ブールマニエって何よ?!
<あらすじ>
やっと家に到着し安堵していたイブであったが、家主の老師はすでに戻っていた。おまけに肝心の夕食を買い忘れていることに気づいてしまい、事態は最悪に……。
ショックを受けていると、颯輝が急に「料理を作る」と言い出したのだった。
「お前は、さっきからちょっと待てばっかりだなー。そうだぜ?世話になるからには、出来る事は手伝わないとなっ!」
――幻聴では無かった。どうやら食事を作る気満々らしい。
申し出は嬉しい。……だけども、
「不味いもの作ったら命の保証は無いわよ?老師の怒った時の恐ろしさと、採点する舌が肥えていることを、あんた知らないでしょ?!」
食べることを道楽としている老師に、中途半端な物を出すと怒られてしまうのだ。それを私は知っているので、いつもは老師の居る日は食事を作らないで、店で購入している。……それでも、やれ「作り立ての方が旨い」だの、「あの店は味が落ちたからもう二度と口にしない」だの、とても口やかましい……。
それにだ。今、私と颯輝達は、老師のご機嫌を損ねたら即刻追い出されかねない、ある意味一蓮托生の状況下にある。
――つまり、下手なことをして株を下げられでもすたら非常に困るのだ。
しかし、そんなことを杞憂する私に対し、颯輝は笑う。
「――なあ?お前が思うほど、その老師って人は怖い人じゃなさそうだぞ?」
意外な、一言だった。何でそんな事が言えるのだろうか。
「何を根拠に……!」
「まあ、見てなって!ミコトたん、手伝ってくれ!」
「はい!颯輝おにいちゃん!」
私の言葉を制止するかの如く、2人は調理場に飛び出して行ってしまった。
……はあ、本当に好き勝手やってくれるわね。どうなっても知らないわよ。
後を追いかけると、調理場では何やら2人でゴニョゴニョと打ち合わせをしている。
どうやら、颯輝が詳細な内容を指示している様だ。
「ミコトたん!――このミッションは、ミコトたんの働きこそが要であり、全てが掛かっている。言わば、俺とミコトたんは運命共同体というわけだ。分かるな?」
「はいっ!」
颯輝の言葉に、ミコトは楽しそうに答える。
頭はリズムをとりながら左右に振っていて、耳のオブジェには“ニコニコマーク“が映し出されていた。
「よし!じゃあ開始だ!よーい、ドン!」
早速颯輝が、遠巻きに問いかけてくる。ガラス瓶の容れ物を掴み挙げて、振りながらこちらに見せる。
「おーい、イブ。この辺の物、適度に使っていいかー?」
「え?いいけど、壊さないでよ?」
颯輝は、片手でオッケーのサインを送ると、ミコトにガラス瓶を渡す。
そして、氷箱から牛乳を勝手に取り出すと、ガラス瓶の中にドボドボ入れ、蓋を締めた。
「さあ、思いっ切りこれを振るんだーっ!!」
颯輝が力強く指示を出した。
ミコトは、「はーい!」という掛け声と共に、高速でシャカシャカと瓶を振り始めた。
段々と速度が速くなり、ブーンという音が聞こえはじめる。動きが速すぎて残像すら見える。
「ミコトたん!振り過ぎ注意な!熱くなりすぎると固まらないぞ」
颯輝は、いつの間にか食料庫から玉ねぎを持ってきて、皮を剥き始めていた。
「大丈夫ですっ!私の手のひらは冷却機能も備えていますからっ!」
ミコトの背中に開口部が現れ、プシューと音を立てる。するとそこから熱風が排出される。
――間も無く、瓶が台上にコトリと置かれた。
「できましたーっ!」
とても満足そうだ。
瓶の中を見ると、牛乳が見事に薄黄色の液体と白い個体に分離している。
「――って!?早えな!もう終わったのかよ。俺も昔にやった事あるけど、生クリームからでも10分はかかったぞ?」
生クリームぅ?……まさかケーキでも作るつもりじゃないでしょうね?!今、必要なのはおかずよ!スイーツじゃないわ!
……ああ、私の不安は募るばかりだ。そんな事は関係なしと、颯輝は玉ねぎをキッチンナイフで切っている。
「次は、これだぞ。うまくやってくれよ。方法は任せる!」
作業の手を止めると、小麦が入った袋をミコトに手渡した。
「任せて下さいっ!」
ミコトは、鼻息( 出るのか?)を荒げながら袋を受け取った。
――そして次の瞬間、口の中に小麦をザッと流し込む!
「ええええっ!!?」
私も驚いたが、颯輝もうろたえている。予想外の展開だった様だ。
ガリガリガリ
ウィィィィィィィン!
暫く、ミコトの中から高音が聞こえる事、数十秒後。おもむろに口を開いた。
口の中からは、白い粉がサラサラと出て来て、手に持っていた袋へと再び移し入れられる。
ミコトは満足そうに「ほわいまいたっ」と口の中は粉まみれのまま、もごもごと颯輝に報告していた。
「……す、すまん。ミコトたん。……それ、もうちょっと上品に成りませんかねえ?」
颯輝は困った顔をしながら、気遣う様に再度お願いした。
た、確かに、今見た光景が、まだ目に焼き付いているわ。工程を見てしまうと何となく食欲なくすわね。
「ええ〜?!颯輝おにいちゃん、やり方は任せたって……」
ミコトの耳のオブジェが“涙マーク“に、切り替わる。
「確かに、任せるとは言ったがなぁ……」
流石にビジュアル的な衝撃が強過ぎたのだ。
――ミコトは、颯輝の指示で手を使い、再び小麦を破砕し始めた。
時々目を細めてはフーフーと息を吹きかけ、表皮とはかまを取り除く。
……さっきと比べると、効率も悪くとても地味な作業だ。
「さて、こっちも作業をすすめるか。ここからが本番だぜ!」
小麦のことはミコトに任せて、颯輝はさっきカットしたばかりの玉ねぎや人参、ブロッコリー、ジャガイモ、ソーセージなどを鍋の中で少し炒め、茹で始めた。
逐一、颯輝が調理器具の使い方や調味料の場所を聞いてくるので、面倒ではあったけれど、仕方なく私は一通り教えた。
ただ、私の予想を超えていたのは颯輝の吸収は早さだった。
一度聞くと、目から鼻に抜ける様に理解を示す。
……ううむ。もしかして、颯輝は料理を生業としている家系の人間なのかしら?見ている限りでは、料理の技術と知識の応用力を兼ね備えている様だし。彼を専属のコックとして雇うのは、もしかしてアリかもね。
「――ねえ、あんた。大見栄を切るだけのことはあるじゃない。料理人の家系なのかしら?」
興味があるので聞いてみた。しかし、颯輝は顔を背ける。
「いや〜。単に作るのが好きなだけだよ。こんなの、一人暮らししてたら誰でも出来るさ。……別にそんなに大した事じゃねえし……」
そう言って、鼻の頭を掻いている。
恥ずかしがっているのかしら?素直に出来ることを自慢すれば良いのに。変わった人種ね?
「颯輝おにいちゃん!終わりましたよっ!今度こそ大丈夫です!!」
ミコトがやっと作業を終えた様だ。手元の器には、先程同様に小麦で出てきた粉が集められている。
ちなみに、最初にミコトが作った粉と比べると少し荒い。ゴミも取り切れて無い様に見える……。
「よしっ!これでブールマニエが出来るな!ミコトたん良くやったぜ!偉いぞっ!」
「……あ、あたま!頭を撫でて下さい〜!」
ミコトが、頭を颯輝に差し出してくる。
颯輝は、言う様に頭を優しく撫でてやった。
ミコトはとても喜んでいる。まるで、撫でられてゴロゴロと唸る猫の様だ。
それから先は、颯輝がほぼ1人で作っていた。
牛乳からできた固形物を温めて、別容器に入れた後、ミコトの作った小麦の粉を混ぜ合わせる。するとペースト状の物が出来上がる。
野菜を煮ている鍋には、牛乳の残りを足し入れた。
そして、鍋の中に先ほどのペーストを物を溶かし入れると、野菜の煮汁に段々ととろみが増してくる。
うん。とても良い匂いだ。
ここまでくると私も、颯輝が何を作っていたのか理解できた。これは恐らく、クリームシチューだろう。
「待たせたなっ!できたぜ!」
味見用に持っていた皿を台に置くと、颯輝が料理の完成を告げる。
「今日は思った以上に上手くいった♪ ――それにしても、味見しただけで、もうかなりお腹が一杯になっちまったな」
おもむろにスマホを取り出すと、料理に向け写真を撮りながら話す。
「それは、ですねー。現代の食べ物は、品種改良が進んで、颯輝おにいちゃんの時代に比べると、栄養価が約10倍近く高くなっているからですよ♪」
ミコトは得意そうに人差し指を振りながら答えた。
へえ?昔はそんなに低栄養だったのね。
「10倍っ?まじかよ。じゃあ……これってさ、もしかして作り過ぎ?」
颯輝は、それよりも料理の量のことの方が心配な様だ。
……しょうがないわね。料理の礼も兼ねて、たまには優しくフォローでも入れてやろうかしら。
「大丈夫。それぐらいの量なら私も普通に食べるわよ?まあ、そうは言っても老師には少し足りないかも知れないけどね」
「うええっ?全部って!お前ちょっと食べ過ぎじゃねえのか?!……あ、そういえば、さっきもエルの所で散々クッキー食べまくってたよな?お前の胃袋一体どうなってるんだよ?!」
……おいコラ。
私は、颯輝の言動に若干、そう……若干腹を立てた。
全く大きなお世話だ。女子に向かってデリカシーがなさ過ぎだわ!
さっきのひとことで、颯輝もこのままでは足りないと思ったのか、その後も追加で何品か作っていた。
早速、出来上がった料理を老師の所へ運んで行く。
配膳し終えると、老師が食べ始めるのを皆、固唾を飲んで見守っていた。
「――ふむ」
……どうやら、見た目は合格の様だ。
老師がスプーンを手に取った。
そして、シチューをひとさじすくい、口に運ぶ。
何か考えながら食べている様だ。
ゆっくりと咀嚼し、一言も喋らない。
『……なあ?これって』
颯輝が、痺れを切らして小声で話しかけて来た。
『しっ!黙ってなさいよ!!』
私は颯輝を肘で小突く。
無言の時間が暫く流れた。
流石に、私も沈黙を続けるのが辛くなってきた頃だ、老師はゆっくりとスプーンを台に置いた。
「……ふん。美味いじゃないか」
踏ん反り返り椅子に背もたれると、顎髭を触り、やっと口を開いた。
「やった!」
つい、声に出してしまった。
颯輝も、ガッツポーズを取り、「よっしゃ!」と身体で喜びを表している。
よかった。これで夕飯のお咎めは無さそうだ。掴みはいい感じね。
――後は、颯輝を暫くうちに置くことを、どう承諾してもらうかだわ。ミコトについても果たしてどう伝えたものやら……。
そんな考えを巡らせている時だった。
「ところで、イブよ」
老師が目だけ動かして、こちらを見る。
「なに?老師」
「お前は、もう、ここから出て行くんだ」
一瞬、私は何を言われたのか分からなかった。
「ごめんなさい。やっぱりそうよね?他人を家に連れて来ておいて、急に泊めて欲しいというのは、流石に無理な相談だったわよね。今からでも、別の所を当たり……」
慌てて喋りながら考える。
ええと、老師は今なんて言った?
「聞こえなかっのたか。お前もここを出て行けと言っとるのだ」
「……え、嘘?冗談よね?」
「嘘に聞こえるか?」
……やっぱり幻聴じゃ無かったのか。
いつもの喧嘩で飛び交う様な、売り言葉では無いのは雰囲気から察した。
でも、急にどうして……?全く理解が出来ない。私は、理由を聞かずにはいられなかった。
「……何故ですか?」
「そうだぜ、イブの師匠!何でそんな事を言うんだよっ!困るなら俺は出て行くから、そんな事を言うのはやめてくれよ!!」
「わ、私も出て行きますっ!」
颯輝もフォローしてくれた。
ミコトはワンテンポ遅れて発言する。ミコトに限っては、考えなしに雰囲気に合わせている感じすらある。
「これは師弟の中の話だ。お前たちは黙っておれ」
「だけどよっ!こんなのってないぜ!仮にもあんた、イブの師匠だろう?放り出して可哀想とか思わないのかっ?!」
颯輝が食い下がる。
――その瞬間、老師の手刀が、颯輝の首筋に打ちつけられた。
「うがっ!?」
颯輝はそのまま気を失い、膝から崩れ落ちた。ミコトは、倒れた颯輝に駆け寄り「おにいちゃん、おにいちゃん」と言いながらオロオロしている。
「黙っとれと言っただろうが」
床に横たわっている颯輝を一瞥しながら、老師が吐き捨てる。
その後、こちらを見直し、言った。
「お前も、こんな所でいつまでもぬるま湯に浸かってないで、世の中を見て来い。そう言う意味だ」
成る程。どうやら破門……という訳では無いらしい。それにしても、どうして今なのか。私には疑問が尽きなかった。
「何故今なの。それに、私はまだ老師から全てを学んだ訳ではないわ。まだ学びたい事は沢山あるんだから」
「今、だからだ。
お前が、ワシの所に転がり込んで来たのは、操術を学ぶ為に門戸を叩いた訳ではあるまい……まあ、そんな理由であればワシも相手にもしなかったがな」
それは、老師と初めて会った時の話だった。その時の私は、生きたいと願い、藁にもすがる思いで老師を頼ったのだ。
――全てを失ってしまい、孤独なこの身を拾ってくれたのは他ならぬ老師だった。まだ、最近のことの様に覚えている。
「あの時は、生きる術が無いから拾ってやったのだ。だがもう、今のお前なら独り立ちも出来ると思うがな」
目を細めて言う。
……老師は、私の力を認めてくれたのか?いや、信じてくれているという風だ。
突然のことで、突き放された様な孤独感があった。今この瞬間も戸惑いと寂しさを感じている。気づけば、それだけここは私にとって居心地の良い場所になっていたのだろう。
だが、同時に、私はいつまでもここにいる事は出来ないかもしれないという予感があった。
『――またもう一度だけ、私が幼い頃に生まれ育った場所に帰り、本当の両親に逢いたい―』
いつでも心の片隅に、そんな強い想いを抱いていた。
そう、私の故郷はこことは別の場所にあるのだ。
だが、ここでの生活が長くなるにつれ、その想いが段々と薄らいでいたのも事実だった。
『このまま故郷の事を忘れてしまうのも、別に悪い事じゃないのではないか』そう、最近では考え始めていた頃だった。
――老師は、ただ、静かに私を見ている。
その眼は、これから歩む道は自分で決めなさい。そう言っている様だ。
私は……。
『――ここを出て行こう―』
そう思った。
誰でもない自らの意思で。
私は、老師に視線を逸らす事なく、ゆっくりと頷いた。
「うむ。お前はまだ半人前だ。慢心はするなよ」
それは、老師なりの激励の言葉だった。
――本当に。ファングという男は言葉数が少ない。初めて会った時からそうだ。
家族もなく、特別親しい友人がいる訳でも無い。皆からは化け物と畏怖されている寂しい男だった。だからか、コミュニケーションの取り方が分からないのかも知れない。
思った事を、相手に上手に伝える事が出来ない、そんな不器用さがあった。
家では、ろくに行き先も告げず留守にしたかと思えば、帰って来るのも突然で、しかも何故か隠れている。
この男の一番不可解なところは、隠れることが面白いと思っている事だ。
別に、戦うための何かを教えてくれる訳でもなかった。
繰術も、殆どは見様見真似だった。
ただ、ぶっきら棒に一言二言呟いては沈黙する。
意に沿わない時には怒り、後で言い過ぎたと気付きまた沈黙する。そんな毎日。
1つの言葉から、10個の事柄を理解しないと付き合っていられないくらいで、こちらもそれなりに神経を使った。
でも、それは老師にとっても同じだったのかも知れない。
私も、言葉数が多い方ではなかったのだから。
知り合いも居なくて孤独だった。
些細な事で傷付いた。自分の事だけで精一杯で、周りに気を遣かう余裕など全然無かった。
そんな不器用な男とその弟子は、互いに傷つけながらも支え合い、失敗から学び、生きてきた。
――だが、そんな日々も今日までなのだ。
「はい」
そう答えると、
何だか急に目頭が熱くなるのを感じた。
今まで言葉に出来なかった色んな想いが込み上げてくる。
気付けば、大きな声を出しながら老師にしがみついて泣いていた……
……そういえば……私がここに来たばかりの時には、お互いにどう接していいか分からなくて毎日ギクシャクしていたな……。
その頃だった。孤独を極端に怖がる私を、老師は突然始めた“隠れんぼ“で驚かせたんだ。
私はいきなりの事で、びっくりしてひっくり返りそうになった。――でも、老師の行動が意外だったし、びっくりしたらその後に何だかホッとしてしまって、泣きながら笑った事があったっけ……。
……そうか。老師は、ただ私の笑顔が見たかっただけなのか……。
それから馬鹿のひとつ覚えみたいにずっと同じ事を続けていてくれたんだ。そうならそうと言ってくれればいいのに。
全くこの人は……。相変わらず……。
――ふと顔を上げて見ると、目の前の老いた大男は、下を見ないよう天井を仰いでいた。
大きな手は、私の肩をしっかり掴んでいた。
しかし、その指先は僅かに震えていた……。
◇
「出発は明日にしろ。持っていけない荷物は置いていっていい」
あの後の老師の言葉はこれだけだった。相変わらずの言葉足らずである。
解釈するに、今日は皆泊まってもいいということか。それと、大きい荷物は行き先が決まってから後で取りに来てもいいらしい。
老師なりの計らいの様だ。
「……あいててて、あのおっさん容赦ねぇな。次はおっさんのスープにだけ唐辛子入れまくってやるか?」
片目を開け、首をさすりながら颯輝が言う。
颯輝はさっき目が覚めたばかりだ。口が減らない所を見ると、もう一発喰らわないと済まないらしい。
「あんたは首が繋がってるだけでも感謝しなさいよ」
私は、2人分の寝床を準備している。
颯輝はともかく、ミコトには寝床や睡眠が必要なのか?と、疑問は残るが。
――あれ?そういえば、ミコトは一体何処へ行ったのかしら?さっき、老師に呼び止められていた様な気もしたけども。
その頃。別室では、たてがみの大男と小さい機械人形が相対していた。
部屋の中は灯りが落とされ薄暗くなっている。
「……あんな三文芝居まで打ちおって、お前がなんの目的でここに現れたかは、大方察しは付いているわい。しかし、同時に危険も連れてきたな。騒ぎになっていないだけで、今日は良くないものが次々と街に入り込んできている。今度は、お前たちは何を起こそうとしているのだ」
ファングは、サングラス越しに冷たい視線をミコトに向けていた。
「ファングさんに、ツクヨミからの伝言を伝えに来ました」
「――ほう?」
ミコトのひとことに、ファングの目が細くなる。
「“もう一度、力を貸して欲しい“だそうです」
少しの間、沈黙が続く。
先に口を開いたのはファングだった。
「もう、お前たちには一切関わらないと言ったはずだぞ」
「無理は承知の上でお願いに来ました」
「……分からないのか。あれを目指すのは意味をなさない行為だ。無駄に犠牲者が出るだけだ。それ程までの犠牲を払い、得たものに何の価値があるというのだ。」
「全ての人のために必要なことです。……今度こそは、成功させます!」
「馬鹿馬鹿しい。……話しは互いに平行線だな。もういい、帰れ。そして、お前の主とやらに伝えろ。“壁の向こう側”へは、お前たちだけで行け……とな」
ミコトの反応は無い。
答えない代わりに、ジッとファングを見ている。その瞳のレンズは無機質にファングの姿を反射して映していた。
「――そう、ひとつだけ忠告だ。俺の弟子に、“もしも“の事があったら、お前達はひとつ残らず破壊するからな。その事を忘れるなよ」
そう言い放つと、ミコトに背を向けた。
「行け……。もう、会うことは無いだろう」
ファングの言葉に従うかの様に、さよならですと言うと、ミコトも静かに部屋を後にした。
キィ……パタンと音を立て、扉が閉まる。
1人残された部屋。大男は小さく呟いた。
「……あいつを、そこに、連れて行ってやってくれ。……頼んだぞ……」
言葉は闇の中へ静かに消えていった――