親友と紋章、空に浮かぶ島
<あらすじ>
路上で怖いお兄さんにからまれたイブ達。
バカな颯輝は、売られた喧嘩にホイホイとついて行ってしまい、追いかけてみると案の定、罠にはまってゴロツキの集まりに囲まれていた。
なんとかゴロツキたちを撃退するが、その中で、颯輝には何か不思議な能力が隠されていることに気づく。
行くあてがなかった颯輝を、イブは放置したかったが、ムーが「かわいそうだから何とかしてほしい」と何度も頼みこむので断り切れなくなり、不本意だが仕方なく折れたのだった。
「――で?ここに来たって訳?」
カウンターに頬づえをし、あきれ顔のエルが、ため息まじりに言葉を発した。
少し手狭なアトリエの一画に、カウンターとテーブルがあり、私たち3人はそこに腰かけて収まっている。
テーブルには、色とりどりの液体が入ったガラスの容れ物がならんでおり、お手製のレシピ本が広げられている。足もとには調合に使うであろう採取してきた素材が無造作に放置。カウンターの向こう側には、大きな錬金釜があり、中でなにかがグツグツと沸騰していた。
エルというのは愛称で、名をエルクレアという。
グリーンの瞳、ブラウンの長めのポニーテール。背は低い。
彼女は、私と同い年の女子で、1年前から私の親友をしている。
エルは、これから何か作る気でいたのだろう。急にアトリエに押しかけられて、たいへん不機嫌なご様子だ。
「なんかさ。事あるごとに、ここに来るよね。イブは」
エルがポニーテールを揺らしながらいった。
その通り。
事あるごとどころか、事がなくても私はここに来ている。ここは時間をつぶしやすい……じゃなかった、気軽に寄りやすい場所なのだ。まっすぐ家に帰るよりも、友達の家に寄って帰るのが楽しかったりする。そういう経験ってないだろうか?
別に、今帰ってしまうと、老師のカミナリが怖いからとかではないのだ。断じて。……いや、嘘だ。怖いので、帰るまでに作戦をたてておきたかった。これが本音。
あと、エルの家には、ムーが同居しており、今回はムーを家まで送りにきた、という名目もある。
同居をはじめたのは1年前だ。このエピソードをはなしだすと長くなるので、それはまたの機会にするとして、……ムー目的でここにくることは多い。
あ、あとは、本を読みに来るくらいか。お茶が出てくるから。
そんなことを考えながら、私はテーブルにあった手作りクッキーをつまんで口にほうばった。
「ふーん、なるほど?……で、その男の子の身の振り方を、これから考えればいいのかな?」
エルは、颯輝へと視線を向ける。
そして、テーブルまでトントンと歩いてくると、颯輝にむけて「んー」と両手を伸ばした。
「ちょっと手、見せてみてくれる?」
颯輝は、いわれるがままに両手を差しだす。
「本当に君、ついてないんだね」
「ついてないって、何が?」
「なんでもないよ。気にしない。じゃあ、最初は右手ね。」
エルは続けた。颯輝の右の手のひらを、真剣な目つきでジーッと観察している。
「どれどれ?そうねぇ。これといった特徴はないかなぁ。苦労…挫折…障害…強情…偏屈…二重運命。……ん?モテ線?
いいね。キミ、旅に出た方が成功しそうな感じだ」
「手相でも見ているのか?」
「へー。知ってるんだ?意外だね」
いぶかしそうにたずねる颯輝に対して、エルは物珍しそうに答えた。
「エルは占い得意だもんね〜!」
ムーが嬉しそうに教えてくれた。
ーーエルは、初めて会った人には、だいたいこれをやっている。もはや、あいさつ代わりみたいなものだ。
本人いわく、趣味らしい。
だけど、エルのあいさつを気味悪がる人も多い。そのせいか、エルには友人と呼べる者は少ないのだ。
この街には――、というよりも、この世界には、占い師を生業とする人は少ない。なぜかというと、客がほとんどいないからだ。そういったフワフワして実体のないものに、人々の関心はとても薄い。
この世界には、目に見ることはかなわず、しかし、誰も抗うことが出来ない≪定め≫と言うものがある。
生まれながらにして生涯の内容はほぼ決まっているーという理の様なものだ。
どんなに努力と行動を起こしても、それが結果に結びつくことはない。
今の生活を変えようと足掻いた者と、何もそういったことを行わなかった者とでは、比べたときに違いが無いことが、多くの人の歴史と経験で分かってきている。
大袈裟な表現ではあるけども、例えるならば、いくら己が頑張っても、大陸の形を変えることはできないのだ。
特に、この世界には「階級」という制度がかなり強い影響力を持って、個人の能力も、権限も「階級」によってほぼ決まる。
つまり上流階級で生まれれば、そのまま上流階級であり続けるし、中流階級の者は中流。下流階級の者はずっと下流のままだ。
上から下へ流れる事は稀に見かけるが、下から上へ行ったものは見たことが無い。
ただ、生まれて、≪定め≫の通り生きて、死ぬ。
つまりは、大胆な予想であるほど外れ、平凡な結果であるほど的中するのだ。そんな、結果が己でも見えているものを、わざわざ他者の口から告げられるなどというつまらないものが、世の中で流行る訳がない。仕組みとして破綻している。
だから、≪定め≫を肯定する者からしたら、どう足掻いても結果は同じだというに、それを占いなどというふざけたもので、悪戯に気持ちを煽り揺さぶられるなど、迷惑行為以外の何ものでもないということのだろう。
私?
私は≪定め≫なんてものを全く受け入れてやるつもりは無いわよ?だって、それだと困るもの。私には叶えたい事があるんだ。
さて、颯輝の事だけども、手相を知っている。と言うことは、どうやら占いの類は颯輝の時代にもあったみたいね。
……それよりも……だわ、こいつ、さっきからエルの事をぼーっと見ているわ。頬をちょっと赤らめたりなんかして……なーんか、ムカつく!
……全く、誰のせいでここに来る羽目になったと思っているのよ。女子に手を握られるのがそんなに嬉しいのかい?
それに何より、さっきから時々胸元に目線が行っているわ。……もう、この男分かりやすっ!凄く分かりやすい!……ったく!
そうして、私は自分の胸元にも目をやる。
……う、うぐっ。
くそっ!
私は、侮蔑の念を込めたジト目で見てやった。
颯輝は、そんな私の視線に気付いてか、こっちをあえて見ない様にして、エルに話を切り出す。
「な……なあっ!この時代に手相ってあるんだな!ちなみに、エルクレアさん?……は、よく当たるのか?」
「エルでいいよ。あと、反対の手見せてね。
――まぁ、6割ってとこかなぁ。別に当てることにも拘ってないし。一種のコミュニケーションみたいなものかな?」
エルは楽しそうに話しながらも目は真剣だ。
私は、2枚目のクッキーに手を伸ばしながら、目の前の2人のやり取りを眺めていた。
エル、それをやめたら友達ふえるわよ?……って、言ったらお節介かしら。まあ、そんな子だったなら、ここまでの付き合いも無かったかも知れないわね。
エルは少し遠くを見つめた。
「出逢いを感じたいんだよねー。運命の……」
誰かの顔を思い浮かべている様だった。
そんな、エルの話を聞きながら、表情の緩んでいる颯輝も視界に入ってくる。
しかも、「見つかるといいな」とか、励ましの声までかけたりしている。
……ははっ!残念ながら、あんたがその相手ではないのだけは確かね。私はその相手が一体誰なのか知っているのだわ。
ざまみろと思いながら、私も、エルの想いびとを思い出しかけたのだが……そういえば、かなり嫌なヤツだった。顔がぼんやりと浮かんできたくらいで、何だか無性にムカムカしてきたので、思い出すのをすぐにとりやめる。
お口直しにと、ムーを眺めて楽しむことにした。彼はいつだってニコニコしている。……ああ、癒しだわぁ。あ、今はにかんだ。可愛い〜!
――なんだかんだ、ボーッと皆のやり取りを眺めていたが、颯輝の手を見ていて、私は突然ある事を思い出した。
「あ、そうだ。……あんたにね、聞きたい事があったのよ。“空に浮かぶ島“っていうものに心当たりはない?」
「ん?なんだよそれ?空に浮かぶ?どこかの場所の名前か何かか?」
颯輝は、お楽しみを邪魔されたかのように眉をしかめ、こちらを見る。
「あ〜、もういいわ。今の反応で分かったから」
手であしらった。……つまりは、知らないのね。
1番最初に発見した時に、颯輝の手を見て、もしかして?と思ったけど、やっぱり勘違いだったわね。
まあ、そうよね。そんな都合よくあの島のことを知っている者はいないか……。
「何だよ、自分から聞いておいてそれはないだろ〜?」
颯輝はやれやれと言いたそうだ。
「へー、“空に浮かぶ島“かあ、伝説の地だよね?この空のどこかにあるという、浮遊大陸の事だよ。――目撃情報も沢山あって、存在する事は間違い無いんだけどさ、誰も行ったことが無いんだよ。だから、“空に浮かぶ島”の噂は沢山あるね。財宝が眠っているとか、古代兵器が眠っているとか、名も知れず世界を支配するものが君臨しているとか……」
エルの言っていることはどれも噂だ。だけど、私は知っている。あそこには、そんな大それたものはない。
「マジかよ。すげーな!今の世界にはそんなものあるなんて!?かなりファンタジー感増し増しだ!俺もこの目で見てえーっ!」
颯輝は無邪気にテンション高くして喜んでいる。
しかし、皆が“空に浮かぶ島“の事で、盛り上がれば盛り上がるほど……私は反対に冷めていった。
「でも、なんで急にそんな話するんだい?イブにしては珍しいね」
私の様子を察してか、エルが尋ねてくる。
「いや、ちょっとね。あそこに行く手段無いかなあ?と思ってさ」
「んー?何か特別な思い入れでもあるの?」
「そんなんじゃ無いわよ。ただ、……何となくね」
私は嘘をついた。
特別な思い入れ?あるに決まっているじゃない。私はこの街に来てから、ずっとあそこに行く方法を探しているのよ。
でも、そんな事言っちゃうと、皆は、心配するか反対をするかのどちらかだから、心の内に留めているんだよ。
「ふーん」
エルはそれ以上言わず、ただ目を細めた。
「それはそうとさ、こいつを元の所に送り返すいい方法知らない?このままだと、私が宿と食べ物を提供しなくちゃいけなくなるんだけど」
「うん!さっぱり分からない」
エルは、満面の笑みでさらりと答えてのけた。
「いいじゃない。泊めてあげたら。それに、ここに来たなら、なにか原因はあるんだろうから、分かるまで情報を集めたらどうだろう?」
「現状……そうするしかなさそうだな……」
颯輝が諦め混じりに同意する。
まあそうね、情報が少な過ぎる今の状況では、やむを得ないわ。私も、エルなら良い提案が出るかも?と、一縷の希望に掛けてここに来たのだが、やはりそう甘くはなかったわ。
「あんたこそ、何か手掛かりとか無いの?」
「んー。そんな事言われてもなあ」
質問を投げかけると、颯輝は服のポケットに手を入れ、何やらゴソゴソとまさぐり始めた。
一番上に羽織っていたレインコートの様なものは、熱く蒸れるからと既に脱いでおり、それでも下には、またヘンテコな服を着ている。フリースというらしい。素材はポリ何とか……?とか。
「おっ?」
ポケットから長細い板が出てきた。
「スマホがポケットに入ってた。あーっ?!ちょっと!画面が割れちゃってるじゃんか!悲しーっ!」
ああ……うるさいなぁ……!あんたは落ち着きというものを知らないのか!
「――えーと、電源は入るけど、ネットにも繋がらないし、GPSも効かないな。電話……も掛からないか」
表面はツルツルしている。颯輝が触れると表面に絵が浮かんできた。
慣れた手つきで、スマホとかいうものの表面を指で撫でる。
スマホは撫でる度に絵が変わった。まるで魔法の様だった。颯輝は相変わらずよく分からない単語を呟いている。
もしかして、これは一種の魔法の類いで、今のは詠唱みたいなものか?手の動きからして熟練度も高そうだ。
……すると、今度はスマホの背面をこちらに向け、パシャリと音を立てる。
え??
颯輝はスマホをひっくり返して、表側をこちらに見せてきた。
「……ほらよ」
そこには、私が映っていた。が、どうやら鏡では無さそうだ。スマホの中の私は全然動かない。もしかして、時間を切り取る魔法かしら?
「……あんた。魔法使いなの?」
単刀直入に聞いてみた。興味深い。
すると途端に、俺はまだ10代だぞ。と、彼は怒ってきた。
何で怒るのよ?今のって禁句なの?もしかして、魔法使いである事を隠さなければならない理由があるとでもいうのかしら?
「撮り貯めた写真なら何枚かあるぞ。これが何かの手掛かりになればいいがな」
そう言って、次々とシャシンというものを見せてくれた。
そこには、友人らしき者と一緒に楽しそうにしている颯輝の姿があった。背景にある風景は見慣れないものばかりだ。石によく似た素材で作られたであろう背の高い構造物も並んでいる。写真の最後には、雪が残る山の上で、友人と腕を組見合う姿もあった。
――成る程、これが颯輝の元々いた所なのか。でも、正直これだけでは、
「何とも言えないわね……」
何かの手掛かりになり得るかもしれないが、情報不足だ。
そうだな。と、颯輝も頷いている。
「凄いね。ししょー。もしかして、これがカメラっていうもの?」
ムーが乗り出して来てきた。
「おっ!知ってるのか?ムーは物知りだな。」
しかし、ムーは首を横に振る。
「ううん。何でもは知らないよ。
知っているというよりも、記録として残されている…といった方がのが正しいのかな。ボクは生まれた時、一緒にこれまでの歴史的な書物などの記録と記憶を引き継いだんだよ。イブが言うには、この左手の≪紋章の力≫なんだってさ」
「へー、そんなことができるのかー。――それで?紋章の力って……何だ??」
颯輝はニコニコしながらも、目は点になっている
「それはね!……?……えーと…………イブぅ。」
ムーは、問いに必死に答えようとしたが、回答に困ってこっちに説明を振ってくる。
沢山の知識があることと、その知識を使いこなすことは別もので、どうも苦手みたいだ。
もう、可愛いいな……じゃなかった。仕方ないなあ!ムーに頼られたら「ノー」とは言えないわよね!
全くもって、満更ではございません。
「ちょっと、長くなるわよ?」
そう前置きして、私は話し始める。
さあ、かなりの説明モードなので、心して聞く様に!
「えーとね、ムーが紋章といっているのは、左手に刻まれたシンボルマークの事よ。これは生まれて来る時に、“皆が“持っているの。また、その紋章の内容によって個人の能力や、権限が決定する。と、言ったら解る?」
颯輝は、全然解っていない顔をしている。むしろ、開き直って「そんなので分かるかよ」と逆ギレする始末。
はあ、うざったい。
……でもそうか、本当に何も知らないんだな。まあ、颯輝は原始人だから仕方ないか。
「……例えば、平民の子に生まれれば、平民の紋章を持ち、それに見合った能力と権利が引き継がれて生まれてくる。王族の子に生まれれば、王族の紋章を持ち、それに見合った能力と権利が引き継がれて生まれてくる。と、いうことよ。そして同時に、この紋章は己の身分を立てる証ともなるわ。
能力は原則として、両親と同等程度のものが引き継がれるの。そして、能力の中には魔法の強さや、知識の量も含まれる。
ムーは、特に“記録“に特化した知識を継承する血族の末裔よ。どこまで古い知識があるのかは、流石に私も把握していないけどね」
――まあ、血族といっても、現在ではムーを残して、後は潰れて衰退してしまったが。
「つまり、生まれた時からこういった常識は皆持ち合わせているってことね。覚え直したりしなくても、必要に応じて知識を呼び出すだけでいいのよ。だから、こんな感じに、あんたにわざわざ口で説明しなくてもいいってわけ」
説明終わりっ!……ふふっ、完璧だわ!
馬鹿にされたと思ったのか、颯輝がムッとした。
やはり原始人ね。理解できない内容だと、すぐ感情的になるわ。
「手の紋章が能力を受け継ぐって言うのは、イブが勝手に1人で提唱してるだけだけどねー。――だけど、私もイブと出会うまでそんな事考えたこと無かったなー」
エルが自分の左手を見ながらそう言った。エルの左手の甲にも綺麗な紋章が刻まれている。
ジョブは錬金術師なので、天秤がモチーフになっている様だ。
「そういえば、ししょーにはないよね?」
「私もてっきり、手を見て“ロストチャイルド“なのかと思っていたけど……それとはちょっと違うみたいだね」
「何だよ、その“ロストチャイルド“って?」
「はぁ、紋章が無いと、こういう常識的なことも説明しなくちゃいけないのよね。“ロストチャイルド“っていうのはね。能力を持たずに産まれて来た子どものことをいうの。その子の外見の特徴は、左手の紋章が無いことなのよ」
「……仕方ないじゃないか、マジで知らないんだからよ……」
真面目な顔で颯輝が質問をする。
「……じゃあ、あれか?手袋で隠しているけど、イブにも、ムーと同じ様に左手に紋章がついているのか?」
――あっ、……しまった……。
ここにきて、私はついうっかり口を滑らせてしまった事に気付いた。
他の2人も、ギクリと表情をこわばらせる。
「…………無いわよ」
「え?」
聞こえるか聞こえないかの、小さな声で返答する。
――そう、私には紋章が無い。
元々無かった訳ではなく、失ったのだ。
今の左手には、紋章の代わりに火傷の跡が残されている。
失ったのは6年前。それを境に、その時まで当たり前の様に使えていた魔法は、全く使用できなくなった。
――それだけではない。他にも、大好きな本だって、読んだら読んだ分だけ内容を全部覚えられたのに、今では何度読み返しても時間が経つと忘れてしまう様になった。
スケジュールも、忘れる事が多いので大事な事は何度も復唱したり、メモを取ら無ければならなくなった。
先代から引き継がれてきた知識や記録は、もはや呼び出す事は出来ない。私が小さい時には、あんなに鮮明に覚えていた両親の顔や声、仕草だって、今ではおぼろげにしか思い出せないのだ……。
魔法、記憶力、演算能力、解析能力、知覚力、数々のスキル、社会、そして家族。紋章と共に失ったものは多過ぎる。
――まるで、今まで繋がっていることが当然だった世界と、プツンと糸が切れてしまった様な、孤独な感覚だ。
この左手を見るたび、つい、そういった気持ちを思い出してしまう。
「……深く追求はしないでね。見せたくないから隠しているの」
平常心で答えたつもりだったが、少し声が震えた。
はは、これしきのことで動揺するなんて、私もまだまだだな。
「そうか……悪かったな……」
颯輝も、申し訳なさそうに謝ってくる。
……何を察したのだろう、別に謝る必要は無いのに、変なヤツだわ。
「――ねえ?この子の身の振り方考えるんじゃなかったっけ?」
エルが話題を戻した。掘り下げたく無い話題だったので、正直助かる。
「この子じゃ無いぞ。颯輝だ」
颯輝が、名前に反応した。あんたは“あんた“で十分でしょうよ。
「あ、ごめんね。はややんくん」
「わざと間違えるもやめてくれ」
エルが茶化す。
2人のやり取りを見ていたら、私も少し元気が出てきた。
「いっそのことさ、野宿したら?」
「いやそれ、却下な!?」
せっかく素晴らしい提案をしてあげたというのに、さっさと棄却されてしまった。
「私のアトリエさ、部屋だけならあるから、はややんくらいなら“多分“泊めることはできるよ?どうする?」
「ん?ちょっと待てよ?その、多分ってのはどういう事だよ?!」
「ふふん。自慢じゃないけど、散らかっててさー♪」
「エルはお片付けが下手なんだよね♪」
ムーが補足する。それを聞いたエルは、悪びれる様子もなく歯を見せて笑った。
――颯輝は勘がいい。エルの、"多分“を鵜呑みするのはとても危険だわ。私も、これまで何度も痛い目にあったのだから。
それに彼女は、本当に壊滅的な程、部屋を片付けられない。片付けよりも何か作っている方が好きなのだ。そんな感じだから、年から年中、エルのアトリエは取っ散らかってしまっている。
その点、ムーは偉い。善意でいつもアトリエを掃除してくれる、とてもデキた子だ。
「ムーちゃんと同じ部屋でも良かったらすぐにでも準備出来るけどね。……ふ、ふふ」
そう言って、エルが一瞬不可解な笑みを見せた。
あ。今なんか、凄い嫌な予感がしたぞ。
――そう言えばこいつ。最近、変な古文書にどっぷりハマっていたなあ?BとかLとかいう。
颯輝を、このままここに置いて行けば良いのだが、エルの妄想の餌食にされたら、颯輝の気持ちはさておき、ムーが可愛そうだ。
一番良いのは、ムーは私が連れ帰って、こいつをここに置いて帰る事なのだけども、今のうちは諸事情で難しい。特に今日はね。
「ししょーと一緒なら、剣術を教えて貰えるから嬉しいな〜!」
ムーは、よほど剣の稽古を受けたい様だわ。……うーん、じゃあもう良いかな?エルの所でも。
そう、考え始めた時だった――
「……でもさ、ししょーは、イブと一緒じゃないとダメなんだよね?」
「「はいっ?!」」
私は、ムーの予想外発言にびっくりして、すっとんきょうな声をあげてしまった。どうやらそれは颯輝も同じだった様で、勢いよくムーの方へ振り向いた。
どどど、どうしたのよ?!急におかしな事を口走っちゃって!
「だって、ししょーの宿とご飯を提供するって約束したのはイブなんだよ?だったら、エルの家じゃなくて、イブの家に泊めてあげないとおかしいよ」
あはは、ムーったら天然ボケかしら〜?変な勘違いしているわ〜!
「た、確かに一考するとは言ったけど!私の家に泊めるなんて一言も言っていないわよ!そもそも、あそこは老師の家だし!私は居候だしっ!無理よ!絶っっっ対無理っ!」
「な、なんだって?お前の家は、師匠の家なのか?!わー。それはマズイなあ〜!あらぬ誤解を招いちゃうかもな〜!」
咄嗟の事で、まとまりの無い事を口走ってしまったが、颯輝も颯輝で、なんだかおかしな喋りをしている。明らかに不自然だ。
やめて、返って怪しまれるじゃないの!
「なになに、そういう関係なの?」
と、エル。
ああーっ!変のが食いついて来たじゃない!バカっ!バカっ!このおバカっ!
「やー。気が利かなくてごめーん。そういう事なら、今日の所ははややんと2人で帰って頂戴〜っ」
「ちょっとまって!エル!冗談じゃないわよっ!」
「いや〜、やっぱりいきなり部屋空けるの大変だしねー。それよりさ、“なんだか面白そうだから“気が変わっちゃったー♪」
ニヤニヤしながら言う。恐らく最後の一言が本心だろうな。
全く、最っ悪の友人……困っている人を助けるより、自分が面白い事を優先する。そんな奴だわよ。
「あんたも!何とか言いなさいよ!」
ここはもう、なんでもいいから颯輝に賭ける他ないわ!奇跡よ起れ!!
「――いや、もう。正直どっちでも良いよ。なんか考えるの疲れたし~」
お ま え は、もう少し根性を見せないかーっ!!
「あははー!決まりだね♪」
ポン。とエルが手を合わせて言った。
……キィ。
アトリエの正面ドアが開く。
「どうにもならない様ならまた来てー。部屋も明日には空けておくからー」
エルは、手を振りながらそう言った。どこか楽しそうだ。
その後ろで、ムーも、「ししょーまたね」と嬉しそうに手を振っている。
「ううう、エル……覚えてなさいよぉ〜!」
私は、捨て台詞を吐きながらエルのアトリエを後にする。
「……おっ。そういえば、記念に集合写真撮れば良かったな!しまった、迂闊~っ!」
横から、渦中の男の何やら呑気なセリフが聞こえてきた。