92side:サムソン
初心者専用のレイドらしいイベントに巻き込まれたのはビギの村に帰ってきて一息ついた後だった。ログインすると村が騒がしい。
始まりは知り合った初心者称号の持ち主の、ナントが王都からクエストで村へ来たためだ。これがハイドルートかどうかは不明ながらナント一人で受けたクエストなのでそこまで大きなものではないと思っていたら村を巻き込んでの大規模クエストになった。
村にいるプレイヤーが参加可能で、レイドイベントと言っても良いほどに大規模な物だ。
村長が大量の敵を倒していたのでその時村にいるプレイヤーの数で襲撃側の数が変わるイベントだろうと思われる。
いかん、リルの癖がうつった。検証パーティとは言っても何を中心にしているかはメンバーにより異なる。
リルは称号を見る事が出来るユニークセンスを持っているので定期的に称号の掲示板に上げている。実際はイベントの方が好きで、謎解きイベント、推理イベントがあったら必ず試しに行く。そして何度も検証して新しい発見はないのか探すのが好きだ。
俺は料理人として、どちらかというと新しい材料はないか、新しい調味料はないかと言う素材をどうこうするのが好きだ。世界の珍味を家に居ながら手に入れられるのはゲームならではだろう。
ちなみに、最近料理の腕だけを競いたいプレイヤーはバフの付かない初心者フィールドの素材だけで料理勝負するのが流行っている。初心者フィールドだけでも料理店を開けるほど素材があるから出来る事だ。おかげで何となくゲームとして料理を作りたいプレイヤーと料理の腕を磨きたい、料理をしたいというプレイヤーで別れている。なのでビギの村に居ても特に困らない。
ユーリカは魔術師で戦うのに壁である戦い方のプレイヤーが必要なので、戦いが専門でない俺でも十分だ。いつも通りユーリカとペアを組んで戦っている所、ついに終わりが見えてきた。敵の幹部キャラが登場し、今回のボスらしい大型モンスターを召喚したのだ。あれを倒せば終わるだろうと思った。リゴブリンが材料でできているらしく一瞬リゴブリンの数が減った。すぐに増えたのは敵側の召喚者が召喚した為だろう。
レベル、熟練度を上げるためには初心者用にリゴブリンは丁度いいのでプレイヤー達も無理せずに狩っている。料理人の素材としてはおいしくない。ドロップアイテムが耳と持っている武器だけなのが原因だし、特殊なイベントで肉や内臓が一時的に手に入るのでそれを料理した料理人が居たんだが、これが酷くまずかったという。ラオークだろうがミノタウロスだろうが人型は大体まずいらしい。そういう手段で猟奇云々を減らすのがゲーム運営のオーソドックスなので珍しくはない。
召喚者を先に潰しておこうと動いたその矢先、発動されたのが精神魔術だった。これには驚いた。精神魔術というのは初めて出た魔術のはずだ。敵キャラ専用の魔術なのか生産魔術のような合成魔術なのかははっきりしない。料理に関係なさそうなので俺はとる気がない。
放たれた魔術は状態異常を引き起こす物だった。俺の前にインフォメーションがみえる。
『状態異常への抵抗に失敗しました。ランダムで状態異常が付与されます。
状態異常:混乱が付与されました』
モンスターの使ってくる能力や毒薬で起こされる混乱とは違うな。あれにはインフォがなかった。
そう考えたのが最後で、そこからしばらく記憶がない。混乱自体はある魚のモンスターに与えられた事があるし他のプレイヤーがかかったところを見た事はある。パニックになって周囲に攻撃したプレイヤーとただ突っ立っていたプレイヤーと、個人差が激しかった。近くにユーリカが居るから攻撃しない方であるように本気で祈る。
「サムソン!」
冷たい水をかけられた感触と共にユーリカの声が聞こえて俺は正気に返った。ユーリカが状態異常解消のポーションを使ったのだ。流石うちの魔術師ヒーラーだ。
「すまん、有難う。他の皆は?」
ユーリカの近くには何本かポーションの瓶が転がっている。
「戻ったのは貴方とリルと、石動よ。他の人は今あるポーションを全部かけたけど効かなかったわ」
俺は驚いてユーリカを見た。
「常備しているポーションは今までに判明している状態異常の内有名どころだけだから、新しかったりマイナーだったり、未発見の異常には効かないの」
「青華と石破は何になったんだ?」
「分からないけど、多分怠惰と、…新しい何かだと思う」
怠惰は聞いた事がある。何もしたくなくなる行動不能の状態異常で、青華は何か地面に絵を描いている。石破は、何で地面に寝ているんだ?
「何で寝ているんだ?」
「石破は何か暴れ出したから後ろから一発叩いただけよ」
リルが小さなハンマーを持っている。あれは相手を睡眠状態にするハンマーで、イベントで手に入れた物だ。
「青華も眠らせるから、解除お願いね」
背中に冷たい物を感じつつリルの言葉にユーリカが目覚まし用のポーションを使うのを手伝う。精神状態異常の解除は対応するポーションを使うのが普通だ。もう一つは手間がかかる方法で、一旦薬のある状態異常にしてその時かかった状態異常を上書きする方法だ。気を付けるのは睡眠は肉体と精神の両方に聞く状態異常なのだが、混乱の状態異常は睡眠では消えない場合もある。掛かりが深いという事になるのか?石破はまた慌てると危険なので俺が後ろから押さえておく。
「ここは誰?私は何処?」
「ウム、なんだ、体が痛いって、痛い痛い関節が決まってる!」
やりすぎてしまったのですぐさま石破を解放する。二人とも後に残らない状態異常だったようだ。
「二人とも大丈夫?状態異常は何だったの?」
ユーリカが体の調子と情報とを聞いている。俺は周りのリゴブリンがこっちに来ないようリル達と牽制しながら聞き耳を立てていた。
「私は怠惰だったよ。物凄く動きたくなかった」
「俺は恐怖だった。全部が敵に見えて大変だった」
恐怖か。マイナーな方の精神状態異常だ。
「参戦できる?駄目そうなら黒天狗さんとナントを探して」
リルがリゴブリンを吹き飛ばしながら支持を出してくる。
「ナントを?何故?」
俺は疑問を口にした。リルは後ろから襲ってきたプレイヤーを返り討ちにして説明をし出す。
「このイベントはナントが王都で受けた依頼が始まりなの。だから彼が死ぬとイベント失敗になる可能性が高いわ」
黒天狗というプレイヤーは関わりたかった偽王国騎士団が護衛を付けた形らしい。こちらも死ぬとどう変化があるか分からないという。
「あいつも中々縁があるな」
幸運か悪運のどちらだ?イベントを結構な割合で起こすとは縁があるというやつだろう。隠しステータスにあるという噂のラック値が高いのかもしれない。
リルの考えはもっともだ。俺はリゴブリンや襲ってくるプレイヤーをいなしてナントを探す。
「好きじゃー!」
後、ユーリカに抱き着こうとした馬鹿の顔面に拳骨で対処しておく。状態異常だからこれで勘弁してやる。
「オーラオラオラオラ!」
狂戦士化したプレイヤーは厄介だ。システムの扱いがどうなっているのか知らないが必要以上の力を出している。ただしただ暴れるのだけなので俺に向かってきた奴を別の方向に視線を向けさせて押し出すとリゴブリンの群れへと突っ込んでいく。敵数が多いし、リゴブリンなら死ぬことはないだろう。
「ナントを見つけたぞ」
石動の声にその指を指した方向を見ればリゴ武神に切りかかっているナントがいた。
「何であんなところに?どっちかというと守りを固めつつ確実にリゴブリンを倒していると思っていたぞ」
「状態異常のせいじゃない?あんなに暴れているという事は、狂戦士化とか」
成程さすがユーリカは賢い。
「そういえばナントは「狂戦士」の称号を持ってたわね」
リルが思い出すのに改めてナントを見ると、盾を持っているのに守りに使わない。殴るのに使っている。
「「狂戦士」の称号を持つと精神の状態異常も狂戦士の物になりやすくなるのかしら」
「検証は後にしよう。それより、これからどうするんだ。ここからあそこまで結構な距離があるぞ」
俺はぶつぶつと考え出したリルへ話を戻させる。
「それは心配いらないわ。ユーリカ」
「はい、これね」
リルに言われてユーリカが取り出したのはピンクの硬球大のボールだった。
「これに狂戦士化解除のポーションが入ってるわ」
ユーリカが持っているボールを見ると確かに中に液体が入っている。水風船と言った方が良いか。そういえばリルが狂戦士の称号を取りたいというプレイヤーと協力して何かいろいろやっていた。
「どうやって作ったんだ?」
ゴムの木は見つかっていないのでゴムの製品はまだ出来ていない。ボールを作れるような材料はないと思っていた。
「ほら、いつかハリーの本に豚の膀胱を膨らませてボールにしたって記述があったでしょう」
ああ、あれはラグビーかサッカーか忘れたがその話を下敷きにしてあると思う。しかし問題は豚の膀胱だ。イベント以外で内臓は手に入らない。そしてそのせいでソーセージを作れないのが料理人の悩みになっている。何しろ手に入れても大体薬品他イベント用に自動的に使用されてしまうのだ。
「要は動物の皮なんだから、普通の皮を皮革職人の所に持って行って出来るだけ薄く、錬金術も使って縫い目を消したりして作ったの」
ユーリカが自慢そうに笑っている。良い笑顔だ。その笑顔のままボールを俺に渡してきた。
「これをナントにぶつけて。ぶつかれば割れるようになってるから、あそこまで届かせるのは難しいと思うけれど」
「任せておけ」
昔少年野球でレフトだった強肩を見せてやる。俺はボールを受け取った。握りを確認してみると柔らかい。大丈夫か?
「それだとすぐ割れそうだから強化剤をかけるわ」
「出来るだけ頭を狙いなさいよ」
「おう」
ユーリカが新しい瓶を取り出して中身をかける。至れり尽くせりだ。
俺は力が湧き上がってくるのを感じた。そのまま大きく振りかぶって、レーザービームを放つようにボールを投げた。




