序章 王都に店を構える仕立て屋の娘
仕立て屋の娘は 今日も朝早くから店の準備を始めていた
その日もいつも通りの 穏やかな日になる
・・・筈だったが
今日もまた、いつも通りの日常が流れゆく。
店のガラス窓を拭いて、店の周りを掃除するのが、私の習慣でもあり、朝一の仕事。
父さんもいつも通り、港で開かれている朝一に行って、めぼしい布を買い出しに行っている。
母さんもいつも通り、ミシンの整備をしている。
そして、我が家の周りに並ぶ多くの店も、着々と準備を進めている。
ここで店同士の顔合わせをする事が、この大通りで店を構える人々が守っている、暗黙のルールだ。
気づけば私も、もう10年以上はこの習慣を淡々を過ごしている気がする。だから周囲に並ぶお店の人とも仲がいい。
「おはようございーます!」
「おはよう!!
もうすぐ『稼ぎ時』だから、お互い頑張ろうな!」
いつもと同じく、元気な笑顔を見せてくれたのは、2軒隣にあるレストランのシェフ。
その巨体を頑張って動かしながら、店の周囲に落ちている落ち葉をかき集めていた。
あのおじさんは、私が小さい時からこの大通りでレストランを経営しているけど、その時から体型はずっと変わっていない。
でもそれは、あのおじさんの実力を考えれば納得できてしまう。あそこのレストランは、貴族や王族もこぞって来る程の名店。
私の家族もよくそこで食事するが、あの店が賑わっていない時なんて無い程、王都では有名な店。私の店なんて、足元にも及ばない。
王都には数多くのお店が立ち並んでいるけど、その中で有名になるのは至難の業。
私達みたいな下層の商売人達は、食べていける分のお金を稼げれば、それで良いのだ。
下手に欲を出すとすぐに潰れてしまうのが、王都の恐ろしさ。
それが原因で潰れた店は数知れず、私も物心ついた頃から、この大通りに並ぶ店が何店舗も潰れていく様を見てきた。
最初は潰れた店の店主を気の毒に思ったけど、今はその感情すらも薄れて、「あぁ・・・またか」みたいな扱いになってる。
この王都では、いつ・どんな時に・何が起こるのかが全く想像できない場所。
だからこそ、ちょっとやそっとの事件では、王都暮らしの人間は反応しない。