7.妖精との邂逅
次の日、俺はまた森の中で彼女と逢った。
同じただの木に寄りかかっているのをまた見つけたのだ。
だけど今度は泣いていなくて、清々しいように何かを待っているようだった。
俺も呆れるような笑みを零すが、あの後別れてからこの時間にまたいるんじゃないかって気はしていた。
再び裏に隠れるように座り、テレパスをする。
(今日も来たの?)
「うん、あなたと話すとなんかスッキリする!」
(あ、ああ……そう……)
よく判らない原理だが、ストレス発散になっているのかもな。それならそれで役に立てて嬉しい。
しかし、俺ももうすぐこの国を一旦出ることになる。俺ばかりを心の拠り所にさせてはいけないだろう。
「ねぇねぇ聞いて?
さっきあのクソ野郎に痛い目あわせてきたの! あなたすごいわね、こんな魔法を知っていたなんて!
もう股間蹴り飛ばした時の顔なんかマジで見て欲しかったんですけど! もうアガッちゃってさぁ、即ここ直行でアンタのこと待ってたし!」
俺は、彼女に身体強化魔法を教えた。
サクラは気付いただろうか、二人で学んだ書物の中にあった無属性魔法の一つ。中々難しいらしいが、異世界人からしたらそうでもないらしい。口頭なのにしっかり身に着けたみたいだ。
上機嫌に話す彼女の声は見違えるようである。
(僕も色々勉強中なんだ。少しは役に立てて嬉しいよ)
「少しなんてもんじゃないし! マジサイコーって感じ! サンクスね!
ねぇねぇ、うちアンタん顔見たいんですけど!? 顔見てサンキューしたいてきなね!」
ノリで早口になってきている。勢いでこっちからしたら凄い頼みまでされてしまったが、勿論答えはノーである。
(ごごご、ごめん! それはできないよ)
「なんでぇ? うち、アンタと直で話したいんですけど!」
(ひ、人には見せちゃいけない決まりになっているんだ……よ?)
なんかありそうな設定言ってみたけど、まあいいだろう。
小心者風に狼狽えたフリをしてみたが、この子にはそういうの関係無い感じだな。欲求全部吐き出すタイプだったのをつい忘れてしまっていた。
「ええ~……つまんない! あ、そうだ! 出てきてくれたらぁ――チューしてあげる!」
チュー……!!?
こいつ、恥ずかし気もなくそんなことを……! 鼻血が出たらどうしてくれるんだ!
(あまり誘惑しないでよ、君みたいなか……可愛い子には弱いんだからさ)
この子もこの子でサクラに負けず劣らず目鼻立ちが良かった。
このまま行くと、俺も姿を見せてしまいたくなってしまう。
だけど、見られたら見られたで嫌悪されるんだろうなぁ……。
「か……かわいいとか……」
あれ?
彼女の声がぼそぼそと小さくなってしまった。何かあったのか気になるが、流石に見るのはよしておこう。鼻をかんでいるのかもしれない。
「もう……妖精くんは褒め上手だね。女の子にモテるでしょ!」
(いや……別に……)
自慢じゃないが、年齢イコール彼女いない歴です……。
「ええー? 絶対モテてるって! 気付いてないだけだよ!」
だといいんだが……。
何故か脳裏にサクラの顔が浮かんだ。
バカ、何考えてんだ! サクラは十歳も年下の子だぞ! 不健全だ! 断固拒否する!
もはや自分がサクラの父親になったようなノリで待ったをかけた。
「もし他に誰かいないなら、うちが立候補しようかな~!」
ふぁ!!?
「なんてね!」
ぐ……男の純情をもてあそびやがって……。
まぁでも、それだけ元気が戻ったならそれでいいか。
羞恥で変なノリとなり、無理矢理の納得をするように言い訳を思惟する。
「ねぇねぇ、妖精くんはどうやって異世界に戻る方法を探そうとしているの? 昨日言ってたでしょ? 妖精くんだけにやらせるとか、なんかアレじゃん? だからうち、やれることあるなら何でも手伝うけど!」
こいつ、割と気が回るっていうか……普通のことなんだけど、こういうことができない奴だと思ってた。
だけどまぁ、やれることなんてないんだけどな。
(近い内にここら辺から出て、遠出しようと思うんだ。
僕はまだここら辺しかしらないから判らないだけで、遠くの知識を得ることができたら、判るんじゃないかと思ってる。だから、君は待っててよ)
「え!? 一人で大丈夫!? うちだったら流石に無理なんですけど……」
(独りは慣れっこだし、大丈夫!)
「……」
何故か黙り込んでしまった。
何か気に障ることでも言っちまったか? でもなぁ……本当に手伝ってもらうことなんてないしな。
「高坂夕凪……」
(え?)
「うちの名前。うちが妖精くんのマブダチになってやるって言ってんの!」
……こいつ、いっちょ前にそんな気を遣ってたのかよ。心配して損したじゃねえか。
今は妖精くんみたいだしな、ありがたく受け入れようかね。
(うん、ありがとう……)
「妖精くんの名前は?」
(あ、えっと……名前はないよ?)
嘘は気が引けるんだけど、ここは貫かないとな。もう後戻りなんてできないしね。
「へぇ、妖精って名前無いんだ? じゃあこれからも妖精くんでいっか! なんかもう慣れちゃったし!」
(うん、僕もそれでいいよ)
「にひっ! また逢えるよね?」
(明後日にはもう出ようと思ってる。準備もでき始めてるから朝には。
だから、明日は逢えると思う。けど、それで最後)
「そっか……うちの為に探しに行ってくれるんだよね?」
(……うん)
まぁ間違いではないかな。本当は皆の為だけどね。
「…………なんか今になって申し訳なく思えてきた。やっぱり行かないでいいよ!
それより、もっとずっと妖精くんと話していたいな……うん、そうしなよ!」
(ダメだよ、君たちみたいな若い子達が知らない世界で一生を過ごすなんて……そんなのダメだよ……!
きっと僕がなんとかしてみせるから、それまで我慢して欲しいんだ。
今の環境を変えることは僕にはできない、ごめん。けど……だから、それ以上の価値のあるプレゼントをするよ)
「…………わかった。
なんでだろう……まだ逢って一日くらいしか経っていないのに、妖精くんの言葉なら信じられる気がする」
(――何しんみりしてんの? らしくないぞユウナ!
また明日も逢えるんだ! なんならもっと魔法、教えてあげよっか?)
「だね! 下を向くなんてらしくないらしくない!
うん! もっと魔法教えて妖精くん!」
(任せて!)
◇◇◇
ユウナと別れた後、俺は森の中を散策していた。
一週間以上世話になったこの森を暫くの間忘れてしまうと思うといいんだか悪いんだか。
リベアとの約束もあるし、二週間くらいで戻って来る予定ではあるけど、異世界転移関係かその他の要因で長引かせる可能性もなくはない。
だが、この森の中での経験は今の俺にとっての最上だ。魔法を使えるようになったのも、ステータスの確認も、サクラとの魔法勉強の時間も、そしてユウナを見つけたのも……ここまで充実した日々は元の世界での人生も合わせて他に無い。
少しは魔物相手にも戦えるようになった。大抵のことならなんとかなるだろう。
ひとまず図書館を見つけては書類を調べて異世界に関する記述を探そう。こっちの世界の人も異世界人という言葉はそこまで珍しいものではないみたいだからな。どこかには何かしら情報が眠っているはずだ。
先の事を考えながら歩いていると、森の中は人に逢うのが珍しいと思っていたが、案外そうでもないらしく。
いつの間にか木々が開けた場所に出ており、その中でポツンと一つだけ佇む大樹の前で足が止まる。
ここは……始めて来るな。
この方向にこんな場所なんかあったんだっけか? ほとんどステータスありきで突っ走っていったから気付かなかっただけか?
しかし、なんだか和む場所だな。祖父の家近くで遊んでいた頃を思い出す。
「妖精と嘯いているのはあなたですか?」
下から声が聞こえて視線を下降させる。横を見ると、白髪ショートボブの幼く小さな少女が立っていた。
感情を失った死んだ魚のような目に翡翠色に煌く瞳。絹のような透き通った肌で膨らみかけの胸が――もとい全裸だった。
思わず魅入ってしまったが、体から熱が立ち昇って沸騰し、直ぐに距離を取って目を手で覆った。
(な、何を……っていうか誰!?)
「テレパスですか。あなたの才能もまた稀有なようですね」
どこから現れたんだこいつ!? ていうか、なんで裸!?
「わたしは、妖精族のシアリス。シアで構いません」
指の隙間を開けてもう一度姿を確認すると、後退る俺に近づいて来ていた。
(ば、バカ! まず服着ろ!)
「むっつり、なんですね」
俺の狼狽えように対してシアは蠱惑的な笑みを見せてくる。妖精というより小悪魔な感じがした。
してやられている気がして苛立ちを覚えるも、ここまで小さい少女の体を見る訳にはいかない。
こいつ……俺をナメてるな……!
「きました」
ほっと安堵して目を開くが、シアはまだ全裸のままで咄嗟に瞼を閉じる。
「風が」
シアが指差す方から風が吹いた。
――ギャグか!
(ちゃんと着ろ!)
「冗談です、着ました」
恐る恐る目を開くと、シアは元の世界にある藍色を基調とするセーラー服を着ていた。
赤いリボンで可愛らしいが、石のような無表情ぶりが残念である。
(あん? なんでお前、その服……)
「あなたの記憶の中から探しました。最近は、このような服装に愛着を持っているようですね」
(…………そんな訳あるかっ!)
図星で顔が羞恥で染まるが、大声を出して掻き消そうとした。
流石にこんなに幼い子供に罰をすることは躊躇われるが、叱りつけたい衝動を抑えられそうにない。
「何をそんなに怒っているのですか?」
こ、こいつ……さっきからずっとおちょくってきやがる。
大人でも怒る時は怖いんだからな!?
俺は顔を強張らせるが、シアは微笑していた。
「あなたが妖精族と嘯いているフミヤ、ですね?」
『フミヤ』という名前を聞いて一気に空気が醒めていく。
『ヒョウマ』ならまだ判る。城から脱走して行方不明になっているから、時期を妖精と謳われている俺が出現したのと合わせれば俺がヒョウマであることは察しが付ける。だが、『フミヤ』は異世界転移に関して知る者でなければ行きつかない。
(お前、何者だ……?)
「わたしは、シアリス。シアで構いません」
シアは名乗るだけでそれ以上述べるつもりがないようだ。俺の顔を見上げて無表情を決め込んでいる。
(それで――俺に何の用だ?)
「少し手伝って欲しいのです。今、わたしにはあなたの力が必要です」
俺は疑問符を打つ。
(俺に……俺に何をさせるつもりだ?)
「わたしは、ある人間によってこの木から出られなくされてしまった」
(出られなくなった? ふっ、お前今ここにいるじゃないか)
矛盾したことを言っていることを指摘するが、彼女の無表情は淀みない。
「この姿は、ほぼ仮の姿です。
この大樹が根を張るあらゆる箇所にこの姿で出現することが可能ですが、それ以上のことは近くを通る人の声を聞くことしかできません。今のわたしには自由がない。
条件は違うでしょうが、今のあなたもわたしと同じような状態のはず。少しくらいならわたしの気持ちを理解できると思ったのですが」
体と精神が違うということも判っているのか。妖精族と言われれば、確かにそうなのかもしれない。
俺と同じ境遇か。確かに救い出してやりたいな。
今の俺は体がないが、今回成功例を作っておけば自分の体に戻りたい時の糧になるはずだ。
(何をすればいい?)
「まずは中にいるわたしに魔力がほとんどありません。わたしが外に出るにはわたしにも魔力が必要です。この木に触れながら魔力を流してください」
俺は頷き、目の前の大樹へと近づいて行く。
すると、シアも俺の横を移動するが、歩いているはずなのに体が上下しない。よく足下を見ると、足が地面に繋がっているようでそこをスライドしている。
この木に封印されているのはこういうことなのか。