16.9話。チーム結成の前に
次こそは……次こそは話を進めてみせる!
おう。俺だ。ベシータ様だ。
女としての尊厳を失って意気消沈した二人を見てさすがにどうかとも思ったが。さしもの俺様も数日風呂に入っていない上に汗とか涙とか血とか色々混ざった臭いがするやつと一緒に飯は食えんからな。
いや、原作のベシータ様なら血肉が付着した生肉を『好物だ』と言って喰らうくらいのことはしていたから多少の臭いは無視できるだろうが、日本人としての心を強く持つと決めた俺には無理だった。
いや、だって、豚野郎より臭うって相当だぞ?
つっても豚野郎の場合は野生の生き物だし、狩りをするためにも臭いを抑えていたってのもあるんだろうが、それにしたってなぁ。
豚野郎と比べ過ぎるのも可哀想だからこれくらいにしておいてやるけど。
「あの、ご迷惑をおかけしました」
「加えてお見苦しいところもお見せしてしまい……」
「おう。こういうのは気にするなとは言わんが気にしすぎるのも良くないからな。まぁ今後に活かせばいい」
どんな状況になれば今後に活かせるのかは知らんが、こんなもんだろ。
「「はい」」
うむ。話の前に風呂を勧めたおかげか、微妙に躁状態にあったメイドも落ち着いたみたいだな。着替えもしたおかげで臭いが匂いと言える程度には変化したんだから悪いことだけではなかったと思ってもらおう。
「で、飯の話なんだが」
「あの、そのことでお話が……」
「ん? なんだ」
「差し出がましいようですが、一つご確認をさせていただきたく」
「なんだ? 回りくどい言い方をしなくて良いからさっさと言ってみろ」
「では、お言葉に甘えまして……食料の備蓄などは大丈夫なのでしょうか?」
「ほぉ」
真っ先にそこに気付くとはな。おそらくこいつは風呂に入っているときにこの集落には誰もいないことに気付いたのだろう。そして人がいなくなった集落に備蓄の余剰がないのは普通なことだろう。
俺一人の分であれば狩りでもなんでもすればいいかもしれんが、その場合急遽客人(今回の場合は令嬢とメイドだな)がきた場合に食材が不足することになるからな。
このメイドはそれを心配したのだろうよ。
やはりこのメイドはただ者ではなかったな。
(いや、メイドなら先に気付くのが普通なのか?)
食事とか饗応とかってメイドの仕事だもんな。だから気付いた? いや、この際きっかけはどうでもいい。俺にとって重要なのは『こいつが食材に対しても注意を払うことができる女だ』ってことだけだ。
何も考えずに当たり前のように持っていかれても困るからな。
「……やはり」
む。考えていたら何やら誤解しそうになっているみたいだから、とりあえず疑問に答えておくとしようじゃねぇか。
「大丈夫だ。問題ない」
「え? ですが……」
自信満々に言い切る俺を見てもなおメイドは不審そうな目を向けてくる。
気を遣えない奴よりは100倍マシだが、無駄な気遣いは面倒なだけだ。
(こういうの場合は実物を見せるに限る。というか実物を見せない限り納得しないだろう)
そう考えた俺は、アイテムボックスを開いて中から肉を取り出して見せてやった。
「「え!?」」
突如として肉を出したことに驚いた様子の二人に見せつけるようにして、いや、実際見せびらかす感じで肉を掲げてやる。
「ほら。とりあえずこれだ。見てみろ。こいつをどう思う?」
重さにしておおよそ2キロほどの肉を見てゴクリと唾を呑み込む二人。
いきなり肉が出てきたことが予想外だったのか少しの間止まっていたが、少ししてから令嬢が再起動して俺の問いに答えた。
「凄く……大きい。あの、これってお肉、ですよね?」
「そうだ」
それ以外になにに見える? と聞きたいところだが、ブロックにしても大きめだからな。一見しただけでは肉と判断できない可能性はあるもんな。
「お嬢様、それだけではありません」
「え?」
「この脂の乗り方。肉の輝き。そして鮮度!」
「どうしたの? 急に」
「お嬢様! これはオーク肉です。それも最高級品の!」
「えぇ!?」
「……もしかして、こちらを食材としてご提供頂けるのですか?」
「おう。まだまだあるからな」
「ほ、本当に!?」
なんか肉を凝視したままだったメイドがいきなり語りだしたので聞いてみたが、どうやら豚野郎の肉は侯爵家の人間が驚くほどの高級品だったらしい。
(これは好都合だぜ)
元々どうやって食材だけを提供して調味料やら調理をさせようかと考えていたところだったからな。この肉が高級食材だってんなら交渉も楽にできるだろうよ。
「もちろん、ただじゃねぇ」
さて、交渉だ。そう思っていた時期が俺にもありました。
「はい! 私で良ければなんでもいたします!」
「は?」
交渉どころか初手で完全降伏宣言である。
(こいつ。何を考えていやがる?)
令嬢に続いて『なんでもします』をGETした形になったが、ここまで『その言葉を待ってました!』と言わんばかりにこられるとネタに走るよりも先に警戒してしまうぞ。
そもそもなんでもします云々は弱みを握られた奴がやるから意味があるんであって、望んでやったら意味がねぇだろうが!
そこまで考えたところで、俺は一つの答えに行き当たった
(そうか! こいつ、こうやって自分が『なんでもします』宣言をすることで、あのとき令嬢が言った『なんでもします』を上書きするつもりか!)
騎士とのいざこざを見ていたときも思ったが、このメイドは主のために身を捨てることを厭わない。恐ろしい程の忠義の持ち主である。
だからこその提案なのだろうが、そうは問屋が卸さんぞ。
「なんでもしてもらう必要はない。俺が貴様らにしてほしいのは調理だけだ」
「……え?」
俺が策に乗らなかったことで『当てが外れた』とでも思ったのか、メイドは心なしか寂しそうな声を上げる。
(気持ちはわかるぜ。忠誠心を空回りさせられたら悔しいよなぁ。だが俺には俺の目標があるんでな。令嬢との約束をうやむやにされるわけにはいかんのだよ)
故に俺がこの場で望むのは等価交換。
「食材は俺が提供する。お前らはそれを調理してくれればそれでいい。おっと。ここには調味料なんて気が利いたものはないからな。もしあるならそっちで出してくれ」
極々自然な形で調理と調味料を差し出させるように提案できたと思うが……どうだ?
「えっと。それだとあまりにもリョウ様の持ち出しが多いと思うんですけど」
「そうですね。これではとてもつり合いが取れません。で、ですのでリ、リョウ様にはそれだけではなく私が……」
内心びくびくしながらメイドと令嬢の様子をうかがってみれば、あろうことか二人は『俺の持ち出しが多い』なんて言ってきやがった。
確かに普通なら食材を得るのも難しい森の中で、高級品とみられる肉を差し出されたら不平等さを感じるかもしれん。だがそれは今だけだ。
俺の予定では少なくとも数日。多ければ数か月の間こいつらと過ごす予定なんだぞ。
人間とは慣れる生き物だからどんな高級品でも数日食えば飽きてしまう。さらに言えば豚野郎の肉なんざ。外の世界では高級品かもしれんが、ここでは大量に手に入るありふれた食材だからな。
後になって『あの時はアイツが持ち出し過ぎだと思ったけど、よくよく考えてみれば私たち相当ぼったくられていたわ!』なんて思われてみろ。恩を着せる計画が台無しになるどころか、恨みを買うことになるじゃねぇか!
しかもメイドが何かを差し出そうとしていやがったな?
それを貰ってしまえば等価どころの騒ぎじゃなくなるだろうが。
「俺がそれでいいと言っているんだ。何か問題でもあるのか?」
故に止める。
向こうがこの肉を高級品だと勘違いしているうちに、この役割分担をきっちり約束として承諾させてやるぜ!
「リョウ様がそうおっしゃるのであれば……」
「かしこまりました。ですが、今後もし何かご要望がございましたら、お嬢様ではなくこのサキに。サキ・ラングレイにお声がけくださいませ」
「あぁ。わかった」
令嬢よりも先にサキに声を掛けろってか? 乗らんぞ。
(唐突なオヤジギャグはさておくとして……やはりこのメイド。令嬢の『なんでもします』宣言をうやむやにしようとしていやがる。恐ろしいまでの忠義だぜ。俺じゃなかったら乗ってたかもな)
元々メイドは男を引き寄せるような体の持ち主だし、なによりメイドだからな。
男なら高確率で引っかかることだろうよ。
だがな。俺をそんじょそこらの野郎と一緒にするんじゃねぇ。
俺は、俺の願う未来を目指して止まらねぇからな。
譲れない願いを抱きしめたまま溺死しそうな読み合いをする二人の図
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