3.契約と初めての魔法
マミがいなくなって直ぐに右目が痛くなった。
どんどん痛みが増してくる。やがて耐えられなくなって牢の中を転がった。
「っ…………!!」
痛い……! めちゃくちゃ痛いぞ! 何だ、コレ……!?
今まで感じたことのない目の痛みに悶え、腕と掌で押さえる。
暫くして痛みが薄れてきて、ふとさっきマミが置いて行った手鏡を見る。目が充血しているのか気になったのだ。
すると、充血しているどころか瞳が金色に輝いている。
中二病になってしまったのかと疑うが、流石に頭がどうかした覚えはない。
何なんだ……いったい……? 魔法的なのものが宿ったのが体に影響を及ぼしているのか!?
リスクありきの力なのかよ、ちくしょう……!
コツコツコツ……。
誰かの近づいてくる足音が聞こえて振り返る。
まだ目に痛みがあり、パチパチと瞼を開け閉めしていると風景ががらりと変わった。
物質を透けて見えるようで、牢近くの階段から下りて来る人間が壁を透けて赤いシルエットで見えた。
これは……千里眼か何かか?
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。誰かがここに来るってことは、俺に用がある可能性が高い。
俺の目もまばたきしたら普通に見えるようになり、角から出て来たのがリベアであるのが判った。昼間と変わらず甲冑を着て今にも戦場に出ていきそうな険悪な雰囲気である。
俺は咄嗟に寝たふりをするが、どうにもお見通しのようだった。
「起きているんだろう? 少し、話さないかスギサキヒョウマ」
柵もあるので暴力は振るわれないだろうと高を括り、俺は起きることにした。弁明できるとは思わないけれど、このままというのは嫌だった。
俺は起き上がり、リベアの方を振り返る。
「君、本当は力がちゃんとあるんだろう?
さっきまでは何故かそこら辺の奴等と同じくらいの力に見えたが、今はまるで別人――ふっ、髪色も変えたのか? 目もより鋭く冷え切っている」
俺は「さあね」と手を広げてみせた。
「最初、確かに君からは他とは違って恐ろしいほどの力は感じなかった。しかし、君だけ目の色が違った。
それゆえにわたしは期待していたんだ、君にね。そしたら予想通り夜には完成したみたいだ」
完成?
よく判らないけれど、確かにさっきまでとは違うみたいだ。あまり恐怖心を感じない。
「他の奴らはダメだ、どうも使えそうにない。この世界で生きるには警戒心が足りていない。
その点、君は他よりは全然マシな方だ」
何の話だ?
俺は本題が判らず、眉を顰めた。
ガチャ……。
すると、リベアは牢の鍵を開けて中へと入って来た。
警戒して後退るが、戦闘の意志がないのを示すように腰に刺していた剣を捨てる。
牢の中に金属音が鳴り響くが、夜が深いのか誰かが気付いた様子はなく静かである。
「わたしと契約して欲しい」
けいやく……?
思わぬ話に戸惑い、不意にきょとんとしてしまう。
「元々、この国には次期に君たち異世界人を呼び寄せるという噂があったから来たのだ。
王の信頼も得ようと隊の中将にまで成り上がった。おかげで最初に君達を観ることができ、迅速に君を見つけることもできた。
わたしには、やり遂げなければならない使命がある。しかし、わたしには力がない。だから、君の力を借りたいのだ。
異世界人というファクターを持った君のな」
ふわふわしている話だが、なんとなくこの人の考えは判った。しかし、俺に何の利益があるというのか。
そもそも、俺は誰かと戦うとかそういうのは御免だ。
俺は、両手でバツ印を作り無理である意図を伝える。
俺たちを異世界人と一括りにされるのも嫌だが、もともと平和な世界にいた俺たちがなんでそんな危ない真似をしなくちゃいけないのか判らない。
「どうかお願いだ……もうわたしが考えうる奴等に対抗する手段は、異世界人に頼ることしかないんだ……。
この通りだ……!」
すると、リベアは深いお辞儀をしながら頼み込んできた。
その表情は必死であり、断るのも申し訳なくなってくる。
「これまで幾度となく奴らに挑んだが、全て破れている。奴らの強さは尋常ではない……!
わたしにできることならなんでも言ってくれて構わない! これが、最後の希望なのだ!!」
…………どうする?
ここまで頼まれて断っていいのか……?
だけど、戦いたくはない。魔法とかがある殺伐とした中での戦争なんて嫌だ。
適当にやるとだけ言ってここを出してもらえば…………だけど、嘘はつきたくない。クズにはなりたくない。
――昔から、アニメや漫画の世界でヒーローになる者達に憧れがあった。力があって、信念があって、 もがいてる世界に生きる彼等を尊んでいた。
でも、 それは物語の中の出来事で現実じゃない。俺みたいな普通の民間人がどうかしようと決めたところで何かができるわけじゃない。
だから、一つだけ決めていた。将来、困った人がいたら助けられる人間でありたい。
この意味はもちろん、病気で倒れる人や困っていた人がいた時に助けられるようにということ。けしてここまでのものじゃない。
だけど、ここで踏み出さなかったら……ここでこの人から目を背けたら、一生後悔すると思うのは確か。
しかし、この意図をどうやって伝えようか。ジェスチャーはもう限界だし、伝えようが――……。
一つピンときた。さっきマミが言っていた『テレパス』というもの。
魔法で相手に意志を伝えることができるらしいが、いったいどうやって……?
でも、それができれば後は教えてもらえるはずだ。
俺は、リベアが深々とお辞儀して起き上がらない中ずっと考え込む。
俺の中には魔力があるんだよな? 異世界人二人分の大きな魔力が……。
なら、まずはその魔力ってやつを感じられるようにならないと。まずはそこからな気がする。
魔力は……俺の中にある。つまり、血液のように流れてんのか? もしくは――……。
とりあえず精神統一をするように瞼を閉じ、魔力という俺にとって曖昧な原理を感じようとする。
しかし、特段何かが変わった様子もなく、目の前にリベアがいるということ以外は静かなものだった。
俺は諦めて目を開くと、リベアに異変があるのに気が付いた。
さっきの千里眼めいた視界のようにリベアの体の中に薄く淡い光が血液のように張り巡らされているのに気付いて驚く。
な、なんだ……これ……? リベアの奴、どうにかなっちまったのか?
いや、これは俺の目の方が少し変わったんだ。もしかして、これが魔力ってやつか? なら、俺の中の魔力も見えるんじゃあ……。
視点を自分へ移してみると、もはや体中が大きな光を宿していた。リベアが胸に一握りのボールくらいなのに対して、俺のはそういう中心的部分がなく、全身が光でできているかのようだ。
これが俺の魔力か……確かに異世界人二人分ってのは満更嘘でもないらしい。
じゃあこれをどうやって使うか、だが……試しにリベアのように全身に張り巡らせようとしてみるか?
いや、テレパスはたぶん頭だけでいいはずだ。余計なところにまで魔力を引っ張り出して魔法が使えなかったってのも嫌だし、不安もあるから一部一部でやっていこう。
魔力を頭……脳に持って行って、試しにリベアに向かって俺の意志を伝えるイメージ。
魔法なんてどうせイメージだろ。異世界人がどんどん魔法が上手くなるなんて物語上は大抵イメージが重要なはずだ。
再び瞼を閉じてイメージすると、なんとなく熱い魔力が昇って来ているような気がした。目で魔力を見たことによってなんとなくそれが感じられる。
よし、次はこの頭の中の魔力をリベアに送るイメージ……。
瞼を開くと、自分の顔が光っているように見えた。そして、何か反応してくれるまで待っていてくれたリベアがとうとう顔を上げてきていた。
彼女と目が合い、思わずイメージが途切れそうになる。
くっ……今できなきゃずっとできない気がする。こうなったら、彼女にも手伝ってもらおう。
俺は直ぐにリベアの顔を両手で掴み、顔を近づけた。
「なっ……!」
彼女の顔が赤らみ恥ずかしそうに視線を逸らそうとしているが、俺が顔を固定している為に目だけが明後日の方を向く。
なんでもすると言っていたし、このくらい許してくれ。
瞼を閉じ、再び直ぐ近くの彼女の頭の中に意志を送ろうと躍起になる。
さっきとは違って距離も近く、さほど難しいように感じない。これならばできるのではないかと思っていると、イメージがやっと繋がった気がした。
よし……!
(リベア……さん、聞こえる?)
テレパスができているのだと思って呼びかけると、反応がないので目を開いた。
「っ……」
リベアは先程までの戦士の顔つきはどこへ行ったのか熱の籠った顔は普通の女性らしく可憐で儚げである。
俺は集中し過ぎて忘れていたが、リベアとの顔の距離が近かった。
リベアは、ぷいと外へと視線を移して恥ずかしそうに口を開く。
「そ、その……わたしはこっちは疎くてな。
どうすればいいのか判らないのだが…………なんでもすると言ったからな、教えてくれるのなら……わたしで良ければ…………!」
口元が波打ち、本当に慣れていないようで顎のあたりまで上がってきた右手は震えていた。目も渦を巻き、強がっているのが見てとれる。
俺は、潤んだ瞳で見つめられて後退る。
(す、すみません……そんなつもりは……)
流石童貞!
そう言われるのが想像できるが、初めから本当にそんなつもりはないので許して欲しい。
「……そ、そうか……すまない、早とちりしたようだ……。
…………あれ? き、君、喋れたのか……?」
しおらしく距離を取ったと思ったら驚いたように目を見開く。
(え……? あ、もしかして……考えている事が伝わって……?)
「口が動いていないのに言っていることが判る……。
今、もしかして考えてることが伝わって、と言ったな?」
(や、やった……! テレパスが使えたんだ!
話せない俺でも相手に意志を伝えられる魔法! 俺の初めての魔法だっ!!)
努力して成功したことがこれほど嬉しいことだったなんて、サクラさんに意志が伝わった時も思ったけど、今はそれ以上にできないとも思っていた魔法が使えたことに歓喜した。
思わず涙が溢れるが、今は情けないとかそういうのは置いておいていいだろう。すごく嬉しくて何度もガッズポーズをした。
「おお! もう魔法が使えるようになったのか!」
(あ、はい! ありがとうございます!
顔を近づけた方がリンクもしやすいかなって思ったけど、おかげで成功しました!)
「あ、ああ……そういうことだったのか……」
リベアの表情が気まずくなってさっきの雰囲気を思い出す。
普段男勝りで気を張っているリベアでも、あんな風に可愛げな一面があったとは。少々距離が縮まった気がして嬉しかった。