第ニ十界:ラジオ
短編、というかエッセイ?を書いたのでよかったらそっちも読んでみてください
『……こんばんは、午後十時になりました。ラジオニュ~スのお時間です。まず初めに、嬉しいニュースから……』
ラジオの音に混じって、しとしと降る雨の音が聞こえる。たまに車の走行音がそれをかきけしてしまうが、そんなことに注意している人間などいないだろう。いや、むしろそれが普通だ。
「いやー、ホント困ってたんですよ! 全く車が止まってくれなくて」
例として、この調子のよくいやに弾んだ声を出す人物は、そんなごく普通の人間の一人である。
「ん? えーっと、君たちは交通手段を失って困ってた、ってことでいいんだよね?」
「はい、今も足が痛くて何もしてなくてもつらいンですう」
「その割にはさっき、結構走ってなかったっけ……」
よくもまあそんなポンポンと嘘が出てくるもんだな……。今は車に乗せてもらってからちょっと走ったところで、俺だけ後ろの席で、二人は前の座席に座って談笑している。
談笑というのも変だが。
というかこれ、このままだと病院に向かっちゃうんじゃないか? そこんとこどう考えてんだ守屋、とアイコンタクトを取ろうとするも、守屋は男と話すことに忙しそうにしている。
なにやってんだよこいつは。
なあ、腹が減って仕方ないんじゃなかったのか?
「え? ちょっと……」
朝の時もそうだったけど、こいつには、なにか興味があるものを見つけるとその直前に考えてたこととか全部忘れちゃう癖でもあんのかなと思う。
「ぐえ」
ふふ、直前に考えていたものを、って……。お前は鶏か。いや、それはちょっと違うか。
なんてことを考えていると、前から声が聞こえなくなっていたこと、そして車が走るのをやめていたことに気づいた。
「どうしたんですかー?」
僕が前に体を突き出すと、それらの理由が一発でわかった。しかし、なぜそうなっていたかの理解はできなかった。
守屋は声も出さずに、男に首を絞められていた。
白目になって、口からヨダレが垂れている。僕に助けを求めようとすらできていない。
「なにやってんの?」
「え、何って……。見てわかんないかな? 俺、実は悪いやつです」
それは見ればわかるが。
もうやなんだけど、こんなん。
「……うん、分かったからその手をとりあえず放せよ」
「ええ? いやいやいや……。無理でしょ。だってこいつ、まだオチてないし。やめてほしけりゃ、さっさと金出せよ」
さも当然かのように、僕がバカとでも言うように、そんな風ににらんできた。もう、いいだろ。十分抵抗する気力なんて奪っただろ。
「金、マジでもってないんすよ」
僕がそう言うと、男はきょとんとして、そして嘲るように笑った。守屋の首をぺいっと離してこっちに来ようとしてきた。守屋は、既に気を失っていたようでピクリとも動かない。
「てめえも、ヤッてやってもいいんだよ? 早く状況を飲み込んでくれよ。お前たちは非常に運の悪いことに、たまたまあそこを通った軍人上がり、俺みたいなに捕まっちまったんだよ」
凄んでくんじゃねえよ気持ちわりい。……くそったれ、また失敗だ。
「なんかさ……僕がやることなすこと、全部裏目に出てんだよ」
「はあん? なにぶつぶつ言ってんだ?」
「だからさあ……お前の相手すんの、めんどいんだっつってんだ!!」
さっき余分に捕まえていたゴキブリをズボンのポッケから一匹取り出し、躊躇なく口に詰め込む。男は一瞬なにが起こったかわからない様子になったが、すぐに正気をとりもどしたようで、
「うげええ!!? は!?? え、ええ!!?」
いや、やっぱまだ正気じゃないな。
「……みんな、同じ反応すんのな」
『……続いて、昨日に引き続き警官殺しの逃亡者の情報です。……いまだに、例の容疑者と思われる者の目撃情報は入っておらず、遠くに逃げた可能性が高いということで、警察の調査範囲も拡大させる見込みということです。いやー、怖いですね高野さん?』
「なにぼーっとしてんだ!!てめえ頭大丈夫か!!?」
ラジオに聞き入っていたら、飛びかかって押し倒された。
僕の肩を押さえて馬乗りになっている男の顔は、最初に見た時の良い印象の真逆に、僕から見てもぶっさいくな顔だった。鼻息も荒い。
……きもい。嫌悪感がウジのように湧いてきた。
「大人しくしろ……。金さえくれりゃ見逃してやるから」
そんなに怯えたような声で言われても、全然迫力ないけど。いや、怯えてるってよりかは、「得体のしれない何かを不気味に思ってる」って方が正しいか。
「うぐっ……な、なあ、聞いたか? 今の、ラジオ」
「ああん!!? 今、大人しくって」
「いいから、ッ聞いてろ」
『……しかし本当に怖いですねえ、結城さん。そんな凶悪犯がまだ私たちの近くにいるかもしれないだなんて、考えるだけでぞっとします。さて、最後にもう一度、犯人の特徴を。犯人は、ボブの髪型で小柄、その場にいた警官によると、まるで高校生のようだったということです。みなさん、怪しい人物がいたらその人には近寄らず……』
「これ、僕だよ」
男はすぐに、信じられないという顔になる。
しかし本当は分かっているのであろう、その表情はどんどん青ざめていき、しまいには「ひっ」というかすれ声を漏らして腕の少し力を弱めた。
「う、嘘つけ!! だってお前、お前みたいなやつが警官なんて殺せるわけ」
「はあ。それがホントなんだよなあ。上級火魔法、[ネズミ花火]」
「ぐわあああ!! なんだ? なんだ?? 熱い熱いいい!!」
確かこの魔法、最初に警官をまちがえて殺した時に使った魔法なんだよなあ。
まあ、どうでもいいけどさ。
「おいおい、のたうちまわるなよ」
このままじゃ車に火が燃え移るだろうが。大人しくすんのはてめえの方だ、って話だ。
「はあ……。[気流操作]、は密閉空間じゃ使えないから……」
ドアをこっそり開けて、周りを走っていく車にばれないように急いで[気流操作]でせっせと消火活動だ。
……なんだってこんなに苦労しないといけないんだ。僕がなにかしたか? ただ懸命に、こおこでこの界で生きていく道にしがみついてるだけじゃねえか。
「うう……お前、いったい……」
おや、まだ生きていたのか。その無駄に見えた筋肉も、少しは役に立ったみたいで何よりだ。
まあ、数秒の延命に、だけどね。
「おーい、聞こえるか? あのさあ、さっきお前僕に『非常に運が悪い』とか言ってたよな」
一言も発さなくなったので、聞こえてるかどうかはわからないが。
「それ、お前だったねえ。あは」
僕がこんなひどい境遇になったことの八つ当たりという意味もこめて、思いっきり毒をついてやった。
そして男は、最後に言葉を残したり最後っ屁をこくこともなく、静かに死んだ。
「なんだか笑えてくるな。さっきまであんなにイキり散らしてたやつが、いまでは息もしてないなんてなあ!!」
しばらくひとりで笑っていたが、やがて気づかぬうちに笑いは乾いていった。
……僕は、なんだか疲れた。
今回がきっかけというわけではないが、疲れたんだ。
ずっと、繰り返しだ。
「……よかれと思ってしたことが、全部裏目に出る。思い通りになんない。成功なんてしたことがない!!」
……………………。
「…………でも、それが普通なんじゃねえのか?」
守屋。なんだよ、起きてたのかよ。
「思った通りになることなんて、一回でもあるやつが珍しいから。俺が見てきた中ではな」
「……そんなん、お前が見てきた中だけだろ」
「だったらなんだよ。お前も、『俺が見てきた中の一人』だろ。俺のなかでは、お前は普通なんだよ。自分でどう思ってるか、なんて実際関係ねえから」
関係ない、って。
いや、暴論すぎるだろ。
…………はあ。お前の説教なんて聞いたら耳でタコが群れを作りそうだぜ。
でも。
でも……。
「……なあ守屋。腹減っただろ。こいつ、一緒に食おうぜ」
「おっいいねえ!! ちょうどいい焼き加減だ。お前の火魔法、使えるなあ!」
「実際、<二界>では火魔法を使って料理とか普通にするからな。というか守屋、お前いつから起きてたんだよ。僕が押し倒された時、寝たふりなんかしてなんとも思わなかったのか?」
「ええ? ま、まあ、そんなこといいじゃないか。うん! こいつ、身体締まってて結構うまいぞ!」
「露骨だな……」
うんでもまあ、いいだろ。
というか守屋は、おそらく人の肉を食べたことがない。
こらえながら食べているというのがわかりやすい。
そんな風にして平然と食べてる風に装っているのは、きっとこいつなりに僕のことを励まそうとしてくれてるのではないだろうか。
……うん、僕も、難しいことを考えることを考えんのはいったんやめよ!!
まず、目の前にあるごちそうだ。早くしないと、おいしい部分を守屋が全部食っちまう。
「いっただっきまーっす!!」
その夜は、車の中で明かした。周りの目をはばかりながら、どんちゃん騒ぎもした。
明日から、またがんばろう。
そう、心から思えた。
『さて、続いては、国際情勢です。えー、十四日水曜日判明した米国の新型核ミサイル実験ですが、着弾したインド洋には、直径およそ千キロメートル、深さ三十キロメートルの巨大な海溝が新たに生まれたことが明らかになっています。えー、これは既存の海溝と比べても明らかに大きなものとなっており、このことに対して各国は……』




