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おかくれ様  作者: 酒園 時歌


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2/5

 それは、去年。夏休みを利用して、久々に地元に帰省した時のことだった。


 今回、ここに来た一番の目的は、民俗学の課題に必要な取材のためである。既に大学や県の図書館である程度は調べ、候補はいくらか絞ってある。


 今まではバスを使っていたが、今年は車の免許を取ったため、初めての車での帰省でもある。家族には、遅くなるから先に寝てて、と連絡はした。実家の合鍵は持っているので、その辺の心配は無い。ゆっくり安全運転でまっすぐ来い、とだけ返ってきたので、こっそりと寄り道もできるだろう。


 そういえば、大学に進学してからというもの、夜中に地元の景色を見るのは、これが初めてである。高校生の頃も門限が厳しかったため夜遅くには出歩けなかったが、日付が変わろうとしている今この時に地元の様子を見れるとは、自分が大人になったことを感じさせられる。


 地元の区域に入った。街とは違う田舎の暗さに、必然的に車の速度を落とさざるを得ない。


 なるほど、確かにこれでは、ゆっくりと安全運転をする他無い。地元の道を知らない者なら徐行運転でもいいくらいである。月と星が綺麗に見える真っ暗な中で、記憶と車のハイライトを頼りに道を見つけていく。


 そこで、ふと、気が付いた。


 暗い。暗過ぎる。


 田舎と言えども、明かりが無さ過ぎる。


 例えるならば、戦時中にあったという、敵に見つからないように、家の明かりを外に漏らすまいとするかのように。


 もっと身近で例えるならば。


 まるでかくれんぼをするように、この小さな区域は『光』を隠しているようだった。


 ぽつん、とようやく見つけた人工の明かりは、旧友がアルバイトをしているというコンビニ、ただ一つだけだった。


 そこですら、出入口以外は遮光カーテンのようなもので、できるだけ光を外に漏らさないようにしている。


 不可解からわずかに湧き出た不安に心細くなってきたところに見えた、文字通りの『光』。


 旧友が今のシフトに入っていることを祈りながら、香奈はそこで出入口側に車を停めた。車内で浴びる人工の光が、少し心強く思えた。


「らっしゃーせー」


 気の抜けた、聞き慣れた声。そこでは求めていた人物が退屈そうに、レジの向こうであくびをしていた。


「あ、良かった郷子ぉ~~~」


 香奈は安堵に胸を撫で下ろすと、まっすぐに旧友、郷子のもとへと向かった。


 郷子は香奈に気付くと、毎日会っているような調子で応えた。


「あれ香奈。今日帰ったの?」


「帰ってる途中~~」


「何、バスに乗り遅れて徒歩で来たの? 靴大丈夫?」


「するなら脚の心配してぇ……私の脚……私の心配を……」


「『する』だけにね。『擦る』心配なら靴かなって」


「やかまし」


「…………」


「むしろスルー」


 変わらない対応に安心し、ふふ、と笑みがこぼれる。香奈も元の調子を取り戻していった。それなりに落ち着いてから、気になっていたことを訊いてみる。


「ねぇところでさ、外暗くない?」


「夜だからね」


「それはそう。じゃなくて。街灯あるのに一つも点いてないでしょ? 真っ暗で危なくてさ」


「あぁ~~、あれね」


 訳知り顔で、郷子はだるそうに応えた。


「まぁ、数と立場だけはあるご老人の意見を尊重した結果らしいよ」


「つまり?」


「率直に言うと、自分達が苦労してきたから若い奴らに楽はさせたくない、ってやつ。ほら、よく言うじゃん。『昔はクーラーなんて無かったけど耐えられた。今の若者は軟弱でどうしようもない』とかほざくご老人。いやぁ昔なんて二十五度で猛暑とか騒いでた時代だし、今なんてクーラー無かったら熱中症で死体がゴロゴロする時代だっての。それの亜種で、昔は暗くても月明かりとか手元の明かりとかでなんとかなったから、今も街灯は必要無い、とか言ってさ。いやぁ昔から暗いものは暗いし月だって徐々に地球から離れていってるらしいじゃん? まぁ、とにかく、ご老人は不便を下の世代に押し付けたいみたいでさ。何のための便利だよっていう」


「えぇ……」


「まぁ、とりあえず、夜道には気を付けなよ」


「言い方がチンピラの脅し……」


「あ、そういや、今回は大学の課題で民間伝承とかを取材? するって言ってたじゃん? 今実体験していけそうじゃない?」


「より怖い脅し文句きた。やめてよ、まだ家まで距離あるのに……」


「ていうか、むかぁしむかしの民間伝承より、今のこの状態の方がよっぽど怪異でしょ。自分達より楽をするのは許さん、的なご老人達のやっかみとかさ。魑魅魍魎より幽霊より、生きた人間の方が怖いってね。まぁ、例え何かに遭遇しても、車のライトもあるしなんなら轢き逃げでもすればいいよ。そこに停めてある車、香奈のでしょ?」


 郷子は目線で香奈の車を指した。


「わかってたなら最初の問答は何だったの……」


「挨拶」


「そっか……挨拶か……」


 もはや何も言うまい。


「そういや、香奈香水付けてんの? 珍しい。ていうか初めてじゃない?」


 話題も自由自在に変わる。郷子は確かめるように、香奈に顔を近付けて、すんと嗅いだ。


「ああ、うん。先輩から貰ったんだ」


「前に言ってたセンパイ?」


「その人。いつもお世話になってる人。なんか、彼女いないから、代わりに女物の香水買って家で吹き回ってみたんだって。でも虚しいだけだったし、匂いも自分が使うには合わないからあげるって」


「へぇ~~」


「だから時々使ってるの。先輩は匂いが合わないみたいだから、先輩の前では使えないけどね」


「んっふふ。あげた意味無」


 吹き出すのを堪えるように、郷子は含むようにして笑った。


「あ、ところで、取材する題材って何にするの? やっぱり――――『おかくれ様』?」


「一応、それも候補の一つっていうか……できればそれを題材にしたいかな」


「やっぱりね~~。香奈、それ昔から気になってたもんね」


 郷子は納得したように言った。


 昔、二人が幼い頃に地元の禁書庫に忍び込んだ際に偶然発見した、薄い書物と資料らしき束。当時は漢字もあまり知らず、また、書物に書かれていた文字も古く達筆であったため、二人に読めたのは、それらをまとめていたバインダーの背表紙に書かれた『おかくれ様』だけだった。


 元々、二人は民話などといった、絵本にされるようなものが好きだった。それを探していた中で、郷土資料が眠る禁書庫で出会った一つの手掛かり。香奈はそれが忘れられず、それ故に民俗学の道に進んだと言っても過言では無かった。大学の課題のための取材という大義名分を利用すれば、地元の禁書庫にも堂々と入れるかもしれない、とすら考えていた。


 ちなみに、禁書庫に忍び込んだ後は、そこを管理していた大人に見つかりしこたま怒られた記憶がある。


「だって、他の民話とかは大体がよくあるすぐ終わる簡素な話なんだけど、『おかくれ様』だけ明らかにほとんどわからない状態でさ。街の図書館回っても、『御日暮塚(おかくれづか)』との関連については書いてあっても、肝心の内容はほとんど見当たらなかったんだよ。『その昔、平安時代に都から何かを鎮めるために移された。』くらいしか書いてないんだよ。詳細不明。でも、地元の禁書庫にはそれらしい資料があったでしょ? これは気になるって」


「あ、じゃあ、ついでに今の内に『御日暮塚』見てきたら? 家に帰ってからだと家族の監視があって行けないでしょ? チャンスは今しか無くない?」


「う~ん、でも、まずは地元の図書館で調べたいんだよね……。良さげな情報が無かったら、最終手段、禁書庫の管理人さんに訊いたりさ……」


「でもそこまで門外不出みたいな扱いしてるなら、真正面から行ってもまともに相手されると思う? むしろ警戒されて、近寄るのも難しくなりそうじゃない? 図書館にも禁書庫にも、もちろん『御日暮塚』にもさ」


「うぅ~~ん……」


 香奈は悩んだ。


 『御日暮塚』。それがあるのは、地元の奥まった場所である。車も通れない山道を入って少し進んだ先にあり、山の麓からも見える。そこには、何かを祀っているらしき祠がぽつんと一つあり、あとは少しの野原が広がっているだけのようだった。


 昔から大人達に行くのを禁止されていた場所でもある。何を祀っているのかは聞いたことも無い。そういえば、大人達は何かを知っているようだったので、とうに大人になった自分も、今なら誰かに訊けば教えてもらえるだろうか。香奈は思案した。


「ちなみに、郷子はあの祠の中身、何か聞いた?」


「興味無い」


「知る知らない以前の問題なのね」


「別に、特に関わりたいわけでもないしね。民話は物語としてなら好きだけど、香奈みたいに民俗学狂い? ていうか『おかくれ様』狂い? でもないし」


「言い方が棘」


「綺麗な薔薇には棘があるものだからね」


「薔薇自体っていうより剣山の方じゃない……?」


「こっちが花を刺す方、つまりは自分こそが花って言いたいの? 自意識過剰か?」


「おまいうぅ……」


 他愛無いやり取りが続くだけで、郷子からは結局、『御日暮塚』についての有力な情報は期待できないようである。


 話している内に、やはりこのまま家に帰って親のご機嫌取りで時間を潰してしまうよりも、今の内にしかできない経験をした方が良いのではないか、という方向に話が纏まる。


 結局、香奈は一人、『御日暮塚』へと向かうことにした。





 地元の奥、山の麓。周囲は田んぼに囲まれ、張り巡らされた道は整備されていない土と砂利でできている。


 車で行けるのはそこまでだった。


 あとは徒歩で、鬱蒼と茂る木々に覆われた細道を進んでいくしかない。


 香奈は端に車を停めて降りると、呑み込まれそうな暗闇が広がる狭い中へと、及び腰ながらも入っていくことにした。


 月明かりを頼りに、木々と草の影の中を身一つで進んでいく。本当は懐中電灯を使いたいところだが、その光でもし誰かに見つかった時の厄介さを考えると、使えなかった。


 透き通った虫の()に囲まれながら、慎重に歩を進める。


 香奈を迎え入れるように、進む先から生温い緩い風が吹いてくる。どこかで香でも焚いているのだろうか。わずかながら、そんな匂いもした。


 『御日暮塚』が近い。もう、木々の影の先に月明かりで浮かぶ野原も見える。


 そんな時。


「――――か…………もう……」


 ぶつぶつと、男が繰り返し呟くような声が、風に乗って耳に届いた。


 ふと見た先に、野原の中をゆっくりと歩く、一つの人影が見えた。


 先客がいたのか。そう気付くと、香奈は近くの木の影に身を潜めることにした。


 自分と同じことを考える人がいたのか、それとも、見回りでもしている地元の大人か。後者なら面倒である。


 暗くてよく見えないが、姿形と声からして成人男性だろうか。重そうな布擦れの音に、体格のわかりづらい幅広の面積の服。それは着物というよりは、平安時代に出てくる狩衣のようにも見える。


 聞こえてくるぼそぼそとした声が、耳に触れ頭蓋骨に響き、脳内で繰り返し反響する。曖昧な言葉にも満たないような音が、くぐもったテレビの砂嵐のように意識に充満する。


 ふいに、風が止んだ。


 何者にも包まれない身体が、じっとりとした虚空に晒された。


 布擦れの音と男の声だけが、虫の音も消えた無音の世界を支配していた。


 香奈は音を立てないように、声を押し殺し、息を潜める。微動だにせず、男が通り過ぎるのを待つ。


 再び柔らかく撫でてくる生温かい風が自身の後方から吹き始めた時は、わずかながらも妙な安堵に包まれたように感じられた。


 ――――しかし。


 ぴたり。男は立ち止まった。


 ゆうっくり、音も立てず、香奈の方へと顔を向ける。首を傾げ、影に隠れ闇が渦巻くような顔の奥底から、微量の風に流されてしまう程度の音量で、しかし。


「聞いたぞ」


 まるで香奈の耳元で呟くように、その声ははっきりと聞こえた。


 ひゅっ、と喉が鳴った。


 焦燥。


 何故。音は立てなかった。息遣いにも細心の注意を払ったし、動いてもいなかった。


 何故、自分の存在に気付かれたのか。


 そこでふと、首元から頬を撫でゆく柔らかな風に、自身の髪から、ふわり。人工的な香りがしたのに気が付いた。


 香水。


 それが、相手に自分の存在を知らせたのである。


 闇が渦巻く奥底にあるはずの目と、目が合った気がした。


 それからのことは、背を向けて必死に走り出したこと以外、覚えていない。


 アレは生きている人間じゃない。もう人間であるかも怪しい。とにかく、危険な存在である。


 香奈は本能的にそう感じ取り、逃げる以外の思考を停止させていた。


 震えようとする足をもつれさせながらも、香奈は走って逃げた。


 車に乗り込む時間すら惜しい。その間に追いつかれてしまうのではないか。こういう怖い話でよくあるように、車のエンジンが掛からなかったら、そこで怖い思いをしてさらに殺されるかもしれない。殺されなくても、アレの怨念に精神が取り込まれるかもしれないし、呪われるかもしれない。


 恐怖に支配された思考では、走って逃げる以外の選択肢は無かった。


 決して振り返らず、何も耳には入れず。自分の息切れの音すらも、意識の外へと追いやっていた。


 どれくらい走っただろうか。無我夢中で明かりのある場所に辿り着いた頃には、乾き切った喉が裂けて、血の味が滲み出してきていた。


 限界が来て動かなくなった脚が崩れ落ちる。そのまま地面へとへたり込む。アレの姿はもう無いようで、音も気配すらも感じなくなっていた。


 コンビニの人工的な明るさに包まれながら、咳き込む呼吸を整える。


 戻ってきた思考回路で、アレについて考える。


 それでも、考えは纏まらなかった。


 本当だった。何かがいた。


 それだけがぐるぐると脳内を蹂躙していた。


 とりあえず、アレはもういない。ならば、より安心できる場所へ。


 よた、よた、とふらつく足取りで、香奈は先程ぶりに、コンビニのドアを開けた。


「らっしゃーせー。また香奈か。何、エンストでもしてトイレ間に合わなくなりそうなの?」


 相変わらずの適当な返しが、迎えてくれた。目線は香奈のおそらく足元を一瞥しただけで、すぐに手元のスマホへと戻される。


 香奈は震えそうな声をなんとか抑え、必死に現状を訴えた。


「でッ、でででで出た! 出た!!」


「トイレはあっち、パンツはそっち」


「幽霊!!!」


「……マジ?」


 ようやく、郷子が顔を上げて香奈を見た。


 ――――瞬間。


 言葉を詰まらせるようにして、顔を強張らせた。


 そして、おそるおそる、香奈の後ろを指差す。


「ッ、あ、香奈、後ろ……」


「イヤァアアアアアアッ!!!」


 火事場の馬鹿力とでもいうのか。香奈は最後の力を振り絞り、郷子へと飛び付いた。


「嘘だよ」


 けろっと、平然とした声が降り注いだ。


「演技派やめてよォ!!!」


「おぉ、ガチ切れするじゃん」


 少しの困惑が声に滲む。本気で泣く香奈にさすがに悪いと思ったのか、郷子はしばし、香奈を宥めることにした。


 おおよーしよし、よしゃしゃしゃしゃ。


 香奈はまるで犬や猫にするようにあやされ、少しづつ落ち着きを取り戻していく。


 結局その日は、朝まで郷子とコンビニで過ごすこととなった。





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