3話 評価がなければ死んじゃう国民
何がともあれ夜も明け、名残惜しみながら一軒家の宿屋を出る俺。
おばあさんに「めしがうまかったよ」と言うと、また来てねと返され、こういうのが旅の雰囲気なんだよと満足げになる。
と帰る間際に女児から「楽しかったからこれ!」と亀裂の映画の人形をもらった。
こういうの見ると泣いちゃうんだよな~。ありがとうと返す俺。
昨日のお金のおじちゃんの例を見るのも、女児の顔を見るとなんか馬鹿らしくなっちゃってどうでもいいやとなった。
自転車にまたがり、さて行きますか!
あれ…?ない。
おかしいぞ。ない。
昨日ここに止めてあったのに。
民泊のおばあちゃんに確認してみる。
「自転車どっかにのけたりとかしてますか?」
「いや…」
は?
もしかして、と続くおばあちゃんに虚ろな表情で話が続いた。
「自転車…まさか盗まれたんじゃないかね?」
唖然とする俺。
このさきどうすればいい。愛しの自転車が。頭の中がパニック。
理解が追い付かない俺を後刺しするがごとく、おばあちゃんが次のように語る。
「このところ治安が悪くてね…。窃盗が頻発してて」
ん?待てよ。
「盗まれたのなら取り返せばいいのではないか?」
「危ないからやめなさい!」
「大丈夫ですよ。きっと犯人のいないうちに取り返せばいけます」
こんな思いさせて悪いねえ。いえいえ。と、軽く会釈。
長話するうちに犯人が遠くに行ってしまう。
犯人と出くわすのも怖いけど、自転車と旅できないのがもっと怖い。
こうして、俺は愛しの自転車探しに都心に出るのであった。
てく、てく、てく、と。
森を抜けて見えてきたのは大都会!
見るに見るに、高層ビルやビル群の立ち並ぶビルと人でいっぱいだ。
街に入ると普通に舗装されたコンクリや大勢の都会で働く人でにぎわっている。
そんな中見覚えのある声が聞こえてきた。
亀裂の映画だ。
亀裂のBGM。
ここでも人気あるんだ。さすが亀裂。
亀裂のお店。亀裂のマスコット人形。
主人公の島次郎や、犬子、キジ一、サルの介の人形やマスコットが売られている。
俺も少し興味が湧いたのか、体がぐいと人形の方へ寄っていく。
そのとき俺は過去最大にないぐらい大きな目を見開いた。
価格は…45万円!!!???
嘘だろ…?
俺がこの世界が嫌いだからと言って異世界に飛び込んでも普通に月収14万円というトホホな金額はどこまでも変わっていないのに…45万円!?
払ったら死んじゃうよ…。
いやいや、こんなもの見ている場合じゃない。
自転車だ。自転車はどこだ。
とすると、目の前から声がする。
「キャー!窃盗!!!」
捕まえて!!!の声にビル群にいる群衆のリーマン達は騒然とする。
駆け足で逃げる犯人。
これって、捕まえないといけなやつだよな。
奴は群衆にタックルし強引に道を作る。
俺の前に差し掛かった。
こわっ。顔の形相の威圧感に負け俺も道を作った。
俺の横を通り過ぎる犯人。
そうはさせるか!!
俺は右足を横に反らし釣り糸に引っかかせる釣り針のように靴をとがらせ、犯人の脚に見事絡み、その勢いで彼は地面に転倒する!!!
ものすごい音と地響きが渡った。
倒れた隙に次々とリーマン達が抑え込む。
俗にいう、犯人確保だな。
「ありがとうございます」
後ろからくる声。彼女は涙を浮かべた赤い顔で嬉しそうに話しかける。
「いやいや、俺はただ足を曲げただけだよ」と照れる俺。ふっ、お嬢さん…。
リーマン達も見ると嬉しそうにしている。ふっ、だから俺はヒーローじゃないって。そこにいただけなんだってば。
するとリーマン達が一斉に腕腕をまくり首にある光る高級時計を見せつける。
はぁ!!!!!!!?
自慢げだ。恥ずかしさの一滴もない。その嬉しそうな顔に偽りはない。
なにこれギャグなの?
彼らの文化がまるで分らない。俺に見せつけて何がしたいんだ。自慢か?
何で今そこでする!!?
ウー、ファンファンと警察車両の音が聞こえたので、まあ面倒だし自転車探しのためにとんずらしよう。
警察に尋ねればよいではないかと言われるが、さすがに分が悪い。
こいつが俺の自転車を盗んだ犯人じゃなかったら、変に事情聴取を受けて、その間に隣町まで行かれて売却行きだ。
早く探さないと。
本当は警察に言えば済む話だが、相談よりも今すぐ探したい焦りの本能が勝った。
最近窃盗団が増えているらしいしな。
俺はそそくさと去った。