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0.プロローグ

 俺は、営業をやっている会社員……高野史哉たかのふみや

 人が行き交う駅のホームにいる時にうちの商品をご購入して頂いたお客様企業から電話が掛かってきたのだが、どこか不具合があったらしく急いで戻ろうとしていた。

 だが――

 階段を下りている最中に慌てていたからか足を踏み外した。

 俺は今、足を踏み外したことを物凄く後悔している。

 幸せ――というほどではなかったが、同僚とは上手く付き合えていたし家族ぐるみもよかった。

 ただ、彼女がいなく童貞を守り続ける日々。それだけが不満というか、不安な二十代後半までの人生だった。

 それが今、階段を踏み外してしまったせいで――俺は、異世界に来てしまっていた。



◇◇◇



 目を覚ますと、俺はくらい場所で横になっていた。

 はっと咄嗟に起き上がった。顧客の下に行かなくてはいけないのに、いつまで寝ていたのだろうかと不安が過ったからだ。

 しかし、俺の目には駅の風景は映らなかった。

 俺を――いや、俺たちを見下ろす怪しげな黒いマントを着てフードを深く被った者たちが周りを囲んでいた。

 俺以外にも数人観られている人達がいて、全員が学生のようだ。それぞれが違う制服を着用している。


 誰だ……? なんなんだこいつら?


 変な宗教にでも誘拐されたのだと思って、試しに黒づくめの男の一人に話し掛けようとする。


「っ――…………」


 何故か声が出なかった。

 口を開き、普段いつもしているように声を出しているようにやっているのに、何の音も発さなかった。


 は? どうしたんだ俺の体?

 階段から落ちて変になったのか?


 引きずるように開く扉の音が聞こえるあたりは耳が聞こえなくなった訳ではないのは判った。やはり声の方が出ないのだ。

 扉の音の方に感心を向けて後ろを振り返ると、この暗い空間に光が射してきて目が細まる。外から誰かがやってきたようだ、微かに何人かの人影が見える。


「全員を捕らえよ!」


 女性の声だったが、『捕らえる』という言葉を聞いて助かったと思った。

 拉致監禁らちかんきんをされていたのだろうが、これでこの者達も一貫の終わりだ。

 光で目を覚ましたのか、俺以外に誘拐された者達が次々と目を覚ましていく。俺のように体を起こし始めていた。

 全員が無事であるのを確認している間に外から来た人たちが俺たちを囲んでいた黒づくめの者たちを捕えていっていた。犯人集団は抵抗する様子を見せず、素直にお縄につくようである。

 だが、その様子を見て疑問が過った。

 外から来た人たちは腰に剣を所持し、鉄の甲冑かっちゅうを身に纏っている。まるで昔の西洋の騎士のようであり、警察のようには見えない。

 起きた学生たちも状況に困惑して悲鳴をあげており、騒然としてきた中で俺の両脇に手を入れる者がいた。俺は吃驚びっくりしながらも持ち上げられながら立ち上がらせられた。

 後ろを振り返れば、綺麗な美女が俺の顔を覗き込むように見ている。俺は戸惑いながらも後退りした。

 背中の光で輝く流れるような金髪に厳格そうな綺麗な顔立ち、他の者とは違って頭には何も装備していなく、長い髪が腰に部分までおざなりになっており、女性用の甲冑で胸部の形状が異なっていた。

 しかし、この女性も身長が高いようで俺の身長が184なのに対して同じくらいの目線である。珍しいものだなと感心した。


「言葉は判るか?」


 この声は、さっきの号令を放った女性の声に似ている。

 俺も俺でこの鎧や剣を見て戸惑っており、声が出ないということを忘れていたが、直ぐには反応できなかった。

 呆けていると、女性の目がどんどん鋭くなっていき、俺は咄嗟にコクコクと頷く。


「そうか……安心していい! 皆、我等が救い出してみせる!」


 するとその表情も明るくなり、肩を叩かれた。

 彼女と話している間に片付いたようでひきつった顔で振り返ると、さっきまで俺たちを囲んでいた黒づくめの者たちが全員お縄についていた。



 全てが片付いたようで連行されるように騎士たちに連れて行かれる者たちを見送り、状況をたずねるべく俺たちを保護するように疎らに囲んで何かを話し合っている最中のさっきの女性に話し掛けようとする。

 一度話した手前、この人が一番()きやすかった。


「っ…………」


 そういえば声が出ないんだった……。


 声を出そうとして思い出す。

 しかし、俺の声はどうしたのか発せている気がするのに全然音にならない。喉に痛みがあるわけでもないし、イガイガするわけでもないし……。

 考え込んでいると、彼女の方から声を掛けられる。


「大丈夫か、怪我はないか?」


 安堵あんどしたような表情にとりあえず首を縦に振る。


「しかし、君達も災難だな。いや、お悔やみ申し上げる。

 いや? こういう時に使う言葉ではなかったかな……?」


 真剣な眼差しで薄闇指す言葉を掛けられたと思えば、小首を傾げて発現した言葉に疑問な顔をする。

 コロコロと変わる表情に案外厳しい感じではないのかもと思惟しいしていると、後ろから怒鳴り声が飛んできた。


「もう! ここは一体どこなのよっ!!」


 俺と一緒にいた学生のうちの一人だろう少女の言葉に「それ! それが訊きたかったんだ!」と喜びながら声のする方を振り返ると、同じく俺と同じくらい背丈がありそうな爽やか風男子学生の少年に取り押さえられていた。

 気の強そうなギャル系の少女。髪はクリーム色に塗りたくられ巻かれており、現代高校生らしい。

 俺は、格好がつかない彼女に呆れた。


 何してんだ、あいつら……?


「おい、落ち着けよ。恥ずかしいだろ」


 とはいえ、何か掛けてあげる言葉もなければ発することもできないので取り合えず成り行きを見守ることにする。

 すると、俺の前にいた女性が平静となって質問に答えた。


「ここはレッド大陸の東に位置するカルメリア王国の領地内だ」


 ん? 聞かない大陸だな……王国!?


「君達は、こことは別の世界からやってきた我々からすれば異世界人ということになる」


 何!?


「な、何だって……?」


 少女を押さえていた同じ高校生っぽい少年の顔がしかめていく。


「アンタ! 何言ってんのか全然わかんないわよ!!

 日本語で話しなさいよ!!」


 現実逃避するつもりか?


 さっきから異変には気が付いていた。こんな甲冑や剣を見せられれば嫌がらせかなんかにも思ってしまうだろうが、それにしてはこの場所に俺たちがいることが異様だ。

 テレビとかのドッキリだったとしたら、芸人でもない俺たちを眠っている隙に別の場所に運ぶという行動は有り得ない。ましてや俺は階段を踏み外して落ちた――そんな怪我をしているかもしれない人にこんな非人道的なことをする意味が判らない。

 そしてなにより、この人が嘘を付くような人には思えない……。


「……やはり君達には言葉が伝わらないようだな…………」


 え!?


 驚きのあまりに女性の方を振り返った。

 やはり、の意味も不明だが、俺にはちゃんと日本語で聞こえている為に理解ができなかった。

 唖然して視線を送っていると、彼女は俺の方を振り返って微笑んでくる。

 俺は、思わず唾を飲んだ。


 本当に本当に、この人の言う事が本当なのなら、俺は異世界に飛ばされてしまったということになる……!!



◇◇◇



 俺たち異世界人は、金髪の女性と一緒に馬車に揺られてどこかへと向かっている。

 周りの景色は何もない平原ばかりで偶に頭上を鳥が飛んでいるだけ。

 馬車も優遇されるような豪華なものではなく、馬が引く屋根のない荷台に適当に数人が座って暇をしているだけで、元の世界のトラックの荷台に座るのと変わりはない。


 俺が知っている異世界転移ものの話では、とりあえず強い設定で王国とかなら結構優遇してくれるものばかりだった。しかし、俺の場合は違うらしい。


 俺が乗り込んだ荷台には金髪の女性も乗り合わせ、他にもさっきの二人以外の学生二人と一緒になった。

 一人は、気弱そうな天然パーマでそばかすの眼鏡をかけた少年。学ランのボタンを上から下まで付けており、昔を思い出す。俺も中学生は学ランでこんな感じだった気がする。

 してはいけない想像かもしれないが、この子はクラスで浮いた存在のように思える。クラスの中に一人はいるような閉じこもった雰囲気を感じられた。

 もう一人は、状況に付いていけなく項垂れたつやのある黒髪の清楚そうな少女で端で小さくスカートを気にしながら体育座りをしている。

 美少女のルックスに纏う制服は紺色のブレザーの下にクリーム色のカーディガンで、スカートは赤のチェック柄。三十路がもうすぐの俺はあまり見てはいけないと周りの風景ばかりを見てしまっている。


 しかし、馬車に乗り込むまでで徐々に違和感を感じるようになった。

 異世界だからかもしれないが、俺の背丈がこの二人の学生とほとんど同じに思えたのだ。

 流石にこの二人が身長180超えにはどう見ても思えない。なのに、馬車に乗り込む際にあまり変わり映えしないように見えたのだ。

 それにだ、俺は体も肩幅もデカいし筋肉も多いから馬車で座ればある程度場所を占有してしまうと危惧したのだが、全然そんなことはなかった。

 更に、微妙に服装が違うことに気が付いた。藍色のスーツを着ていたはずが、まるで自分も学生かのようにグレーのズボンに薄い青色のカーディガンと白シャツだった。

 懸念が次第に増幅していくが、忘れようと空を見上げる。

 そんな中、目の前に座った金髪の女性に話し掛けられた。


「君は、わたしの言葉が判るのだろう?」


 興味本位であることは表情から読み取れた。

 俺はまた頷きで答える。

 他の二人は不思議そうな視線を送って来ていた。


「わたしは、リベア・シュナイデル。一応はこの隊の隊長を任せられている。

 今回は、あのベリアルテスタ――君達をこの世界に召喚した者達がいた場所で光の柱を作っていたから出動したんだ」


 相槌あいづちも打つことができないので関心があるように頷く。


「本当に君はわたしの言葉を理解しているようだ。

 異世界人の中には稀に我々の言葉だけでなく、こちらの世界の言葉全てを理解する者がいるという。それが君という訳だ」


 うん? そういえば、異世界人という言葉が普及しているようにこちらに来ている人が他にもいるのか!?

 それなら、何処にいるのか訊きたい。もしかしたら元の世界に戻る方法を知っているかもしれないしな。


「っ……」


 話そうと口を動かすが、やはりなにも発さなかった。


 くそぉ……話せないのがこんなに歯痒いものだとは……!

 言葉が通じるかは判らないが、俺に聞こえるのが日本語なように相手に聞こえるのがそちらの言語である可能性はあるはずなのに。


「ん? なんだ、話せないのか?」


 俺の様子を見て気付いたらしく、リベアは首を傾げた。

 俺は、憂鬱ゆううつに頷く。


「…………苦労しそうだな」


 愛想を尽かされたようにつぶやかれたその言葉が耳に入り、更に俺の不安が募った。

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