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イブ、虎の尾を踏む

<あらすじ>

颯輝を連れて、しぶしぶ帰路に着こうとしたイブだったが、シスターアージュに襲われていたアンドロイドのミコトに遭遇する。

アージュは立ち去ったものの、残されたミコトは何故かイブについて行きたいという。

イブの苦難はまだまだ始まったばかりだった。

「ダメージの跡は大丈夫か?」


「大丈夫ですっ。応急処置をしましたから。破損箇所は修復済みです♪」


颯輝が、心配そうにミコトに声掛けていた。ミコトは気遣われて嬉しいのか、笑顔で返す。


ミコトは服も破れているし、ダメージもある。とても目立つので、私の羽織っているマントを貸してあげたのだが、丈が合わず、少し引きずっていた。

何が楽しいのか分からないが、鼻歌をうたいながら後をついて来る。


……それにしても、古代人類とアンド何とかという異色の組み合わせ。この2人を引き連れて家路につくなんて状況、一体誰が予想しただろう。


いつもは何も気にしないで歩く帰り道。だが、今日はとても足取りが重い。家が遠く感じる。

流石に……もう何も出て来ないでよ?

ふと、そんな考えがよぎった。


「ははは、もう一波乱くらいあったりしてな!?」


「あんたは黙ってなさいよっ!」


――途中、門をくぐり抜ける。四方を壁に囲まれた中には、見るからに立派な建物が立ち並んでいた。


「おお?何だか急に雰囲気が変わったな!金持ちが多いのかここ?」


「まあね。どうでもいいけど静かにしてくれる?目立つから」


――周囲に変な噂を立てられては面倒だ。


「お前ってさあ、実はお嬢様なわけ?だとしたら、とんだ悪役令嬢だな?」


「うるさい黙れ」


「はいはい」


お嬢様ねえ……。ここが、資産を持つ者達によって築かれた区画である事は間違いない。状況から考えて、間違えるのも無理はないだろう。

……それに、颯輝のいう“お嬢様“というのも、あながち間違ってもいないのよねえ。でも、そんなことを説明すると、どんどん話がややこしくなるので、今は答えたくなかった。


「ここよ」


他よりも背が高く、一際目立つ建物だ。

颯輝がその外観を見て、ヒュウと口笛を鳴らした。


良かった。無事に家に着くことが出来た。私は私で、安堵して肩を撫で下ろす。


建物の入り口から入り、リフト前まで来た。鉄の格子扉が開き、そこには昇降用の円盤が待っている。


「これ、エレベーターか何かか?」


「何よそれ?もう、いいから黙って乗りなさいよね」


誰がいるか判らない。あまり人に見られたく無いのに、こいつはちくいち聞いてくるわね。


――中に入り、鉄の格子が閉まると円盤は動き、昇り始めた。


「おお、すっげ……!」


颯輝は驚きの声を発していた。

目的の階層に着くと、鉄の格子が開く。目の前のドアを開けた。


「鍵はかけて無いのか?」


「かかっているわよ?」


颯輝が、何気なく尋ねてきた。

質問の意図が分からないが、答えておいた。


――私、もとい老師の家はちょっとしたレジデンスになっていて、最上階が我が家だ。もちろん、家のドアは普段は施錠されており、無関係の者が立ち入る事は出来ない。そういう意味では、鍵はかかっている。


ああ、もしかして、颯輝はドアに近づくだけで勝手に鍵が開くことを知らないのかしら?

うん。最上階のここなら覗き見る人も居ない……か、


「えーとね、これを付けていると、家主が近寄っただけ勝手に鍵が開くのよ。さっきのリフトもそうね」


そう言って、首の飾りをみせてあげた。チャリンと鎖の擦れ合う音がする。


「紋章さえあれば、こんな飾りも要らないんだけどね。言わば、これは紋章の代用品なの。だから、これを無くしたらすっごく困るのよね。あんたも、登録所に行けばこれと同じものを貰うことが出来るわよ。ここの街の取得要件はかなりザルだから、言葉さえ通じればだいたい手に入ると思う」


「すげー!仕組みはよく分からんが超便利だな!何か、ちょっと欲しいかも?!」


颯輝が、感嘆の声を上げている。どうやら質問の答えとしては当たりのようだ。


「颯輝おにいちゃんの時代でいうところの、マイナンバーを持ち歩いている様なものですね。私がサーチした所、イブさんのネックレスには沢山の個人データが蓄積されています。そして、このドアは個人認証システムが組み込まれていて、鍵が個人データを感知し、自動的に開閉する仕様になっているみたいです」


「車のスマートキーみたいなもんか?」


ミコトの口から、私の知らない単語がどんどん出てくる。

颯輝といえば、ミコトの説明で納得したのか、成る程と唸っている。

あれ?私は蚊帳の外なのかしら?


「もう、そんな事はいいから、早く中に入って頂戴な」


2人に促した。


部屋に入ると、主人が帰って来たのを歓迎する様に、部屋の明かりが灯され、同時に暖炉には火が入れられた。

さっきまで部屋内を掃除していたであろう、箒とちりとりが所定の場所にフワフワと戻る。


「うわっ!何これっ?!ハリー◯ッターみたいだ!ちょっと感動するんだけど!」


颯輝のテンションが高い。


流石の私も、これだけ興奮してくれると、少し気分が良い。

これだけの仕掛けが施されている住まいを所有しているのは、この辺りを探しても中々お目にかかれないはずだからだ。


「IoTの様なものですね。それぞれが繋がっていて、予め家主が命令した通りに動くのです。それにしてもこれだけの設備……イブさんはお金持ちさんなのでしょうかね?」


「私じゃなくて、老師の家よ。普段はケチなのにこういう物には糸目をつけないのよねえ」


またよく分からない単語だわ……いい加減、誰か私に分かるように再翻訳してくれないかなあ?


そう思いながら、私は周囲を見回した。

……さて、


「老師ー」


老師が家の中に居ないか、探し始めた。


「老師ー?」


戸棚の中や、引き出しを開けてみる。


すると、颯輝がやや小馬鹿にしたセリフを吐く。


「お前の師匠ってそんなに小さいのか?というか、どう見てもまだ帰って来てないんじゃね?」


「いや、大きいわよ?少なくとも、あんたが想像しているよりはね」


颯輝のセリフはごもっともだ。だが、颯輝は知らないのだ、老師の凄さを。

老師は気配を消せるし、いつだってとんでもない所から現れる。

この前なんか、木箱の中に潜伏していたのだ。中からワニの帽子を被って現れた時には心臓が止まるかと思った。


老師の行動は、常に予想を超える。そして、その目的も不明だ。……変人。その名が最もしっくりとくる年齢不詳の老人だ。



――あらかた全ての部屋は調べ終わった。

やはり居ないのか?それでも用心深く目配りを続ける。


颯輝はちょっと退屈そうだ。両腕を頭の後ろで組んでいた。


「家の中で隠れんぼとは……お前も、お前の師匠も変わった趣味をしてるんだな〜。どうせ、相当な暇人なんだろ?」


颯輝が皮肉を言った時だった。

突然、頭の上から、渋く低い声が響いた。


「――全く、黙って見ていれば失礼なガキだな。殺されたくなかったら口の聞き方に気をつけろよ」


意表を突かれ、咄嗟に上を振り向くと、そこには身長が優に2メートルあろうかという大男が宙に浮いていた。

腕を組み、まるで天井に背を張り付いているようだ。


身体中は妖しく発光し、金色の髪と髭が、獣のたてがみの様にたなびいていた。

その姿は、老師というには若い。現役を引退したとは言え、全盛期とほぼ変わらない肉付き。

アンバー色の眼は鋭く、肉食獣を思わせる。その瞳を隠す様に、色のついた尖った形状の眼鏡を掛けている。ゆったりとした道着を着ており、存在感と体格をより一層大きく見せている。


「でかっ!」


それが颯輝の、老師に向けた第一声であった。


「見知らぬ客人が1人と、人ならざる物が1体か……久々に帰って見れば、随分と此処も騒がしくなったな」


老師は私を一瞥すると、ゆっくりと舞い降りて、虎の絨毯の上に着地した。


………うわ……私には分かるわよ。……今の老師は、相当不機嫌だわ。

それもそうよね。こんな礼儀知らずを急に連れ帰ったら、誰だって機嫌を損ねるわ。


「凄い御仁ですね。私の対人用センサーでも探知が出来ませんでした」


「てか、わざわざ天井に張り付く意味あったのか?」


ミコトは素直に驚いている。

颯輝はというと、相変わらずの減らず口だ。


「いつ、なん時でも油断しない事だ。次からは屋内に入ったら、逃走口の確認と内部の状況判断は瞬時に行う事だな。今のでお前は一度死んでるぞ」


そう言うと、老師はそこにあった革のソファにゆっくりと腰掛けた。


老師は簡単に言ってくれるけど、……いやいや、それは無理だわ。私も、一度だって老師を先に見つけらたことは無いのだから。

もしも、本気で隠れられたら一生見つけられない自信があるわね。


「黙って他人を連れてきてしまってごめんなさい。えー、紹介するわ。こっちが颯輝、それでこっちがミコトよ」



――私は、これまでの経緯を説明する。


「……ふむ、古代人と傀儡人形か。まあ、そんな所だろうな」


大体の内容は、話す前から察していたかの様な反応だ。

目を細めながら顎髭を撫でている。これは、考え事をしている時の老師の癖だ。


そして、髭を撫でながら老師は続けた。


「――まあいい。ところで、腹が減ったんだがな、飯はどうなってる?」


…………あっ!

……しまった!


私は、ここで重大なミスを犯してしまった事に気付いた。


夕食だ……。すっかり忘れていた。


「……あの、……買ってくるの忘れました」


虎の尾を踏んでしまった。

ここは、素直に謝るしか無い。言い訳が通用しないのは、今までの経験によるものだ。


「……ほう……?」


老師は、さらに目を細めてこちらを見た。


ううう、生きた心地がしない。この次には、大体物凄く怒られる。これも、経験によるものだ。


老師は、人生において、何よりも食べる事を楽しみにしているのだ。その他の楽しみと言えば、酒と女遊びとゲイムの観戦くらいか。


――私は、老師と目を合わせない様に下を俯いている。鼓動が早くなり、冷や汗が次から次へと湧いてくる。


少しの間、沈黙が続いたが、それを破ったのは颯輝だった。


「おい、イブ。この家には何か食料品は無いのか?」


また雰囲気を読まずに、突然割って入る。

老師の片方の眉毛がピクリと動いた。


「あ、……え?食料庫に備蓄が有る筈よ」


「さんきゅ!じゃあ案内してくれ」


「う、……うん」


私は、頭を上げた。

この窮地を脱せるなら何でもいいわ。


颯輝が一体何を考えているのか分からないが、屋内にある食料庫まで案内する事にした。

ミコトも、興味ありそうに後ろからついて来る。

老師はというと、ソファに腰掛けたまま、遠くからこちらを伺っている様だ。



食料庫には、保存食を置いておく籠や棚がある。反対側には目的に応じた貯蔵庫が並んでいて、手前には簡素な調理場がある。


「ここよ。それで、何する気?」


「うん?まあな」


そう言うと、ガサゴソと颯輝が食料を物色しはじめた。


「ちょ、ちょ!ちょっと待ってよ!何してんのあんた?!」


私は、慌てて颯輝に制止を求めた。

一体何が、「まあな」なのよ!?


「野菜の類いが無いなー。豆、玉ねぎ、ジャガイモ、これは小麦?なんだ……米は無いのかよ。お、瓶詰め発見!中身は何だ?トマト、それに食用油っぽいな。ナッツ……えーと、これは――」


颯輝は全く人の話を聞いていない様だ。

――その上、今まさに手を伸ばしたその先には、


「リンゴ?」


「あ、ダメっ!それは私のっ!」


咄嗟に、颯輝の手からリンゴを取り上げた。


もう、隠しておいたのに!これが最後の一個なのよ?!

そういえば、そもそもこいつに関わったせいでリンゴ買い損ねたのだ。


――そんな私の思いとは関係なく、颯輝はまたぶつぶつと呟き始める。


「思っていたより全然勝手が違うなあ〜。中世っぽい食生活なのかも?――と予想したりもしてみたが、時代や文化が色々混ぜこぜでよく分からないな。なあ?もしかして冷蔵庫とかあったりする?」


「なによそれ?」


初めて聞く単語だ。


「あー、中を冷やして食品を保存してくれる箱みたいなやつな」


颯輝が、周りを見渡しながら言う。


食糧を冷やす?ああ、成る程。思い当たるものがあった。


「氷箱のことかしら?」


「なにそれ?」


颯輝も初めて聞く名前の様だ。


「あんたが聞いてきたんでしょう?!――中に永久に溶けない氷が入っていて、食べ物を冷やしておく箱よ。ほら、そこっ!」


目の前には、身の丈くらいの大きさの貯蔵庫が並んでいる。開き戸になっており、熱を遮断する鉱石で出来ている。


扉を開きながら、颯輝がはしゃいだ。


「でかいな!おー!ちゃんと冷たい!あ、これは、ソーセージ!チーズに酒も入っている。あと、牛乳か。なんか、ツマミになりそうなものばっかりだな〜。え?まさか……お前、呑むのか?未成年なのに?」


「呑まないわよ!」


呑むか馬鹿。あと、未成年って何だ。


酔うと思考力が鈍くなるから、呑まない事に決めている。まあ、例え呑んだとしても、不思議と酔えないんだけどね。


「まあ、どうでもいいか。……さっきから探してんだけどさー、野菜無いのかよ」


「あるわよ。なんなのよもう。ほらっ、ここ!」


逐一聞かないでよね。何なのよ!ちょっとイライラしてきたわ。


一際大きなガラス製の貯蔵庫の扉を開けた。中には、水に浸った栽培中の野菜達が並んでいる。


「家庭菜園?!まじかよ。どうなってんだコレ?」


「はいはい」


初めて見るのか、感嘆の声を上げる。

どうやらここにあるものは、颯輝には理解しきれない物ばかりの様だ。


流石にいちいち説明するのは面倒臭いので、私はスルーすることにした。

すると、そこへミコトがすかさず解説を加えてくる。


「この容れ物の中には、太陽と同じ光と熱を放つ人口太陽が備え付けてあるみたいですね。颯輝おにいちゃんの時代で言うところの水耕栽培のビニールハウスが、室内サイズになった感じでしょうか」


颯輝が目を丸くして「おおーっ」と唸っている。どうやら、今の説明で理解できたらしい。


これの良いところは、いつでも採れたてが食べられるところだ。種を蒔いて、食べたい日にちと時間を決めるだけなのでとても簡単である。私のお気に入りだ。


「んー。人参があるな。これなら色々作れそうだ。……ところでさ、イブはいつも何を食べているんだ?」


「パスタね。小麦と水をそこの容器に入れるだけで、簡単に出来るから楽なの。あとは野菜スティックとか、ミックスジュースとか――」


……ん?


そう、答えかけた所で気付いた。


「ち、ちょっと待って!今、作るって言ったの?!」

老師の言うゲイムとは、この世界のメジャースポーツという設定です。


この世界の魔法と称するものは。分散型ネットワークと中央処理のハイブリッドで管理されています。

今日、だんだんと耳馴染みになってきたIoT技術も、未来ではまるで意思でもあるかの様に個々が自律した行動をとるといった、家電もどきに囲まれて生活しているかも知れませんね。

その頃には、食べ物も屋内で育てられる様になっているのではないかなあ?と、そんなことも想像しました。


☆キャラ紹介☆

挿絵(By みてみん)

名前:ミコト(Mikoto)

ジョブ:嘘つきアンドロイド

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