第二界:Gの災厄
前回のあらすじ。
異界送りにされたらそこには魔力がなかった。
はあーー。
どうすんの? これ。
いままで魔力に頼り切った生活をしていたから、どうやって生きていけばいいかがわからん。
僕はいま、猛烈に腹が減っている。もうかれこれ二時間、二界であのクズに裏切られて拘束されてからからだと、えーと丸二日以上何も食ってねえ。
まさか、あいつが裏切るとはなあ。
一番僕を慕ってたように見えた、あいつがなあ。
……感傷に浸っていても仕方ない。
いまするべきことはそれではなく、生きていくことだけだ。
あれから食い物を求めてまわりをいろいろ見て回ったけど、銀色とか白とかの超絶無機質な建物ばっかりで、どこにいけば食べ物があるのかもまっったくわからん。
とりあえず腹が減って仕方ないから、そこらじゅうにいる人たちに「食べ物を売っているところはどこですか?」と聞いてみたものの。
返ってくるのはさあ? とかすいません、急いでるので、とかいう人情味のかけらもない言葉の数々。ひどいことに、無視してくるやつらも数人いた。
お前たちの心は何でできてるんだ?
氷か? 氷なのか?
だとしたら、炎系の魔法は超有利だぞ?
わかってんのかおい。こらおい。
この僕を無視しやがった神の失敗作どもめ。顔は覚えたからな?
ハンッ! 魔力がある世界にいったら覚えてろよ?
魔力がある世界にいったら、な。
……虚しい。
あと僕は財布を持ってなかったから、店見つけても意味なかったわ。
いっそのこと強盗でもするか? といっても魔法以外の戦い方を知らんしなー。
強盗一つするのにも、戦闘力くらい必要だろう。
「くはー、だるい。くおーー」
んで今僕がいるのは、このくそみたいなにおいの街の中でやっと見つけた、緑がある場所。
「公園」というらしい。看板に書いてたからわかる。
円形の柵の中にぼおぼおと生い茂る草。あおあおとした木々。
マジオアシスです、アザマス。
そもそも緑が特別、っていう状況がまずおかしい。人は自然と共生するべきなのだ。
そう。古代、界が生まれ、そこに魔力が生まれ、魔力によって植物や人が生まれ…
って、難しいこと考えても別に腹の虫がおさまるわけじゃねーしな。
つーかその歴史は二界のものだからこの一界には関係ねーしな!
ぐるる、と腹の虫が鳴った。僕の身体が僕に、何か食べ物を食べてくださいと叫んでいる。
おなかすいたよう。
「……まてよ」
そうだ!
食材ならそこらじゅうにあるじゃないか!
僕としたことがなんたる不覚。
さっき自分で、「緑がある場所」って言ったのに!
木に実はなってないか?
葉っぱでも食えないことはない。
とにかく胃にものをいれたいんだ!
実をつけた木はなかったので、木の皮をはいで食べる。
ばりばり、ぼりぼりとむさぼり喰う。唇で感じる固い感触さえ今は気持ちいい。
うまし。木の皮うまし。この気持ち悪い香ばしさが逆に癖になるんだなあこれが。
「あー、やっぱ目立つよなあ」
<一界>の愚民どもがこっちをガン見している。ちょっと嫌だけど、まあ命に関わることだしな。周りの目なんて気にしてる場合じゃないよ。
というかお前らさあ。そんなに見てるんだったら声かけてくれてもよくない? 助けを求めても無視するような奴ら名の荷、こういうときばっかりジロジロ見てくるんだよなあ。
うん、皮うまい。
それに戦争では、こんなの当たり前のことだったぞ。あんま珍しいことじゃない、堂々としろ僕。
「はむ、はむ。うん、ここらへんやわらかいぞ」
ああ、ギャラリーが集まってきた。くそったれ、人の食事シーンをそんなに見るな! 結構ざわついてきたしさあー。
まあいいか、注目を集めるのは昔から慣れてるし。
「ねえ、あの人やばくない?」
「警察呼ぶ?」
木の皮の味にも、その場所によって個性がある。柔らかさやコシ、そして渋み。この三つの要素すべてが全く同じ部位など存在しない。
この辺りなんて、なんかタンパク質な感じがするぜ。きっと上質な木なんだな。
たまらず、かぶりつく。
ばりばり、ぼりぼり。音を立てて、
じゅりじゅり、きゅりきゅり、じゃりじゃり。
うまい、うまい。
この肉々しさなんて、なんともいえない。まるで本物の肉を食っているようだ。
いや、ちょっと待て。
木の皮が肉々しくてたまるか。
タンパク質? 「じゃりじゃり」?
猛烈に最悪な予感がするのだが。
異変に気づいて食事を中断する。
あれ、なんか歯に挟まってる。[気流操作]っと。
発動はしない。
バカか僕は。魔力が使えないことをもう忘れたのか?
はっはっはっはっはっはっはっは。
「ようし、現実逃避終了」
爪でそれをとった。
ゴキブリのあしだった。
本当は、さっきから気が付いていた。ただ、そこから目を背けていただけだ。しかしこうして目の当たりにすると、どうしようもない嫌悪感が体中を走りだした。
「おえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
まずい。
気持ち悪い。なんだこの感覚は。
身体のなかの臓器が回転し続けているみたいだ。口の中の唾液と変な汁が混ざって、鼻を抜ける生ごみよりひどい匂い。
おええっ! 押さえようとしても、このどうしようもない吐き気は収まらない。
本当に僕はバカだ。
なにが「食材ならそこらじゅうにあるじゃないか!」だよ。
ねーよ。ねーから。
つーか普通、腹が減ってたからといって木の皮なんて食べますか?
え? 食べる?
ま、まあ確かに餓死するよりはいいよな、うん。
そうだ!
僕に非はない! 悪いのはぜーんぶGだ。
あいつらは基本、どこにでもいる。木の皮の裏なんていう住みやすいところには、むしろいないほうがおかしいくらいだ。
うう、気持ち悪いいい。
つーかさ。
そもそもなんでこの界にもいるんだよあいつらは。
おかしいだろ、それともなにか? よく似た別の生物だとでも?
たとえそうでも、よく似ているという時点で有罪だ。姿形からもう大っ嫌いだ。
<二界>でも人々をさんざん苦しめてきた存在、G。生命力が高すぎる上に、その気色悪さ。
何本もある足。
カサカサとも、ぬるぬるとも言える走り方。
うえっ、姿を思い出したらまた吐き気が!!
おえっ、おえっ、おえがああ!!
「うっ、おえぼおおお!!」
僕の口から出てきたのは、ゴキブリの死体が混ざった汚物……などではなく、もっと熱い何か。
赤く、燃え盛る。
炎だった。
「きゃああああああ!!」
「おい! なにやってんだ! 警察よぶぞ!」
「ガチの放火やん!! やばいって、これやばいよ!!」
は?
待て待て。
ちょっと理解ができないのだが。
辺り一面が火に包まれた。
公園の緑はどんどん激しい炎に浸食されていき、そこにいたやつらからは空気を裂くような悲鳴や、怒号が聞こえてくる。
「おいあんた! なにやってんだよ!」
その中の一人が、僕にそんなことを聞いてくるが。うるせえよ、としか答えようがない。
僕だってなにが起こっているのか全然わからんよ!。
なんなんだよこれ! まじで!
まずいまずい。どんどん人が集まってきた。
ん、なんだあいつらは? 青い制服を身に着けてる。
もしかして、王兵か!?
とりあえず、にげろ!
「そこのあなた、止まりなさい!」
げえ、追ってきやがった。
ひいふうみいい……とにかくたくさんが。
「来るんじゃねえーー!!」
先ほどまでの気持ち悪さはいつの間にか消えていたが、そんなことすら気にせず走る。
無我夢中で地面を蹴り続け、何度も転びそうになる。
公園を抜けて、人通りの多い道に出た。
息を切らしてるからか、道行く人たちがみんな僕のことを注目する。
とにかく、人がいないところにいかないと。
しかしここでは、どこにいっても車や人でいっぱいだ。
ああ、イライラする!
素車はくせえ煙を出して走る、界にとって悪影響でしかないものだ。でも、この界にきてその匂いに慣れてきてしまってきている自分がどうしようもなくもどかしい。
必死に走っていると、だんだん追手の姿が見えなくなってきた。
「ひとまずそこの路地に隠れて、人心地つくとするか」
座ってはみたが、地面が冷たいうえに固いのでリラックスがまるでできない。
しゃがんで、息を整える。
「ぜえ、ぜえ、はあ、はあ」
いつもなら[重力操作]で自分を軽くして、楽々快適ランニングだったのに…。
それどころか魔力さえあれば、飛行も使えたんだ。
くそったれ。
なんて生きにくいんだ。
魔力がないだけで、こんなにきついだなんて。
……でも、さっきの火を吐き出した感覚。
あれを、あの感覚を僕は知っている。
あれは、この界ではあり得ない、感じ得ない感覚。
火魔法を使った時の感覚だ。