7話 そして物語は動き出す
第一章 はこれで終わり
「く、くそったれ。だがしかし、貴様一人でここに来たのは失敗だったな」
「え? なんで」
「……そんなの、分かり切ったことだろう。いくら兵力では界一のものと言われたルノー王国の兵であれ」
「グリト二アル帝国の兵士長である俺には敵わない、とか思ってんのか?」
「その通りだ! 先ほどその小僧に支援魔法をかけていたようだが、しょせん貴様の魔法なんてその程度だろう!! そもそも、女で子供という時点でその実力は計れたようなものだがな」
「女、ねえ……。そんなん関係あんの? つーかそれ、死亡フラグになってるぞ」
「黙れ、黙れ!! 貴様らもろとも、こいつでおしまいだ!!」
ハゲはそういうと、天に向かって手をかざし始めた。
そして、徐々にその手に青い光が集まっていき……。
「……っ! レオさん、ユーリ、逃げよう!! あれ、魔法だ!! 兄ちゃんから聞いたんだ、めちゃくちゃ強いんだ!!」
レオさんは、おれの頭をなでた。
レオさんは、笑っていた。
「大丈夫だぞ。レオさんは、こう見えて強いからな」
「はは、喜べ!! こいつは、お前の母親を殺した魔法と同じ魔法だ!! ……食らえ、[破裂豪泡]!!」
ハゲがこっちに向けた手からはものすごいエネルギーが感じられて。
その青いエネルギーがそのまま、こっちに近づいてくる。
「ーーーーー[ーーーーー]」
「え」
めちゃめちゃ早口の言葉が、隣から聞こえた。早口すぎて何を言ってるのかは分からなかったが、なんだかびりびりとした。
青の光は、おれたちに届く前に消滅した。
何が起こったか、分からない。
けど、これだけは分かる。
「レオさん、いま何したの……」
レオさんとハゲは、何が起こったか分かっているようだった。
ハゲは、信じられないと言いながら目を見開いている。
「どう? ただの『一次』の火魔法でも、このレオ様の手にかかれば『二次』の豪水魔法に匹敵するくらいのエネルギーを持たせることができ」
「うわああ、黙れ黙れ!! こいつでどうだ!! 中級豪水魔法[粉砕泡線]!!」
「……だから無駄だって。中級業火魔法[業糸] 」
ハゲは両手を重ね合わせ、そこから、すごい勢いで水のような泡のような光線を出してきた。
それが水だとすると、激しい滝よりも、ずっと水流が強い。
まるで矢みたいだ。
当たったら、命はないだろう。
でもその魔法はやっぱりおれたちに届くことはなく、おれたちとハゲの中間の距離くらいのところで止まった。
いつの間にか手首に出現した、レオさんが右手で掴んでいる、伸びる赤い糸のようなものとぶつかったのだ。
ぶつかって、互いに押し合っている。力比べをしているように、水の光線と赤い糸がぴくぴくと動いている。
「あつっ」
とてもきれいだったのでその糸を近くで見てみると、ものすごい高温がおれの鼻先を焦がした。
やっと気づいた。これはただの赤い糸じゃない。
火だ。
火の棒を、レオさんがつかんで操っている。
でも、こんなに一直線上に燃える火なんて見たことがない。
これが、魔法か。
「ぐ、ぐおおおお……! 畜生、ここで押し負けたら、死ぬ……!!」
ハゲがそう呟いたのが聞こえた。
これは、ハゲにとって命がけらしい。
「…………がんばれ、レオさん」
レオさんは、こっちを見て、左手の親指を立てた。
「あたぼーよ」
ハゲはめちゃめちゃ気張っているけど、レオさんは汗一つかいてない。余裕なんだ。
「さて、そろそろ決めますか……、と」
レオさんは、左手をハゲにかざした。魔法の準備をしているようで、左腕の血管が浮き出てきた。
かっこいい……。
ハゲもそれに気づいたようで、より一層顔を険しくして力を入れた。それで水の光線は少し押し勝ってきたけど、レオさんが「ふん」と言ったら火の方の勢いも強くなり、結局互角に戻った。
「……う、ぐうう……。わ、悪かった……」
「え? なんて?」
ハゲが小さい声で何か言ったのを、レオさんは訊き返す。
「悪かった! 頼む、助けてくれ!! もう、やめてくれ!!」
「え? え?」
「悪かった!!!! 助けてくれ!!!!」
ハゲは、もう泣いていた。
同情はしなかった。
「なんて言ってるか分かりませーーーーん!!!! [業糸]ああ!!」
レオさんは満面の笑みで、魔法の名前を叫んだ。
およそ二秒。その瞬間に起こったことを、おれはじっと見ていた。
[業糸]の声とともに、レオさんの左手首に火種が出現する。そしてその火種は手首の周りを這い、徐々に糸のように伸びていき。何回も巻きついて布のようになったところで、レオさんはその糸の先端を親指と人差し指で掴んだ。
その後糸は空中でねじれながら進み続け、最終的には手首ほどの太さになりながら、ハゲの腹を貫いた。
「ぐ、はああ」
ハゲの腹からは臓物が大量に出たし、血は今まで見たことがないくらいあふれていた。
今までならこわかっただろう。
あんなに血が出てる光景なんて、一秒も見ていたくないはずだ。
でも、
「きれい……」
「だろ? お前も分かるか? 火の魔法で死んだやつの姿は色々個性があるけど、やっぱり腹を貫かれて、ってのが個人的には一番好きかな」
狂ってる。
おれは、自分の感覚が少しおかしくなってしまっていることに気が付いた。
「……うう」
ユーリ!
忘れてて、ごめんよ。
「レオさん。助けてくれて、ありがとう。……でも、ユーリがあいつに顔を切られて……助けてあげないと」
「うん、さっきからそれは気になってた。あっちに、うちの軍隊がいる。連れてくよ」
「あっち?」
「うん、ほかのやつらは集団で村人を救出しようとしててさ。単独行動をしてるのは、隊長の僕だけなんだ」
「そうなんだ……。というか早く、手当てしないと! ……あと、家のそっち側におれの兄ちゃんがいるんだ!! 助けないと!!」
「あーわかったわかった。じゃあちょっとここで待っとけ」
レオさんは、そう言って走っていった。
きっと仲間を呼びに行ってくれたのだろう。
「……カナ……デ」
ユーリが、少し意識を取り戻してきた。
「ユーリ! 大人しくしてろ、もう助けがくるから」
「あいつ、は……?」
「大丈夫。レオさんが、やっつけてくれた。火を操って」
「火を……? そんなの、ファイアヒーローじゃん、はは」
そうだ。
おれにとってあの人は、ずっとあこがれてた存在なんだ。
おれがずっと、なりたいと思ってた存在。
ファイアヒーローだったんだ。
*
しばらくして、レオさんはたくさんの兵を引き連れてきてくれた。
驚かされたのは、そいつらが乗っていたものだ。
今まで見たことがないものだった。
黒い、大きな箱に車輪がついている。
言ってしまえば馬車の馬がいないバージョンなのだが、馬がいなくても勝手に走っているのだ。
レオさんは、ただの「対魔車」だと言ってたけど、珍しくて仕方がなかった。
ユーリと兄ちゃんは、無事とは言えないもののその人たちにすぐに保護された。
何でも、身体を癒す魔法というものがあるらしく、それで応急措置をするらしい。
魔法をかけ終わった後に兄ちゃんとユーリのことを見たら、二人とも眠っていた。傷は残っていたものの、あんなに流れていた血はほとんど止まっていて、魔法のすごさに感動した。
それと、ユーリの兄弟と村のみんなだけど……兵士さんたちが言うには、生き残ったのはおれたちだけだそうだ。
グリトニア帝国の軍隊が着いたときにはもう手遅れで、みんなの死体をルノー王国の兵士たちが踏みつけて笑っていたらしい。
……許せない。
……人間じゃねえ。
でも、その兵士たちは全員、ルノー王国の兵士(主にレオさん)によって惨殺されたということだった。
嬉しかったけど、ちょっと悔しかった。
おれたちや村のみんなを虫けらのように扱ったやつらが苦しみながら死ぬのを、俺自身の目で見たかった。
「二人の傷は、本国に戻ってきちんとした病院で治すことにするよ。特にユーリは、多分左目を失明しちゃってるからね」
失明……。
おれを、かばって。
「……ユーリは、おれのせいで一生目が見えなくなるんだね」
おれは、また泣いてしまった。
いろんなものが合わさった涙だ。
ユーリやみんなのことを思うと、涙が止まらなかった。
「うっ……うっ……いてえ!」
レオさんに、頭をはたかれた。
けっこう強めに。
「バカやろ。恨むべきは自分じゃなくて、自分の国だろ」
はっとした。
顔を上げると、レオさんはまっすぐにおれを見てくれていた。
「うん……」
「お前は、どうしたいんだよ」
そんなこと、急に聞かれても分からない。
おれは、何をすればいいのか。村を失って、これからどうしていけばいいのか。
「あ」
……ようやく思い出した。
おれは、バカか。二週間前からずっと、考えていたことがあったじゃないか。
おれはどうしたいのか。母ちゃんを殺し、村のみんなを殺し、ユーリの目を奪ったこの国にどうしたいのか。
「……この国に、復讐したい。この国をぶっ壊したい」
レオさんはまた、おれの背中を叩いた。
いたい、けど、いたくない。
「いいじゃん。じゃあ、こっちにおいでよ。うちの軍隊で、一緒に戦おうぜ」
「……うん」
レオさんの誘いに、おれは即答した。すぐにうなずいた。
今からどんなに困難なことがあっても、この憎しみを力に乗り越えられるだろうなと思った。
「乗って」
レオさんに手を引かれて、対魔車に乗り込んだ。
中は狭かったけど、椅子がふかふかだったから居心地はよかった。
「出発しんこー! あ、運転おねがいねサリー副隊長」
「お安い御用ですよ、隊長」
中にいたのは、髭をはやしたおっさん。
明らかにレオさんよりも年が上の大人なのに、レオさんに敬語を使っている。
「こいつ、車に乗るの、初めてだから。ゆっくり運転でお願い。しっかりつかまってろよ、……えっと」
あ、そういえば。
「カナデです。苗字はありません。よろしくお願いします」
「ん、よろしくカナデー」
車は、ゆっくりと走り出した。
おれは、村をでるまで窓の外は見ないようにしていた。
涙はもう出なかった。
出し尽くしたし、出しても意味ないってことを知ったからだ。
レオさんがとなりにいる。
おれがちゃんと生きてる。
それだけで、よかった。
「一次」…火魔法
「二次」…業火魔法
「三次」…■火魔法
「■■」…死炎魔法




