12話。アールの耳目
おう、俺だ。ベシータ様だ。
吶喊するといったものの、最初の狙いは騎士やメイドたちと離れたところで様子を見ている二人なので、メイドや令嬢がいる現場には吶喊していないぞ。
現場にいないのならどこにいるかと言えば、監視役の頭上。そう空だ。
今更だが今の俺様は空を飛べる。
なにせ舞空術のやり方自体は御飯の野郎がヒーデルや御天に教えているのを見てたからな。
まだそれほどスピードはだせねぇが、森の中を移動するよりは断然早いからな。単純にかなり使える技だぜ。
それはいいとしてこの二人、おそらくは騎士の野郎どもがいざというときのために用意した連絡役だな。
具体的に言えば、豚野郎が近くに来たり、メイドたちの味方が近くに来たときに対処、もしくは騎士どもに連絡を入れるために配備されていると見た。
もしかしたら片方は騎士の野郎どもがちゃんと令嬢を殺したかどうかを確認するための検分役かもしれねぇが、どちらにせよ騎士側の人間だ。
存在自体が邪魔だし、なにより携帯電話はねぇだろうが魔法とかで情報を流されても困るんでな。先に潰させてもらう。
ろくに防具も整えてねぇ斥候役ごとき、隙だらけの頭上を狙って空中からすっといってズバッ。これで終わりだ。
「ぬるぽっ!」
「「がっ!」」
即落ち二コマどころじゃねぇ。あっさりと首を刎ねることに成功したぜ。
「ま、ざっとこんなもんだ」
グルトの野郎の首を刎ねるより簡単だったな。
「騎士とメイドに集中し過ぎたのがてめぇらの敗因だぜ」
といってもこの状況では仕方のないことだとは思うがな。
「で、見張り役を倒したら次は騎士どもなんだが……向こうはどうなっていやがる?」
まぁ、どうなっているもなにも俺が介入すると決めてから10分くらいしか経ってねぇから大したことはないと思うが……って。
「なんだぁ?」
「サ、サキ……」
「お嬢様っ!」
令嬢が捕まっている、だと? この10分でなにがあった?
「おっと、ラングレイ。動くなよ? おかしなことをしたらお嬢様がどうなるかわからんぞ?」
「くっ!」
疑問に思いながらも連中を観察することにする。
いやぁ隠れていたとはいえ所詮は監視役が肉眼で監視できる距離だからな。見晴らしも良いし、気で強化しなくても現場が見えるのはいいことだぜ。
で、周囲を確認してみれば現状8人いたうちの3人が令嬢の方にいて、残りの5人がメイドの方にいる。
おそらくBPが250くらいある隊長クラスの野郎が部下と一緒にメイドを足止めし、その間にあの3人が令嬢を確保したってところじゃねぇかな。
「まぁ妥当な策だな」
弱点がわかっているならそこを突くのは当然だ。まして騎士にしたら殺害の命令が出ているのはメイドではなく令嬢の方らしいからな。それを考えればわざわざ危険なメイドにぶつかるよりも令嬢を抑える方が楽だし理に適っている。
「つーか、令嬢の髪の色。青っぽい水色かよ」
活発そうな感じだし赤っぽい色かなぁと思ってたんだが、そうか。その声で、そのテンションで水色かぁ。ちなみに見た感じは全体的に小柄で胸部装甲は薄め。幼さが残っているから中学生か高校生って感じだな。
この時代の連中の価値観がまだわかってねぇからなんとも言えんが、あの令嬢を性的対象と見た場合、向こうなら間違いなく紳士によって粛清されるだろう。そんな外見をしていやがる。
「状況が理解できたか? それなら武器を捨てろ」
令嬢の見た目を評価をしつつ、この状況になっても油断なく動いている騎士連中の評価を少し上げようと思ったところで、隊長っぽい野郎がメイドに武器を捨てるよう声を掛けた。
「これも妥当だな」
なにせメイドが持っているのは短剣だ。騎士どもが装備している剣や槍と打ち合う分には不利かもしれんが、急所を狙ったり投げたりする分には短剣の方がやりやすい。
で、騎士たちが警戒しているのはおそらく投擲だろう。令嬢の方に三人いるとはいえ、三人のBPは126・151・133だ。メイドが最後の力を振り絞って投擲したら二人即死する可能性が高い。
一気に二人殺されたら残った一人も慌てるだろうし、その隙を突かれて令嬢に逃げられでもしたらメイドがフリーになる。そうなったら人質をとった意味がなくなるからな。
実際そこまで警戒しているかどうかはわからんが、どちらにせよ武器を持ったままにする必要はない。故に騎士側がメイドに武装を解除するよう命令するのは当たり前ってことだ。
「……くっ!」
「さて、どうする?」
ここで武器を捨てればメイドに起死回生のチャンスはなくなるぞ。
一か八かに賭けるなら今しかねぇが、それは騎士どもも十分理解しているようだ。俺から見ても隙らしい隙は見当たらねぇ。
「尤も、俺からすればそんなもの必要ねぇんだが」
連中ごとき隙があろうがなかろうが真正面から殴り倒せるからな。
「聞こえなかったか? 俺は武器を捨てろ、と言ったぞ? 逆らうならお嬢様がどうなるか……」
「サ、サキ! 駄目! 逃げて! 貴女だけならこんな奴ら……「おっと、お嬢様は少し黙っててくだせぇ」……ひぃ!」
「お、お嬢様!」
令嬢が覚悟を決めたような顔をしたと思ったら、メイドに対して逃げるよう提案。その途中で令嬢を捕らえている騎士が剣で脅しをかける、か。
「なんともありきたりというかなんというか」
よくあるシチュエーションだよな。王道は王道だから使い古されるのか、使い古されるからこそ王道なのか。もうわかんねぇな。
一つ言えることは、ここで健気なところを見せられたメイドに逆らう気概はねぇってことだな。
「……好きにしろ」
お嬢様に当てられた剣を見て抵抗を諦めたか、メイドはあっさりと短剣を投げ捨てた。
「それでいいんだ。その調子で大人しくしていろよ」
大人しく指示に従ったメイドを見て周囲の騎士たちは表情を緩ませる。
「さて、これからどうしたものか」
助けるのは確実なんだが、どうせ助けるならより好感度が高い助け方をした方がいいよな。
そうなると問題はどのタイミングで助けるのが一番効果的なのかってことだ。
今は……まだ早い気がする。
なにせ『恐怖というものに鮮度があるように、歓喜にも鮮度がある。真の意味の歓喜とは、変化の動態。絶望してからの希望。その瞬間にこそ歓喜は最高潮を迎える』ってどっかの元帥が言ってた気がするからな。
それで言えば今の令嬢とメイドはまだ絶望しきっていない。
「だが、あのメイドが絶望するとしたらおそらく令嬢が殺されたときなんだよなぁ」
さすがにそんなことをさせるつもりはないんだが、いかんせん令嬢との間には多少の距離があるからな。ここでいきなり騎士が令嬢の心臓を突いたらそこで全部終わっちまう。
「俺的には復讐に燃えるメイドってのも嫌いではないんだが、さすがにそのためにブルマリアの娘を見殺しにするつもりはねぇ」
正直そそられはするけど。
ただまぁ、今回に関してはその心配はいらんだろう。
なにせさっきまで緊張でこわばっていた騎士どもの顔に隠しようもない情欲の色が宿っているからな。
何をしようとしているかは予想できる。
所謂『現場の役得』てやつだろう。
危険を冒して任務を遂行したんだから、それなりに美味しい思いをしたいってのが人情ってもんだ。そして今回美味しい思いをさせてくれるのは、目の前の令嬢とメイドそのもの。
令嬢は少し幼いかもしれんが……まぁ好きなやつは好きだろうし、メイドに至っては十分だからな。騎士たちにしてみたら最終的に殺せばいいんだから、それまでは『お楽しみ』に使うってことだろうよ。
向こうでも士気を高めるためにこういうことをするのは歴史上よくあったことらしいし、こちらでも殊更珍しいことでもなさそうだ。
「それが良いことか悪いことかは知らんがな」
どこにいても変わらない人間の業ってやつだろうか。なんとも言えない気分で見ていると、隊長っぽいやつがメイドに声を掛けた。
「好きにしろ、か。ならお言葉に甘えて……と言いたいところだが、先に服を脱いでもらおうか。あぁもちろんその場から動かず、自分の手で、ゆっくりと、な」
「……っ!」
「なっ! 貴方たち! サキに何をするつもりっ!?」
隊長っぽい野郎の言葉を聞いてようやく騎士たちの表情が変わっていることに気付いたのか、捕らえられている令嬢が吠えるが、このままだとナニカされるのはメイドだけじゃねぇぞ?
貴様はそれを自覚しているのか? もしかしたら自分はあっさり殺されて終わると勘違いしていないか?
それに、ナニカをするのはもう少しあとだろう。他の騎士はどうだか知らんが、隊長っぽい野郎はまだ警戒を解いちゃいねぇからな。
おそらくだが、野郎はメイドが持っている暗器を警戒していやがる。
実際に持っているかどうかはわからんが、メイドと言えば暗器。古事記にもそう書いてあるからな。
故に目に見えた武器を捨てただけで気を緩めるのは早計と言わざるを得ない。
「あの隊長っぽい野郎はその辺よくわかっていやがるぜ」
ついでに言えば目の前でメイドにストリップをさせることで部下の嗜虐心を煽りつつ、これからのお楽しみに利用するって寸法だろうよ。つくづく理に適っている。
「っっっ!」
「へへへっ」
「最高だぜ!」
「いいぞいいぞ!」
「たまらねぇなぁ」
「あのラングレイのこんな姿がみられるなんてな!」
「サキ。ごめんなさい。私のせいで……ごめんなさい!」
屈辱に身を震わせながら目の前で一枚づつ服を脱いでいくメイドと、それを見て絶望しながら懺悔する令嬢。彼女らの様子を見てにやにやと厭らしい笑みを浮かべる騎士たち。
この期に及んでようやく隊長っぽい野郎の目からも警戒の色が消えたのがわかる。
「あぁそうだ。まったくもって貴様らは正しい」
危険な敵を前にして人質を取るのも、人質を盾にして危険な敵が持つ武装を解除させるのも、部下の慰安のために捕虜を利用するのも、殺害対象を殺す前に楽しもうとするのも、この世界ではなにも間違っちゃいねぇんだろう。
「だが、貴様らは一つだけ間違いを犯した」
それはこの俺様の目の前で舐めきった行動をしていることだ。
「気に食わねぇ。気に食わねぇなぁ」
メイドが武装解除に応じたから大丈夫だと思ったか?
令嬢に戦う術がないから大丈夫だと思ったか?
見張りが複数いるから大丈夫だと思ったか?
見張りから連絡がないから大丈夫だと思ったか?
「甘めぇよ。泣き虫桜が常飲しているガムシロップより甘めぇよ」
ここにいるのが横島や某仙人なら最後までメイドのストリップを楽しんだ後で乱入するんだろうが、今ここにいるのは、この俺。ベシータ様だぞ。
俺様の目の前で油断慢心しているクソ野郎を殺すのに躊躇なんざしねぇ。
「野郎ども。貴様らからすべてを奪い去る。奪って絶望させてやる。死ぬまで哭かせてやるぞ!」
ここで俺様に出会ったことを死んでから後悔しやがれっ!
推しが汚されたような気がしてブチ切れるオタクの図。
閲覧ありがとうございます。