5話 非情な開戦
その日から、二週間が経った。
おれたち兄弟は二週間の間ずっと、必死に村人のみんなを説得して回った。
「この村をみんなで、守ろう」と。
でもそれらに耳を貸してくれたのはほんの数人で、ほとんどの人は一週間以内に…………この村から、出ていった。
兄ちゃんは「この村から離れてどうするんだ! それこそ絶望的だろ! オレたちを受け入れてくれる集落なんて、どこにもありゃしない!!」とか最後まで説得してたけど。
それに対してはみんな、同じことを答えた。
「この村に残る方が、絶望的だ」
そのたび兄ちゃんは唇をかみ、大した反論はできていなかった。
となりにいたおれも、いつもその人たちの背中を眺めることしかできなかった。
「ナットさん、あなた方もやっぱり、行くのか」
そしてまた一人、この村から去ろうとしているひとたちがいる。
うちの畑の隣の畑の持ち主、ナットさん一家だ。
ナットさんたちには今までずっと、お世話になってきた。
例えば去年の秋、こっちの畑にだけ害虫が大量に発生した時も、汗水たらしてその処理を手伝ってくれた。
なんでもナットさんたちの畑の方は、「木酢液」というものをかけていたので、害虫はあまり発生しなかったらしい。
対策をしていなかったこっちが悪いのに、その害虫を取り払うのを一緒にしてくれたし、その上その木酢液を分けてくれた。
「困ったときはお互い様ですぞ」が、ナットさんの口癖で。
その言葉とその笑顔に、母ちゃんはとても感謝していた。
「ええ、行きます。この村のことは大好きですし、カイト君たちのようにあいつらに立ち向かい気持ちはやまやまですが……」
ナットさんはそこでいったん言葉を区切り、ナットさんの家の前で荷物整理をしている子供たちの方をみた。
最近、こんな風に思いつめた表情をよく見る。
つらい。
「私には、子供たちと妻を守る義務があるのです」
ナットさん一家は五人家族だ。
三人の子供たちのことを考えると、それが確かにいちばんいいことなのかもしれない。
「カナデ……」
話していると、ユーリがこっちに走ってきた。
「ユーリ……」
ユーリと会うのは、あの日ぶりだ。
兄ちゃんと一緒にずっと動いていて忙しかったというのもそうだが、……なんとなく、会うのが気まずかったのだ。
おれとユーリは向かい合って、うつむいた。
互いに何を言えばいいかが分からなかったのだ。
「おい、ユーリ。カナデ君に、さよならを言いなさい。今日中にはもう出るんだ」
「……」
ユーリはそれでも、何もしゃべらないままだ。
おれも、まだなんて言ったらいいかわからない。
物心ついたときから一緒にいる、一番の友達なんだ。
兄弟のような存在だった。
きっとこれからもずっと一緒にいるんんだろうな、と勝手に思ってた。
それがまさかこんな形で急に離れ離れになるだなんて、夢にも思っていなかった。
「……はあ、仕方がない。ごめんねカナデ君、ユーリは恥ずかしくて言えないみたいだから、私から言うよ。カナデ君。今までユーリとずっと仲良くしてくれてありがとう」
「……こちらこそ。ユーリ。今まで、ありがとうな」
ユーリはもっと、うつむいた。
ひっくひっくとしゃっくりをし始めたと思ったら、徐々にそれは大きくなった。
ユーリは、顔をくしゃくしゃにして泣いた。
そしておれに抱き着いてきて、おれのシャツを濡らし始めた。
「そんな風にしてたら……おれだって……」
その時。
「おお!? なんだあ!?」
耳をつんざくような爆音が響いた。
何かが壊れたような音。
何かが崩れたような音。
「キャー!!」
「え、なんなの! なんなの!?」
兄ちゃんの声に続いて、子供たちも軽くパニック状態になる。
でもおれはすぐに気づいた。
この音が、どこから聞こえてきたか。
「兄ちゃん、これって……」
「あぁ、そうだカナデ……。二週間前と同じだ」
ナットさんの足は震えていた。
そして、絶句している。
動揺してるのだ。
当然だ、だって一か月後まではここは安全だと信じてたんだから。
「カイト君! どういうことなんだ!? 私たちは今日、逃げようと……」
「どういうこと、って。そういうことですよ、ナットさん。奴らが、約束を破って攻めてきたんだ」
あまりにも不公平だ。
どこまで卑怯なんだ。
おかしいだろう。
こんなのありえるか。
「く、くそう……! 私たちは、私たち家族は助かるはずだったのに……!!」
ふと見るとユーリはいつの間にか、弟と妹の頭をなでて励ましている。
「大丈夫だよ、大丈夫だからな……」
おれは、ユーリは大人なんだな、とこんな時なのにちょっと思った。
「ナットさん、早く家の中に隠れてくれ! オレたちもこっちの小屋に隠れるから、もしそっちに兵士が来たら大声を上げて。……できる限りだけど、助けに行きます」
「……わかったよ、カイト君。そっちも、兵士がきたら大声で助けを求めてください」
ナットさんは兄ちゃんの言う通り、すぐに家の中に入った。
ユーリとその弟たちも、それに続いて入っていった。
「カナデ、早くこっちにこい」
「う、うん」
そして兄ちゃんも、おれの手を引っ張って農業の道具が入っている小屋に入った。
「うっ……」
うん、やっぱりここはくさいな。
狭くて小さく、小屋というのもはばかられる、ほぼ物置のこの小屋。
ここに入ったのはいつぶりだろう。
前にユーリとかくれんぼして、ユーリがずっと見つけられなくて降参した時以来かな。
「まさか、こんな命がけのかくれんぼにここを使うなんてね」
「……大丈夫だ、カナデ。お前はオレが守るから」
兄ちゃんの顔は見なかったが、どんな表情をしているかはなんとなく想像できた。
「だから、お前もオレのことを守ってくれ。ファイアヒーロー」
嬉しかった。
兄ちゃんが、おれのことを頼ってくれてる。
おれは、そこにあった鍬をにぎりしめた。
が、しかし重すぎたので、兄ちゃんに進められて小さな鎌を手に取った。
戦闘態勢だ。
小屋のドアを閉めて外の情報を遮断しようとする直前。
遠くの方から、女の人の悲鳴が聞こえた。
聞こえた、ような気がした。
おれも兄ちゃんも、そのことに気づいてはいたが、何も言わなかった。
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「兄ちゃん、外はどうなってるのかなあ……」
「しっ! 静かに。外がどうなっているか、こっちからはなんも見えないし聞こえないんだ。もしかしたら、すぐそこにも兵士が来ているかもしれない」
「というか、もしかしたらなんでもないのかもしれないな」と言ってにいちゃんはごまかした。
なんでもないわけがないことくらい、おれにでもわかる。
さっきの音は、絶対にあの魔法だと兄ちゃんはさっきつぶやいていた。
「魔法」。
なんだかわからないもの。
不可思議なもの。
とても強いもの。
……母ちゃんの命を、奪ったもの。
「……こわい」
いつのまにかそう呟いてしまっていた。
「オレだってこわい。こわいけど、やらなきゃいけないことはあるんだ」
そんなことは分かってる。
「……でも、こんだけ待ってもなんもないのはちょっと変だな。ちょっとだけのぞいてみるか」
兄ちゃんはドアを少しだけ開けた。
太陽の光が目に入る。
眩しい。そしてうるさい。
「うるさい」?
どういうことだ?
そしておれたちはまたしても絶句した。
目の前では、家の前でナットさんが血だらけで倒れていた。
ナットさん家のドアは壊されていた。家の中からは、悲鳴一つ聞こえなかった。




