13話。ついにアールあらわる!
今さらですが、サブタイはテレビのサブタイから引用しております
「サキィ、サキィ……」
裏切り者の下衆に服を一枚一枚脱ぐよう命じられ、残るは下着だけとなった私を見て涙ぐむお嬢様。大丈夫ですよ。と笑いかけることができたら少しは安心していただけるだろうか?
「どうした? まだ残っているだろう?」
胸に抱いた淡い願いは目の前にいる男どもの声と視線によってかき消される。
「くっ!」
にやにやと笑いながら私を嬲る騎士どもを見て、私は屈辱と絶望に体を震わせながら下着に手を付ける。
(どうしてこんなことになったのか)
元々ブルマリア侯爵家の後継者とされていたのは侯爵閣下の一人娘であるお嬢様だった。
しかし数年前に奥様が亡くなり、今年に入って侯爵閣下が病に伏すようになってから状況が変わってしまった。
侯爵閣下の弟であるクトニオス卿が執務を代行するようになったのだ。それだけならまだ良かった。事実閣下の実弟であるクトニオス卿にはその権限が与えられていたし、その能力もあったのだから。
だがクトニオス卿は閣下の代行では我慢できなかったのだろう。閣下の病が重いと知ったクトニオス卿は周囲を自分のシンパで固め、侯爵家のすべてを自分のもののように扱うようになっていった。
そして先日、侯爵閣下が亡くなられた際に『閣下の遺言』として自分が侯爵家を継ぐことを宣言してしまったのだ。
爵位を簒奪された形となったお嬢様だが、実のところお嬢様としては必ずしもご自分が侯爵家を継ぐ必要はないと考えており、クトニオス卿が侯爵家を継ぐのであればそれはそれで良いと考えていた。
「政を知らない私よりも、お父様に代わって政務を行っていた叔父様が当主となった方が侯爵家のためになるわ」
半分以上は本音であっただろうが、それでも自身の無力さを痛感していたのだろう。悲しそうに笑いながらも気丈にそう告げたお嬢様のお顔を忘れることはない。
普通に考えれば、継承権を失ったお嬢様は元の婚約者と結婚することはできなくなる。そのため婚約は破棄され、クトニオス卿と付き合いがある貴族の家に嫁ぐことになるはずだった。だからこそ私は決めたのだ『たとえお嬢様が侯爵家を継ぐことができなくなろうと、自分はお嬢様についていく』と。
しかし、そうはならなかった。
お嬢様と婚約をしていた家から何かしらの圧力があったのか、それとも王家あたりが動いたのか。とにかくクトニオス卿はすぐに侯爵家を継ぐことはできなかった。
『自分が家を継げないのはあの娘が生きているからだ』おそらくこのように考えたのだろう。
あろうことかクトニオス卿はお嬢様を嫁に出すのではなく、病死と偽って殺そうとしたのだ。
それを知った我々(私のようにお嬢様に仕えることを決めていた者や、クトニオス卿の継承を認めていなかった家臣たち)はお嬢様をクトニオス卿の手が届かぬところへ逃がすことにした。
最有力候補は奥方様、つまりお嬢様の母君のご実家であるミッタークエセン伯爵家。
そこまで行くことができればクトニオス卿も手出しはできないはず。お嬢様を政争に巻き込むことになるが、それでも生きていただくことこそ大事と思い、何人かの騎士や付き人たちと共に侯爵家から逃げ出したのだ。
「このまま順当に行けば10日もたたぬ内に伯爵領へと入ることができる」
そう思っていた。
安心していた。
それなのに……。
「どうした? まだか?」
「……バックスッ」
護衛の騎士たちを率いていたこのバックスが、数人の騎士と共に裏切ったのだ。
思わぬところから奇襲を受けた護衛は全滅。付き人たちも私とお嬢様を逃がすために犠牲となってしまった。
今ならわかる。こいつらは最初からクトニオス卿の部下だったのだ。屋敷でお嬢様が亡くなられた場合、お嬢様の婚約者や王家から色々と追及されることを厭うたクトニオス卿が、屋敷の外でお嬢様を殺すために用意した刺客だったのだ。
この程度のことも見抜けず何が護衛だ。何がお嬢様に一生ついていく、だ。情けない。
「もうやめて!」
お嬢様が止めようとするが、それは駄目だ。
私が止まれば次はお嬢様にその矛先が向けられてしまう。
この期に及んでは私たちだけで逃げ延びることが不可能。何かバックスたちにとっても不測の事態が起こらない限り私たちは殺されてしまうだろう。
現状、不測の事態として考慮するとすれば、行方が知れなくなったお嬢様を探しに来るであろうミッタークエセン家の捜索隊がくるか、この森を縄張りとしているオークが乱入してくるかの二通り。
オークの場合は私もお嬢様も殺されてしまうかもしれないが、私の状態によってはなんとかなるかもしれない。
(それまでは死ねない)
たとえどれだけ犯されようとも、どれだけ苦しい目に遭おうとも、お嬢様が助かる可能性が1%でもあるのであれば、私はそれに賭ける。
(お嬢様。このような賭けですらない賭けにご自身を賭けなくてはならなくなった状況を作った私たちが愚かでした。謝って済む問題ではございませんが。申し訳ございません)
こいつらはいずれお嬢様も同じ目に遭わせるつもりだ。それはわかる。でも今はまず私から。
(少なくとも私が耐えている最中は、お嬢様は無事なはず。だから……)
だからこそ私は恥辱に震えるふりをして、あえてゆっくりと下着を外していく。
「おぉ!」
「やっとか!」
男好きする体と言われたことはあるが、正直それを嬉しいと思ったことはない。
それはそうだろう? 人によって違うかもしれないが、少なくとも私は不特定多数の好きでもない男どもから好色な視線を受けて嬉しいと思うことができるタイプの人間ではないのだ。
(でも今、こうして私が裏切り者連中の目を引くことで少しでもお嬢様をお守りすることができていると考えれば、悪いことだけではなかったのかな。いや、違うか)
冷静に考えれば救いにもならないようなことを考えつつ、そろそろ連中が望むものを見せてやろうと手を動かそうとしたそのとき。
「待てぃ!」
――私は運命に出会った。
―――
「サキィ、サキィ……」
サキが服を脱いでいく。男どもに見られながら、屈辱に体を震わせながら裸になっていく。
全部自分が悪いのだ。
叔父様にすべてを任せようとしたこともそうだが、それ以前の問題だ。
何故私は父上の調子が悪いことは知っていたはずなのに、なんの手助けもしようとしなかったのか。
勉強でも何でもすればよかったのだ。家臣のみんなを励まして、みんなで一緒になって病に倒れる前の父上のお仕事を手伝えばよかったのだ。
それすらしなかった私に家臣のみんながついてきてくれるはずがないではないか。
なんでこんな簡単なことに気が付かなかったのか。
私についてきたのは、サキや何人かの付き人を除けば、叔父様に買収された者たちか、買収する価値もなしとして事実上捨てられてしまった者たち。(それには叔父様が家を継ぐことで既得権益を失うことになる者たちも含まれている)
つまりは出涸らしなのだ。そんな出涸らしを率いて母上の実家に行って一体何をしようというのか。
私は生きているだけで婚約者の実家や王家がブルマリア侯爵家に干渉してくる火種。そうである以上、私は覚悟を決めて侯爵家を継ぐために叔父様と戦うか、戦わないならなにもせずに死ぬべきだった。
なぜ逃げてしまったのだろう。
バックスたちの口車に乗ったのは確かだ。でもその中に保身の気持ちが欠片もなかったと言い切ることができるだろうか?
(そんなの、言えるわけがない)
私は死にたくなかった。
なにかを成し遂げたいという思いがあるわけでもないのに、ただ生きていたかった。
もしかしたらお母様の実家や婚約者の家が助けてくれるかもしれない。そんなことを楽観的に考えていた。
サキは『それは悪いことではない』なんて言ってくれたけど、私がこんなことを考えたせいでサキは今あんな目に遭っている。
私だって子供じゃない。これからサキや私がどんな扱いを受けるかなんて、わかっている。
(私が死ぬのはしかたがない。でもサキは……)
叔父様にとって私は絶対に殺すべき存在だけど、サキは違う。
一人だけなら逃げることだってできるはずなのに、私を護るためにサキはあんなことをしているのだ。
(サキが諦めていないのであれば私だって諦めない)
サキか諦めていないのは、きっと時間を稼ぐことで援軍、もしくは魔物たちがくるかもしれないと考えているから。
そうであれば今の私にできることはなにか。
(私にできることと言えば、せいぜいがバックスたちが望んでいるように、弱く、情けない姿を見せて連中の意識を少しでも私にむけることくらい?)
情けなさに涙が出そうになる。いや、我慢せずに泣いたほうが良いかもしれない。
サキは心配するかもしれないけど、私が泣き喚くことで連中の注意が私に向いたり、私の声を聴いた森の生き物がくる可能性だってある。
そうなればこいつらだってこんなことはしていられないはず。
(連中が逃げる前に私とサキは殺されると思うけど、それでもこんな風に嬲られるよりはマシ! それに、うるさく騒いだことで私が最初に殺されれば、足手纏いがいなくなったサキは逃げられるかもしれない。うん、そうだ。どうせ殺されるんだ。だったら連中を巻き込むためにもおもいっきり大きな声で泣き喚いてやる!)
『サキが諦めない限り私も諦めない』なんて言っておきながら次の瞬間には自爆行為をしようとするのはおかしいのかもしれない。
でもこれはただの自殺じゃない。助かる可能性が極僅かながらに存在する賭けだ。そしてここで賭けないと私たちに未来はない。
(どうせ失敗しても死ぬだけだし……)
私が殺される覚悟を決め、賭けというには危険すぎる賭けに移ろうとしたその瞬間。
「待てぃ!」
突然だった。
この場にいた誰のものとも違う声が響き渡った。
「え?」
その声はすぐ近くから。もっと言えば私のすぐ後ろから。それこそ私に剣を突き付ていた裏切り者がいたはずの場所から聞こえてきた。
(だ、誰?)
驚愕で固まる私をよそに、声の主は続けていい放つ。
「歩みの先に危機が待ち構えていようと。シンに守るものあるならば、たとえ己の命が尽きようとも体を張って守り通す。人、それを『忠義』という!」
(え? え?)
恐る恐る後ろを振り向いた先にいたのは、私に剣を突き付けていた騎士たちでもなければ、私についてきてくれたせいでバックスたちに斬られた人たちでもなかった。
私のすぐそばで両手を組みながら堂々と立っていたのは、私がいままで見たことのない男の人だった。
その人の第一印象は『小柄な人』だ。
もちろん私と比べたら大きいんだけど、騎士たちと比べたら小柄に見える。
さらに目を引くのは彼が身に付けている装備だ。白く輝く特徴的なデザインの鎧と、鎧と同じように白く輝くグローブとブーツ。
材質はわからないが、少なくともバックスたちが着ている鎧よりも質は良いと思う。
黒い髪を逆立てて、力強さを感じさせる黒い瞳は油断なくバックスたちを睨み付けている。
多数の騎士を前にして武器を構えず両手を組んでいるのは自信の現れだろうか。
いや、実際に強いのだろう。
なにせ彼の足元には、ついさっきまで私に剣を突き付けていたはずの騎士たちがまとめて倒れ伏しているのだから。
いつの間にやったのかは知らないが、彼らを倒したのは間違いなく彼だ。
つまり彼は、この場にいる誰にも気付かせることなく三人もの騎士を倒せる程の実力者なのだ。
「……何者だ?」
バックスたちもそれを察しているのだろう。さっきまでサキに向けていた厭らしい目は今や完全に鳴りを潜め、突然現れた正体不明の男性に対して誰何しながらも油断なく武器を構えている。
「ふっ」
(わ、笑った?)
端的に言って驚いた。
彼の目の前にいるのは武器を構えた五人もの騎士だ。その実力は極めて高い。それは私という邪魔者を確実に排除するために差し向けられたことからも明らかだ。
彼が私の周りにいた三人を倒したときは上手く彼らの隙を突いたのだろうけど、今のバックスたちにはもうさっきまであった隙はない。
素人目にも空気が変わったのがわかったくらいなのに、彼はそれを見て警戒するどころか、不敵な笑みを浮かべたのだ。
(何故? なんでこんな状況で笑えるの?)
疑問に思っている中、彼は少し息を吸ってから自信満々に「貴様らに名乗る名はないっ!」と吐き捨てた。
「はぁ?」
確かに、疚しいことをしている者に対してわざわざ自分の情報を渡す必要はない。
誰何したバックスたちも彼が馬鹿正直に所属や名を名乗るとは考えていなかったはずだ。
だがそれはそれとして、何かしらの返答はあると思っていたのだろう。
嘘でもなんでも情報は情報だ。それを得るために誰何したというのに、返答があれではなんの情報も得られないと一緒である。
どこかしらの勢力に属しているのであれば交渉もありえたはずだ。なのにあまりにも堂々と「貴様らにやる情報はない!」と言い切った。つまり彼は交渉の可能性を真っ向から切り捨てたのだ。
潔いというべきか馬鹿正直というべきか。
予想の範疇を大きく超えた行動に驚いたのか、バックスたちは全員が全員あんぐりと口を開けていた。
私にもこの人が誰なのかはわからない。でもバックスたちの態度から、少なくとも彼がバックスたちの味方ではないということだけは確信できた。
(バックスたちの味方ではないなら私たちを助けてくれるかも!)
そう考えた私はさっきまで考えていたものとは違う形で賭けに出ることにした。
「お願い、サキを、あの子を助けてっ! 私にできることならなんでもするから!」
絶望に折れそうだった心を無理やりつないで、無責任とも言える願いを叫んだ。
これが今の私にできる精一杯。
なんの確証もない口約束。
多勢に無勢。誰がどう見ても騎士に味方したほうが賢い選択だとわかるはず。
だからこれは、普通なら無視されるか鼻で笑われるであろう世間知らずの小娘の我儘でしかない。
この状況でこんなあさましい我儘を口にすることしかできない自分に呆れてしまいそうになる。
だけど、唐突に私の我儘を聞かされた形となった彼は、私の我儘に対して呆れたりも怒ったりもせず、ただ私の頭にポンと手を乗せ、力強い声でこう言ってくれた。
「ん? 今なんで……んんッ! その言葉が聞きたかった。大丈夫だ。安心しろ。なんたってこの俺様がきてやったんだからな」
「あ、あぁ……」
応えてくれた。
彼は見ず知らずの、それもなんの力も持たない小娘の願いを叶えてくれると言ってくれたのだ。
(助かった。私たち、助かったんだ……)
不思議と男性の声を聞いただけで『自分たちはもう大丈夫だ』と確信することができた私は、安堵の涙を流しながら私たちを助けてくれるであろう男性の横顔を見つめ続けたのであった。
ちなみにアールさんは観賞していたり焦らしていたわけではなく、ちゃんとした理由があってこのタイミングで乱入しております。
閲覧ありがとうございました。