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判決、異界流し。  作者: ポク塚
序章 異界道中膝栗毛
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2話 その日②

 母ちゃんのおつやは、戦時中ということもあり少人数で静かに、ひっそりと行われた。


 ボロボロの畳に、せっかく来てくれた人を座らせるのは申し訳ないとお兄ちゃんがつぶやいていたけど、明日のごはんも確かではないおれたちでは、それすらどうすることもできなかった。


 結局畳はそのままで、まにあわせとしてちゃぶ台の上に、たまたま昔撮ったって言ってたのが残ってた母ちゃんの、村の成人式のときの写真をたてた。


 昔の、戦争がなかったころの写真だったから、そこにいた母ちゃんには小じわのひとつもなくて、笑顔だった。


 それを見たら、おれは何とも言えなく胸のあたりがもやもやした。


 ずっと、もやもやがこびりついて離れなかった。


 家族と言っても父ちゃんは兵士として今頑張ってるから葬式に出た家族はおれと兄ちゃんだけで、あとは村の中でも特にお世話になってるひとたちで母ちゃんの死を一緒に悲しんだ。


 少人数とは言っても五、六人はきていたから、いつもは普通だと思っていたこの家がどれだけ狭かったかが分かった。


 来てくれた人の中でお金持ちな家はなかったから、誰も、喪服なんて高価なものを着てなかった。

 みんなつぎはぎだらけの作業服できていたけど、それが普通だった。


 戦争をしているときには、ぜいたくはあくだった。

 そもそも村で、正服みたいなのを持ってたのは庄屋さんだけだったと思う。どうでもいいけど。


 みんな、泣いていた。


 母ちゃんの写真を置いたさいだんに向かって、ただ、泣いていた。


 手を合わせている人もいたし、うずくまってなにやら苦しそうにしてる人もいた。


 なかには「お経」というよくわからない言葉をずうっとぶつぶつ唱えてるおじさんもいた。

 よく見たらそのおじさんは、いつもおれと一緒に遊んでくれる、近くの家のおじさんだった。

 知らなかった。

 こんな表情をするって、知らなかった。

 

 おれは写真を見るのがつらくなって、泣いているみんなとは少し離れたところで体育座りでかおをうずめていた。


 そんなとき、おれの隣にはずっと兄ちゃんが座っていた。


 かたくて傷だらけの大きい手で、ずっとおれの肩をぎゅうって握ってた。


 その力が強くて、おれは何回も「いたい」って言いたくなったけど、がまんした。


 耳元ではずる、ずるとはなをすするおとがくりかえし流れていた。

 兄ちゃんの涙が止まることは、なかった。

 兄ちゃんが泣いてるのを見たのも、初めてだった。


 おれが五歳のとき父ちゃんが戦争に行っちゃってから、母ちゃんと兄ちゃんは、生きるために必死で働いていた。

 おれは、二人からまだこどもだから働くことはない、って言われてあまり手伝うことができなかった。

 無理やりにでも一緒に働きたかったけど、それだとかえって母ちゃんが困ると思ってすんなり引き下がったことを思い出した。

 

 おつやというのは、母ちゃんが天国にいくのに迷わないように、一晩中ろうそくをなきがらの近くでともしておくというもので、誰かが寝ないでその火を見守ってないといけない。


 お経のおじさんから、それはおれか兄ちゃんがするべきだ、と言われた。


 兄ちゃんはずっと同じ状態で、そんなことをできる余裕がなさそうだったので、おれがはい、と立候補した。


 兄ちゃんはおれに「ごめん」と、泣きながら縋り付いてきて、声になってない声で謝った。

 おれは、なにも答えなかった。

 答えられなかった。


 いままでいたのと隣の部屋に、ろうそくにひをともしておれ一人ではいった。


 そこは真冬のように寒くて、半そでの恰好では凍えそうだった。後から聞いたら、死体が腐んないように氷漬けにしていたかららしい。

 

 その部屋はいつも寝室としてつかってた部屋で、一つの布団のほかにはなにもないところだった。

 布団のなかに、母ちゃんがいる。そう思うだけで、こびりついたもやもやが、締め付けてくる。


 顔にかけられてる布を払って、もう一回顔を見たい。


 そう何度も思ったけどそのたびに、おでこからだくだくと流れる血をおもいだしてしまう。

 そのせいもあって結局一晩中、ただろうそくのか細い火を見守っているだけで終わった。


 朝になると、兄ちゃんが部屋に入ってきた。

 「母さんとお別れするぞ」って、悲しそうな顔で、でも淡々と言われた。




 そこで、初めて涙が出た。



 

 そこから先はよく覚えてない。

 火葬をするのはお金がかかるということで、母さんは壺にいれてうめられたらしい。


 でも、おれはもうお別れはすんだと思って、家に残った。

 もうあの顔を見たくなかった、というのもあった。


 おれが残りたいとそう言ったら周りの大人たちはい「行くべきだ」とおれを説得しようとしてきた。しかしそこで兄ちゃんも「一緒に残らせてくれ」と言ってくれたおかげで、おれはそうすることができた。


 いま、おれは家で兄ちゃんと二人きりだ。

 一晩中あんな寒いとこにいて体が冷えただろう、と兄ちゃんは囲炉裏に火をつけてくれた。

 

 あったまる……。


 兄ちゃんが落ち着いてるのを見てたら、おれもだんだん落ち着いてきた。

 涙の跡がほっぺに張り付いてひりひりする……。

 

 ふと兄ちゃんの方を見たら、なんかしんみょうな顔をしている。


 兄ちゃんもきついだろうに、一緒に残ってくれてうれしいなあ……。


 「……カナデ、なんで母さんがあんな風にして死んだか知りたいか?」


 ……正直さっきから、ずっとそれは気になってた。

 でもあえて聞かなかったのは、そんなこと聞きたくなかったからだ。


 母ちゃんはおでこからあんなふうにして血が出ていた。つまり、誰かから殺された、それも撃たれて殺されたってことだ。


 一晩中一緒にいた時も、そのことは意識してかんがえないようにしてた。考えれば考えるほど、いやなきもちでいっぱいになると思ったからだ。


 おれは下を向いた首を上げて、囲炉裏の向こうの兄ちゃんの方をそっと、しっかり見た。


 兄ちゃんはまた、泣いていた。しかし涙を拭きとることはせず、おれの方をまっすぐに見ていた。


 「……正直まだ、知りたくない。」


 そう、はっきりと言ったつもりだ。知りたくない、聞きたくないと。

 それでも、兄ちゃんは、それでも目をそらそうとしない。

 まるで、本当にそうなのか? と言われているみたいだ。


 本当に、そうなのか?


 ……違う。


 「……だって、母ちゃんは、こ、こ、……」


 もう出し切ったと思っていた涙が、あふれてくる。

 

 「殺されたんだろ……」


 兄ちゃんは囲炉裏の向こう側からこっちに歩み寄ってきた。

 そして、さっきみたいにおれの肩をつかんだ。

 こころなしか、さっきよりつかむ力が弱い気がした。


 兄ちゃんは、ゆっくりと話し始めた。


 「……そうだ。母さんはあいつらに殺された。その時のことを、いま、話してやる。」


 ごくり、とつばを飲む音が部屋に響く。


 それがどっちのものだったかはわからない。でも、兄ちゃんも、話すのをためらっているのは見て分かった。


 それでも、兄ちゃんは「昨日の朝、農作業をしていたら……」と話し始めた。


 その話を聞き終わったとき、おれは、全身の血液があったまっていた。ぜったいに、許せないと思った。



 でも、やるせないと思った。


 殺したのは、犯罪者でも、敵国の悪魔でもなかった。

 母ちゃんは、この国の兵士、父ちゃんと同じ立場の人間に殺されたんだ。

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