3話 あのとき
ぐさり、ぐさり。ざく、ざく。
乾いた土を耕す感覚が、鍬を通してオレの掌に届く。
ぎんぎんとむき出しの肌を射す日差しは、今作業しているこの村の人たち全員に不快感をもたらしていることだろう。
少なくともオレは、汗でベタベタになって不快マックスだ。
髪を切るのが面倒で後ろに束ねているのだが、こういう時には年中坊主の弟がうらやましくなる。
いまごろ遊んでるんだろうな、あいつは。
あいつにだけは苦労をかけたくない。
小さいころから農作業の手伝いなんかに追わせないで、のびのびと育てたい。
そんな母さんの思いを尊重してるし、同感だ。
……大変なのは、オレだけでいいと思う。
しかしこういう作業をしているときは、不本意にもカナデみたいになりたい、と考えてしまうことがある。
そんな考えだめだ、長男のオレが抱いていいものじゃないんだ、って分かってんのに。
ぐさり、ぐさり。
同じ作業を、無心で、ただ繰り返す。
キャベツ畑を耕す手伝いをしているうちに、鍬の木の凸凹の部分が親指の根本あたりを指圧しまくったせいで、今では掌はマメだらけで見るに痛々しい。
毎年この時期は、雨期が終わってキャベツの畑の耕しどきなのだが、今年は雨期に降水量が例年より少なかったこともあり土がカチカチで耕しにくい。
それに手汗で鍬はぬるぬるで握るに力が加えにくいし、この時期の農作業の大変さが身に染みる。
「そっちはどうー? 大丈夫ー?」
「ええ、順調よー」
ちょっと遠くでオレと同じ作業をしている母さんは、来年でもう45になる。
腰が最近きつい、と先日ごはんのときに漏らしていた。そう聞いたのにオレは、まだ母さんのためになにもしてやれてない。
オレがもっと働けば、母さんにもっと楽をさせてあげられるのに。
……そんなこと、あるはずもない。できるはずもない。
野菜を栽培するしか能がないと言われているオレたちは、王都の子供が当たり前のように受けているような、まともな教育も受けてこなかったんだ。
知識もなにもない人間が農業以外でなにか収入を得ようとしたところでできるはずないし、だからといってこのまま、農業でさらに稼ぎを拡大させることなんてできやしないだろう。
無謀なんだ。
結局、同じ毎日の繰り返しなんだ。
変化を、望んだところでなんにもなんない。
オレたちには、変われる機会なんて訪れることがない。
少なくともこの戦争が、終結するまでは。
「カイトー。そろそろ休憩にしましょ。」
母さんは、かぶっていた麦藁帽をうちわ代わりにして、ぱたぱたとあおぎながらオレの方に逆の方の手を振ってきた。
母さんの顔もオレと同じくらい汗だくだ。
「うんー。でも、オレはもうちょいキリいいとこまでやっとくよ。母さんは休んでていいよ」
「ばっか、あんただけに働かせるわけにいくもんですか! じゃあ私も働くよ!」
そういいながら母さんは、さっきよりも少し速いペースで、鍬を振り始めた。
……また、無理させちゃった。
ああいう性格なのは分かっていたのに。
短いため息をつきながら、オレも作業を再開する。
ホントはオレも、少し休みたいんだよなあ。
「……うわああ、なんだお前たちは!?」
ん!?
ふと、遠くでおっさんの悲鳴らしきものが聞こえた。
「カイトー! 今の、悲鳴じゃ……」
母さんが、こっちに向かって走ってきた。
それも鍬を持ったままだ。さぞ腰にきつかろう。
「うん、今のは庄屋さんの声じゃないか!? もしかすると、猛獣かなんかに襲われてんのかもしれない!」
「はあ、はあ……じゃあ、早く助けにいかないと! カイト、どっちから聞こえたかわかる?」
母さんは、昔から正義感の強いひとだった。
困ってる人がいたらいつも何か手助けをしていたから、村の人たちからも好かれている。
「右の方から……あっ、関所のほうだよ、きっと!」
考えてみれば、庄屋さんは今日に限って関所の見張りの当番だったんだ。
いつも自分ではやろうとせず、あの人だけ月に一度しかない当番なのに。
オレたちは、全速力で走り出して関所に向かう。
全速力といっても、母さんの走る速さに合わせてだが。
猛獣がいた時のために、二人で鍬を持ちながら走る。
うちの畑は、かなり関所と近いところにあったため、母さんのペースでも数秒で着いた。
そもそもこの村、せまいしな。
「ねえ、なにかしら……? 人がたくさんいるし、猛獣騒ぎじゃなさそうだわ……」
関所には、知ってる人がたくさん、集まっていた。
なにやら、ざわついている。
よく見たら、群衆の中には庄屋さんもいた。
……よかった。無事だったのか。
とりあえず、なにがあったのかを知るために鍬を置いて、そこにいた人たちに事情をきこうとに近づく。でも、なにやら不穏な雰囲気で話しかけづらい。
「あのー、なにが……っ!?」
関所の、先。すなわちギリギリ村の外。
見落としていた。
そこにいたのは、村への来訪者だった。
それも大人数の。きっちりと列を作っていて後ろまでずらーっと並んでるから、目測で三十人はいそうだ。
その数は、商人だとしても多すぎだった。
というか商人がここに来ることなんて、ない。
こんなとこに来る意味なんてないからだ。
「よし、まあこれくら集まればいいだろう」
来訪者たちはみな一様に、軍服のようなものを着ていて、初めて見るでかい動物にまたがっている。異常な雰囲気だ。
「さて、人数が集まってきたところでもういちど言うぞ」
先頭にいた、リーダーらしき禿頭が目立つ男が発言する。
ざわざわとやや弛緩していた空気がその一言で静まり返った。
先ほどその話をすでに聞いたらしき人たちは、不安そうに村人たちとそいつらを見ている。
庄屋もその一人のようで、その来訪者たちを睨みつけている。
「……ちょ、ちょっと待て! その前にお前たちはどこの誰なんだ! 知らん奴の言うことなんて」
「やめとけお前! その人たちゃ王都の兵隊だ、逆らうな!」
「……え!?」
庄屋が、なにやら文句を言った一人の村人に向かって怒鳴りつけた。
すごい剣幕だ。
いつも怒鳴ってるイメージのある庄屋だが、それも薄れるくらいの勢いで唾を飛ばし怒鳴りつけられたその男は、驚いた様子で言葉を失っていた。
……どういうことだよ。
こんな辺鄙の村に、兵隊が何の用なんだよ。
今は戦時中なんだ、戦争に集中しろよ。
徐々に、周りからも「どういうことだ」「なんでだ」という疑問の声がわき出てきている。
さっきもオレたちに話していた兵隊のリーダーらしき男は、村人たちの狼狽している様子を、動物にまたがりながらただ静かに見下ろしている。
「兵隊がなんの用なんだ!!」
「俺らの村なんだ、入ってくんじゃねえ!」
「……やれやれ」
ん?
何かを、しようとしている?
後ろの兵隊たちになにかを話したと思えば、その列は三歩ほど後ろに下がった。
まるで、衝撃から逃れようとするかのように。
ふと、リーダーの男は天に向かって手をかざし始めた。
何やら、その手に意識を集中させているように見える。
「はああああああ……!!」
「お、おいお前何やってんだ!? ……マジで、なにやってんだ?」
みんな、不思議そうに男のことを見ている。
オレは何が起こるのかが気になり、群衆を押しのけて、前に出た。
しかし逆にその迫力に押されて、後ずさりする者もいた。
その禿頭に青筋が通った。
次の瞬間。
「はあああ……! 初級豪水魔法[破裂豪泡]!!」
天に向けていた手にはぱあっと水色の光が宿り、男はそれを地面に向けた。
そしてその光は地面に向かってパンチより早いスピードで射出され、地面をえぐる。
射出したそのあとには、どこからか冷たい霧が漂った。
騒いでたみんなは、一様にぽかんと口を開けていた。
えぐられた跡は囲炉裏よりもっと大きく、深さは子供の背丈とさえ比べられるほどだった。
「な、なにをした……?」
男は勝ち誇ったかのようにほくそ笑む。
苛立たしい。
「今のは、魔法というものだ。お前たちには全くなじみのないものだろうがな」
村人たちは、静まり返ったままだ。
聞いたことがある。王都の教育で教わる、「魔法」というものの存在を。
でもそれは父ちゃんが言っていたのを覚えているだけで、実際にこうしてみるのは、生まれて初めてだ。これほどまでに強い威力のものだとは、思っていなかった。
「今のような威力のものを、我々第五分隊の兵士はみんな使える。それに……はは、絶望しろ。この俺はこれよりさらに上の威力を発揮することのできる『中級豪水魔法』を使用することができる」
……!!
力で、なにか言うことを聞かせる気か。
……例え死ぬのが決まっていたとしてもオレたちは最後まで、抵抗するぞ。
「だから何なんだ!」
「何が言いたいんだよ、てめえらはよお!!」
村人たちは、開き直ったようでぎゃいぎゃいと騒いでいる。
そんななか兵隊たちは、微動だにもしない。
余裕、なのか? やっぱりあれほどの力をもっているから、余裕をもてるということか。
「おいおい、落ち着け落ち着け。何もお前たちを皆殺しにしようというわけじゃない」
「どういうことだー!」
「……我々は仮にも、お前たちと同じ敵、国をもつ味方だぞ? 今日は交渉をしに来たんだ」
確かに、こいつらは同じ国の兵隊だし味方というとらえ方もできるのかもしれない。
でも、今まで散々オレたちを苦しませてきたのは誰だ?
敵国か? 確かにそれも一理ある。
でも、最大の敵はこの国なんだ。農民を差別してこんな辺境に追いやり、重い税を課して働かせる。
こんなんで、味方なんてどの口がほざいているんだ。
「近々、ルノー王国に攻め込む予定だ。そこで、戦場に近いところに基地がいる。ここは比較的王国領土と近いし、なにより周りが山に囲まれているといううってつけの場所だ」
「……まさか」
「立ち退いてくれないか? どこに行ってもいいから」
男は、そこで手をぱっぱと振り払って見せた。
満面の、笑みだ。
「一人でも逆らったら、その瞬間殺す」
……!!
まさかの要求に、全員絶句している。
憤っている。
それはそうだ。
今までここで田んぼや畑を頑張って保ち、必死で働いてきたのに。
ここを追われたら、いったいどこに住めばいいんだよ!!
みんな、文句を言いたそうだ。悔しそうだ。
でも、言いたいことが多すぎて、なんていったらいいかわからないようだった。
数秒、沈黙の時間が訪れた。
「……沈黙、ってことは肯定でいいんだな? じゃあ、一か月後の今日、また……」
もはや、誰も逆らう者はいないように思えた。
そんなとき、後ろの方から高い声が聞こえた。
「ふっざけんな!! そんなん、許されるわけないでしょ!!」
その声は、静けさの中でよく通った。
……流れを断ち切ったのは、庄屋でも村の若い衆でもなかった。
「母さん」
涙目で男を睨みつける、母だった。




