~第三話 依頼先の村~
村に入り、最初に見かけた村人に話をすると怪訝な顔をされた。
「俺達は依頼を受けて来た冒険者だ。依頼主に話を聞きたい」
「あんた達がか? まだ子供じゃねぇか」
この反応なのも無理はない。ヘリオスとセレーネはまだ辛うじて成人しているように見えるが、問題はヴェレッドだ。とても成人しているようには見えないだろうし、およそ冒険者とは思えないフリフリのワンピース姿だ。これで冒険者だと言われても、誰も信じないだろう。村人の反応は当然のものだ。
「お姉様、パーティカードを」
「うむ。これでどうじゃ?」
セレーネに言われ、『アイテムバッグ』からパーティカードを出す。そこにはしっかり“Dランク”の文字が刻まれている。
「た、確かに……しかし、Dランクじゃないか」
「パーティランクはDだが、姉貴がCランクだ」
「こ、この子が……?」
冒険者ギルドが発行している冒険者のパーティカードだ。信用するには充分すぎる。けれど、ヴェレッドがCランクなのは信じがたいのだろう。パーティカードには個人のランクは載っていない。そこで、ヴェレッドが自身の冒険者カードを見せた。
「なっ、本当だ……。疑ってすまなかった。依頼主はこの村の村長だ。来てくれ」
「うむ」
村人に連れられて村の中を歩くと、遠巻きにジロジロと見られているのを感じる。
「おい、何か見られてねぇか」
「そうね。視線を感じるわ」
「小さな集落ほど余所者を嫌うものじゃ。今回は、依頼を受けた者が気になっているだけじゃろうがな」
村の中央辺りに来たところで、一軒だけ大きな家が建っていた。おそらくここが村長宅なのだろう。
それにしても、とヴェレッドは思った。この村に入ってから村長宅に向かうまでに違和感がある。まぁ村長に聞けば分かるかと思考を放棄した。
「村長、いるか!」
扉をノックし、村人は声を張り上げる。
「何だ、騒がしい……」
「冒険者が来てくれた」
家から出てきたのは五十代後半くらいの男性だ。村人の言葉に、顔に喜びの色を見せる。
「して、その冒険者はどこだ?」
「ここにおるではないか」
村長の目には冒険者らしい人物が映っていなかった為の言葉だったが、ヴェレッドがここだと指摘する。
「は……?」
「ここじゃ、ここ」
村長の目が点になる。なぜなら、村長が下に目を向けると、そこには愛らしい少女がいたのだから。しかも、およそ冒険者とは思えない格好で。
「き、君が、依頼を受けてくれた……冒険者、なのか?」
「いかにも。妾達が依頼を受けた冒険者じゃ」
「わ、わら……? え……?」
「おい、姉貴」
混乱している村長を見ていられなくなったヘリオスとセレーネが口を出す。
「お姉様、お話を変わってもいいかしら?」
「うむ。構わぬ」
ヴェレッドじゃ話が進まないので、ヘリオスとセレーネが変わることにした。
「今回、私達三人が依頼を受けた冒険者です。依頼のお話を聞かせて頂けますか?」
「あ、ああ! あなた方三人ですか!」
ヘリオスとセレーネの存在に気づいた村長が、「良かった!」とでも言うかのように喜ぶ。
「ああ。詳しく話を聞かせてくれるか?」
「そうでした! ゴホンッ、それでは早速……依頼票には一週間ほど前と書きましたが、あれから日数が経っておりますので二週間ほど前になります」
オークを報酬としても、Cランクの報酬には届かない為、引き受ける者がいなかったのだろう。
「オークが数体やって来ては村で暴れて困っとるんです。ウルフが来ることは過去にも何度かありましたが、それは村の者達でも撃退できたんです。ですが、オークともなると……とても、とても……」
それもそのはず。オークは一体だけでDランクに指定されているのだ。FランクやEランクの冒険者でも難しいのだから、村人では敵うはずがない。
「なるほどのぅ。して――」
相槌を打ったヴェレッドはこの村に来て疑問に思っていたことを尋ねる。
「若い娘を見かけぬのはなぜじゃ?」
「っ! …………。……お気づきだったのですね、さすがは冒険者様です。実は……村の若い娘が二人、その……」
それ以上は言えないのだろう。集まった者達からすすり泣く声も聞こえる。聞かなくても分かるが、きちんと詳細を聞かないといけない。
「……攫われたのじゃな」
「はい……」
オークは女や子供の肉が大好物で、散々嬲り者にした後で食料にすることで知られている。すでに二人か攫われているのなら、話は思っていた以上に深刻だ。早々に動く必要がある。
村長曰く、攫われたのは昨日。それに村の男衆が数名殺されたとのことだった。
「ふむ。のぉ、村長よ。村を襲ったオークの中に、上位種はおらんかったかの? 村を襲撃し、娘を攫うとなると、下位種のオークではできぬじゃろう」
「そ、それは、そのぉ……」
この反応だけで充分に答えが分かる。歯切れの悪い村長にヘリオスがため息をつく。
「いたのかいなかったのか、どうなんだ、村長?」
「……はい、通常のオークより二回りほど大きなオークを一体目撃したとの情報が上がっております」
「なぜ教えてくださらなかったのですか?」
「も、申し訳ございません……っ」
セレーネは決して責めるように言ったわけではなかったが、隠していた方にとってはそう感じたのだろう。村長が勢いよく机にガンッと頭を打ちつけ謝罪する。
「謝罪はもうよい。しかし、二回り大きいオークか……。オークジェネラルの可能性があるのぉ」
ヴェレッドの言葉に、その場にいる者達が驚愕する。
「お、オークジェネラルですと……!?」
「おいおい、マジかよ。Bランクの魔物じゃねぇか……」
「お姉様、それは本当なの?」
確かなのかと皆の注目がヴェレッドに集まる。それに対し、ヴェレッドは「うむ」と頷いた。
「二回り大きいという情報が本当ならば、な。娘達が攫われたのであれば急がねばならぬ。ヘリオス、セレーネ、よいな?」
「姉貴ならそう言うと思ったぜ」
「そうね。分かりました、お姉様。行きましょう」
「た、倒してくださるのですか?」
腰を上げ、討伐しに行こうとする三人に村長がこわごわと話しかける。上位種のオークジェネラルがいるというのに、討伐しようとしているのが信じられないのだろう。
「その為に来たのじゃぞ? 何を言うておるのじゃ?」
「い、依頼はオークの群れの討伐だけしか言ってなかったもんですから。その、おーくじぇねらる? でしたかな、その話はしておらんかったので……」
歯切れの悪い村長の話をまとめると。
依頼を出すことに関わった者達は、上位種のことは知らなかったとことにして伏せ、依頼料の追加を免れようとした。
本来強い魔物が出るのであれば、それ相応に依頼のランクも上がり、さらにそれに伴って当然依頼料も上がる。
村にとっては、ただでさえCランクの依頼ということで依頼料が高く、村の蓄えではそのCランクの依頼料にも届かなかった。それなのにCランク以上の依頼料など払うことは難しかった。事情があったとはいえ虚偽の申告に胸が痛むが、村を守る為には致し方なかった――ということのようだ。
「ですから……」
「何をごちゃごちゃと言うておる」
「は……?」
「上位種であろうとなかろうと、オークジェネラルであろうとなかろうと、オークはオークじゃ。何の問題があるのじゃ?」
「まぁ、そう言えなくもないな」
「ふふ、お姉様らしいわ」
村長を始め、依頼に関わったと思われる人物が目に涙を浮かべて口々に感謝を口にする。
「な、なんじゃ、こなた達! 何を泣いておるのじゃ!?」
通常、こういった虚偽の申告があった場合、討伐してもらえないのはもちろんのこと。即刻ギルドへ報告され、ギルドから処罰を受けるものだ。
しかし、ヴェレッド達の態度から討伐してもらえるだけでなく、ギルドへの今回のことを報告するつもりがないのが窺えた為に、村長たちは涙ながらに感謝を口にしたのだ。中には拝んでいる者もいる。
「いいじゃない。感謝されるのはいいことよ、お姉様」
「ああ。ありがたく受け取っておけばいいんじゃねぇか、姉貴」
ヴェレッドはよく分からなかったが、二人がそう言っているので、受け取っておくことにした。
「う、うむ! よきにはからえじゃ!」
「ははぁ~っ! ありがたや、ありがたや~」
村長がその場に跪いた。他の者達もやり始めそうだったのを、ヘリオスとセレーネが止めた。
「ふむ。しかしのぉ、妾に感謝することはないのじゃぞ? 群れの討伐となれば、上位種がおる可能性は最初から考えておったのじゃから」
上位種がいる可能性に最初から気づいていたというヴェレッドに、ヘリオスとセレーネが、「え、そうなの?」というような顔をした。
「群れがあれば、それを統率する者がおるのは当然じゃ。それよりも、じゃ。もっと大事なことを確認せねばならぬ」
「は、はい。何でございましょう?」
これ以上隠していることはない。一体何を言われるのだろうかと身構える村長に、ヴェレッドはおもむろに小さな口を開いた。
「オークは妾達がもろうてよいのじゃな?」
「は……? オーク、ですか?」
「うむ。妾はオークの肉が目当てできたのじゃ。ただのオークではなく、上位種の、な。先にも言うたが、オークの上位種が欲しくて来ておるのじゃ」
ヴェレッドの思わぬ発言に、村長らはポカンとしている。
「して、どうなのじゃ? よいのか?」
「ハッ! はい、お持ちください。そもそも、もらうつもりはありませんでした。大事な食糧ではありますが、家族を殺された者や娘を攫われた者のことを思うと、見たくもないでしょうから……」
「……そうじゃな」
そう相槌を打ち、ヴェレッドはしばし考えこむ。
次回は3/31に投稿します。




