8戻ってきました
「まずい」
「まずそうだな」
「どんな味なんですか?」
「普通に草の苦さだな」
「おいしくないのは悪だ」
流石にフリッツの物を取り上げる気もならないので余分にユーギリ草を摘んでかじりながら帰りを急ぐ。
昔生の蓬を食べたことがあるので生で薬草を食べることにした。当時食べた生の蓬よりも青臭いし苦い。それでも毒で減った体力がわずかでも回復しているので何とか薬草を渡すまでは持ちそうだ。
子供達と話をして気を紛らわせながら歩く。味を聞いてきたデクスはともかく悪とまでいうドップはぽっちゃりの見た目通り食いしん坊キャラの様だ。
「着いた」
噛まれた傷はずきずき痛い。でもこれがないと人間は傷を負ったと言うのを知覚できないそうだから仕方ない。
「お帰り、採れたかい」
「はい、袋一杯」
『イベント:初心者のためのセンス獲得05クリアーしました
300デンを報酬として貰いました。 』
エレメンディアさんに袋を渡すとインフォが流れた。センスはもらえない。センスが手に入らないイベントなのかもう持っているセンスなのか?≪採取≫がどうもそれっぽい。
「婆ちゃん大変だ。ナントが蛇に噛まれたんだ」
俺がエレメンさんに採取袋を渡す横からフリッツが大声を出す。
「何だって?」
袋を持ったエレメンティアさんに顔色を見られる。
「何で早く言わないんだい」
「いえ、まず仕事を済ませてからじゃないと。薬を持っていないので、もし死んだらアイテムも消えるのが空旅人の死という物ですから」
子供たちの目の前で死ぬのは教育に悪そうだったので頑張ったという事もある。
「馬鹿だね、仕事よりも命だろう。蛇に噛まれたんだね、薬をやるよ。待ってな」
エレメンティアさんに言われて少し待つ。
「ナントさん、空旅人が死なないって本当なんですか」
デクスが話しかけてきた。
「死なないというか、死んでも生き返るというか」
「ほらこれを飲みな」
デクスに答えるとエレメンティアさんは粉薬と水を持って来てくれた。
「ありがとうございます」
普通にまずい。
「良くそのまずい薬を飲めるね」
「いや普通だよな」
ドップが苦そうな顔になる。
「糖衣錠とか、オブラートとか、飲む方法はいくつもある」
最近はゼリーに包むタイプもあるようだ。
「それはどうでも良いとして、空旅人の事なんですが」
「待ちな、その糖衣錠という物の話が気になる。うちで一緒に話を聞こう」
エレメンティアさんが何故か意気込むデクスを止めて家に入る様言う。俺も聞きたい事があったのでそのまま家に入る。何故か子供達も一緒に入って来た。
「よっこいしょっと。それじゃあ話を聞こうか」
俺達が据わったのを確認してエレメンティアさんが口を開く。
「さっき言った、トーイジョーってのは何だい?」
「糖衣錠は、薬を飲みやすくするために薄く飴を塗ってあるような形の薬の事です。舐めていたら飴は溶けて苦い薬の部分が出てくるので、あくまで飲みやすくするための物ですね。子供用なら甘いけど大人用は味がない物もあります」
子供のころから病気を患う事の多かった人生でした。喘息とか。おかげで苦い薬には慣れた。苦いタイプの青汁を飲んでも顔には出ないとよく言われる。
「オブラートっていうのは?」
「粉薬を飲みやすくするために出来たのが始まりで、食べたら溶ける素材でできた薄い膜ですね、大体このくらいの。やっぱりさっさと飲まないと溶けて苦い粉が口に広がります」
オブラートは使った事がない。基本錠剤ばっかだったので、食べたのはボンタン飴についている包みだ。
「成程、確かに薬を飲みやすくするための物だね」
「あくまでも飲みやすくするものなので、さっさと飲まないと苦いですね」
砂糖を入れたりすると成分が変わる薬もあるからな。
「でも、ちょっと作るのは難しそうだ」
「そうですね、味が影響を与えないゼリーに薬を入れて、匙でゼリーごと掬い取ってそのまま飲ませるという方法もあります」
これならとろみを持たせたゼリーを作ればいいから簡単のはず。
「ゼリーね、どうやって作るんだい?」
「え、ゼリーを作った事がないんですか?」
「初耳だよ」
文化の違いだ。異文化交流だ。いやいや未発達の文化との出会いの方だろう。
記憶能力を総動員してゼリーの作り方を考える。駄目だ。俺が知ってるのはゼリーの元を入れる方法だ。ゲームによってはゼリーの元がスライムから採れるけど、このゲームでゼリーの元が採れるとは聞いてない。海藻が普通だけどここに海はない。ブルーという海に面した都市の所まで行くのはまだ先が長い。
似たような物、と言えば思いつくのは…煮凝りを思い出した。でもこれはきつい様な気がする。それでも思いつかない。
「何か思いついたのかい?」
うんうん唸っているとエレメンティアさんが話しかけてきた。どうせ判断してもらわないといけないので考えていた事をそのまま話す。
「つまり、煮凝りが一番近いという事かい」
「煮凝りは知ってるんですね」
「知ってるよ。肉を長く煮込むと出来るあれだろう。冷やすと固まる。変わった何かだ」
「ゼリーはあれと同じ触感で、味は海藻から作るから無味無臭です。煮凝りを使うなら細かく砕いて飲みやすくするんです。味は薬を飲む間シチューとかスープとか、そういう味付けで誤魔化すようにすればいい。」
「でも、あれを作るには匂いがきついね」
「それなんですよね、アキレス腱なんかの煮凝りが出来やすい場所というのは煮ると匂いがきついし、生ものだから腐りやすいですよね。粉薬を包むようにするのはどうするかという事もありますし」
無味無臭のゼリーが開発されるのが待たれる。いや、粉薬を包み込むようなとろみもいるから時間はさらにかかるな。
あ、カタクリ粉があった。あれは大元はカタクリの根っこから採れるから植物のはず。そして大量生産のカタクリ粉は芋から採れるデンプンだ。
「すいません、一つ思い出しました」
同じように唸っていたエレメンティアさんにカタクリ粉の事を説明する。
「芋から採れる粉かい。確かに芋なら色々あるね」
「芋の種類で採れる量は色々あるからどのくらい採れるかは知りませんが、作り方は知ってます」
丁度良く貰ったツチイモという芋がある。これでやってみよう。覚えてて良かった理科の実験。
「で、お前達は何でここにいるんだ?今日はもう休んだ方が良いぞ」
子供たちも手伝いってくれようとするので気になっていた事を聞いてみる。手は芋をすりおろしている。
「蛇の事謝っておこうと思ってさ。助けてくれてありがとう」
フリッツが頭を下げる。
「別に、もし一人だったとしても噛まれる時は噛まれるからそれについては気にしなくていい」
実際イベントだったんじゃないかと思っている。
「駄目だったのは村長に言わないで山に入った事だな。今日じゃなくても入れる日があるんだろう?」
村長に聞いたことは秘密にしておこう。
「でも来年まで待てないんだ」
「そこは別に来年まで待たなくてもいいさ。必要なのは一緒に行ってくれる大人、と言っても先に山に入った事のある兄貴分くらいで協力してくれる人でいい。あと、花の場所をお父さんによく聞いて確認しておく事だ。それならすぐにでも行けるだろう」
「ナントみたいな堕落人間は駄目なんですか?」
俺の言葉にデクスが食いついてきた。
「空旅人は一種の旅人だから、冒険者だったりすると金がかかる。信じられる人だと分かった人間を選ぶ事だ。後、間違っても俺みたいな初心者ではなく、それなりに経験を積んだ相手を選ぶように」
いきなり護衛任務というのはきつかったです。ただの子供の引率とはやっぱり違った。現代人には知識と経験の面で難しい。
「まあ悪い事を一緒にやってくれる年上の人が居ればいいんだけどな」
「なるほど~」
何故か悪い~のところでフリッツに納得された。
「それから、堕落人間という言葉を空旅人の前で言わないようにした方が良い」
「何でです?」
「堕落人間というのは一種の悪口だから、言われて気持ちのいいものじゃない」
喧嘩っ早いプレイヤーに殴られると思うので注意しておく。芋は少ないので掏り終わった。用意してもらった木のボウウルに入れ、このまま倍の量の水につけて分離させるためしばし待つ。ドップが芋の入ったボウルを見続けているんだが、食べないよな。
「さてと。俺も聞きたい事があるんですがいいですか?」
「良いよ、何が聞きたいんだい」
エレメンティアさんに向き直ってさっき採っておいた草を取り出す。
「テング草、ミジオラ草、ユユ草、透雪華だね。透雪華は珍しいよ、何処で採ったんだい」
「さっき行って来た薬草の群生地の、一番奥のポイントで一緒に生えてました」
俺が見て草の名前だけは分かった物だ。
「名前しか分からなかったんですが、何の役に立つか分からないので、今日とってきた薬草の説明をお願いできますか?」
名前が分かれば次からは何を取れば良いか分かるだろう。
「別に構わないけど、特に珍しいのが透雪華というだけで、どれも普通は採れない珍しい物だよ」
珍しいのか。
「構いません、また何か採取する仕事があるかもしれないですから」
「それじゃあ簡単に説明しよう。まずテング草はテング赤という色を取るのに使う。使うのは葉っぱじゃなくて根っこだね。ミジオラ草は香りが良いので料理に使う事が多い。人の気を休めるというので匂い袋にも使う。ユユ草は火傷に効く。生でもんでから貼り付けて使うんだ」
見事に毒に対しての効果はなかった。
「さっき蛇に噛まれた時、毒消しや何か役に立つ草はないのかと思ったんですが、名前だけしか分かりませんでした。というか、何故か名前が分かったんです」
「あんたは初心者だったね、≪鑑定≫は持っていないのかい」
「持っていませんね」
「≪鑑定≫に近い働きをするのはいくつかあるよ、アンタはどんなセンスを持っているんだい?」
「こんなのですね」
おや、村長とは違いステータスを見せようと思ったがエレメンティアさんには見えないようだ。俺の視線の先にある物を見ようとしているが見えないといった感じで目を動かしている。
「ステータスが見えないんですか?」
「村長が見えてたことを言ってるなら、それは村長家に伝わる魔術のおかげだから、普通の人は見えないよ」
村長家に伝わる魔術何てあったのか。個人の家に伝わる魔術というとユニークスキルだろう。
「そうですね、武器と才能は違うとして、生産用のセンスに使っているのは≪修復≫≪採取≫≪鍛冶≫≪細工≫≪サバイバル≫の五種類ですね」
「ああ、その≪サバイバル≫のセンスだね、それは生きるための最低限センスの初期スキルを使えるんだ。名前だけでも分かったというのはそのせいだね」
「名前だけというと、どのセンスの能力でしょう」
「≪鑑定≫だろうね。ユーギリ草は見えたのかい」
「はい。他のものは説明は見えませんでした」
「ふん、なら少し面白い事を教えてやろう。まずは簡単にこの草の説明をするよ、透雪華は、薬剤としては精神の状態異常に効く薬草だ」
精神の状態異常って初心者の所ではそうそうないよな。
「あんたは≪細工≫を持っていたね、ちょっと詳しく鑑定する気で見て見な」
「はい」
気合?を入れて目を向ける。透雪草は名前の通り透き通るような薄い白い花を咲かせている
『透雪華
精神の状態異常の解除役に用いる。この種から採れる油は金属細工をする時、仕上げの磨きに使うと透明感のある仕上げになる、高級油である』
何か別の説明が見えた。
「細工に使うための説明が見えました」
「そうだよ、≪採取≫では一度採取すれば名前と基本的な能力が分かる。さらに詳しく調べたければそう言ったセンスを持つ人が詳しく鑑定しようとすると、それに応じた能力が見えるのさ」
「これは凄い。これなら、≪鑑定≫いらないか?」
「勘違いするんじゃない。あくまで初期の能力をいくつか持っているのが≪サバイバル≫のセンスだから、ここいらの草ならともかく先に行けば先に行くほど見えなくなる。これは≪サバイバル≫の熟練度を上げても一緒だ」
ははあ。このゲームはそう言った仕様か。ここら辺はゲームによって違う。そこまで生産をする訳でもないので最小限の説明が薬草かどうか分かれば良い。必要があったら取るという事でいいだろう。
「≪サバイバル≫のセンスって、どれが混ざっているか分かりますか?」
感知系が混ざっていれば慌てる必要が無くなる。
「そうだね、≪採取≫≪鑑定≫以外だと、≪料理≫や≪危険感知≫なんかかね」
丁度良い物がありましたよ。ご都合主義ではなく入れておいた自分が当たりを引いた感じで嬉しい。もしかすると時々感じた不吉な予感はサバイバルが働いていた可能性もある。
「ねえ、これ、もう食べられる?」
話が終わったと思ったのか、ドップが話しかけてくる。さては未知の味を知りたくて残ってたな。
「まあ、そろそろできてるか?」
正確には5回ぐらい上澄みを変えるのでその一回目だ。
「こうやって、上の水だけを捨てて、また水を入れる。よく混ぜて、また上下に分かれるまで待つ。あと4回繰り返せば終わりだ」
「まだかかるの」
ドップさん、何故絶望した顔になりますか。
「つまり、この下の白い粉を集めればいいんだね」
「不純物を取り除くのに合計5回ぐらい上澄みを変えてやって、その後乾燥ですね」
「当分食べられない」
食べるためじゃなくて薬をどうにかする為にやるんだけど。ドップは食い意地が張っているキャラと確定する。
「仕方ないね、貸して見な」
エレメンティアさんが手を差し出したのでボウルを渡す。
「『錬成』」
は?何の力も入れずエレメンティアさんがスキルを使用したので驚いた。
「エレメンティアさんは錬金術師だったんですか?」
薬師だと思ったら錬金術師だったというのは結構意外だ。
「錬金術自体は使えるが、私は薬師だよ。錬金術を名乗るほどの錬金の技術はないからね、でも、こうやって工程を縮められるから覚えておいて損はないのさ」
どれがメインになるのか分からないが俺もこういう使い方になりそうだ。参考にしよう。そしてできたのが粉になったカタクリ粉というか芋の澱粉が完成した。
「これでどうやって薬を包むんだい?」
「正確には包むというか、実際に見てもらった方が早いですか」
俺は別のカップを用意してもらい、澱粉とお湯を入れる。
「こうして溶かしていくと段々ととろみがついてきます。このとろみが薬を乗せるくらいまでになったら薬を乗せて、上にもかぶせて飲ませるという形です」
実際は専用のゼリーだけれども俺に違いは分からない。
「へえ、味はないんだよね」
「ないですね。基本飲みにくい薬を飲ませるので一時的に苦さを感じさせないだけですし、俺が知っている物には果物系の味が付いています」
林檎とか葡萄とか。何故かああいうので南国系フルーツは見た事がない。あるのかも知らない。
「味がない…おいしくないのか」
ドップが呟く。
「料理に使うならとろみがついてくる。すると冬の寒さが厳しい時期に、熱がなかなか逃げないので温かい時間が長引く。砂糖入れてとろみの付いた物を飲むのもうまいけど」
抹茶葛湯を思い出す。
「そうなんだ」
ドップは俺の手の中のカップをみる。俺はカップをエレメンティアさんに渡す。
「ふうん。中々良い事を聞いたね」
『センス:≪調合≫が選択肢に入りました。有効化しますか?』
何かセンスが手に入った。これがエレメンティアさんからもらえるセンスなのか?いや。初心者云々の言葉がなかったから違うと思う。じゃあ何故もらえたのか。分からない。とはいえ使わないから有効化はしない。
エレメンティアさんは手の中のカップを見てとろみを見ている様だ。
「それじゃあお暇します」
俺は立ち上がる。子供達にも立つように目で合図する。ドップだけ視線がカップに固定されていたので肩を叩いて促す。
「ああ、色々と有難う。また頼むかもしれないから、その時はよろしく頼むよ」
「はい。また何かあったらお願いします」
半分社交辞令、半分受ける気の返事です。頼まれたらやるとは思うが、初心者の場所であるこの村にいつまでいるかは知らないので確定はしないでおこう。
「それでは失礼します」
俺と子供たちはぞろぞろと連れ立って外に出る。
「さて、依頼は取りあえず完了した。村長に伝えないと」
「村長の所に行くのか?」
「そうだけどどうした?」
俺の言葉にフリッツが反応する。
「あのな、ちょっと後で行ってほしいんだけど」
「何故?」
「ああ、フリッツが花を見せると約束した相手は村長の家にいるんです」
口が重くなるフリッツの真意をデクスがさらっと流す。成程、一刻も早く見せに行きたいと。
「分かった。少し後に行くから、先に見せてこい」
別に慌てる用でもないので何となく生暖かい目で見守るような気分でフリッツを見送る。
「フリッツが約束したのは、女の子だろう?」
「よく分かるね」
デクスとドップは俺と一緒にいる。
「良くある話さ。あと、花屋でもやっていない限り男はあまり花を持って行くような事にはならないだろう」
テンプレテンプレ。
しばらく待っていると、何故か顔に赤い紅葉を張り付けたフリッツが戻ってきた。
「うう、ナント、行っていいぞ」
「そうか」
何故手形が付いているかは効かないのが武士の情けという物だろう。俺は村長に依頼が全部終わった事を説明すると、また何かあったら頼むという言葉を貰ってログアウトする。長い一日だった。