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第34話 ダグラスのむかしがたり 前編

 少し疲れたかな……ダグラスは、そう思いながらお店の裏の食卓で一人うつらうつらしている。かの国の王太子が帰ってしまっても、俺たちは少しばかり後始末があった。

 聖女を狙う国の暗部……片方は、俺が知った顔が何人もいた。だが、もう片方は?

 捕まえても何の情報も吐かないまま、皆自害してしまった。


 疲れ切ってしまっていると、ロクな夢を見ない。

 変な夢で悪いのだが、少しばかり俺に付き合ってもらえるだろうか?




 江戸の(さむらい)の時代が終わり。

 明治になって『文明開化』と言う言葉と共に中途半端に西洋の文化が入って来た。


 明治から昭和の戦前と言われる頃、あの時代は女性にとってあまりいい時代では無かったのだろう。

 僕が産まれたのは、明治43年。だけど、記憶にあるのは大正時代からだ。


 職業婦人なんて言葉が生まれ、モガだのなんだのが流行り。

 年配の男性たちが「明治は遠くなりにけり」なんてぼやいていた時代。


 それでも、今に比べたら女性の地位はかなり低かったのだと思う。



「まだ早いですよ。お父さん、結婚なんて」

「そうは言ってもな。仕事をしていくうえで、家庭を支えてくれる存在は必要だぞ」


 昭和に入って、僕は旧帝大に通いながら仕事も始めていたので、そういう話がもちあがってきたようだった。

 昭和の時代に入っても、結婚は家同士のもので個人の意見などあまり考慮されないものだ。

 女性側は特にそうだっただろうに、僕はその事を失念していた。


 丁度その頃、僕は大学の帰り道にすれ違う女学生を好ましく思うようになっていた。

 友達と数人で笑い合うその無邪気な顔がまぶしく見えた。


「里美ったら、早く」

「待ってよ、そんなに急がなくっても甘味処は逃げないわよ」

 着物より少しは自由なんだろう、はかま姿で走って行っている。

 里美さん……と言うのか……。どこの家のお嬢さんなのだろう。


 そんな程度にしか知らなかった彼女の名前を父の前でうっかり出してしまった。

「里美さん……。僕が大学から帰る通り道で、女学生たちとすれ違うのです。彼女となら……」


 家名などわからない。年齢も……。ただ、里美という名前だけでは到底見つけられないだろうと、僕はタカを括って願望を言ってしまっていた。


 そうして、一か月も経った頃。

「喜べ、実。縁談が整ったぞ」

 父が、満面の笑みで言って、僕の両肩をバシバシたたいていた。

「は? 縁談?」

 最近は、見合いもしていないはず。まさか、僕に内緒で勝手に縁談を組んだとでもいうのか。


「お前、言っていたじゃないか。里美さんなら……と。遠藤里美。庄屋の娘だぞ。三女だから、あまりいい縁談は期待してなかったそうだが、うちとなら是非にと言ってくれてな」


 見合い用に撮った里美さんの写真を僕に見せてきた。確かにこの女性だけど……。

 父は上機嫌で笑っている。

 僕は、呆然とその話を聞いていたけれど、好きな人と結婚できることに少し……いや、かなり浮かれてしまっていた。


 相手方は、僕の気が変わらないうちにと即座に結婚式の段取りを組んできた。

 今考えると、家同士でお金のやり取りがあったのかもしれない。

 僕の家は歴史も無く、いわゆる成金といわれる家である。本来なら代々続く庄屋の娘さんが嫁いでくるような家柄ではない。

 だけど、当時の僕は、そんな事も分からないような若造だった。


 結婚式の当日、里美さんは白無垢姿で僕の横に座っていた。

 時折、目が合うとほんのり頬を染めてほほ笑んでくれる。


 僕は、気恥ずかしくてすぐに目を逸らせてしまった。


 宴もたけなわ、僕たちは席を外す。

 それぞれに奥に引っ込みお風呂に入る。


 私たち、夫婦にあてがわれた部屋は元々僕の部屋だったものを改装し広くしてもらったものだった。



 部屋に入ると、布団が二組横に並んで敷いてあった。

 その横にちょこんと、白い単衣(ひとえ)を着た里美さんが正座をして三つ指を付いたままの格好でいた。

「旦那様。不束者(ふつつかもの)でございますが、よろしくお願いします」


 僕は、その前に座り、どうか顔を上げてくださいと言おうとした。だけど、里美さんは震えていて……。


「里美さんは、いくつになられたのですか?」

「はい。大正4年生まれの16でございます」

「あの……。女学校は」

 僕は、可能ならこの家からでも通わせようと思っていたのだけど。

「退学してまいりました。結婚したらもう通えませんから……」


 そう言って、里美さんは顔を上げ僕を見た。

 その顔は、こわばっていて目じりに少し涙が溜まっているようだった。


 友達とはしゃいで、甘味処に行って。無邪気な笑顔で僕の横を通り過ぎていたのに。


 失敗した。

 僕は、何てことを……。


 僕の思い付きで父に気になる女性がいることを告げて、彼女の……里美さんの幸せを奪ってしまったのかもしれない。


「……そう。それは、悪いことをしたね」

 僕は下を向いてそう言うのが精一杯だった。

「いえ……。少し早いだけで、卒業まで誰も残りませんから」

「そう……」


 僕は、里美さんに手を伸ばす。

 可哀そうだとは思うけど、子どもを()さなければ、悪く言われるのは彼女だ。

 まだ女性は、嫁ぎ先から『三年子無きは去れ』などと言われている時代だった。


 僕は大学を卒業して、家業の一つである銀行業を任されていて、なかなか家に帰れない日が続いていた。そのかわりのように、僕は使用人を多く雇った。

 子どもは、3人。

 これで、里美さんを悪く言う人もいないだろう。


※ メグ(マーガレット・レヴァイン)……前世名 園山(旧姓 遠藤)里美(第1話参照)

  ダグラス(ダグラス・ゲートスケル)……前世名 園山実(第9話参照)

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