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おかくれ様  作者: 酒園 時歌


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4/5

 その昔、平安の刻。身分の高い者達の間で、男が想う女のもとへと通う習慣があった時代。


 とある粗末な家を通り掛かった、一人の若い男がいた。


 身分の高い身ながら、気晴らしに夜道を一人で歩いていた最中(さなか)。ふと、その家の垣にしがみつくようにして絡みつく蔓の中、点々と灯るように咲く夕顔の白が、まるで人魂のようにぼんやりと、月明かりに浮かんで見えた。


 そこで立ち止まったことから、それは始まったのである。


 香の香りと共に、言の葉が織られて男に届く。


 家の前で花に見惚れる男に和歌で摘むよう促したのは、その家の者である年頃の女だった。一つ二つと和歌を交わしてわかったのは、女は病弱で捨て置かれたような存在であり、この家に篭りきりであること。そして、今こうして和歌を交わすことが楽しいという、感謝だった。


 人と会わないために、人と共にする娯楽はできなかったのだろう。


 その日、男は暇潰しついでに、しばしの間、この女と和歌を交わすことにした。


 それが思った以上に話が弾み、興が乗ったらしい。夜も更け、そろそろ帰る時分かといったところで、また後日、と次に会う約束をしたのである。


 それから二人は垣越しのまま、お互いの素顔も素性もよくわからないままに、時折会っては和歌を交わすようになる。親密になるまでに、そう時間は掛からなかっただろう。


 ある日、男の方から誘いがあった。


 直接会わないか、と。


 しかし、女の方は、(かたく)なに直接会おうとはしなかった。


 自身は病弱で命短い。もし会ってしまったのならば、気持ちを整理し切れずにこの世に未練が残ってしまうだろう。せっかく自分の運命を受け入れここで静かに死にゆく覚悟ができたというのに、それを揺るがすわけにはいかない。


 そう応えた女の言葉には、恐れが垣間見えていた。


 それでも、男は引き下がろうとはしなかった。


 男は、「つまらぬまま死ぬくらいならば、楽しいことを知り、満足してから死ねばいい」と。


 女は、「楽しさを知ることで、もっともっと欲が出てくる。こうやって貴方と言葉を交わしているだけで、直接会いたいまでに飢えているのに」と。


「死ぬことへの恐怖に囚われるよりも、その付け入る隙間を楽しい記憶で埋め尽くせばいい」と返せば、


「これ以上欲を持ち執念を残してしまえば、貴方に憑き害する物の怪になるやもしれません」と来る。


「ならば、死んでからも共にいられるな」と皮肉れば、


「そうならぬよう、私はこの世にすべてを置いてゆくのです」と突き放される。


 男だけでなく未練(よく)ですら置き去りにしようとする女の意志は、固かった。


 それでも、男は諦めなかった。病は気から、という。ならばこの世の楽しさを知り、もっと生きたいと思えば、寿命も延びるのではないか、という考えもあった。


 そして何より、会いたい、と。


 いっそのこと、怒った拍子にでもあちらから出てきてはくれまいか。心揺れる勢いのままに、うっかりその姿を現してはくれまいか。そうすれば、この一つの枷を壊してしまえば、すべての枷をも()し崩しに排除できるのではないか。


 そんな浅はかな願いは、ついぞ叶うことは無かった。


「ならば、私は今後も貴女のもとへ通いましょう。いずれ、会う気になった時、返事をお聞きしましょう」


 男はそう言って以来、夜毎に女のもとへと通うようになった。


 女はぱたりと和歌を返さなくなり、香を焚くのもやめた。


 もういいか。もういいか。


 その問いから始まる語り掛けに返ってくるのは静寂ばかりで、いくら月日が経とうともそれが変わることは無く。


 そして、女は早い内に亡くなってしまったのだという。


 ――――しかし。


 女が死んだことを、男は受け入れなかった。毎夜毎夜、女の家に通い詰め、一人虚空に語り掛けたのである。


 そのことは、次第に周囲に知れ渡ることになる。さすがに男の様子を訝しんだ周囲の者達が訊いてみれば、女との出会いから始まり、今も尚返事を待っているところだ、という。あの家の女は死んだ、といくら言われようと、男は聞き入れなかった。信じようとはしなかった。


 月が欠けようと満ちようと、花が枯れようと咲き誇ろうと。まるでそこにあの女が変わらずいるかのように、男は一人、語り掛け続けた。


 その様を見ていた周囲の者達は口々に、男は気が触れたのだ、と言った。




 その後、男を知る者が誰一人としていなくなった頃。


 尚もそれらしい男の目撃情報が、しかも広い範囲で相次いだらしい。それを調べている内に当時の記録からその存在を知った力のある修験者が、小さな石碑に男を封じ、元いた場所から遠い地であるこの地に移したのだという。


 石碑は祠に納められた。とはいえ、完全に封じているわけではない。あくまで、行動範囲をその地域の中に制限しているに過ぎないのである。その上、男が女と出会った時分である夏になると姿を現し、その女と同じような年頃の女を一人、憑り殺すという。


 男は、アレは、まだあの女を探しているのだろう。そのせいか、何人憑り殺しても満足はしないようである。しかし、年に一人憑り殺せば、その年はもう出ないという。


 そこで、仕方無く。


 その地域では毎年生贄として、夏には年頃の女を一人、用意するようになったそうだ。




 力のある修験者が封じて尚、ここまで動き回れる。


 それはもはや幽鬼というよりも――――祟り神に等しかった。



          *



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