに違法改造したスケボーで公道を走ったり、サッカーボールに擬態させた球状の凶器で数々の障害事件を起こしておきながら、最後は『真実はいつも一つ』で周囲を納得させる力を持つ恐ろしい野郎だ。