異変
<あらすじ>
資金繰りのために、単身取引所に乗り組むイブ。
しかし、ゼクスの登場で逆に資産を溶かしてしまったのだった……。
取引所を出てると、そこに皆待ってくれているものとばかり思っていたのだけど、全くそんな事はなく――
……誰もいなかった。
優しく風が撫でるが、今の私にとっては、まるで開いた心の穴に隙間風が吹いている気分だ。
「あれぇ?……そんなに長く取引所にいたつもりは無かったんだけどなぁ……まだ一時間しか経ってないじゃない」
辺りを見回すが――それらしき人影はない。
宙に浮いているかわいい男の子と、自称アンドロイドと、声がうるさい男だ。居ればすぐに気付くはず。
見当たらないという事は、どうやら、場所を移動したと考えるのが普通では無いだろうか。
せっかくムーの顔でも見て、癒されようと思っていたのに。……はあ。
まだ気分は重い。
首飾りを取り出すと、それに向かって話しかけた。
「≪スタート・コンタクト≫……ムー?今どこぉ?」
しばらく待ってみるが、応答がない。
応答がないと、話せない様にできている。
「取り込み中……かなぁ?……」
それならば、
「≪スタート・コンタクト≫……エルー?今どこよぉ?……もう、アトリエ出たのぉ?」
今度は、エルに話しかける。
『――はいはーい。何ー?さっき出た所だよ?もうちょっとで、市場に着くね』
少し間を置いて、エルの声が首飾りから聞こえてきた。首飾りは、柔らかい緑色の光を発している。
「……という事は、まだムー達とは合流してないのねぇ?」
つまり、皆バラバラなのね……。はあ、これから探して合流するの、凄く気分がダルいわ……。
『え?何?イブはぐれちゃったの?面白いね〜。……それに、その様子、また負けたんでしょう?いい加減やめればいいのに』
「うぐ……うるさいわね。私の勝手よ。……エル、一度市場付近で合流しましょ。もちろん、ムー達を見つけたら教えてちょうだい……」
『オッケー』
≪エンド・コンタクト≫
首飾りの光が消え、エルの声も聞こえなくなる。
はあ、エルと会話したら少しだけ元気が出てきたわ……。
「……さーて、と」
私は、皆の取りそうな行動を想像してみた。
「市場の方に皆いるかなぁ?」
……あり得る。あのバカのことだ、ムーを連れ回して、街の探索をしている可能性は大だ。
私は取り敢えず、市場に向けて歩き出した。
「……今日は、石の塔までよく見えるわね。暑くなりそう。」
とても天気が良い。
少し日差しがつらいくらいだ。
石畳と石造りの建物たちは、陽の光を浴びて明るく照り返す。日向と日陰の境にはコントラストがくっきりと浮かび上がっていた。
取引所の周辺は整備されており、人通りも多い。
街の喧騒。建物が作り出したコントラストの間を人たちが行き交う。
建物の後ろには、街の郊外に高くそびえる石の塔が霞んで見えた。
石の塔とは、郊外、街中を問わず、まばらに何本も建てられている背の高い塔のことだ。
大きさは不揃いで、高いものでは100メートルを超える。色は爽やかなブルーやグリーン、パープルの色を反射している。
材質は不明。果たして石なのか鉱物なのか。一体誰が何の目的で建てたのか。そもそも人工物なのかすら、不明だ。
ただ、ひとつ分かるのは、石の塔付近では魔法の精度や効果が強くなりやすいということだ。感度が良いとも言い換えることができるだろうか。
魔法を使うことに重点を置いている人たちの中には、好んで石の塔の近くに移り住む者もいる。
――それともう一つ。
通りすがりにある遊興飲食店の軒下に置かれていた、大きな投影水晶とクリスタルが目にとまった。周りには人達が集まっている。しかも、朝から酒を煽りながら。
投影水晶というのは、文字通り離れたものを投影する水晶のことだ。具体的には、水晶の上に立体的な像が浮かび上がり、動く。人だったり、物だったり。
一体これで、皆は何を見ているかというと、競技ものなどのエンターテイメント。娯楽だったりする。
今も酒呑み達は、観戦をしながら、あーでもないこーでもないと、競技の話に花を咲かせていた。
投影水晶を作動させるには、通常では魔力の供給が必要だ。だが、例外もある。それが、石の塔の存在という訳だ。
石の塔のすぐ近辺では、魔力供給無しに作動させることができるのだ。
石の塔と同じ材質で、サイズの小さい物はクリスタルと呼ばれる。これは人でも持ち運び出来る。用途は、近くに置くことで投影水晶を作動させたり、魔法の補助に使ったりと様々だ。
しかし、注意が必要で、強い衝撃を与えたり、高温になると爆発、炎上してしまうのだ。
だから、誰もクリスタルはおろか、石の塔を破砕して採掘しようとか、中を調べて新たな利用方法を探ろうなどという変わり者は居ない。
下手すると自分の命がなくなってしまうから。
――私?
もちろん、構造がどうなっているのか知りたくて、誰も周りに居ない所で、石の塔をピッケルで叩いてみたり、弾丸を撃ち込んでみたわ。だって、中身がどうなっているか、誰も知らないんだもの。気になるじゃない?
私からしてみれば、こんなに興味深いものに探究心が湧いてこない一般大衆の方がおかしいと思うわ。まるで、無理矢理意識から外されている様に見えてしまうくらいじゃない。
さてさて、それで結果の方だけども、――石の方が硬くてびくともしませんでした!まあ、また別の方法でも閃いたらその時に試してみようかしらね。
――という事で、石の塔は人々に利益をもたらしてくれている反面、その正体については誰も知らないのだ。
石の塔については、これで分かってもらえたかしら?
酒を煽っている人達を見ながら私は思う。
「うーん。これだけ天気がいいと、あの老師も今日は観戦に出かけそうねぇ」
……おっと、いけない。老師の家をさっき出てきたばかりじゃないか。もう恋しくなったの?
違う違うと頭を左右に降った後、ピシャリと顔をはたき、私はまた市場を目指す。
暫く歩いていると、途中、鍛冶屋の前を通りかかった。
店先には、剣と盾のディスプレイ。
ふと、剣を見て、颯輝の事を連想した。
――ここには、後で寄ろうかしらね。
調子の悪い時は、些細なことに罪悪感を覚えるものだ。颯輝に何かしてあげようとか、普段なら考えもしないはずなのに。何故かそういう思考になってしまった。
また少し歩くことで、市場に到着する。賑わいもさらに増してくる。
左右に、ところ狭しと店が立ち並ぶ。食べ物、衣服、日用雑貨……人の往来も激しい。
エルがいるかと、キョロキョロと周りを見回す。
が、こうも人が多いと、探すのも大変だ。
「……参ったわね〜。全然見つからないじゃない……」
暑いし、疲れてきたわ……。
――そう考えている時だ、
突然、視界が暗くなった。
決して私の目が見えなくなったとか、そういう訳ではない。
厚い雲が急に発達を始め、太陽を隠してしまったのだ。
「あら……急にどうしたのかしら?」
周囲の人達も同じ様に空を眺めている。
雨でも降ろうものなら、雨宿りを考えなくてはならない。
――ただ、今日はいつもと“何かが“違う気がする。一体それはなんで?
「おい、見ろ!」
隣を歩いていた男性が遠くを指差した。
そこには、今まで見たことも無い光景。
石の塔が――赤く光を放っているのだ。
「何これ……気味が、悪いわね」
こんな事は初めてだ。
周囲も異変に気付きどよめきはじめた。
「うわっ……!」
今度は、市場の露店でクリスタルを扱っている店。
クリスタルも赤く光を帯びている。それどころか、煙があがりはじめていた。
「ちょっとちょっと!何だよこれ!」
店の主は慌てて距離をとると、≪シールド≫の魔法を唱えていた。だがしかし、
「……ま、魔法が発動しない?!」
次の瞬間、クリスタルは電気を放ちはじめる。
いよいよ、危険と判断した店の主を含め、周囲の人達は慌ててクリスタルから距離をとる。
クリスタルはそのまま爆発をし、破片を撒き散らしていた。幸いなことに、怪我をした者はいなかった様だ。
おかしいのはこれだけじゃ無い。
投影水晶も、像が捻れ、歪み、まともに映し出す事ができない。
あらゆる魔法が不完全な形で発動し、周囲はパニックにおちいった。
「一体……何が起きているの」
私はその場に立ち尽くし、ただただ。この異様な光景を眺めるしかなかった。
――視界の端に一瞬、
背中に大剣を2本携え、大きな毛皮を身に纏った男が入り込む。
その男は、こちらを見て不敵な笑みを浮かべている様だった。
途端に、全身を逆撫でされた様に強い悪寒が走る。
慌てて振り返ると、そこには誰もいなかった。気のせいだったのだろうか?
気がつくと、石の塔は元の青みを帯びた色に戻り、空は晴れていた。
周囲もいつも通りに戻っている。
「……今の、何だったの……?」
まだ、悪寒の余韻だけが身体を巡っていた。
何だか嫌な胸騒ぎがする。
早く、――皆と合流しなくちゃ……!
前に進もうとすると、足元にあるものが飛び込んできた。
それは、乾いた地面に、濡れた何かが通った跡。
向こう側から点々と一直線に伸びて来て、反対側へ進んで行っている。乾き具合から察するに、まだ新しい。
私はそれを見て、何故だか安堵してしまう。
「あー、やっと見つけた。……あっちに行ったのね。何よー、市場で待ち合わせって言ったのに……」
それは、エルの通り過ぎた跡だった。
エルは、リュックサックの中に、スライムを入れて歩いている。このスライムの液体がリュックサックから漏れて出ているのだ。
エルのスライムは、本当に優れている。
ひとことで言うなら、恐らくどんな攻撃も通さない、最強の盾だ。
スライムが届く範囲であれば、自由自在に形を変えて守ってくれる。しかも、自動で。
デメリットは、重たいことと、ヌルヌルすること、定期的に水分を与えてやらなければいけないこと。そして、
「追跡される事ね」
この地面の濡れた跡を追いかけていけば、エルに会えるはず。
私は、跡を辿っていった。
辿って行ったら……かなり元の場所まで戻された。取引所の近くだ。
こんな事なら、動き回らずにジッとしておけば良かった。そう考えると、なんだかまた疲れが込み上げてきてしまう。
さらに、少ししんどい階段を登りきると、視界に、皆の姿が入って来た。
颯輝とエルが、何やら楽しそうに話しをしている。
「……っ!
ちょっとー、あんた達ぃ!探したわよー。あんまりちょろちょろと歩き回らないでよね!」
遠くから皆に声をかける。結構、声を振り絞った。
息も絶え絶えに近寄ると、――なんだか、皆の雰囲気がおかしい。
違和感の正体は何か?と、改めて周囲をよく見ると、足元にはドロドロに溶けた剣と、真っ二つになった剣が落ちており、ダメージを受けたミコトが地面にへたり込んでいた。
「……あー。そういうこと」
状況から察するに、ムーが暴走してしまって、見境なく≪ジェネレート・セイバー≫を発動させて、振り回したのだろう。
ミコトの傷は、その時に止めようとして受けたのか、それとも別の理由か。
「ムーも、大変だったわね。ミコト、あんたは大丈夫なの?」
「うん。お腹が、空いたけど、クッキーを食べたら元気になったよ」
「私も大丈夫です。脚の配線もバイパスを繋いだので、辛うじて動けます。でも、ラボに帰ったら修理しないとですね」
そっかぁ。クッキーを食べているムーが見たかったなあ。
「私にも料理のスキルがあれば、クッキーくらい焼くのにね」
「おい〜!おまえは、もっと別に掛けるべき言葉があるだろ〜!」
珍しく颯輝が突っ込んできた。
「うるさいわね。私だって本気を出せば、エルにだって負けないわよ」
「ふふ。やるかい?」
私のからいばりに対して、エルの眼が鋭く光る。
「そ、そこじゃねーっ!」
颯輝は、ただただうるさい。
「なんだよ!もう少し、こうさ、“ムー、どうしてこんな事になったのか教えてくれる?“とか!“ミコト、動けないなら手を貸してあげようか?“とか!“エル、危ないとろを助けてくれてありがとうね!“とかないのかよ!
……あと、遅くなった事の謝罪を、俺は要求するっ!」
ご丁寧に、ところどころ私の声色を真似ながら、颯輝が話す。
「ありがとう、代わりに全部喋ってくれて。……あのねぇ、言っとくけど私はあまり辛気臭い話しをしたくないだけよ。それに、これ以上掘り下げたって前には進めないわ。それよりも、これからの事を考えるべきよ。違う?」
「……いや、それは分かるけどさぁ。お前はちょっと割り切り過ぎじゃね?」
「はいはい。それは親切にありがとね」
一応、お礼は言っておいた。恩を売らない程度に。
颯輝は、まだ納得出来てない様だが。
……全く、大昔の男はこうも面倒な生き物ばかりなのかしら。昔じゃなくて、この時代に生まれてきてつくづく良かったと思うわ。本当に。
「そんなことよりも、さっき皆はちゃんと魔法を使えたの?何だか空が暗くなって、石の塔が赤く光っていたし。クリスタルも爆発してたの……」
「何だよ、そんなこと扱いかよ……」
「ううん。全然気づかなかったよ。――そういえば、スライムが少し変な挙動をしてたかもね」
エルが答える。颯輝が何か言った様な気がしたが気に留めなかった。
「――そう、大丈夫だったのね」
やっぱり、思い過ごしだろうか?
「まあいいわ。……えーと?これからの事についてだけど、いいかしら?」
「……なんだよ」
「あんた。丸腰だけど、剣が必要なんじゃない?」
颯輝が剣を扱えるのは、昨日の一件で分かった事だ。
正直、いつまたアージュやチンピラの様なトラブルに会うとも限らない。その時に、自分の身は、自分で守るくらいはして欲しいと思う。
「剣か……んー。俺は別に模擬刀で充分だぞ」
何か、まだ、煮え切らない話し方をするな。
「なによ。あんた剣士なのに、剣も持たないつもり?それとも、まだ何か引きずってるわけ?」
「いやいや、そうじゃねぇよ。俺のポリシーというか、鍛錬してる理由だよ。自分の精神を鍛える為にやっているからなあ。なんていうか、人を傷付ける為の武器というのに、まだ抵抗があると言うか……さっきのムーの出来事もあるし……」
「ししょー。ボクの事なら平気だよ」
ムーが気を遣ってくれている。なんて優しい子なんだろう。
まあ、理由は分かった。その颯輝のいう、精神なんたらは正直どうでもいい。身が守れさえすれば。
「ほら、ムーもこう言ってるんだし、決まりね。さっさと行くわよ!」
そうと決まればと、踵を返し鍛冶屋に向う。
「……か〜。おまえ、本当マイペースだよな!」
颯輝は、頭を掻きながら後をついて来た。
ほぼほぼ、ここまでがプロローグみたいなものだったりします。(長かったなぁ)
次回以降、展開が変わってきますよ~(多分)




