17話。チーム結成
なんやかんやで8万字突破
おう。俺様だ。ベシータ様だ。
「ふぅ。今日のところはこんなもんか」
メイドとの読み合いに競り勝って無事向こうに調理と調味料を差し出させることに成功した俺は、適当に作った歪な竈を使わせていることに罪悪感を抱きつつも、そんなことはおくびにもださずにメイドが作ってきた料理を完食してやった。
結論から言えば『素材が旨いなら、よほどのことをしない限りなにをしても旨い』ってことが判明したな。
いや、別にメイドの料理が下手だとか言うわけではない。
というかまともな調理場もないのにまともな料理を期待してはいけない。
出てきたのは肉に香辛料を振っただけのステーキと、肉と現地の野菜を使ったスープ。それから現地の果物盛り合わせって感じだ。
生に多少の手を加えただけだが、それでも十分旨かった。いやはや。豚野郎の肉め。生でも旨いし普通に焼いただけでも旨いし、調味料使って調理しても旨いとはな。侮れねぇ。
まだまだアイテムボックスにあるから、これだけでもしばらくは退屈せずに済みそうだぜ。
(確かにお肉は美味しかったけど……リョウ様はかなり食べていたわよね? どこに入ったのかしら? ていうか大丈夫? 疲れてない?)
(あんなに美味しそうに食べて頂ければ作った甲斐がありますね。それに一心不乱に食べる姿も素敵。あ、もしかしてこれから夜のために精力を付けようとして? ……どうしましょう。困ったわ)
(……サキ、貴女疲れているのよ)
令嬢とメイドが何か言っているようだが、肉の旨さに驚いたんだろうな。実際旨い、旨いって言ってたしな。
あぁ、それともあれか。待たせてしまったか? ずいぶん食ったからなぁ。
(心が日本人でも体はザイヤ人だからな。食事量に差が出てしまうのは仕方ねぇにしても、取引相手を待たせるのは良くない。つーか、目の前で取引相手が飯を食っている様子をじっと見ていなけりゃならないなんて罰ゲーム以外の何物でもなかったわ。日本人の心を持つならもう少し考えるべきだったと言われても否定できんぞ)
こいつは『後は米かパンがあれば完璧だな』とか思ってる場合じゃなかったようだぜ。
「さて、腹も膨れたところで話をしようか」
向こうの視線が気になるところだが無視だ無視。ここは我儘を貫かせてもらうぞ。
「自己紹介は終わっているからいい。聞きたいのは貴様らがなんの為にこの森にきて、これから何をしようとしているか、だ」
大体想像できてはいるが、あくまで想像だからな。思い込みで動いて失敗するような真似は避けたいからしっかり聞かせてもらうぞ。
「それに関しては不肖、このサキよりご説明させていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「おう。頼む」
何やら緊張しているようだが、なんだ? もしかしたらこういう場合にメイドが話すのは礼儀として間違っているのか?
(ありえない。とは言えんな)
自己紹介の際にあの長ったらしい名を名乗ったせいで、向こうが俺を貴族とかそういうのと勘違いしている可能性は、ある。
(むしろそういう勘違いをさせるためにあの長ったらしい名前にしたわけだしな)
異世界ネタで『姓がある=貴族ですか?』ってネタはよくあるからな。ミドルネームまでしっかりある平民なんてそうそういないと考えればそりゃ誤解もされるだろうよ。
で、メイドは貴族と直接話すべきではない。みたいな風潮があるなら、こいつが緊張しているのも当然ってわけだ。
メイドの態度に納得したそのままメイドの話を聞くことにしたのであった。
―――
メイド視点
リョウ様からのご下問を受けた私はここに至るまでの経緯を説明させていただきました。
「なるほどな。大体わかった」
「そうですか。それはようございました」
(よかった。あの凛々しい瞳にじっくり見られて緊張したけど、なんとか噛まずに説明できたわ。これが異性とお話をするということなのね……友人や上官に手紙を書くときみたいにすらすらと言葉が出てくれればよかったのに)
正直緊張しました。えぇ。噛んで間抜けな姿をさらしてしまったり、下手な説明をしてしまって失望されてしまっては元も子もありませんからね。
それにこちらの事情を話す前からなんとなく理解はしていたみたいなんですよね。
さすがリョウ様。と言いたいところですが、これに関してはあの場で私やバックスの会話を聞いていればなんとなくは予想できる話ですからね。私に聞いたのはあくまで確認のためといったところでしょうか。
気になるのはリョウ様の反応です。
お嬢様から聞いた限りでは、あのときお嬢様はリョウ様に明確な報酬をお約束したわけではありませんでした。
いわば苦し紛れに放った『なんでもするから』という一言が報酬と言えます。
そんな口約束ですらないものを信じて私たちを助けてくださったリョウ様には感謝しかございませんが、今となってはそれが負担となってしまいます。
無論、こちらから願い、それを叶えてもらった以上報酬は支払うべきです。
当然『あの時は追い詰められていたからああ言ったけど、状況が変わったからあの約束はなし。お金とか地位をあげるからそれで許してね』などという恥知らずな交渉はできません。
(したら殺されそうですし)
故に私たちは、いえ、お嬢様は報酬を誤魔化すことなくしっかりと支払う必要があるのです。
必要があるのですが、やはりお嬢様に『なんでも』をさせるわけには参りません。できればその対象を私にしていただきたいのですが、私は私でリョウ様に多大な借りがある身。
本来このような状況であれば私は『私の身も差し上げます』と言うべきところ。それを『私一人で許してほしい』などと報酬を値切るような提案をすることはできません。
ですが……お嬢様はもう限界です。
今は少し休まれた上にお食事も頂けましたので多少持ち直してはいますが、これまで侯爵家の令嬢として蝶よ花よと大切に育てられたお嬢様は、本来このような場所にいるべきお方ではないのです。
父である侯爵閣下の死から始まり、叔父であるクトニオス卿の裏切り。
暗殺未遂事件。侯爵家からの逃避行。そしてバックスの裏切り。
こうして羅列するだけでも御労しいというのに、これらはわずか半年ばかりの間に起ったことなのです。
お嬢様の心身にかかる疲労はどれほどのものか。私ごときには想像もつきません。
(お労しやお嬢様)
リョウ様はそういったことも見越して上質なオーク肉だけでなく、稀少な薬草や疲労回復の効果が見込める果物を用意してくださったのでしょうけど。それでもお嬢様にはゆっくりとお休み頂かなくてはなりません。
ですのでリョウ様に問われた『これからどうするか』に対する答えは一つです。
「厚かましいお願いとは思いますが、リョウ様さえよろしければしばらくここへ置いていただくことはできませんでしょうか?」
本来ここは『オークの森』と呼ばれる、滅多なことでは人が出入りすることなどないはずの魔境です。
この魔境で武者修行をしているというリョウ様にも驚きましたが、それよりも大事なのがここの住環境にあります。
リョウ様が持つ食材もそうですが、ちゃんとした建物や水場があり、そのうえ追手の心配のいらない環境など逃走中の私たちが得ようと思っても得られるものではありません。
だからこそここに置いて頂ければ、それこそ私が『なんでもする』つもりなのですが、それはあくまで私たちの都合です。
リョウ様にとって私たちの存在は何処までいっても『他人』でしかありません。侯爵家の後継者争いなどと言った厄介なものに関与することを良しとせず。とりあえずの報酬として『約束したのだから好きにさせてもらう』と言って私たちに色々なことをした後で『飽きたからもういい。さっさと出ていけ』と言われてもなんらおかしなことではないのです。
だからこそあえて明確な期間を決めずに『しばらく置いてほしい』とお願いしたのですが……。
「しばらく、か」
「はい」
「ふむ」
(やはりそこを指摘してきましたか)
聡明なリョウ様は私の姑息な狙いなどお見通しなのでしょう。めんどくせぇ! と言われて暴行を受けても文句は言えません。
でもこうして考えて下さっているということは、リョウ様にも何かしらのお考えがあるということ。
それはなに? やっぱり私の体?
(そういえば私はあのときリョウ様にも下着姿を見られていたような……っ! まずい! あのとき私が着ていた下着は何色だった? それ以前にちゃんと洗ってた? 下着まで臭い女だと思われてたらどうしよう……)
『それ以上思い出してはいけない』と本能が訴えてくるが、一度考えてしまえば止まらない。
「いいだろう」
「え?」
「しばらく置いてやる。そう言ったんだ」
絶望のあまり思わず俯きそうになる私に対し、リョウ様はあっさりと『私のお願いを承諾してあげよう』と告げて下さいました。
「もちろん対価は貰うぞ」
「対価、ですか?」
「そうだ」
「それは、どのようなものでしょうか? 今の私に支払えるものなど……」
(これは……きたかも?)
リョウ様が仰る対価。それは私。そう、汚ければ洗えばいい。臭くても洗えばいい。わざわざお湯まで用意して下さったのは、綺麗になった私と色々なことをしたいから! だって今の私に支払える対価なんてそれしかないもの!
(その取引、喜んでお応えさせていただきます!)
しかし、ドキドキしながら対価の内容が告げられるのを待っている私にリョウ様が告げられたのは思いもしない内容のものでした。
「そもそもあのときに言っただろう。俺が欲しいのは情報だ、とな」
「え?」
「あっ」
その言葉を聞いて思い出したのか、今まで黙って私とリョウ様の話し合いを聞いていたお嬢様が何かに気付いたような声を挙げられた。明らかに『忘れてたっ』って感じの声を。
(おい。知ってたんなら言えよ)
不敬だと思わなくもなかったが、ことはリョウ様との取引に関する重大な情報である。問い詰めるのは当然だろう。
私の視線に気づいたお嬢様が『しかたないじゃない! 話す時間がなかったのよ!』なんて目で訴えてくるが、それは嘘だ。話す時間はあった。具体的にはお食事のときとか、お風呂に入っているときとか。
(あとでお仕置きですからね)
(サキも一緒に聞いてたじゃない!)
(あのときの私は限界でしたから)
(ずるっ!)
(ずるくありません)
気を失った挙句記憶まで混雑してしまっていた私に罪はありません。証明終了。
「もういいか?」
「あ、はい」
裏切り者であるお嬢様へのお仕置きはあと。今優先すべきはリョウ様とのお話合いです。
「しばらくと言うのが何日かは知らん。好きにしろ。ただし、情報を貰うのと滞在している間の家賃は別だ」
「……はい」
そうですね。情報は『あのときに助けて頂いたことに対する対価』であって、滞在している間におかけしている迷惑に対する対価とは別物です。
(それこそ私やお嬢様の体を差し出すしかないのでは?)
結論から言えば、私が抱いた思いはそれほど間違ってはいないものでした。
「貴様らに協力してもらいたいことがある。なぁに数日あればできることだ。なにより貴様らにとっても悪いことではないはずだぞ」
「それはいったい?」
「簡単なことだ。レベルアップの実験と各種考察に付き合ってもらいたい」
「「はい?」」
確かに体を求められましたけど、ナニカが違う。
それにレベルアップは簡単にできるものではありませんよ?
簡単とは一体……。
(私たちはこれからどうなってしまうのでしょう?)
たった数分の会話なのにものすごく長く感じたリョウ様とのお話合いの結果は、気付けば当初予定していたものとは全く違う方向性のものへと変わってしまっていたのでした。
空気な令嬢。なんとかしたい今日この頃
―――
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