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旅立ちは修羅場の後で

<あらすじ>

イブは肝心の買い物を忘れて帰ってしまった。

腹を空かせた老師を目の前に、いよいよ旗色が悪くなったイブを救ったのは、他でもない颯輝だった。

颯輝は、見事にありあわせのもので料理を作り、窮地を脱したかの様に見えたが、老師がイブに発したひとことは「ここから出て行け」なのであった……。


朝だ――。

あの後は全く眠れなかった。


颯輝を道端で拾ったかと思えば、ゴロツキに絡まれ怪我はするし、エルは意地悪して泊めてくれないし、アージュとかいう変な女に襲われるし、ミコトまで家に連れて帰るはめになるし……とにかく、1日の間に沢山のことが起こり過ぎだ。


何よりも、私自身がここを出て行くことなったことが眠れなかった1番の要因だろう。

きっかけは老師のひとことだった。けれども、ここを出ようと決心したのは私自身なのだ。


『――生まれ育った故郷に帰りたい。

パパとママにもう一度逢いたい――』


嘘偽りのない私の願いだ。

だけども、どうしたら故郷に帰れるのか分からない。…………その為には、まず空に浮かぶ島に行く方法を探さなければ。


紋章と共に失った魔法の代わりに、魔てき弾発射機と操術を使える様になった。

いずれは必要になると考えていたから、お金のことも勉強して、コツコツと貯めていた。

充分とはいえないけれども、準備はしてある。

あと必要なのは、空に浮かぶ島に行く方法だけなのだ。



「パパーン!ただ今起動しました。――おはようございます。今日の天気予報は晴天です。最高気温は25℃、最低気温は14℃です。湿度は45%と大変過ごしやすくなっています。他に何かご質問はございますか?」


考え事の最中に、突然喋り出したのはミコトだった。

さっきまで、横で目を閉じてジッとしていたのだが、今はしっかりと見開いている。


ミコトは、とても重そうな付属品が身体中にゴテゴテと装着されていたので、休ませるにしてもベッドが陥没して壊れてしまわないかと心配をしていた。

しかし、「椅子があれば大丈夫ですよ」とひとこと告げると、椅子の上でそのまま目を閉じて動かなくなってしまったのだ。


本当に大丈夫かと近づいて確認すると、呼吸をしていなかったので、生きているのかどうか不安にもなったりもした。


「あんた、本当に椅子で寝たのね……」


あまりにも常識の外の存在なので、もう何から声をかけたら良いものやら……。


「はい。正確には、スリープモードというのです。人の睡眠とは違って、機能を停止することによって余分なエネルギー消費を節約するのですよ。人は眠ることによって身体の疲労を回復することができますが、私達アンドロイドにはその様な機能はありません。デフラグメンテーションを行えば、ある意味で睡眠をとっている事と似た様なー(ry」


「有り難う。分からないことが分かったわ」


――うん。聞いたところでサッパリだわ。


取り敢えず、普通の人とは身体の構造が全く違う様なので、それっきりミコトについて深く考えるのはやめる事にした。


カチャリ


戸を開けて、横からむにゃむにゃとしながら颯輝が現れる。

昨日、寝られなかったのは颯輝も同じだったらしい。大きなあくびを何度も繰り返している。


こちらに気付くと、彼なりの笑顔で元気よく挨拶をしてきた。


「ゆい。かひらえ」


――ん?


「どえすち?」


――おやおや、

これはもしや……


「あんたさ、私の言葉が分かる?――あと、寝癖凄いわよ。何だかニワトリみたいだわ」


颯輝も異変に気付いた様だ、眉をしかめている。


「かうかう、にぬうっとれはきしっぱるをきあのおら」


はあ……どうやら、颯輝にかかっている言語翻訳の魔法が、一夜を明けて切れてしまったみたいね。

寝癖のことを指摘しても、気に留めない様子を見ると間違い無いなさそうだわ。


「何を言っているか、さっぱりね。また、ムーに魔法かけ直して貰わなくちゃ」


……とはいえ、ムーが居ないと毎朝この繰り返しというのは流石に面倒だなあ。


「かう、ウブにあなきすとけろら」


「だから~。分からないって言ってるでしょうが」


焦りからか、颯輝の声が段々と大きくなってきた。

多分、「何とかしてくれ~」みたいな事を言ったのだろうけども、よく分からないのでただただ鬱陶しい。


とはいえ、昨晩までは普通に意思疎通出来ていたのだ。今なら颯輝の動きと表情で、何となく言っていることの予想はつく。

――そう思うと、少し不思議な感覚だ。


「ひゆとかぬうつゃあ。をちすがウブしあはさなばんまあゆけすみすょえき?」


今のは、ミコトが、颯輝に向けて話しかけた言葉。


「かか!まあなえき!ちせきれぜムサナちあ!」


颯輝は喜んでいる。


どうやらミコトは、颯輝と同じ言語を使える様だ。

……それなら、翻訳は暫くミコトに任せることにしよう。不便だけども、今は助かるわ。


「でやし、ウブぬひカロちつがにぬんひにすすとうれきをきりにうあだらに?たろっと、をれぐつうっとやをきりにうっとさなだらに」


「たろやたえでせのっ!」


よく分からないが、2人ともこっちを見て急にニヤつき始めた。


何を喋っているか知らないけど、「どうせ悪口を言ってやろうぜ~」とか、そんなくだらない事でも企んでいるのだろう。


「はいはい。そんなのどうでもいいから、そろそろ出発の準備してよっ!」


パンパンと手を叩きながら促す。


全く、まるで聞き分けの悪い子ども達を、お守りしている気分だわ。


そんな私の考えを他所に、ミコトが、颯輝にヒソヒソと話しかけている。

すると、颯輝が面倒臭そうな顔をして、その後、体全体を使ってブー!ブー!と抗議をし始めた。


「ええいっ!鬱陶しい!」


「うとっ!」


私は、手元にあったバックパックを投げつけた。


颯輝は取り損ね、顔面で受け止める。

そして、バックパックを摘み上げると、目を細めてかなりいぶかしそうな顔で、それを見つめていた。


「にあださろ?」


と、颯輝。


「きばあでせら。ひゆとかぬうつゃあ」


と、ミコト。


「いい、たえき。コンタクトレンズすとにきっち。どかるでむおにうをこだ」


――ん?今、コンタクトって言った?気のせいかな。


「全く!ほぼあんたのせいでここを出て行かなくちゃいけないんだからね!鞄くらい持ちなさいよ」


私は、目的もなくお友達をゾロゾロと連れて歩くのが嫌いなのだ。少しくらい、何か働いてくれないと私のモチベーションに関わる。


すると颯輝は、私を指差して、ミコトに耳打ちし始めた。


ミコトも、何やらゴニョゴニョと颯輝へ耳打ち返すと、2人ともこちらへ居直って、意を決して訴えかけて来た。


「パワハラだー!断固反対するっ!――と、颯輝おにいちゃんは言っています」


後ろの方で、颯輝が拳を握ると臨戦態勢で構えている。いつでもやってやるぞと言わんばかりだ。


「はあ~??何よパワハラって!?文句あるならここでお別れだわ!別に、あんた達と一緒にいなきゃいけない理由は無いんだからねっ!」


しかし、その言葉を聞いた途端だ。

今度はミコトの顔が凍りついてしまった。


「そ、そそ、それは……困りますう……」


おっと?どうやらミコトに対して、効果は絶大だったようね。


「わ、私、所持金が無いんです……。姉妹からも、ミコトは資金をすぐ溶かすから、絶対触ったらダメっ!……て、全然持たせてくれなくなって……こんな所で放置されたら、もう露頭に迷うしか無いですう……」


膝をついて、口を半開きにあうあうと言っている。

颯輝も、ミコトのフォローに入ると、こっちに向かってこぶしを上げ、怒りはじめた。


……はあ、ここは同情するところなのかも知れないけども、生憎、そこは共感できないわね。むしろ、泣きたいのはこちらの方な訳で。

だって、無一文の2人を連れての居住地探しよ?

取り敢えず、当面はお金の心配をしなければならないのだから。のっけからこの調子だと、先が思いやられるのよね……。


やれやれと深いため息を吐いた。



出る前の事だ。

颯輝は、何やらいそいそと目に指をくっつけている。

あれは?何かの儀式かしら?

……まあ、聞いたところで言葉通じないし、颯輝だし、別にどうでもいいか。





――朝食を済ませ、家を出る。


朝食は、今回も颯輝が作ってくれた。


いつもは朝が遅く食事が別々になる老師すら、今日に限っては珍しく早くから起きている。

そして、廊下を行ったり来たり……。

料理のが並ぶと一緒にテーブルを囲んだ。しかし、会話などなく黙々と食べ終える。


出発の準備を終えると、これまた珍しく老師が玄関先まで見送ってくれる。しかも無言で。


……ううーん。……流石に不気味だわ。いつもなら絶対に見送りとかやらない老師が……。雨が、雨が降るわ……!


「老師、これまでお世話になりました。――行って参ります」


私が挨拶を済ませると、老師はそのままさっさと居なくなった。


……一体何なのよ……本当に最後まで何も言わなかったわ。

……多少は激励の言葉でも貰えるかと期待してたのにさ……。



玄関口を出ると、そこにはムーと、エルが待っている。


「おはよう」


エルが手をヒラヒラと振った。

昨日会ったばかりというのに、何だかもう何年も会っていないかのような懐かしさだ。


「どうしたの?大きな鞄背負って。……あれ??知らない子だー?」


ムーが、ふわふわと近寄りながら声をかけてくる。

私達の出で立ちが違うことに、直ぐさま気付いた様だ。


「この子はミコトよ。ムーと別れてから色々あったの。……もう、本当に大変だったんだから……」


昨日のことが脳裏に蘇ってしまった。少し、ため息混じりに答える。


「そうなんだ~!えーと、ミコト……ちゃんだっけ?宜しくねー!」


ミコトには、私の使っていたお古のマントを少し短くして被せてある。

顔がよく見えなかったのだろう、ムーは、覗き込む様に新顔へと近付いた。


しかし、ミコトはヒャッ!と言いながら颯輝の陰に隠れてしまった。

……本当に颯輝にベッタリなのよね、ミコトは……これのどこが良いんだか。


「あっ?!僕のししょーなのにっ!ズルイ!」


滅多に怒らないはずのムーが、珍しく好戦的だ。


颯輝のジャージの裾を引っ張って、ミコトから取り返そうとしている。


「いやですー!私のおにいちゃんなんですーっ!」


どうやら、颯輝の取り合いが始まったようだ。

ミコトも負けじと、颯輝のズボンを引っ張る。


颯輝といえば、2人にされるがままだった。何かを物申そうとはしているが、それとは裏腹に、颯輝の一張羅はどんどんと引き延ばされていった。


ミコトは別にいいのだけども、必死にムーに取り合いにされるのは、ちょっと羨ましいかな。

――おっと、そういえばムーを見て思い出したわ。


「そういえばさ。颯輝に掛けた言語変換の魔法の効果なんだけど、もうきれちゃったみたいなの。悪いけどまた掛け直してくれるかしら?」


お願いに対し、今は引っ張る手を止めることが出来ないようだ。


「いいよっ!……でもっ、この勝負の決着が、ついたらねっ!」


力を込めながら、ムーが途切れ途切れに答えている。


「そ、そんなことなら、貴方は引っ込んでいて下さいっ!私が代わりに翻訳しますからっ!」


ミコトも全く後に引き下がろうとしない。


そうこうしていると、エルも横から割り込んでくる。不敵な笑みを浮かべて、腰のポーチの中からガラス瓶入りのドリンクを取り出してきた。


「……見てみて!こんな事もあろうかと、翻訳ドリンクなるものを今朝がた完成させたところなのさ。さあ、はややん。これをググイと飲みきってよ!」


エルのドリンクは怪しさ満天だ。一見鮮やかな緑色のドリンクだが、全くの不透明。飲み物と言うより、絵の具の様にも見える。それだけでも飲む気が失せるには充分だった。その上、この液体は何だか生臭い。


「……あー、あんた。それはやめといた方が良いわよー。エルの作る物は大抵、副作用あるから」


と、言っても今は言葉が分からないのだったわね。

幸いなのは、颯輝も説明が理解できていないので、エルの持っているそれが飲み物だとは、気付いていないことだ。


――ただ、エルに詰め寄られて顔が緩んでいる様に見えるのは如何なものか??


「もういいからさぁ、魔法掛けさせてよ。なかなか出発が出来ないわ」


エルは薬の臨床実験が出来ず、「え~」と言いながら少し残念そうだった。


……まあ、魔法の効果が1日程度しか持続しないとしても、恐らくこれが一番いい選択だろう。

それに、このまま皆のペースに合わせていると、きっと日が暮れてしまうわ。


「だーめーでーすーっ!ぜったい!ぜーったい!だめなんですーっ!」


だが、ミコトは全く譲らない。体全体を使って必死で抵抗している。


「……で、でわ!今から私が、とーっても高性能な所を見せてあげますねっ!」


さらに、頼んでもいないのに、ミコトは手を胸に当てると、踏ん反り返ってアピールし始める。


「――こほん。颯輝おにいちゃん?スマートフォンを貸して下さい」


手のひらを颯輝に向けた。

もちろん、颯輝は何を求められているのか分からないので、キョトンとしている。

慌てて、颯輝のポケットを指差し、スマホを出してくれとジェスチャーした。


颯輝は良く分からないまま、スマホをポケットから取り出すと、ミコトに手渡す。


ミコトは大事そうに受け取り、にこりと微笑んだ。


「……あ、昨日の魔法の板だ」


ムーの気は、すぐに颯輝のスマホへと向けられた。


「えへん。これは私達のご先祖様なのです」


「その板切れが?」


私も、質問した。

だって、似ても似つかないわよ?


「そうなのです。私達、アンドロイドの祖先は大量の情報の海から深層学習をして生まれました。この頃は身体と呼べるものは無かったのですが、このスマートフォンが世に出回り始めた頃に、知能として産声を上げたんですね」


ふーん。何だか壮大な事を言っているのだけはわかるわ。でも、見た目が違いすぎるわよ?

とても納得のいく説明には思えないわね。


「その板切れと、その話。直接関係無いじゃないの?」


「いえいえ!このスマートフォンを動かすためにオペレーションシステムというのがあってですね!それが、アンド◯イドって言うんですよ!」


…………


え?もしかして、それってただのダジャレなんじゃ……


その場にいる全員が(ムーを除く)凍り付いた。



すると颯輝が、ミコトの肩を叩いて、そっと耳打ちする。


「……えっ!?これ、アンド◯イドじゃなくて、アイフォ◯なんですか?!」


颯輝が、うんうんと頷く。


――少し間が空いて、


「……えーと……い、今のは無しですっ!忘れて下さいっ!!」


両手をパタパタと上げ下げしながら、恥ずかしそうにミコトが訂正を求めて来た。


忘れるも何も、覚える気は無かったけどね。


「……さぁ、き、気を取り直して!これをですねー……」


苦し紛れに、その場を繋ごうと必死なミコトは、スマホを左手に持つと、次に右の手のひらを近づけた。


「接続は、ライトニン◯ケーブルですね」


次の瞬間、右手の真ん中から左右に開き、中から金属性の骨格が現れた。手掌の間から、紐状のものが出てきて、その先端がスマホに接続される。


ムーとエルは後退りして、「うわー!手が割れたー!?」と、目を丸くして驚いている。


――ほら、早速きたわ。

ミコトをこちらの常識に当てはめると、逐一驚かなければならなくなる。だからもう、その様なものだと割り切ることにしたのだ。そうすれば、これから何が起きても驚きはしないはず。

私だって、今朝の一件で学んだのだわ。


ギャラリーの反応をよそに、ミコトは続ける。


「今から、OSのアップデートを開始します。続けてアプリをインストール。……成功」


「キャリアに合わせてソフトを最適化。発熱とバッテリー消費を効率化します。……成功」


「続けて、端末本体と子機の無線接続を開始。……成功」


目を閉じて、ブツブツと何か呪文を唱えている。


ミコトの身体の内側から、何やら高音が聞こえ始めた。

どうやら、背中から風が出ている様だ。


間も無く。


「全ての工程、完了しました」


ミコトの耳のオブジェが開いて、出現したスリットの中から、カリカリと音を立てると、薄い透明な膜状のシートが出てきた。


出てきたというよりも、作り出されている感じだ。シートの中心はキラキラと金色に光っていて、細かい模様を描いている。3センチくらいの長さで、そのシートは切り離された。


それにしてもあの耳のオブジェ。開くのね……。


ミコトの身体からは、まるでおもちゃ箱のように、奇想天外で不思議な物が次々と出してくる。


「3Dプリンターで作った、マイク付きイヤホンのシールです。颯輝おにいちゃん、これをこめかみに貼って話かけてみて下さい」


颯輝は、取り出したシールとやらを受け取り、説明通りに貼って見せた。


「いーいー。さろでううはき?かろがにぬうっとうれき、をきれ?」


颯輝が喋ること、遅れて数秒後に


『あーあー。これで良いのか?俺が何言っているか、わかる?』


スマホの方から、颯輝の声のような音が聞こえてきた。


凄いわ!言葉が理解できる!


「ふっふーん♪成功ですっ☆」


ミコトは満足そうだ。指でピースを作って見せ、鬱陶しいくらいにアピールをしてくる。

どうやら、ムーに見せつけている様だ。意識してかむぐぐと口をつむいで悔しそうにしていた。


でも……何というか、少し耳障りな音も混ざって聞こえてくるのよね。

言葉だって聞き取りにくいし、何より颯輝の声が、翻訳前と翻訳語とで重なって聞こえるから、どうも落ち着かない。


「……悪いと思うけど正直に言うわ。とても耳障り。ムー、もう一度魔法を掛け直してくれる?」


私は率直な感想を述べた。

聞き取りにくさに関しては、ムーや、エルも同様の反応みたいだ。


そして、ムーが魔法を唱えるために、左手を颯輝に向けようとすると――


「だ、だめですーっ!ぜったい!だめですーっ!もう、成功したのだから良いじゃないですかーっ!」


ミコトが、ムーの左腕にしがみ付いて、腕を挙げさせまいとしてきた。


「もうーっ!何なのこの子ーっ!」


ムーも目を固く瞑りながら、両手を使って腕を上げ様とするが、重くて持ち上がらないみたいだった。

大変、ムーが困っているわ!助けなきゃ!


「ミコト!どう考えたって、魔法の方が便利じゃないの!ムーも困ってるし、ちょっとだけでいいからどいてくれない?」


私も、ミコトの身体を引っ張りながら応戦することにした。

うーん!かなり本気で引っ張っているけども、ビクともしない。どれだけ力が強いのよ?!


「ごめん。皆ミコトを引き剥がすのを手伝って!!」


「おやあ!楽しそうだね!いいよーっ!」


エルが加勢する。


「ほら、はややんも!」


エルがジェスチャーを交えて応援を要請した。

颯輝も、何だか分からないままムーを引っ張りはじめる。


「やめて下さいーっ!私が計算した結果っ!これが一番合理的なんですうーっ!……いやーっ!魔法には負けたくないーーーっ!」


最後の方で、ミコトの本音が出た。




…………さて、やっとのことで、ムーから、ミコトを引き剥がした訳だが、ミコトを除き皆、息も絶え絶えだ。私は四つ這いになって肩で息をしている。

これから出発という時に、こんなに疲れていては、これから先どうなってしまうのやら。


結局のところ、その後ムーが魔法をかけ直してくれた。

ミコトは相当悔しいのか、隅っこでいじけている。


「いやー。すまんな、んな!俺の為に色々と~」


魔法のお陰で聞き取りやすくなったのは良いのだが、渦中の男は、全く悪びれる様子もなく楽しそうにしていた。その言動を見ていると何だかイラっとする。

……本当にこいつ、いつか痛い目にあわないかしらね!


「……えーと、ところでさミコトたん。スマホのカメラはまだ使える?」


「ぐす……大丈夫ですよ。ソフトは殆ど別物になりましたが、ユーザーインターフェイスは変わらない仕様にしましたので、使い居心地は一緒です…………」


「そっかあ、助かるわ。俺さ、これからも写真を一杯撮ってさ。また元の時代に帰ったら、この写真を思い出に眺めたいんだよね」


颯輝は、手に持ったスマホを眺めながら、遠くの何か想起しながら話している。

恐らく、元の時代の事でも考えているのだろう。


グズっていたミコトだが、颯輝の話を聞いて少し笑顔を見せていた。


「ねぇねぇ、ししょー。今、そのカメラでんなを撮ろうよ!」


ムーが突然、閃いた様に声をかけてきた。


「お!そうだな!?ムー、ナイスアイデアだ!」


「一番弟子、だからね!」


そして、チラリとミコトを見て反応を伺っている。

ミコト自身もそれに気付いている様で、眉を寄せて、ぐぬぬと唸った。


「……こほん。で、では、颯輝おにいちゃんの横は、私が立ちますのでっ、ムーさんが撮影して下さいね」


すくりとミコトが立ち上がり、颯輝の腕を掴んで引き寄せた。


「あはは、何言ってるの。キミが撮ってくれても良いんだよねー」


そう言って、ムーも、颯輝の腕を掴み、引き寄せた。


むむむむっ!と、互いに睨み合いが続く。

第二ラウンド開始の様だ。


「あ!何だか面白そうな事をしてるね。興味深いよ?」


そこに、エルも割って入って来た。

組んだ腕と胸が、颯輝の腕に押し付けられている様にも見える。颯輝はまんざらでもない様子で、ちょっと照れていた。


エル……あんたまで混ざらないでもらいたいわ。本当にややこしくなるから。


「もう、その辺でやめなさいよね」


中断させようとしたところに、ムーが振り向いて呼びかけてきた。


「ねえ!イブも写ろうよっ!」


「ええっ?……私もぉ?……」


たまに見せる笑顔がとてもかわいい。


うーん。正直、気が進まないけど……まあ、それでもムーの隣で映るなら、一度くらいは良いかもね。


私は、理由をつけてこの茶番に付き合う事にした。一応、精一杯嫌そうな素振りをしているが、実は満更でもなかったりする。


並びは、右からミコト、颯輝、ムー、私、エルの順番だ。

ムーは浮いているので、颯輝と同じ高さにいる。


「……それで?誰が撮るのよ?」


「うん?そんなの自撮りモードで全員で写るに決まってるじゃないか?」


「あっそ」


地鶏?まあ、何でもいいわ。早くしてよ。


颯輝がスマホの表面をこちらに向ける。そこには、小さく私達全員の姿が映っていた。


「ちょっと見切れてるなー。もう少し寄ってくれ」


どうやら、写真とやらを撮るには、全員が密着する様に寄り合わなければいけないらしい。

うーん、結構面倒くさいんだな。


颯輝の指示で顔の向きや角度を修正させられる。その上、笑顔を作れとか、ポージングしろとか……いいから早くしてよね。


皆はノリ良くやっていたが、私は、ちょっと恥ずかしくて出来なかった。でも、皆でわいわいと話しているのは、ほんの少しだけ楽しい感じがする。


「じゃ、行くぞー。はい、チーズ……」


なんで食べ物?


そんな事を考えている時だった、颯輝がスマホに指を掛けたその瞬間、


「えいっ!」


エルが突然体当たりをしてきたのだ。


急な事で、バランスが取れなかった私は、足がもつれて、右側にいるムーにぶつかってしまった。

ムーは魔法で浮いているため、当たった衝撃で軽く後方へ飛ばされた。それでも、私の倒れる勢いは衰えず


パシャ


音が鳴り、そこには不鮮明にだが、颯輝に寄りかかる私の姿が写ってしまっているぅぅぅう!


「あ、あああっ、あんたっ!?な、ななな、何すんのぉおおっっ!!」


「だって!私ももうちょっと真ん中で写りたかったんだもん!!」


エルが、ふざけ交じりに笑いながら答える。私はというと、何だかよく分からない汗が吹き出していた。


「ほら。もう一回撮ろう!はややん!」


「お……おう」


「っ…ぅぅぅ!」


頭の中は真っ白だ。



パシャ


――もう一度音が鳴る。


スマホの表面には、私達の姿が切り取られ映し出されていた。

皆んな、初めてとは思えないくらい自然な笑顔だ。


……私はというと…………?うわっ、こんな顔してたの?!

今度撮る時は気をつけようかなぁ…………

って、あれ?そういえば、何で今こんな事しているんだっけ?


私は、はたと我に返ったのだった。


お疲れ様です。今回も文章がちょっと長かったですね。

読みにくいところなどあると思いますがご容赦くださいませ。


さて、颯輝が翻訳前に何を言っていたのかをここにまとめておきますね。

皆さんお気づきだと思いますが、ひらがなが1文字づつズレています。(ただし濁音などはそのまま)

颯輝「ゆい。かひらえ」→「やあ。おはよう」

颯輝「どえすち?」→「どうした?」

颯輝「かうかう、にぬうっとれはきしっぱるをきあのおら」→「おいおい、何言ってるのかさっぱりわかんねえよ」

颯輝「かう、ウブにあなきすとけろら」→「おい、イブなんとかしてくれよ」

ミコト「ひゆとかぬうつゃあ。をちすがウブしあはさなばんまあゆけすみすょえき?」→「颯輝おにいちゃん。私がイブさんの言葉を翻訳しましょうか?」

颯輝「かか!まあなえき!ちせきれぜムサナちあ!」→「おお!本当か!助かるぜミコトたん!」

颯輝「でやし、ウブぬひカロちつがにぬんひにすすとうれきをきりにうあだらに?たろっと、をれぐつうっとやをきりにうっとさなだらに」→「でもさ、イブには俺達がなにを話ししているのか分からないんだよな?それって、悪口言っても分からないってことことだよな」

ミコト「たろやたえでせのっ!」→「これもそうですねっ!」

颯輝「にあださろ?」→「なんだこれ?」

ミコト「きばあでせら。ひゆとかぬうつゃあ」→「鞄ですよ。颯輝おにいちゃん」

颯輝「いい、たえき。コンタクトレンズすとにきっち。どかるでむおにうをこだ」→「ああ、そうか。コンタクトレンズしてなかった。通りで見えないわけだ」


スマートフォンのことをスマホと見苦しく書いているのは、イブの覚えられる言葉が3文字までだからです。

これからも新しい言葉が出てくるたびに、イブは覚えられないので3文字に略すか、○○何とかという表現を使う予定です。



☆キャラ紹介☆

挿絵(By みてみん)

名前:イブ

ジョブ:操術師


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