第六殺
セイクヴォルグのレベルは196。普通に考えて勝てるわけがない。かといって、逃げることができるかといわれればそれも否だ。レベル的にこいつは相当にAGIが高いだろうから逃げることはできないはずだ。そもそも、出会えば運が悪かったね!死んでね!みたいなモンスターだ。だからといって、簡単に殺されたくはない。ならば、少しでも抵抗してやろう。俺の場合はどんな雑魚モンスターでも攻撃を当てられれば瀕死になるレベルなのだ。結局は当たらなければどんなモンスターだって関係ない。いくらでも回避して、AGIとSTRを上げまくってせめてダメージだけでも与えてやる。
「まあ、始める前にトゥルムに連絡しないとな」
俺はすぐにフレンドチャットを開いて音声入力を選択する。
「クエスト勝負は俺の負けだ。かなり時間がかかりそうな奴に会っちまった。トゥルムは好きに遊んでてくれ」
入力されたのを確認し、送信する。これで心置きなく戦える。
セイクヴォルグは最初の奇襲を仕掛けてきてから、その場を動いていない。しかし、動いていないのは俺もなのだ。おそらく俺が動けば、セイクヴォルグは俺に攻撃を仕掛けてくるだろう。このまま立ち止まっていてもそのうち仕掛けてきそうだが。
「【精霊召喚】ノワール。暗視を付与してくれ。そのあとは狐火と幻術でセイクヴォルグを攪乱してくれ」
ノワールを召喚して、黒魔法を使い、暗視を俺に付与してもらう。これで、夜で見えにくいという不利はなくなった。続けて俺は《呪い》を発動した。
「《身体呪術・迅》」
使った呪いは《身体呪術・迅》という対象のAGIを下げるという呪いだ。そのほかにも同系統の呪いとして、STRを下げる《身体呪術・豪》とDEFを下げる《身体呪術・護》がある。まあ豪は俺には関係ないものだ。少し相手の攻撃力を下げたところで一回でも当たれば死んでしまうのだ。護は、今は攻撃しないので使わない。
俺は短剣を構えて、セイクヴォルグを見た。俺が構えたことでセイクヴォルグがうなり声をあげて、俺をまっすぐ見ている。次の瞬間、セイクヴォルグは一瞬にして俺との距離がなくなった。俺の腹をその鋭い爪で貫こうと、手刀の様な形にした手を俺に向かって伸ばしてきた。セイクヴォルグの手を紙一重で躱して、そこから飛びのいた。セイクヴォルグの攻撃を躱して、先ほどまで俺がいた場所を見れば、セイクヴォルグのもう一つの手が伸びていた。危ないところだった……。というか……。
「お前!普通に理性的な動きしてくんなよ!人狼は月を見て半ば暴走してるのがデフォだろ!?」
ただでさえレベル差がやばいのに、さらに獣の様な単純な動きをしてこないとなると、相当面倒くさい。そりゃあ、出会ったら運が悪かったね!なんて言われるわけだ。だが、徒手空拳の動きは格ゲーにおいては基本中の基本。というよりも、格ゲーのキャラの武器なんてのはほとんどが拳か脚だ。ならば、セイクヴォルグの対処は圧倒的なステータスに任せた動きさえ気を付けていれば回避は問題なく行えるはずだ。ああ、なんかすげえ楽しくなってきた。
「ハハッ!もっともっと来いよ!」
俺は笑いながらセイクヴォルグに言った。これからは如何にセイクヴォルグに攻撃を出させるかだ。回避は落ち着いていれば大丈夫だ。長期戦になるのは間違いない。
◇ ◇ ◇
一体、戦闘を始めてどれだけの時間が経過しただろうか。俺はセイクヴォルグにできる限りうざい攻撃を繰り返して、セイクヴォルグの攻撃をひたすら躱し続けている。空を見れば少し明るくなってきているので、一時間半くらい躱し続けている。そろそろ、俺から攻撃を仕掛けるべきだろう。朝になればおそらくセイクヴォルグは消える。もしくは逃げるだろう。しかし、それは嫌だ。それに、一時間半をかけて、俺の攻撃はようやくセイクヴォルグにまともなダメージを与えることができるようになった。それに、使っていた二本の短剣は既に壊れてしまった。セイクヴォルグの攻撃を少し受け流しただけで簡単に耐久値が消え去った。片手剣もあと二回くらい攻撃したら、壊れるだろう。しかし、《疾風迅雷》は時間さえかければ無限に攻撃力とスピードが増え続けるのはいくら何でも強すぎるだろう。さすがにそのうちナーフされそうだ。ちなみにノワールはMPが切れて召喚を解除した。
「今からお前に今の俺の最高火力を叩き込んでやるよ」
俺がそういうと、セイクヴォルグは、腰を低くして大きく息を吸い込んだ。これは衝撃波を伴う咆哮のモーションだ。さすがに一時間半躱し続けていれば攻撃パターンも理解した。それに、スピードがどんどん上がるのでさらに回避がしやすくなった。
セイクヴォルグが咆哮をしたのと同時に、俺は横に最高速度で走り出して、《身体呪術・護》を発動して、セイクヴォルグの防御力を下げる。そして、木々の間を縫いながら全力で走り、さらに《潜伏》を発動させる。だが、すぐにはセイクヴォルグのヘイトを外すことはできなかった。だが、俺が音もなく走って、《潜伏》を発動しているので、すぐにヘイトが外れた。ヘイトが外れた瞬間、走っていた勢いを一切殺すことなく、セイクヴォルグとの距離をゼロにする。まるで、最初にセイクヴォルグが奇襲してきた時のように俺もセイクヴォルグの横から奇襲を行った。セイクヴォルグは反応できているが、体勢的に迎撃は間に合わない。片手剣を握りしめて、セイクヴォルグを横切りながら首を一閃。通り抜けた俺を攻撃しようと、セイクヴォルグは、手を横に振り抜いて、その手は俺を貫く――ことはなく、空を切った。急停止していた俺は即座に体を地面に投げ捨てるように、体勢を低くしていた。そこから、最速の突きを再び、セイクヴォルグの首めがけて突き上げた。その片手剣は深々とセイクヴォルグの首に突き刺さり、耐久値がゼロになって、砕け散った。そして、セイクヴォルグは――
――当然のように倒れることはなかった。
「ハハッ。……やっぱり、無理だったな」
さすがに戦うための武器もなければ、動くためのスタミナもない。地面に座り込んだ俺は自分が「詰み」であることを確信した。
「くそッ!次は絶対にお前を殺してやる!」
悔しい。次こそは俺が勝ってやる。ステータスさえどうにかなれば絶対に勝てる。そう確信しながらセイクヴォルグを見た。見れば、セイクヴォルグは――
――笑っていた。それも心底嬉しそうに。
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