16話。アールの大転身
この誤字脱字の多さよ
おう。俺だ。ベシータ様だ。
お互いの自己紹介も終わったことで満足したのか、令嬢とメイドは二人揃って馬車の中に入っていった。
俺としては二人が寝るまで少しの間は馬車の周囲に侍り、寝たのを確認したと同時に馬車ごと担いで森の中に作った俺の拠点に運ぶ所存である。
見張るとは言ったが動かさんとは言ってないからな。
女二人が乗った馬車の荷台程度、軽い軽い。
空を飛べば時間もかからんし。
問題があるとすれば鳥が突っ込んでくるくらいか。
バードストライクといったか? いや、あれは基本的に事故なはずだが、こっちの場合は縄張りを侵略されたって勘違いして襲ってくるやつだから違うな。
つーか鳥ごときが俺様に勝てるはずなかろうに。鳥頭だから気付かんのかねぇ?
まったく鳥ごときがやむちゃしやがって。
「まぁ(今のところ鳥に関しては)いい」
わざわざ馬車を担いでまでこの場から移動する理由としては、俺としても森の中で見張りをしているよりも拠点の方が落ち着けるし、何よりここは森の出口に近すぎるってところがいただけないからだな。
「ここだと連中の仲間がこねぇとも限らん」
一応監視役だった奴らは殺しているし、連中以外に隠れて見張っている奴がいないってことはスカウターで確認してはいるんだが、だからこそ連絡役を兼ねているであろう監視役との連絡が途絶えた場合に敵さんが取るであろう対応を警戒するべきだろう。
「普通なら確認するための人材を派遣するはず……だよな?」
自信はないが調査員くらいは派遣するだろ。
それを殺しても良いんだが、それだといつまでたっても話が終わらん。
そんなわけで俺は連中に血痕や馬車の一部を見つけてもらい、令嬢とメイドと騎士が全滅したと誤認させ、そのことを上司に報告させた方が追っ手の動きを鈍らせることができると踏んだのだ。
死体については……うん。
「豚野郎に殺された場合綺麗な死体が残っているのは不自然だ。熊だの狼だのに殺されたように偽装すれば多少は誤魔化せるかもしれんが、そもそも野生動物相手に全滅するほどあの騎士たちは弱くなかった。ついでにこれだと監視役が死んだ理由にはならねぇ」
結論。ここに放置はできない。つまり持っていく必要があるってことだな。
「正直持ち運びしたいもんでもねぇが仕方ねぇ。死体がアイテムボックスに入るのがせめてもの救いだな」
豚肉と同じ場所に死体を入れて運ぶのもどうかと思うが、これについてはもう諦めた。
死体は装備を外して豚野郎の巣の近くに投げ捨ててやる。あとは豚野郎が処理するだろ。
「偽装にもなるしな」
もしもの話だが、侯爵家が抱えている人材の中に死体からでも相手の位置を特定できるような特技をもつ奴がいないとも限らんからな。こうしておけば行きつく先は豚野郎の巣だ。少なくともそこから俺に辿り着くことはないだろうよ。
「で、問題はあの二人をどう扱うかだな」
元々は情報さえ得られればそれでよかった。俺が望む情報を手に入れたら「はい。さようなら」で終わる話だ。二人と別れたあとは、今まで通り豚野郎の集落を潰してBPを稼ぐつもりだった。
だが騎士どもとの戦いを経て、俺は考えたんだ。
「……流石に人間を殺して無感動ってのはおかしい」
豚野郎どもならまだわかる。最初の切っ掛けが正当防衛だし、何よりアレは俺を餌か敵かとしか認識できない豚野郎だからな。ついでに言えば異世界に来たって高揚感もあったし、何よりレベルアップ作業が楽しかったから罪悪感もなにも抱かなかった。
しかしさっき俺が戦ったのは意思疎通が可能な人間だ。
向こうにいた頃の俺であれば、戦うことさえかなり躊躇したはず。
「それこそ確実に勝てると確信していたとしても、な」
それが普通の日本人的な思考だろうよ。
そしてもっと気になるのが戦闘の後。つまり今だ。
「PTSD。とまでは言わんが何かしらの『揺らぎ』はあるだろうと覚悟していたが、それがまったくねぇ」
反省も後悔もしていないが、それだってなぁ。
「これは恐らくあれだ。異世界あるあるの一つ。精神が肉体に引っ張られるってやつだな」
転生して子供になったのであれば子供のように。女性の体になったのであれば女性のように。アンデッドになったのであればアンデッドのようにってな。
「そう考えればザイヤ人の体を手に入れた俺がザイヤ人としての精神を持つ。それはなんら不自然なことじゃねぇ」
もともとロールプレイをしているから染まるのも早いだろう。だがそれではなぁ。
「ザイヤ人としての考え方が悪いとは言わん。だが俺は日本育ちのお笑い芸人だ。地球的価値観を捨てるつもりはねぇ」
殺伐とした思考をすることもあるだろうし、それが必要な世界だってのは理解している。だがこれは俺が絶対に捨ててはいけないものだ。
「今の段階で気付けて良かったぜ」
そして地球人として生きるのであれば、今まで通り豚野郎の集落を襲うだけじゃ駄目だ。
「衣食足りて礼節を知るってな」
日本人、それも21世紀に生きていた俺としての精神を保つためには、殺伐とした豚野郎との戦闘だけじゃなく、人との触れ合いが必要なんだ。
触れ合いと言っても身体的接触じゃねぇぞ。あくまで精神的なものだ。なんなら会話程度でもいい。
「それがあるのとないのではストレスの度合いがまるで違うっていうからな」
中には他人と一切触れあわない方が良いなんて精神的強者もいるかもしれんが、そいつだってネット環境や親による支援がない状況で生きていけるとは思えん。
逆に言えば食事やネット環境が得られるチートがあれば生きていけるということだが、そもそもネットに繋がっている時点で他者と接触してると考えれば、何かしらの接触は必要なんじゃないかと思う。
あぁいや、今は気合の入った自宅警備員のことなんてどうでもいいんだ。
問題は俺が俺であるためにどうするべきかって話だからな。
「と言っても選択肢なんざねぇんだんが」
連中についていく。これしかねぇ。
「ずっとついていくかどうかは知らんが、少なくともこの森を出てどこかの人里に辿り着くまでは同行するべきだろうよ」
それまでに連中から吸収できるものはなんでも吸収する必要がある。
特に重要なのが知識。その中でも常識といえるものだ。当然の話だが常識の有無は生活環境に直結するからな。
知らんことで騙されるなんてのはざらにある話だ。で、騙されたからと言って皆殺しにするのは日本人的な発想とは言えん。
「無論皆殺しにできないとはいわんし、必要な時に報復を躊躇うつもりもないが、それでも限度ってもんがある。それになにより、騙されないのに越したことはないからな」
騙される方より騙す方が悪いのは紛れもない事実だが、世の中は善悪で語れるほど単純じゃねぇ。
付け加えるとすれば、あの令嬢の実家が侯爵家ってくらいだから、この森の外は王侯貴族が存在する世界である可能性が極めて高いってのもある。
「イメージでしかないが、貴族ってのは他人に無理難題を押し付ける感じがあるからな。それから身を護るためにも令嬢との繋がりは持っていた方がよさそうだ」
この森の外にでないならまだしも、外に出るならそういった繋がりが重要になるかもしれないからな。
「奇貨居くべしってやつだな」
あの二人が奇貨ならそれでよし、悪銭なら捨てるだけ。こんな感じでいいだろう。
「さしあたっては『人のいる町で文化的な生活を送れるようになること』これを当座の目標にするとしようかね」
そう口に出したとき、俺は自分が思っていたよりも他人との会話に飢えていたんだなぁと思い至り、重ねて『いまの段階であいつらに会えてよかった』と一人胸を撫でおろすのであった。
閲覧ありがとうございました