神あらわる
<あらすじ>
家を追い出されたイブであったが、出発の日に、皆を置き去りにして、単身で取引所に乗り込む。
――さあ、明日はどっちだ?!
一方、その頃外では。
「……長いな〜」
日陰の石の階段に座り、颯輝とムーは頬杖をついて待っていた。
ミコトも、ちょこんと2人の後ろに隠れる様に座っている。
イブが建物の中に入って、まだ数分しか経っていない。しかし、颯輝はどのぐらい待つことになるのか想像がつかないので、少しイラついていた。
「うーん。たまに1日出てこない事あるよ。流石に、そんな時には連絡あるけど」
ムーが、少しつまらそうに答えた。ムーもただ待つのは面白くない様だ。
「げっ!マジかよ?!長時間も人を待たせるとか、どんな神経してるんだアイツ!車に子どもを置き去りにしてパチンコする母親かってーの!」
「車?パチンコ?」
「ああ、ムーにはきっと縁のないものだ。気にしなくていいぜ」
「ええー!?」
颯輝は、色々と愚痴を言いたかったが、ムーを目の前にして、それをやめた。
「そうだ、この辺散策しようぜ。ムー、街を案内してくれよ」
こうなったらお互い様だと言わんばかりだ。
「いいよ、ししょー。でも、剣術の稽古もして欲しいな」
「あっ、そっか。約束だもんな。……オッケー!じゃあ、どこか広い所へ移動しようぜ」
正直、颯輝は、時間が潰せたら何でも良かったらしい。ムーとの約束を思い出すと、すぐに目的を変更する。
「それなら、丁度よいところがありますよ。今、周辺マップを確認しました」
ミコトが、覗き込む様に会話に入ってきた。
◇
取引所から少し歩く。階段を登りきった所が開けており、見晴らしも良かった。気持ちいい風も吹いている。
2人はそこで剣術の練習をする事にした。
「さーて。何から教えたもんかな……」
とはいえ、なんだか颯輝の歯切れが悪い。
直ぐに稽古開始できないのは、準備不足な上に、颯輝が教え慣れていないからだ。今は基礎をどうやったら分かりやすく伝えるられるか、その筋道立てを思考している。
「剣を持って打ち合えばいいよ!そういうのやりたい!」
ムーは、ムーなりの練習イメージがあって、それを元気よく颯輝に伝える。
「いきなり打ち合い稽古かー……あのな、まずは間違えのない様に言っておきたいんだが、俺が教える剣術は、相手を力でねじ伏せ、切り倒すことが目的じゃないからな?自分自身を成長させることが一番大事なんだぞ?」
「えー?相手を倒さないでどうやって勝つの?」
「それは、相手に自分の思い通りに動いてもらってだな、そこを制するんだ。」
「思い通りに動く?よく分からないや」
「論より証拠。まあ、やってみたら分かるさ!」
ムーは全く理解できていない様子だ。しかし、颯輝は実践の中で学んだ方が、きっとムーには分かりやすいだろうと判断した。
「……あ、そう言えば道具が全く無いな」
しかし、ここにきて、打ち合い稽古に必要な道具を持ってない事に気付く。
「えーとね。実は、僕は剣を持ってるんだ!今日はししょーと稽古をしようと思って、これを持ってきたんだよ!」
ムーがそう言って、背中に斜め掛けしていた袋を、いそいそと取り出した。
早くお披露目がしたかったのか、焦って無駄な動きが多い。
袋の中からは、さらに布が出てきた。何か棒状の物をくるんでいる。
丁寧に包みを取り払うと、中からは金属製の剣の様な物が出て来た。
剣の様な物というのは、見るからに殺傷能力のなさそうな刀身で、刃が鋭く研がれていないからだ。
まるで、子供が木の棒を削りあげて作った、おもちゃの剣の様な外見で、柄にはぐるぐると大雑把に布が巻きつけてある。あえて、子供の作ったものとの違いがあるとすれば、刀身に細かく文字や紋様が細工してある事ぐらいだ。
剣の色はくすんだ銀色で、刃渡りは60cm程度とかなり小ぶりだ。ムーの身長から考えると、丁度良いバランスの長さに見える。
「うおお、何だこれ?変わった模擬刀だなぁ。ちょっと、借りてもいいか?」
「いいよー。でも、ちょっと重いからね」
「OKー!」
颯輝は、ムーの剣に興味津々だ。軽い気持ちで手を伸ばした。
しかし、剣を手渡され、ムーが手を離した瞬間――
「おもっ!」
颯輝は剣から手を滑らせてしまった。
剣はゴトンッ!と大きな音を立てて地面に落ちる。落としたところの土が、剣の重みで掘れた。
颯輝も、剣が重たい事を想定して掴んだつもりだったが、それ以上の重さだった。
落とした剣をもう一度掴み直し、なんとか持ち上げるが、両腕の筋肉が震えている。
「な、なんつう、重さだこれ?!一体何キロあるんだよ!」
「……うーん。分かんない。あまりに重たいから、普段は重みを取り除く魔法をかけて持ち歩いているんだよね。だけど、ボクが触ってないと魔法が解けちゃうんだ」
颯輝の問いに対して、ひょうひょうとムーは答える。
「も、もういいです……返すわ」
颯輝は剣をムーに返すと、ふるふると手を振るっている。
今ので握力を使い果たしてしまった様だ。
「この素材はヘヴィメタル(重金属)ですね。分析しましたが、詳細な素材名は不明です。ウォルフラムの様にも見えますが――」
ミコトが冷静に付け加えた。
それを聞いて颯輝がげんなりとする。
「重金属う?……通りで重いわけだ。これさ、どこで手に入れたの?」
「うん。貰ったんだよ。使いこなしてみろって言われて!」
「確かに、コレ使いこなせたら握力は鍛えられそうだけどよ?魔法で軽くしてたら意味ないよな。――あ?今いい事思いついたぞ!コレ敵に投げつけたら強いと思うわ」
「えー!大事なんだから、投げたりなんかしないようっ!」
「そ、そうか……」
「うん!」
「それにしても、コレをくれた奴の顔が見てみたいぜ。間違いなく、ヘンタイだ!」
「ヘンタイってどういうこと?ししょー?」
剣について話しが盛り上がっている時だった、
颯輝の後ろに、音も無く長身の男が現れて、声を掛けてきた。
「……俺様がどうかしたのか?」
「!!?」
颯輝は、人の気配を察する事に自信があった。
しかしそれでも、その男に全く気付く事が出来なかった。
それ故に、ただ者ではない事を察し、反射的に距離をとり向かい合うと、最大限に警戒した。
「誰だ……お前」
颯輝は警戒を解かない。半身になって腰を低く構えている。
その男は、2メートルをゆうに超え、アイボリーホワイトの髪の毛は腰までの長さがある。髪はまとめる事なく、風にたなびかせている。切れ長の目でアースアイの瞳が特徴的で、整えられたあご髭と、整った顔立ちも相まって、印象に残りやすい。胸元ははだけているが、襟の立った、裾の長いコートを着用している。
背中には、自分の身長と同じくらいの重厚な大剣を携え、堂々と立ち尽くしていた。
この男に気付いてからは、颯輝は強い威圧感をずっと感じていた。それは、立っていることも出来ない程で、最早、畏怖に値する水準だ。
「あ!かみさまっ!!」
ムーが、嬉しそうに弾んだ声をあげる。
「――少年か。元気そうで何よりだ。
俺様の言った通りに信仰の祈りは捧げているだろうな?」
男は、落ち着いた低めの声で、表情を変える事なく、顔だけをムーに向けて答えた。
「うん!欠かさず毎朝、毎晩続けているよ!」
「よろしい。後、布教活動を忘れないように。」
かみさまと呼ばれる男は、威圧的にムーを見下ろしながら要求だけを述べている。
ムーに至っては、そんな態度をものともせず、楽しそうに受け答えをしていた。
「あ!……忘れてたーっ!ししょーっ、かみさまの信者になって下さい!お願いしますっ!」
「ムーの知り合いか?かみさまってどういうことだよ?」
颯輝は、男に対するムーの態度で、敵ではないと判断し警戒を解いた。後頭を掻きながら、立ち上がる。
警戒を解いた途端に、威圧感は消失し、身体が軽くなった気がした。
「かみさまは、かみさまだよ。すっごく偉いんだよっ!この剣をくれたのも、かみさまなんだよっ♪」
あどけなく、自慢の友人を紹介するかの様に嬉しそうだ。
「神さま?ゴッド?……マジで?!この日差しの中、はだけたボディの上に一張羅のコートとか、完っ全にヘンタイ丸出しじゃねぇか。頭、大丈夫かこいつ」
颯輝が、そう言った途端。颯輝の身体は再び威圧感に見舞われ、重たくなった。
「うおおっ?!なんだこりゃ!」
「おい、貴様。不敬だぞ」
慌ててふためく颯輝。
男は静かに、低く、しかしハッキリとした言葉で語りかける。
「――神は実在する。故に俺様を信仰しろ」
更に重みは増す。
颯輝はついに立っている事が辛くなり、片膝をついてしまった。
「わーった!分かったからっ!もうやめてくれ!……い、いや、やめて下さいっ!」
半分、ヤケクソになりながら声をあげると、身体が軽くなり、ようやく膝を地面から離すことが出来た。
「はぁはぁ……マジかよ。これも重力系の魔法か何かじゃないだろうな……?」
颯輝はぶつぶつと言いながら立ち上がると、
威勢だけは衰える事なく、神に言い返してみせた。
「仕方ねえ。ムーに免じて、一応はあんたを神さまと認めてやるよ。でも、俺を信者にしたいのならバイブルの1つでもよこせよなっ?!」
「……ああ。確かに、それは盲点だったな。検討しておくとしよう」
神は微動だにせず、落ち着いたトーンで答える。
「……ええと、ミコト……ちゃんもかみさまを信仰してね……?」
ムーが、恥ずかしそうにミコトに頼み込んだ。
さっきまでの犬猿の関係性はムーの中で、まだ続いているのだ。まるで蚊が飛ぶ音のような小さな声だった。
「え?……い、いいですよ……?でも、私。そもそもアンドロイドですから。信仰というのはどうすれば良いのか分からないんです……」
もちろん、急な誘いにミコトも戸惑いながら答えている。
――しかし、ミコトの今の一言で、ムーは、何かが吹っ切れたようだ。
弾んだ大きな声をあげる。
「……!!そんなの簡単だよっ!?友達になれば良いんだ!」
ムーの言うことは的外れだ。
そもそも、神とは友人になれない。大体そういうものだ。
神と名乗る男は、口を開かない代わりに、ムーの発言で眉毛がピクリと動いた。
だが、ミコトは逆に、“友達“という言葉にとても興味を惹かれたようだった。
意を決すると、まるで颯輝とイブの前で見せる様に戯け始める。
「……こほん。分かりましたっ♪それでは、お友達になりましょう!宜しくです、ゼクスさんっ♪これで2人目の信者獲得ですね?」
ミコトは、握手をしようと手を差し出すが、神は、目を逸らしたまま、無表情に耳の後ろをかいた。
あからさまに、大男が握手したがらないのは態度で分かったが、それを確認した上で、ミコトは、ゼクスの手を掴み、自分の手と握手してみせ、上下に振った。
「え?ミコトちゃん、かみさまと知り合いなのっ?!」
「……てか、信者2人ってさ(笑)」
ムーは意表を突かれ、驚きの声をあげる。
颯輝にいたっては、腹を抱えて笑いだした。
「お前は、黙っていろ……っ!」
「うごぉっ?!!」
颯輝の言葉は、ゼクスの逆鱗に触れたらしい。また、颯輝に威圧を与えている。
颯輝は不意を突かれ、まるでカエルの様に不様に地面に潰れた。
「ええ、知ってますよ?お知り合いです。今しがた、知り合いから友達になりましたけどねっ♪」
目を細め、微笑みながら両肩をすくめるミコト。
まだ、ゼクスの手を掴んだままだったが、今度はゼクスが、ミコトの手を掴み、外した。
「ぺっ、ぺっ!えーと?ミコトたんと、ゼク……神さまは、一体どういう繋がりなんだ?」
再び立ち上がりながら颯輝が尋ねた。地べたに這いつくばったせいで身体中、埃まみれだ。
「ただの、古い付き合いだ――」
「お互い、連携協力協定の間柄なんですよ。いずれ、颯輝おにいちゃんには、詳しい事をお話しする機会もあるでしょう」
ゼクスの会話に被せ、遮る様にミコトが話す。
「えー!ししょーにだけ?!ボクにも教えてよー!」
「はい♪ムーも、お友達ですもの」
ムーに向けて微笑み返した。
ゼクスは、この場のノリについていけないと、首を左右に振ると、皆から目線を外し、空を眺めていた。
「ねぇねぇ。今、かみさまは暇なのかな?」
ムーが尋ねる。
暇なら剣の稽古に付き合って貰いたいのだ。
「悪いな、通りかかっただけだ。そこの取引所に用事がある」
「そっかー……残念」
軽くかわされて、ムーは分かりやすく肩を落とす。
「そうそう、今あそこにはイブがいるよっ?」
「知っている。……じゃあな、少年」
「バイバイ、かみさま。またねー!」
ゼクスは、ムーの投げかけた言葉を受け流し、この場を立ち去ろうとした。
しかし、2、3歩進むと、歩を止める。
そのまま背を向けた状態で、顔だけはこちらに向けて語りかけて来た。
「――そう、これは俺様からの忠告だ。昨日から、この街に良くないものが入り込んでいる。気をつけるんだな」
言い終えると、大剣を揺らしながら階段を下っていった。
「――何ともまあ、偉そうなオッサンだったな〜。今時さ、俺様キャラとかイタイだけだっつーの!」
「しーっ!かみさまだよ、ししよー!」
颯輝は、ゼクスの姿が見えなくなると、直ぐに毒づいた。
ムーは、急いで訂正を求める。
「そうだな、ムー。あいつの事はさておき、剣の稽古だぜ!」
颯輝は、適当に相槌を打ちながら、話をそらした。
少し納得がいかなかったが、ムーも剣術の練習はしたかった。直ぐに、頭の中は剣の練習の事でいっぱいになる。
……が、しかし、ある1つのことに気がついた。
「あれ?でも、ししょー?ボクが持ってる剣って、ひとつだけなんだよね。ししょーは持ってないの?」
「――悪いな」
颯輝は、両手のひらを上にあげて肩をすくめて見せた。
「そっか、変化系の魔法が使えたらししょーの分も作れるんだけどな〜」
ムーは、お互いに武器を持った状態での稽古にこだわっているのか、颯輝分の訓練用剣がないことが不服らしい。
「そうだなぁ……」
颯輝は周囲をぐるりと見回して、何か使えそうな物は無いかと探しながら答えた。
そうすると、はたと颯輝の視界に、ミコトがとまる。
「ミコトえもんた〜ん!何かいい道具ない?……と言っても、まあ、そんな都合よく出てこないか……」
颯輝は、ミコトを漫画に出てくる、未来のネコ型ロボットに例えた名前で呼びかける。
ミコトは一瞬、“えもん“という名前が何を指すのか分からなかった様だか、少し間を置くと、目を閉じた。
そして再び目を開くと、3の形をしたアヒル口になった。
「……んも〜う、しょうがないなぁ。はや太君は〜!」
しぶしぶと手を後ろに回しながら、スカートの中へ手を突っ込み、ごそごそと何かを探り出している。
「うそっ??!……マンガのネタが通じた!やっぱりここは地球だったんだな!はやく、はやく〜♪ミコトえもん〜!」
颯輝は、ミコトが理想的なリアクションを示したので、テンションが上がり気味だ。颯輝も、何かのキャラクターになりきった様に、変な口調ではやし立てる。
ムーはというと、2人のやりとりについていけず、キョトンとしていた。
颯輝は、次は何か自分の予想を、良い意味で裏切る物が出てくるのでは無いかと、ワクワクしながらミコトを注視している。
そして、ミコトは少し高めの濁声で、スカートの中から模擬刀を二本取り出した。
「――じゃじゃーん!“どこでも簡単お気軽、剣の稽古セット改〜!”」
「うわ〜!いろいろツッコミてえ〜!とりあえず……名前ながっ!」
颯輝は震えながらウケている。ミコトも得意げに胸を張っていた。
「……あれ?でもこれ、見覚えあるぞ。そうだ、昨日アージュとやり合っていた時だ。え?あの時、模擬刀で戦ってたのか?!」
「はい。こういう事もあろうかと、前もって模擬刀を持って来ていました。こう見えても私、スーパーAIですから!」
「……そうか〜、うっかり模擬刀持ってきちゃったんだな?全く、ミコトたんらしい!」
うんうん、と頷く颯輝の仕草に、ミコトは目を固く閉じながら両手を挙げて真っ向から否定する。
「うっかり模擬刀持ってきていませんっ!」
しかし、颯輝はそれで引き下がらず、ミコトに言葉を重ねる。
「そもそも、アージュに襲われることを想定してない時点でうっかりAIだよなあ」
「……あれは全くの想定外でしたね」
「いやいや、普通、逆だよな?」
ミコトは、真顔で答えている。
それに対し、淡々とツッコミを入れる颯輝。
「そもそも、私達アンドロイドは人間を傷つけるように作られていませんから。殺傷道具は必要無いんですよ」
「うーん。そんなもんか?」
「はい。そんなもんです♪」
颯輝をいさめる様に、ミコトは冷静に答えた。
颯輝はなんだか腑に落ちないまま、言いくるめられる。
◇
ミコトの持ってきた模擬刀が、颯輝とムーに配られる。
ムーは模擬刀すら重たいと言い、早速、模擬刀に重みを取り除く魔法をかけていた。
「うー、神さまから貰った剣を使いたかったなぁ」
「ダメだぞー。間違えて、その凶器を落っことしたりしようものなら大怪我だ。そこまで言うなら、その剣の重みを戻して、素振りを100回しなさいっ!」
ぶつぶつと不満をあげながら魔法を使うムーに向かって、颯輝は淡々と正論を浴びせた。
「……ううー!」
ムーは言い訳出来ず、ただ唸っている。