18話。アールの修行料
修行が……始まらないッ!
おう。俺様だ。ベシータ様だ。
なんやかんやで交渉した結果、おおむね俺が望んだ通りの結果に終わったぜ。向こうは何かしらの不満もあっただろうが、俺と奴らでは根本的に立場が違うからな。
極めて短い時間しか交渉していないにも拘わらず連中に立場の違いを明確に突きつけることができたのは、もちろんピンチの時に俺が助けてやったってのも大きいだろうが、一番はメイドが彼我の戦力差を漠然とではあっても理解していたことだと思う。
極論、一方に圧倒的な力があって、さらに『逆らえば殺される』という状況下において交渉など弱者側が状況を理解し、我慢する心構えを作る場に過ぎんのだ。
「つまり暴力。暴力こそが全てを解決する」
間違いない。地上最強の腕力家もそういっている(なお、本人はいっていない)。
ただ暴力だけで生きていくにはこの俺の精神は優しすぎる。だからこそ知識が必要なのだ。
「そんなわけで俺が教えてほしい知識は、主に常識と呼ばれるものだ」
「そんなわけ、と言われましても……」
「なるほど、常識ですね」
「今のでわかったの!?」
「もちろんですとも。このサキはできるメイドですので」
「できるメイドなのは否定しないけどさぁ」
主従の漫才には突っ込まんぞ。パワハラとか言われたくないしな。
とりあえずメイドは理解しているようだが令嬢がわかってないみたいなので説明してやることにした。
「考えてもみろ。森で鍛練している獣人に、人間の国で生きていくのに必要とされる諸々の知識があると思うか?」
自分を獣人と定義づけるのは癪な話ではあるが、こうしたほうが理解はされやすいからな。それにザイヤ人なんて半分以上獣みたいな連中だし、間違いではないだろ。
まぁ他人に言われたら切れるけどな。
「あっ」
「難しいでしょうね」
元々理解していた感じのメイドはさておき、これで令嬢も察したようだな。
「例えば物価だ。極端な話、パン一つで金貨一枚とかいわれたら俺だって嘘だとわかる。だが銀貨一枚と言われたら嘘か本当かの判別がつかんのだ。令嬢にもわからんだろう?」
「……はい」
侯爵家の令嬢がパンの価格なんざ知っているわけないからな。
「いい加減ここで修業するのにも飽きてきたからな。森の外に出たときに不自由しない程度の常識を知っておきたい。これがお前らに求める報酬だ」
元々BP40000超えたら10000の豚野郎をぶっ潰して外にいく予定だったからな。それを考えればこいつらとの出会いはいい機会と言えばいい機会だったんだ。
「さすがはリョウ様。知識は財であり力となることを正しく理解しておられる。お嬢様もないがしろにしてはいけませんよ?」
「うっ」
その通り。知ることは大事なのだ。
「リョウ様のご要望は理解いたしました。不肖、このサキ・ラングレイ。この場にいる間は私が知りうる限りの知識を、マンツーマンで、手取り足取り、じっくりコトコト丁寧に教授させていただきます」
「お、おう。頼んだ」
微妙に上から目線な気もするが、まぁいい。報酬とはいえ教えを乞う立場だからな。これに関してだけは少しくらいは許してやる。
「メイド「サキ、とお呼び下さいませ」……メイドからの徴収はそれでいいとして、これだけでは令嬢が何も支払っていない。それはわかるな?」
「……はい」
侯爵家の令嬢しか持たない情報なんて俺の役に立つとは思えんからな。常識を含めた情報全般はメイドからもらう。
では令嬢から何を貰うかと言えば、これまた情報だ。
だが情報といってもこの場合は令嬢から教えてもらうわけではない。
実験に参加してもらった結果をフィードバックという形で回収するのだ。
具体的にはレベルアップをさせてデータを取りたいと思っている。
「最初に確認する。現時点における令嬢のレベルは5で間違いないか?」
「は、はい!」
「……やはりスカウターの故障ではなかったか」
「あ、あの?」
おっと声に出してしまったみたいだな。
「俺が見たところ、貴様はこの森にいる狼一匹分の強さがある」
具体的にはBP20くらいある。
「は、はぁ」
「何故だ?」
「えっと、何故と言われましても」
端折りすぎたか?
「侯爵家の令嬢として育てられてきた貴様が野生の狼に匹敵する強さをもつ。その理由がわからんのだ」
普通なら無理だろ。この森にいる狼って向こうの秋田犬並みの大きさだぞ。
群れれば熊だの豚野郎とも戦える存在だぞ。
それと箱入りの貴族令嬢が互角? ありえんだろ。
「わ、私も狼と戦ったことがないので、互角と言われましても」
そりゃそうだろうな。見た感じ戦闘に関しては完全な素人だ。
武術を学んでいるようには見えんし、魔法だって覚えていたらあの騎士たち相手に使っていたはず。
それがなかったと考えればこいつは完全な素人だ。
なのに野生の狼と同等ってなんだ。スカウターが故障していないとするならば、スカウターの基準を計るうえでも重要な情報だぞ。
「あの、おそらくですが……」
「む?」
令嬢と二人して首を捻っていると、恐る恐ると言った感じでメイドが口をはさんできた。
多分だが恐る恐るなのは主である令嬢と俺の会話を邪魔する感じになったからだと思うが、建設的な意見を言ってくれるならその程度で目くじらを立てたりはせんぞ。建設的な意見を言ってくれるならな。
「リョウ様がお嬢様と狼を互角と捉えたのは、おそらくお嬢様の持つ魔力の総量を含めたすべての能力と野生の狼が持つ力が拮抗しているからではないか? と不肖、このサキは推察いたします」
「ほぉ。魔力か」
「はい、予想ではありますが、大きく間違ってはいないかと思われます」
予想以上に建設的。というか、まんま答えっぽい意見だった。
「そういえば俺を鑑定した騎士が俺の魔力は0だと言っていた気がするな」
「え?」
「そういえばバックスたちがそのようなことを言っていましたね」
「そ、そうだったんですか?」
メイドは忘れていたか、それとも聞いていなかったか知らんが俺の情報を忘れていたことにショックを覚えているようだ。
まぁついさっきまでの俺は明確な要注意人物だったし、なんなら今でも主である令嬢の傍にいる警戒対象だもんな。敵の情報は大事。もともと限界ギリギリだったとはいえ、相手の情報を忘れていたってのはメイドとしてはよろしくないことなのだろう。凹むのも当然である。
だがしかし。俺には関係ない。メイドの事情などしらん。重要なのは魔力だ。
「魔力があれば魔法を使える。そう思っていたが、それだけじゃない。魔法を使えない人間でも魔力さえあれば身体能力を強化したり特殊な行動がとれる。そういうことか?」
「……はい。そうです」
「なるほどな」
言ってしまえばDBに於ける『気』みたいなもんか。
「もう少し詳しく頼む」
「かしこまりました。魔法には属性と呼ばれるものがあります」
「ほほう」
「大きく分けて火・水・風・土・光・闇・の6種類に分類されていますが、そこに身体能力の強化にも使われている無属性と、エルフやドラゴンが使うとされる古代魔法がプラスされて8種とされています」
「8種類……」
随分あるな。だが五行と違って木や金はなし、と。
「私は無属性と風に適性がありますが、火や水も使えないわけではございません」
「得意な属性以外も使える……つまり各々の属性は完全に独立しているわけではない。そういうことか?」
狩人×狩人で例えれば、強化系だからと言って操作系が使えないわけでもないって感じか。
「基本的にはそうなります。ただ闇と光は適性が無いと使えませんので、その二つは完全に独立していると言っても良いと思います」
「なるほどな」
戦闘に限れば気の方が使い勝手がよさそうだが、その他のことを考えれば用途によってそれぞれの属性を使い分けることができる魔法の方が利便性が高い感じだな。
「で、俺に魔力がないってのは?」
「……おそらくですが、獣人の方の場合ですと大多数の方が魔力がないそうです。また、魔力があっても身体能力の向上、つまり無属性にしか適性がない方が多いと聞いたことがございます」
「無属性が鑑定魔法に引っかからん可能性はあるのか?」
「基本的にはございません。魔力による身体能力向上効果の有無は戦闘に大きく関係します。故にそう言ったものの有無を見極めるのが鑑定魔法の役割ですので」
「だろうな」
つまり俺には魔力はないわけだ。
せっかく異世界にきたんだから魔法を使ってみたいって気持ちはあったんだがな。まぁもともと『魔法の適性は最悪だから賢者とかの称号を取っても意味がない』と断言されていたし、ここは仕方がないと思うしかない。
俺のことはそれでいいとして。
「話を戻そう。それでいくと令嬢には魔力があって、それを正しく運用できれば狼と互角に戦えるポテンシャルがあるってことか?」
「お嬢様に魔力があるのは確かです。ですが……」
「ですが?」
「私にはリョウ様が見ているモノが見えませんので、狼と互角に戦えるか否かにつきましてはお応えしかねます」
「あぁ。そうか。それはそうだろうな」
俺の場合はスカウターで見ただけだしな。でもって俺にスカウターを誰かに貸す気はないから、BPについては俺しかわからねぇってことになる。
(これは、使えるかもな)
どんな情報であれ、俺しか持っていないというのは強みだ。尤も、これまでの会話でメイドと令嬢には多少の情報が渡ってしまったが、その程度ならどうにでもなる。
それに思い出したぜ。俺はまだこのメイドのレベルとか見てなかった。疲労も抜けているようだし、本来の力ってやつを確認してみるか。
(ぽちっとな)
―――
名前 サキ・ラングレイ(19)
レベル 38
BP 286
―――
「ふむ」
名前の後ろは年齢だろうな。
落ち着いているように見えて19歳なんだな。
でもってこの歳であのとき襲ってきていた騎士の隊長よりも強い、と。
もしかしてこいつ、ブルマリア侯爵家の秘密兵器か何かか?
そりゃ令嬢の護衛にも抜擢されるわ。
(それに令嬢もそうだが、レベルとBPが釣り合ってねぇな)
おそらく令嬢のレベルは経年、もしくはこれまでに培ってきた知識やら経験によってアップしたんだろう。メイドの場合は訓練と実戦が半々くらいはありそうだが、それでも『戦場で戦い続けてきた者が放つ空気』ってのは感じねぇな。
いや、実際そんな空気を放っているやつなんざ見たことねぇけど。
「あの、リョウ様?」
「ん? おぉ。ちょっと待て」
それまで普通に会話していた奴がいきなり黙ったらそりゃ不安になるよな。わかるぞ。むせる空気についての考察は後にしてやる。
(つまるところ訓練でもレベルは上がるし、BPとレベルは比例はするものの、俺みたいに1レベル=100ってわけではないってことだな)
俺のBPの向上具合が、獣人として魔法を使えないが故に素の身体能力が高くなるシステム的な仕様を受けた結果なのか、白い部屋の野郎が付与したザイヤ人としての仕様なのかどうかは現時点で判別できんが、それでも俺とこいつらが違うのはわかった。
あとはレベルを上げていく中で、魔力とBP、それと肉体がどんな感じで変化していくのかを調査したいところだ。自分だとよくわからんからな。
「なんにせよ、やることは決まったな」
「「はい?」」
令嬢とメイドのレベルアップだ。
それなりに強いメイドはまだしも、戦闘経験のかけらもない令嬢をレベルアップさせるのは大変かもしれんが……考えはある。なに、氷の中で冬眠していた恐竜に玉乗りを仕込むよりは簡単だろうよ。
加えて、令嬢は初期レベルが低いからレベルアップも簡単だろう。その分観測も進むはずだからな。
ふははははは。喜べ豚野郎ども! たった今、貴様らに新しい利用方法が見つかったぞ!
今後は鎖につながれたように身動きを取れなくした上で、錆付いた鈍器でそのドタマをぶち抜いてやるぜ!
閲覧ありがとうございました。